醸造

ワイン造りの新技術 | 超音波の可能性

06/03/2022

超音波。耳にする機会はそれなりにあっても実際に利用している場面はなかなか思いつかないものの1つではないでしょうか。

眼鏡をお使いの方はもしかしたら、超音波式の洗浄槽を使ってレンズの汚れを落としていらっしゃるかもしれません。またワイン好きの方はもしかしたら、数年前に話題になった超音波でワインを短時間で熟成させると謳っていた商品を覚えていらっしゃるかもしれません。

超音波は比較的簡単に、かつ非加熱、非接触で加工ができるという特徴から食品加工の分野で利用価値が高いのではないかと注目されてきました。ワインに関係する分野では、熟成期間の短縮のほかにも抽出の効率化に役に立つのではないかと考えられており、実際に効果的だとする報告もされています。

超音波の利用でもう1つ期待される効果があります。それが微生物への対策です。

微生物への対策手段としての超音波の可能性を見ていきます。

ワインと微生物

ワインにとって微生物は切っても切り離せない関係にあります。

そもそもブドウを搾っただけのブドウジュースがワインになるのは、微生物のおかげです。果汁のなかで酵母と呼ばれる微生物の1種が動かない限り、ブドウジュースはいつまで経ってもノンアルコールのジュースのままです。

徹底解説 | ワイン酵母のキホンのキ

赤ワインがまろやかな酸味になるのも微生物のおかげです。ヨーグルトでおなじみの乳酸菌の1種がワインの酸をまろやかにしています。

ワイン造りには微生物の協力が欠かせません。微生物はワイン造りの最大の立役者です。

ワインと酸と乳酸菌 | MLFを知る

ところがワイン造りでもっとも怖いことにも微生物が関わっています。微生物汚染といいます。

微生物に汚染されたワインからは多くの場合、オフフレーバーとも呼ばれる、欠陥臭を感じるようになります。ひどい場合にはとても飲用に適さない、棄てるしかないような状態になってしまう場合もあります。

ワインを造る人間にとって、微生物は最大の敵でもあります。

ワインの欠陥臭ブレットを生む酵母 | ブレタノマイセス

微生物を抑制する

ワイン造りの一面は、微生物との戦いです。ブドウを収穫してきたその瞬間どころか、ブドウを栽培している最中から望ましくない微生物を徹底的に排除するために動きます。

栽培技術 | ブドウ栽培における病気への対策 - 防除の方法

とはいっても微生物を直接ヒトが目で見ることはできません。微生物としては比較的大きい酵母でも5マイクロメートル前後、乳酸菌や酢酸菌といった細菌に至っては0.5 ~ 1マイクロメートル。髪の毛の太さ (およそ100マイクロメートル) の20分の1とか100分の1。もしくはさらに小さいのが微生物です。これに対処しようとすれば、効果があるとわかっているものを使って予防的に動くしかありません。

そうした予防策の1つで代表的なものが、二酸化硫黄の添加です。

二酸化硫黄はワイン造りの現場ではSO₂と化学式で表現されることが多いですが、日本ではワインの裏ラベルに記載されている酸化防止剤、もしくは亜硫酸塩の名前で知られています。酸化防止剤という名前のためにSO₂はワインの酸化を防止するために添加されていると思っている方も多いですが、ワインの中で微生物が悪さをしないようにするためにも極めて重要な役目を果たしています。

二酸化硫黄、正しく理解していますか? 1

ワインの酸化を防止するだけであればアスコルビン酸と呼ばれる添加物を代わりに使うこともできますが、SO₂が持つすべての効果を完全に代替できる成分はいまだに見つかっていません

誤解とともに嫌われる二酸化硫黄

ワイン造りでほぼ必須ともいえるSO₂ですが、ワイン関連では最大の嫌われ者です。

SO₂は硫黄の化合物ですので、添加量が増えれば人体にとって有害ですし少量の添加であっても人によってはアレルギー反応を起こす可能性があります。一方で例えばドライフルーツなどでははるかに多くの量が含まれており、ワインに含まれる量は世間的には健康上、まったく問題にならない範囲です。

