夏の時期を迎え、畑ではブドウの樹が成長を続けています。
これをうけて今畑では伸びた副梢の除去や除葉、そして成長点の切り落としなどの作業が同時並行的に進められています。
そんななか、去る6月26日および6月30日の2日にわたってドイツでは最高気温が40℃に迫る、もしくはところによってこれを超える事態となりました。
もともと冷涼な土地といわれているドイツにおいて6月末のこの時期にこれほど気温が高くなるのは極めて異例なことです。加えてこれ以前から雨が少なく非常に乾燥した状況であったことも災いし、ブドウ畑では若い樹を中心にとある被害が広がりました。
ブドウの日焼けです。
実際にはブドウの実はまだ結実したばかりに近くまだまだ果実といえるほどの状態ではないのですが、今回はその結実したばかりのまだほぼ花弁といえるくらいのものにも被害が出てしまっています。
今回はこのブドウの日焼けというものがどのようなものなのか、どうすれば回避できるものなのかといった点に焦点を当てて解説を行っていきます。
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気候変動が頻繁に話題に上るようになり、併せて地球の温暖化が強く訴えられている現在、ブドウの日焼け問題はますます身近でかつ対処が求められる問題でもあります。
この記事を読んでいただくことでこの問題への対処方法も見えてくるはずです。
メモ
この時期の被害は日焼けと乾燥ストレスとの区別がまだ難しい部分もありますが、逆に言えばこれほどの高温になった状況では両者はほぼ同様の意味を持ちますので、今回は「日焼け」として扱います
なおブドウの日焼けの概要については以前にも「ぶどうの日焼け」という記事で扱っています。そちらも併せて読んでみてください。
ブドウの日焼けは現代病か
日焼けが問題といわれると、どうしても気象変動とその結果としてもたらされる温暖化に目が向きがちです。
その流れでこの「日焼け」という問題自体が最近になって見られるようになった現代病のように思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし実際には1840年代にすでにブドウの日焼けに関する報告がなされた事例があり、決して新しい被害の種類ではないというのが実情です。
一方で最近になって被害の報告事例が増加していることは事実です。
ドイツにおいては2016年に国内全土で極めて多数の、かつ被害状況の大きい事例としての報告がなされています。
現代病ではないけれど、最近になって話題の中心になることが増えてきた被害事例、それが「ブドウの日焼け」問題なのです。
日焼けの原因
「ぶどうの日焼け」の記事でも書きましたが、ブドウが日焼けする原因はよく言われる「紫外線 (UV光)」 ではなく、「温度」です。
より厳密にいうのであれば、日射量と温度の複合的影響です。
所要な原因は温度、つまり熱量にあります。
日射量という因子もその大部分は太陽光が吸収されることによってそこに含まれるエネルギーが熱になり、ブドウの表面温度を上げるという方法で作用します。
一つの例を挙げると、地表2mの高さにおける外気の最高気温が34.8度を記録した2016年8月27日のドイツのブドウ畑におけるブドウの果実の表面温度は、最高で45度に達していました。
これを見てもわかるように、もしくは直射日光の下に立ってみれば容易にわかるように、物体の受ける温度は周囲の空気の温度に加えて、直接体表面で吸収する熱量からも影響を受けます。
このため日焼けの原因は直接的には「温度」ですが、その温度に直接的、間接的に影響をもたらすものとして「日射量」があげられるのです。
日焼けのメカニズム
ではこのような温度の変化によってブドウがどのような影響を受けた結果として「日焼け」をしてしまうのでしょうか?
