先日、とあるワイナリーさんで試飲をさせていただいた時のことです。
日本は山梨の塩山。その一角に居を構えていらっしゃるそのワイナリーさんの持つラインナップのうちの数点を試飲させていただいたのですが、その時に強く感じたのが、鉄の味。
造り手の方に聞いてみると、その味を感じたワインに使われているブドウ畑は元々の鉄鉱山の近くにあるということを教えていただきました。近くを流れる川底の土が明確な赤色をしているほど鉄分を含有しているそうです。
畑の土壌には鉄分が多量に含まれており、ワインにはその味を明確に感じることが出来る
こうなるとついつい考えてしまうのが、ブドウの樹の根が土中の鉄分を吸い上げ、その結果果汁内に鉄分が蓄積。ワインの味に表れている、ということではないのでしょうか?しかしこれは残念ながら違う、というのが現在の定説です。
しかし実際に鉄分を豊富に含んだ土壌で栽培され、そして収穫されたブドウから造られたワインに鉄分の味を感じていることは間違いのない事実です。これはどういうことでしょうか。
今回はこの点について解説を行います。
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なおこの記事を読み進めていただくのに先立って、用語などの理解をしていただくため、「土壌というもの」の記事に目を通していただくことを強くお勧めします。
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土壌というもの
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ワインに含まれるミネラルというもの
ワインのテイスティングをしていると「ミネラルが~」という表現によく出会います。この場合の「ミネラル」については多くの議論がある点ですが、今回はテイスティング的な意味ではなく、純粋に化学的な視点からワインに含まれる「ミネラル」というものに注目してみます。
端的に結論から言うと、ワインには「ミネラル」と称される物質が多かれ少なかれ複数種類にわたって含まれています。
この場合の「ミネラル」とはより正確に言えば電荷を負った金属イオンのことです。ワインという括りの範囲内においては例えば以下のようなものが挙げられます。
カリウム
マグネシウム
カルシウム
ナトリウム
鉄
アルミニウム
亜鉛
「土壌」に含まれるミネラル
一方でワインの原料となるブドウが栽培されている畑の土壌中にも「ミネラル」というものが含まれています。これは「土壌というもの」の記事でも触れたとおり、その土壌の元となっている地質由来のもので、100種類を超える物質が存在しているとされています。
地質の分布自体が均一なわけではないために、場所によってその地質に由来しているミネラルにも存在分布の差がありますが、一般に含まれているものとしては以下のようなものがあります。
シリカ
アルミニウム
鉄
マグネシウム
カルシウム
カリウム
ナトリウム
根からくるとは限らない「ミネラル」
上記に挙げた含有物質はいずれも一例にすぎません。しかし、それでもカリウム、マグネシウム、カルシウム、ナトリウム、アルミニウム、そして鉄はワイン中および土壌中のいずれにも含まれていることが分かります。
こうなると、これらの物質は根を経由して土壌から摂取されたもの、と考えたくなります。
実際にカリウムなどはブドウの果皮部分に多く分布しており、ブドウの育成過程において蓄積されていることは明らかです。こうしたケースについてはこれらの物質は根を経由して吸収され蓄積されている可能性は高いと判断できます。
一方で考えなければならないのが、コンタミネーションという可能性です。
重金属はコンタミネーション由来
上記のワインに含まれるミネラルとして列挙した物質のうち、鉄、アルミニウム、亜鉛は重金属に分類されます。
そしてこれらの重金属は根を経由して吸収されるわけではありません。
詳細は「ワインと重金属」の記事に書いていますが、これらの物質は主にコンタミネーションという経路をたどってワインに含有されます。顕著な例としては醸造所内で使用されている醸造設備の素材由来のケースが挙げられます。
直接ワインと接触する可能性のある部分としてはタンクやタンクに付属のコック、間接的な要因としては水道の蛇口周りなどに使用された鉄やアルミニウム、亜鉛が直接ワインと接触して、もしくは洗浄時等の水を介してタンク側面に付着しそれがワインに混入するという可能性です。
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ワインと重金属
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試飲ワインの「鉄」はどこから来たのか
翻って冒頭に紹介した、山梨で試飲させていただいたワインに感じた「鉄分」はどこからきたのでしょうか。これに関しては上記のような醸造設備由来のコンタミネーションではないであろうことは明らかです。
もし仮にこの鉄分が醸造設備由来であるとしたら、基本的にはそこで造られているワインすべてに同様のニュアンスがなければなりません。もちろんタンクやそこに付属している設備由来であればそのタンクに入れられたワインだけに出る可能性は捨てきれませんが、それにしては鉄のニュアンスが強すぎました。
またアルミニウムなどと比べて鉄は腐食しやすいためタンクやその付属設備に使用することは多くないこともそのような判断をする根拠の一つとなります。
今回筆者が鉄分を強く感じたワインは2種類。そのいずれもが同じ区画にある畑由来のブドウから造られていました。
そしてその畑の区画が「土壌表面が赤くなるほどの鉄分を含んだ区画」でした。
ブドウの根は重金属を吸入し果実に蓄積させません。
醸造設備由来のものでもありません。
以上の点から、残る可能性は一つに絞られます。この鉄分は表面的な付着による混入である、という可能性です。
今回のまとめ | ワインはブドウを洗浄せずに造られる
ワインというものは基本的には収穫されてきたブドウを即座に加工することで造られます。そしてこの工程にブドウの洗浄工程というものは基本的には含まれていません。
ブドウを洗浄することでかえってブドウの品質を落としてしまう可能性があったり、法的な要請によって禁止されているためです。
そうなるとどうなるかというと、畑でブドウの表面に付着したものはほぼすべてがそのまま醸造所の中に持ち込まれます。
自動車の汚れを想像してみてください。
洗車した自動車は持ちろん輝かんばかりにキレイですが、しばらくすれば埃などがついて汚れていきます。これらの汚れは多少の雨が降ったくらいできれいになることはありません。
ブドウでも同じことが生じています。
土壌表面から風などで巻き上げられた各種の埃などがブドウ表面に付着します。多少の雨でこの付着物が洗い流されることはありません。そしてこの時に付着する主なものは、その畑の表土に多く含まれているものです。
つまり表土の色が赤くなるほどの鉄分を含んだ区画においては、それなりの量の鉄分がブドウ表面に付着することになるのです。
こうした経路をたどってワインに含有される可能性がある物質は今回の鉄に限りません。味を感じるほどの濃度になるかどうかは別とすれば、それこそ、各畑ごとに様々です。
「土壌」に注目するとついつい「根」からの吸収にばかり目が行きがちですが、このようなブドウの樹の外部からの影響もまた、広義では土壌に基づくものと考えることが出来ます。
一方でブドウにもともと含まれていないものは「混入」である、とする考え方もあります。
ブドウの表面に付着することで含有される物質に関してはイオン化された状態ではなく、他のブドウに含まれている物質とは異なりますのでこの両者を単純に比較することはできません。そういったことを知ったうえで、そのワインの味をどう評価するのかを考える必要があるのです。