ボトルに入れられワイナリーから出荷されたワインはいろいろな面から影響を受け、その味を変えていきます。この味が変化していく状況を熟成や劣化と表現しています。ワインの熟成や劣化と聞いて思いつくのは、多くの場合、酸化や熱劣化ではないでしょうか。
ワインが影響を受ける要素として挙げられるのが以下の5つです。
温度
振動
酸素
湿度
紫外線
これらの中でも温度による影響がもっとも大きいといわれています。
しかし酸素との接触が酸化を引き起こし時としてワインの味も香りもダメにしてしまうことは周知の事実ですし、湿度の変化はコルクの乾燥による液漏れやカビの発生につながります。紫外線はボトルによって守られるようになっていますが、それがなければやはり影響は甚大です。
温度を含めいくつかの要素は単体だけではなく複数による複合要因としてもワインに影響を与えています。
こうしたなかで限られた条件下でのみワインに影響を与えている要素があります。振動です。
振動は主にワインの輸送中でのみ加味される要素です。影響する場面が限定的であるためにそれ単体での影響の範囲を調べた研究事例は少なく、確定的な影響範囲もまだ明確になっていません。
今回はワインを変化させる未知の要素、振動についてです。
振動はワインを変化させるのか
振動がワインに与える影響の度合いは調査事例によって様々な見積もりが成されています。ある研究においては振動はワインの味や香りに影響を与えない、としているのに、別の研究ではワインに変化があった、とするものもあります。この違いは、振動の大きさと継続期間です。
振動といっても例えばワインのボトルをシェイクするようなものであれば、ワインの味や香りは変化します。しかしそれは余りに極端な振動を加えたことにより、ワイン中の溶存二酸化炭素が放出されるのと同時にボトル内の酸素との接触が増えた結果だと見做せます。
つまり、純粋な振動の影響とは言えません。またワインの入ったボトルにそのような扱いをするケースは極めてまれです。
ですので、今回は輸送中に発生する程度の振動を想定しています。
いくつかの調査事例を見てみても、継続期間が1ヵ月以内程度の短期間に留まるようなケースでは有意差として見られるほどの影響は出ていません。一方で振動の継続期間が数か月になってくるとワインの味や香りに有意な差が見られ始めています。
つまりワインは振動によって変化する可能性があります。しかしそのためにはある程度の継続期間が同時に必要になるのです。
以下では酸味、外観、香りの3つの視点で振動がワインに及ぼす影響を見ていきます。
酸味 | 酸量とpHへの影響
ワインが振動によって影響を受ける要素はいくつか指摘されています。その1つが酸量です。
振動の強度を変えて最長18か月まで継続的に行われた事例ではpHは影響を受けにくい、もしくはほぼ影響を受けない要素であったとしています。しかしこれに対して、ワインに含まれる酸量では変化が見られています。とても興味深いことに酒石酸量が一定期間までの間はわずかに増え、その後に減少しているのです。
またこの変化には一部の有機酸量の減少も追随したほか、影響の度合いは振動の強度にも関連していました。
なお、酒石酸量の減少幅がもっとも大きくなったケースでは同様にpHの数値にも変化が確認されました。
ワインの熟成が進むと酸が落ちていくことは良く知られています。
つまり、振動はワインの熟成を加速させる可能性が高いことが分かります。しかもその影響の度合いは通常は数年、もしくは数十年といった期間で生じる変化をわずか数か月に縮めてしまうほどなのです。
外観 | 振動はワインを濁らせる
多くの場合、濁ったワインは品質上の欠陥を持つと判断されます。このため多くの醸造家はボトリングの前にフィルターを使ってワインをろ過し、きれいに透き通った液体としてワインを仕上げます。
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一方で振動がこうした醸造家の努力を無駄にする可能性があることが指摘されています。振動によってワインが濁る可能性があるのです。
上記の研究の結果によると振動を受けたワインでは短期間に屈折率の上昇が確認されています。屈折率の変化の原因には複数の点が指摘されていますが、そのうちにはフェノール含有量の変化も含まれています。
この研究ではフェノール量の変化によるワインの色への影響は明確には確認されなかったようですが、起こり得る可能性の1つとしては振動がワイン、特に赤ワインの色に対しても影響を及ぼす可能性のあることが指摘されています。
香り | 変化するワインの香り
ワインの香りはその多くがアルコール、酸、そしてエステルによって構成されています。なかでもアルコール類とエステルはワインに含まれる遊離揮発成分の90%以上を占め、ワインの香りの大部分はこれらの化合物によってもたらされています。
なかでももっとも豊富に含有されているのが高級アルコールに分類される化合物です。これら高級アルコールの含有量は過去の研究によって、ワインの熟成過程では大きな変化を示さないことが報告されています。
つまり酸化による変質の可能性はあっても、熟成により香り成分の量への直接的な影響は大きくないということです。芳香系化合物の含有量の変化は香りの強度の変化ではなく、香りの構成自体に影響を及ぼしますのでこの点は重要です。
これに対して、振動による影響でその含有量が変化する可能性が示唆されています。
前述の通り、香りを構成する各種成分の含有量が変わるとそれぞれの構成比率が変わり、ひいてはワインの香りや風味を根本から変える可能性が高くなります。これはワインの品質を考えるうえで致命的となり得る問題です。
今回のまとめ | 振動による熟成は利用可能か
時としてワインはその飲み頃を迎えるまでに長い長い時間を必要とします。一部のワインでは数十年も前のヴィンテージであるにも関わらず、まだ飲み頃を迎えていなかった、なんて話を聞くこともあります。
手にしたボトルが飲み頃を迎える時をゆっくりと待っていられるのであればそれに越したことはありません。しかし下手をすれば自分が生きている間に飲み頃は来ないのではないかと思うようなボトルであれば話は変わります。
やはり自分で手に入れたボトルは自分で楽しみたいもの。何とかして短期間に上手く熟成させようとする試みは常に行われています。
その試みの1つが振動を加えることです。
振動を加える方法は超音波振動機を使ったようなものから、海上や線路脇など常に振動が加わる場所にワインを置くというものまで様々試みられています。確かにこうした手段によってワインに適度な振動を加えることで一部の熟成工程を加速させ、長い期間を待たずにワインの飲み頃を迎えられる可能性はあります。
一方で振動によるワインの熟成加速は再現性に乏しく、適切な管理が非常に難しい手法でもあります。またこの方法による熟成では通常の熟成時とは異なる成分構成になる可能性が指摘されています。つまり、望まない熟成結果となるリスクが常に、しかも高い可能性で存在します。
こうした点から判断する限りにおいては、振動によるワインの熟成の加速は望ましい方法とは言い難く、ワインは極力振動を避けて輸送および保管されることが望ましいといえます。
記事中で記載している振動によるワインの各種変化の具体的な内容についてはオンラインサークル内および「振動がワインに与える具体的な影響とその方法」の記事内で詳しく紹介しています。またサークルでは実際に実験で示された具体的な成分の変化量についても触れています。
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