日焼けの被害を受ける箇所は明確にされています。
ブドウの果皮における「表組織 (Epidermis) とその下に存在する「柔組織・細胞 (parenchyma)」 がその場所です。
ある一定の温度以上になるとこれらの組織が影響を受け、その構造を変えてしまいます。
この結果としてブドウの果皮の表面にあるワックス層が変質してしまうのです。
ワックス層は果皮の外側から果実内にものが侵入することを防止していますが、同時に果実に含まれる水分などが外部に向かって蒸散してしまうことを防ぐ役目も持っています。
日焼けの被害を受けたブドウでの果皮ではワックス層がその構造を変えることでその役目を果たすことができなくなってしまうのです。
つまり、果実に含まれる水分を果実内にとどめておくことができずに蒸散させてしまうようになってしまいます。
この結果、日焼けの被害を受けた房では果粒が徐々に水分をなくしてしぼんだ様になっていき、最終的には日焼け被害を受けた場合の典型的な症状である干からびた見た目となるのです。
日焼けしやすい品種とタイミング
日焼けは果皮表面に存在するEpidermisおよびParenchymaで生じます。このため、一般的には果実の大きな品種の方が日焼けの被害を受けやすいとされています。
これは果実の大きな品種ではブドウの粒の体積に対して果皮の割合が少なく、相対的に加熱されやすいためとみられています。
また日焼けの被害が出やすい時期というものも存在しており、結実した実が柔らかくなる直前くらいが最も被害が出やすい時期として知られています。このほかにも果実の熟成が始まるくらいの時期も被害が出やすい傾向にあり、この場合には日焼けがさらに進行した「火傷」といえるほどの状態になることもあります。
逆に言えば、まだ結実したかどうかというくらいの今の時期にすでにそれとわかるほどの被害が出るのはかなり異例な事態といえます。
日焼けに効果的な対策とはなんなのか
すでに述べてきたように日焼けの原因は上がりすぎたブドウの表面温度です。
このため極めて単純に言ってしまえばブドウの果実の表面温度を下げてやることができれば、それは有効な対策となります。
ブドウの表面温度を下げる方法として真っ先に挙げられるのが送風です。
とある研究によればブドウの列に対して0.5 m/s から 4 m/s まで速度を上げた風を送ることで果実の温度を最大で8度下げることができる、という結果が提示されています。
現実的には外気温が高い日中にずっと送風機等でブドウ畑全域に風を送り続けることは設備的、そして費用的な面で難しいですので、より現実的に考えるならいかに自然の風をうまく利用できるかが焦点となります。つまりブドウ畑の立地の選択が重要となります。
ちなみに手っ取り早く温度を下げるために散水をする、というのはカビ系の病気の蔓延を招きかねませんので選択することはできません。
品種による対策
次に考えられるのが高温に対応できるブドウ品種の選択です。
ちょうどこの記事を執筆しているタイミングでフランスのボルドーにおける許可品種の変更に関するニュースが流れました。
参考
詳細は以下のページを参照してください
この動きは日焼けへの対策というよりも温暖化に伴い高くなりすぎる糖度とそれによるアルコール度数の上昇に対応するための方策として取り上げられていますが、副次的には日焼けへの対策にも通じるものがあります。
もともと高温環境下での生育に適しているブドウ品種を選択することは、結果として日焼けに強い品種を植えることと同意となります。
栽培技術面からの対策
これまで見てきたように、ブドウの日焼けへの対策としてはブドウ畑の立地やそこに植える植栽品種の選定が大きな意味を持ちます。
しかしこれらの対策はすでに存在しているブドウ畑に対して適用させることは難しいものでもあります。
そこですでにブドウが植えられている畑において有効性のある対策についてみていきます。
既存の畑における有効な対策も基本的なアプローチは変わらず、どうやってブドウの温度を上げないようにするのか、という点が鍵となります。
現状で提唱されている主な方法は以下の2つです。
- 誘引方法を含めた垣根の作り方の変更
- 除葉時期と程度の調整
それぞれ見ていきます。
ブドウを陰におく垣根の作り
これはイメージとしては垣根を逆三角形になるように作ることでブドウの樹自体を庇のようにしてやることでブドウの表面に直接光が当たるのを避ける方法です。
またこれ以外にもドイツでMinimalschunitt (ミニマルシュニット) と呼ぶ、そもそも剪定や誘引を行わない垣根の仕立ても日焼けの防止に有効であるとされています。