ワインを飲んで頭痛が起きるのは酸化防止剤が原因だ、というものや、ワインにはSO₂という防腐剤が入っていて人体に有害だ、という話をいまだに見かけることがありますが、ほぼ根拠のない誤解です。

酸化防止剤が頭痛の原因というのは本当か | ワインあるある

増え続けるSO₂無添加ワイン

ワインに添加されるSO₂を嫌厭する理由の多くは誤解に基づいていますが、それでもワインに添加されるSO₂の量は少なくなる傾向にあり、無添加を謳うワインも増え続けています。

背景にあるのは、対象物に関わらず添加物の量自体を必要最小限まで減らそうという考え方や、ワインから工業製品を排除しようとする思想です。

ワインからSO₂を排除することの良し悪しは横に置くとして、問題になるのは結果としてのワインの品質です。

そのもの自体がなんだったかは別として、SO₂がワインの品質維持に果たしていた役割は大きく、かつ有用だったことは間違いがありません。そうした中で存在が気に入らないからという理由だけで排除してしまえば、百害あって一利なし、という結果になるのは当然のことです。何かしらの代替手段が必要です。

しかし何か1つのものだけでSO₂が持つすべての便益を代替できないことはすでに書いた通りです。SO₂を入れずに同じ効果を得ようとするのであれば、複数の手段を組み合わせるしかありません。

そうした手段の1つとして候補に挙がっているのが、超音波です。

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超音波とSO₂無添加

超音波もSO₂の持つすべての効果を代替はしません。超音波に期待されているのは、微生物への対策です。

ワインに添加されたSO₂はその添加量に応じて微生物に対して違った効果を発揮します。ある程度の量までであれば、ワイン中に微生物は存在しているけれど動けない状態にすることでワインを守ります。これを微生物の失活といいます。一方で添加量がさらに増えていくと、微生物を殺すことでワインに影響を出せないようにしてしまいます。しかし大抵の場合、ここまで添加量を増やすと今度はSO₂が原因でワインがとても飲めない状態になります

つまりSO₂の添加はほとんどの場合、微生物を失活させている状態に止めています。この状態では微生物自体はまだ生きていますので、ワインの状態が変わると場合によっては再度、活動を始める可能性が残っています。ごくまれに甘口のワインがボトリング後に再発酵してしまうのはこの典型例です。

一方で超音波を使うと、微生物は失活状態になるのではなく、細胞が破壊され死滅します

昔のアニメには音叉をたたいて壁に当てるとその壁が振動で壊れるシーンがありましたが、超音波を微生物に当てる時には細胞壁という壁に対してまさにこのシーンが再現されているわけです。

SO₂の添加と違って影響を受けた微生物が再度活動を始めることはありませんので、その意味ではより確実な手段だといえます。

想定される活用方法

超音波を使った微生物の制御はいくつかの場面で利用価値があると考えられています。

  1. 雑菌の排除
  2. 酵母の選択性向上
  3. MLFのコントロール
  4. 醸造所内におけるコンタミネーションの回復

順番に見ていきます。

雑菌の排除

収穫してきたブドウには自然由来の様々な雑菌が付着しています。そのうちのいくつかはワインにポジティブな影響を及ぼすことが期待されますが、ほとんどのものはネガティブに働きます。発酵前の果汁に超音波を当てることでそうした雑菌類を排除することができる可能性があります。

酵母の選択性向上

主に乾燥酵母を使用して発酵を行う場合に重要になる使い方です。

より安定した発酵を行いたい場合や、出来上がるワインに特定の風味やニュアンスを得たい場合には主に乾燥酵母を使用します。一般的には発酵前の果汁に適量の乾燥酵母を添加すれば、添加した酵母が果汁中で支配的になり発酵もその酵母を中心に行われます。

