そのブレタノマイセス属酵母以外の原因菌が、乳酸菌です。
すでに複数の研究によってワインに含まれる可能性のある複数の乳酸菌 (Lactobacillus brevis, Leuconostoc mesenteroides, Pediococcus pentosaceus, Oenococcus oeni など) によって上記のような窒素系複素環式化合物が生成されることが分かっています。また酢酸菌の一部、Gluconobacter種なども同様にネズミ臭の原因となる物質を生成することが報告されています。
ネズミ臭発生の原因
ネズミ臭の原因物質の生成経路はまだ完全には究明されていません。一方でアミノ酸の一種であるL-Lysinとエチルアルコール (エタノール) が代謝の出発物質であることは分かっています。
また原因菌の種類や株によってそれぞれの原因物質を生成する種類や量が異なることも分かっています。すべての3種類を量は少なくともまんべんなく生成する菌や株もいれば、1つか2つだけの物質をしかし多量に生成する菌や株が存在することも分かっています。
しかしいずれの場合にしてもネズミ臭の発生の原因として挙げられるのが以下の点です。
低い酸量 / 高いpH値
野生酵母の使用等による発酵の停滞
二酸化硫黄の無添加
これらの原因の中でも特に重要なのがpH値とSO₂の添加量です。この両者を正確に管理することで雑菌の繁殖を抑え、ネズミ臭の発生リスクの多くを回避することができます。
予防と対策
予防と対策の大前提は醸造所内の衛生管理です。そもそもブレタノマイセス属酵母に汚染された器材を使用してしまうとその汚染拡大の防止は極めて難しくなります。
一方でネズミ臭はpH値が3.5 ~ 4程度と高い範囲にあるワインで特に多く発生すると言われています。このためこのオフフレーバーはいわゆるワインだけではなく、酸量の少ない果実酒やベリー酒でも発生が確認されています。
このため収穫タイミングの調整により酸量の多い時点におけるブドウを得ること、そうしたことによりpH値を低く調整することが重要になります。またpH値を低く抑えることによって添加が必要となる二酸化硫黄の量も少なく抑えることができます。
ブレタノマイセス属酵母の失活には遊離型の亜硫酸濃度が25 mg/l必要とされていますので、pH値の調整と合わせての対応が求められます。
また醸造タンク内においてネズミ臭が認識された場合の対策として
- 発酵完了後の早急な酵母からのワインの分離
- 汚染のないワインをしようしての清澄
- 早急なろ過の実施
- パストリゼーション (加熱) の実施
- 70 mg/l程度までのSO₂の添加
などが考えられます。
今回のまとめ | 単独では生じにくいネズミ臭
ブレタノマイセス属酵母はネズミ臭の原因となるピロリンやピリジンのほかにフェノレの原因となるエチルフェノール類やビニルフェノール類を生成しますが、さらにこれだけではなく、エチルアセテート (Ethylacetate / 酢酸エチル) やアセトアミド (Acetamide)、アセトアルデヒドなども生成します。
また上記の通り、ネズミ臭の発生には各種乳酸菌や酢酸菌も関わっており、それらの微生物類の代謝から生成される物質類も多岐にわたります。それらの生成物より生じるのは、ネズミ臭であり、ブレットであり、酢酸香であり、アルデヒド香であったりします。
これらのものが単独で、選択的に生じることは多くはありません。
醸造面でいえば、一つのことに注意しておけば複数のトラブルを同時に防止できる、ととらえることもできますが、逆に言えば一つ間違えればオフフレーバーのオンパレードを招くリスクがあるということです。
何かしらの問題を抱えたワインが多くの場合において、単独の問題だけにとどまっていないのはこのためです。また、優れた造り手のワインが一切の問題も抱えていないのも同じ理屈によります。
優れたワインを造る上で重要なのは、すべての問題に対応することではなく、その根元の部分を効率的におさえていくことです。
ブレットというとても有名なオフフレーバーの原因として知られるブレタノマイセス属酵母が、同時にネズミ臭という全く別のオフフレーバーの原因にもなっているという今回の事例は、そのことを非常に明確に説明している事例でもあるといえるのではないでしょうか。