Minimalschunittに関してはその性質上、常に機械を使った仕事が要求されますので規模の小さなワイナリーでは設備投資面で採用することが難しいという側面もありますが、日焼け防止以外にもワインの生産コスト面でも特徴のある仕立て方法として注目されています。
除葉時期の早期化による対策
除葉という作業自体がブドウの表面に直射日光が当たる機会を増やす効果があるため、日焼けを防止するのであればむしろ除葉をしない方がいいのではないか、という考え方もあります。
これは実際に一面的には正当な考え方で、葉を残すことで影を作りブドウの温度が上がることを防止することは不可能ではありません。
しかしこの場合、空気の循環が悪くなるためにかえって湿気などがこもって逆効果になる可能性があります。またある程度の日光が当たることで果実に含まれる香気成分量が増えるというメリットを得ることができなくなり、日焼けのリスク以上のリスクを抱える結果につながる場合もあります。
このためより現実的な方法としては、除葉の時期を早めることがあげられます。
今回のドイツをはじめとしてヨーロッパ各地を襲った熱波のような例外を除けば、気温が高くなる時期は7月中旬くらいから9月上旬にかけてくらいの間です。
このため除葉の時期をブドウの開花時期くらいまで早めてやることで除葉してから気温が高くなるまでの間にある程度の時間を置くことができるようになります。
この期間中にもブドウの樹は成長していますので、実際に気温が高くなる時期には一度除去した場所にも葉がある程度出るなどブドウの実の周りの環境が変わります。これによって除葉によるプラスの効果を得つつ、気温の上昇によるネガティブな影響を軽減することが可能だと考えられるのです。
外部資材の導入による対策
またオーストラリアなどでの事例から、ブドウのフルーツゾーンにネットをかけたり、ブドウの表面で太陽光を反射できるタイプの被覆材のようなパウダーを散布したりすることも対策として有効であることがわかっています。
いずれの方法も費用面での負担が大きくなることに加えて、作業性の面や必要となる作業時間などのコストがかかるため費用対効果の計算が必要とはなりますが、既存の畑に対しても広く活用することができるという意味では検討の価値のある手法と言えます。
今回のまとめ | 将来的な気候変動を見込んだ計画が重要
ブドウの日焼けはブドウ表面の温度の上昇によるものであるため、いかにブドウの表面温度を上げないか、という点が需要な意味を持ちます。
この点から、
- そもそも畑を作る際に風の抜ける立地を選ぶ
- 今は畑として不利とされている北向きの斜面を選ぶ
などの立地面からの対策を講じることが今後は重要となってきます。
またこのような対策に加えて、高温環境に強い耐熱性を持ったブドウ品種を選択して植栽していくことも有効な手段です。
植栽品種に関しては数年をかけて植え替えを行っていくという視点も必要になるでしょう。
一方で残念ながら今後も継続的に気温が上がっていってしまえばこれらの対策もどこかの時点で効果を発揮できなくなってしまうことは明確です。
そのため何か一つの方法に頼るのではなく、複数の手段を組み合わせて少しでも余裕を持った対策を今から取り入れていくことが今後の日焼け対策には重要となります。
おまけ | フェノール化合物は日焼け対策となるのか
赤ワインにおける色の原因物質であるアントシアニンはある意味でストレス物質であり、ブドウの実が日光にさらされることで生成されます。
このためよりブドウの色味を濃くしたい場合には積極的に除葉を行い、ブドウに当たる日射量を増やしてやることはブドウ畑ではごく一般的に行われている行為です。
しかし上記の参考記事にも書いていますが、ブドウの実に含まれるフェノール化合物の量の多寡が日焼けの程度に影響することはありません。
白ワイン用のブドウ品種であるRieslingは日射量が多くなると自己防衛的な行動として果実内に含まれるフェノール化合物の量を増やすことが知られています。
この特徴と日焼けの度合いに注目した研究で、日焼けの度合いが異なるRieslingをプレスしたジュース内に含まれるフェノール化合物の量を測定したものがあるのですが、実際には日焼けの被害の度合いにかかわらずそれぞれのジュースに含まれていたフェノール化合物の総量には有意差が認められませんでした。
このため現状においてはブドウに含まれるフェノール化合物の量が日焼けに対する対抗手段となるという証拠はなく、フェノール化合物を多く含む赤ワイン用のブドウ品種であっても栽培方法を間違えれば日焼けの被害を受けるのです。
上記のように赤ワイン用ブドウ品種の栽培では主にアントシアニンの量を増やすために積極的に陽に当てるような栽培方法をとってしまいがちですが、昨今の状況を見る限りにおいてはこれらのブドウ品種の栽培においても対策が必要なのは間違いがありません。