ここで注意したいのは、あくまでも支配的である、という点です。果汁中には別の酵母が存在している可能性があり、そうした酵母が並行して動かないという保証はありません。また何かの要因によって添加した酵母以外の酵母が支配的になってしまう可能性もゼロではありません。

乾燥酵母の添加前の時点で超音波を使用し、予め果汁中に存在する可能性のある酵母を排除しておくことは、予期しない酵母との競合を排除し選択した酵母の特性を十全に発揮させることにつながります。

MLFのコントロール

主に赤ワインを中心に行われるマロラクティック発酵 (Malolactic fermentation: MLF) は乳酸菌がワイン中で動くことで起きています。MLFが起きること自体は望んでいたとしても、どの程度にとどめたいのかはその時々で異なります。

従来、始まったMLFを途中で止めたい場合には酵素やSO₂の添加をする必要がありました。超音波処理はこうした添加物を使用することなく、MLFを止めることができる可能性があります。

またそもそもMLFを起こしたくない場合もあります。こうしたワインに対しては予め超音波処理をすることでワイン中に混入した可能性のある乳酸菌を排除し、MLFの自然発生を抑制することが期待できます。

コンタミネーションの回復

多くの微生物は収穫されたブドウの果皮や梗、もしくは収穫容器に付着して畑から醸造所内に持ち込まれます。しかし醸造所内にも微生物が存在しており、そうした微生物によって汚染が発生する可能性もゼロではありません。

そうした醸造所内でのコンタミネーションの代表例が木樽に生息するブレタノマイセス (Brettanomyces bruxellensis, ブレタノミセスとも) によるワインの汚染です。

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ブレタノマイセスに限らず、醸造所内の器材や装置を介した微生物汚染はそこまで珍しい事例ではないにも関わらず、一度汚染が発生してしまうと致命的なレベルの被害になり得ます。微生物がワインに入り込み、活動を開始することで何らかの物質が作られてしまうと、それを完全に取り除くことはまずできないためです。

重要なのは早期の発見と迅速な対処です。こうした微生物の活動もSO₂の添加で抑制することはできるのですが、タイミングによってはSO₂の添加を行えない場合もあります。そこで超音波処理を行うことで、原因となる微生物をワインから除去し、被害の発生を防止することが期待されています。

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今回のまとめ | 超音波はSO₂を代替し得るのか

ワインの醸造工程中における超音波の利用が微生物の抑制に対して効果が期待できることは、現在わかっている範囲ではほぼ間違いありません。すでに見てきたように、部分的には従来のSO₂の添加よりも高い効果が見込める可能性もあります。

また超音波の利用はワインに添加物を加える必要がなく、かつ従来は添加していたものを添加せずに済むようにする効果も見込めます。こうした点で、SO₂をはじめとしてワインに添加物を加えること自体を忌避する生産者や消費者にはきわめて期待の大きい技術となる可能性があります。

一方で超音波をワイン醸造に取り入れる可能性が指摘されてからはすでにある程度の期間が経過しているにも関わらず、現在の醸造現場に多く取り入れられている技術とは言えないのが現状です。超音波処理は比較的安価に取り入れることのできる技術であるにも関わらず、です。

超音波に限らず、1つの新しい技術を取り入れた場合、その影響は広い範囲に及びます。そうした影響にはポジティブなものもネガティブなものも含まれます。1つの効果だけを見て全体を評価することはできません。

しかしこうした技術は使い方1つで全く違った効果を期待できるものでもあります。

添加物を使用することなく微生物の影響を排除できる可能性はワイン造りをしていくうえで魅力的です。添加物を使わない = ワインの品質をリスクにさらす、という現状で完全に回避することが難しい事態を打開できる可能性のある技術は貴重です。一方で超音波処理に関してはそうした局所的な判断に寄らずに使い道を検討していくことがより重要なように感じています。

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Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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