栽培

ワインが造れなくなる日

02/18/2019

この記事は2018年6月2日に投稿されたものを一部加筆・修正し再掲したものです

2018年という年は少なくとも欧州におけるワイン業界では極めて良好な、歴史的な大豊作のヴィンテージになったと振り返られています。

確かに2018年は欧州としては考えられないほど暑く乾燥した夏が驚くほど長く続いた年でした。このためブドウは例年以上に健康的な状態のままに熟成期を迎え、そのままに高い糖度を持つに至りました。この傾向はかつてはワイン用ブドウ栽培の北限と言われたほどに気温が低く、ブドウの熟度が上がりにくいとされていたドイツでも同様でした。

収穫が終わった今になって振り返ってみれば、2018年という年は健康状態がよく糖度も高いブドウが前年比で50%以上も多く収穫できた、まさに歴史的な年となったのです。

しかしこの一方で、夏前には今までにない形の困難に直面してもいました。

大豊作のビックヴィンテージだったという結果だけを見ていては分からないことですが、全体的にみればブドウ栽培を中心にワイン造りは年々その困難さを増してきています。今のままいけば、現在の世界におけるワイン生産の中心となっている国々ではそう遠くない内にワインが造れなくなる日がくるのではないかと思えるほどです。

ワイン生産地域の変遷については「次代のワイン大国?ポーランドの可能性」という記事も参考にしてください。

次代のワイン大国?ポーランドの可能性

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気候変動がもたらす困難

ここ数年においてブドウ栽培が直面している困難、その多くは世界的な気候変動を発端にしています。

冬が暖かくなったことによりブドウの発芽が早くなりました。これにより遅霜のリクスが劇的に上がり、2017年にはヨーロッパ全土で大きな被害が出ました。この年の遅霜被害は本当に大きく、場所によって収穫量が例年の半分ほどになるところもあったほどです。

2018年のブドウの発芽に関しては「早すぎる程に早いブドウの発芽」の記事で報告をしています。また遅霜の対策については「冷害対策」の記事も参考にしてください。

早すぎる程に早いブドウの発芽

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ブドウ畑の冷害対策

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ブドウを壊す氷の粒

2018年は幸運なことに遅霜による大きな被害は報告されていませんでしたが、一方で別の被害が報告されました。

その代表格だったのが雹による被害です。

数日前にフランスで局地的に雹が降りブドウ畑が甚大な被害を受けたというニュースがありました。一方でドイツでも昨日の未明にやはり雹が降り、とある地域ではブドウの80%以上が被害を受けました。(筆者注: 元の記事掲載日に基づく日付。フランスは2018年5月末、ドイツは2018年6月1日を指す)

日本人が雹と聞くとなんとなく小粒のものを想像しますが、最近は大粒化しており、場合によっては小石大のものや子供の握りこぶしほどもあるような氷の塊が降ってくることさえあるそうです。

しかも気象関連の研究機関からは雹は今後更に大型に、そして頻繁になっていく傾向がみられると報告されているのです。

大型の物ほど雹自体の自重が増えますので降ってくるときの速度は速くなり、その結果その氷に当たったブドウの受ける被害は大きくなります。冷害はまだ対策も取れますが、雹は対策の取りようがありません。

ブドウ栽培家にできることは雹被害を補償する保険に入って少しでも金銭的被害を抑えることくらいなのです。

畑で確認され始めた病気

雹の被害がなかった地域でもやはり昨日くらいからペロノスフォラ (Peronospora, 英: downy mildew, 日: べと病)が確認され始めています。ペロノスフォラの発芽条件は大雑把に言うと、

  1. 日中平均気温が10℃以上であること
  2. 3日以内に10㎜以上の降雨があること
  3. 新梢の長さが10㎝以上になっていること

とされています。

今年のドイツはとても暑い日が続いている一方で湿度の高い日も多くあったため、これらの条件は例年以上に早い段階でクリアされてしまっていました。またこの病気は平均気温によって潜伏期間が変わるという特徴があるため、このような暑い日々の中では発芽サイクルも早くなってしまったものと考えられます。

ペロノスフォラは決して軽視していい病気ではありません。この病気が蔓延した2016年にはワイナリーによっては収穫量が例年の4割以下になった場所まであったくらいです。

雹による被害は一過性のものですが、ペロノスフォラを中心とした病気による被害は適切な対策を行わない限り継続的に拡大していくものです。潜在的なリスクは雹などによるものよりも大きいといえます。

この病気への対策でもっとも重要なのは予防なのですが、すでに病気が発生してしまった以上、今後は感染を拡大させないための対策が中心となります。現状ではブドウ産地の多くではそれほど雨が多くないため2016年ほどの蔓延はないものと思われますが、決して油断していい状況ではありません。

【2019年2月追記】

この後、極端に雨の降らない暑く乾燥した夏が長く続いたため結果的にこの病気の蔓延は回避されました。

ワインが造れなくなる日

雹にしてもペロノスフォラにしても、根本的にブドウをダメにしてしまうものです。被害を受けたが最後、その房は基本的に廃棄することになります

これらの被害が常態化し始めるとブドウ自体を栽培することができなくなり、結果的にワインを造ることができなくなります。

今までもブドウの品質が保てず満足いく品質のワインを造ることができなかった年というものはいくらでも存在しているのですが、ワイン自体が造れない年、というものはそんなに無かったのではないかと思います。

それが今後、多くなりそうなのです

危機はすぐそこに

実際に2016年は病気で、2017年は雹で、夏を待つことなく畑が丸々放棄される光景を見てきました。ブドウ栽培ができなくなる、ワインが造れなくなる、というのはすでに誇張でも何でもなく、すぐ目の前にあるリスクなのです。

2018年は結果的にいい年になりました。この結果を見てしまうと年初にあった小さなリスクには目が行かなくなり、明るい未来ばかりが見えてきてしまいそうになります。しかし、実際は我々のすぐ背後にすでに大きなリスクの足音が聞こえているのです。

2019年も2月にはすでに気温が15度に達する日が出てきました。短い冬が遅霜による被害や雹害、病気といったリスクを高める可能性が高いことはすでに述べてきた通りです。ブドウ栽培やワイン造りに関わる者として、こんな悲報を聞く機会が減ることを切に願ってやみません。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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