品質管理

ワインとコルク|コルクがもたらす味への影響

02/23/2025

ワインのボトルを密閉する代表的存在、それがコルクです。現在はスクリューキャップなどコルク以外の栓を使用してワインボトルを密閉するケースも増えており、造り手は自身の考えに基づいて複数の選択肢の中から自由に選ぶことができるようになってきています。そうしたことを背景にスクリューキャップの使用率などは増加してきていますが、それでもまだ、世界中で多くのボトルがコルクを使って閉じられ続けています。

コルクはもともと古代エジプトや古代ギリシャの時代からアンフォラを口の閉じるのに使われていたとされています。封口材として歴史的に使われてきていたコルクですが、ワインのボトルを閉じるための用途にこれほど大々的に使われるようになったのは割と近年のことと言われています。使われるようになった理由は、一説によれば17世紀にフランスの修道士でありワインの醸造家でもあったドン・ピエール・ペリニヨンがワインボトルの栓としてコルクが理想的であると広めたためとされています。

ボトルを閉じるための材料として理想的。それは確かに17世紀ではそうだったかもしれません。一方で近代ではコルクに変わる材料も開発され選択肢は増えています。果たしてコルクは現代でもまだワインのボトルを閉じる材料として理想的なのか。この記事では従来言われてきた要素とはまた別の視点から、コルクがワインの味や香りに与える影響に焦点を当てつつこの問いを考えていきます。

コルクの特徴

コルクはコルクガシと呼ばれるブナ科コナラ属の樹の樹皮から作られています。時々ミズナラの樹皮と書かれている文章も見かけますが、コルクガシは学名でQuercus suberと命名されている一方で、ミズナラは同じブナ科コナラ属には属しますが学名はQuercus crispula。分類上の種が異なります。ちなみにコルクガシが常緑高木であるのに対してミズナラは落葉高木ですので基本的にはお互いに異なる樹木です。

コルクがワインボトルの栓として理想的とされる理由は、その機械的・物理的特性にあります。素材として軽く、熱伝導性が低く、液体の透過性が非常に低いことに加え、圧縮性がありながら弾性記憶に優れているため栓として使用した際にボトルの界面とよく馴染むという特徴があります。ボトルの界面とよく馴染む、というのは、栓とボトル内壁の接触部分が隙間なく密着するため液漏れがとてもしにくいということです。

地中海沿岸地域が原産地とされるコルクガシですが、なかでもポルトガルとスペインがコルク産業の中心地となっています。コルクの利用範囲は広く、ワイン用の栓としての需要は生産量全体の20%に満たないともいわれています。しかしその一方で売り上げ規模ではこの用途向けが全体の7割弱を占めており、極めて高単価な産業として成立していることが分かります。

ちなみにワイン用途では製品のグレード、長さ、処理の有無や方法などによって価格が大きく異なり、高いものでは1本のコルクが1ユーロを超える値段で販売されています。

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ワインの熟成や欠陥臭との関係

コルク栓を使用する意味としてよく知られているのが、OTR (oxygen transmission rate) とも呼ばれる酸素透過率です。

スクリューキャップやヴィノロックなどのガラス栓などは素材の密度が高く、それ自体は酸素を通しません。一方でコルクは素材自体が酸素透過性を持っており、保管期間中にボトルのなかに微量の酸素が供給されるといわれています。この酸素と触れることでワインに含まれる各種成分の酸化が進み、ワインがゆっくりと熟成されていくとされています。ワインはコルクを通して呼吸している、という話を聞いたことがある方も少なくないのではないでしょうか。

またコルクはブショネと呼ばれるワインの欠陥臭 (オフフレーバー) の原因になり得る存在としても知られています。これは塩素との接触などを通してコルク中に生成されたTCA (トリクロロアニソール : 2,4,6-Trichloranisol) と呼ばれる化学物質がワインと触れることでワインに移ってしまうことを原因としたオフフレーバーです。厳密にはコルクだけが原因となるわけではありませんが、発生原因のほとんどがTCA汚染されたコルクとの接触によるものであるためコルク臭とも呼ばれています。

一般によく知られているコルクによるワインへの影響はこのOTRによる熟成とTCAによる汚染の2つです。一方で造り手がコルクを栓として使用する上で知っておくべき影響がもう1つあります。コルクからの抽出です。

コルクはワイン味を変えるのか

ボトルの栓が違うとワインの味が変わる。そう聞くと、ついつい前述の熟成の話題のことかと思われるかもしれませんが、違います。コルクはもっと直接的にワインの味を変える可能性があります

天然の植物素材から作られているコルクは、素材それ自体が様々な成分を含んでいます。そうしたコルクに含まれている成分の一部は、TCAの場合と同様に、ワインなどとの接触を通して対象の側に移行します。こう書くとこうした事象はコルクだけに起きている特殊な事例と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。ワイン造りの工程において、こうした抽出とよばれる技術はとても一般的なものです。

コルクというものはいわば、生木です。生木とワインといえば、木樽やチップといったものを思い浮かべる方もいらっしゃると思います。実際にコルクからワインに移行する可能性のある成分の一部には、そうした醸造の現場でワインの味や香りに影響を与えることを目的に使用されている資材から抽出される成分と同一のものが含まれています。そしてそれらの成分は同様にワイン中に移行します。つまり、コルクを通してポリフェノールやバニリンなど一部の不揮発性化合物がワイン中に供給される可能性があります。さらに、場合によっては醸造工程中で樽を使用していないワインであってもコルクを使用することで樽を使ったかのようなニュアンスを感じるようになる可能性さえある、ということです。

影響の大きいコルクと小さいコルク

ところが、ワインのボトルを抜栓しようとしたとき、そこにコルクがあったらすべてのワインが等しくコルクの影響を受けているかといえば、そうとも限りません。コルクの影響の出方にはある程度の法則性と、極めて高いランダム性とが併存しています。この両者の合計で、ワインに生じる影響の大きさが決まります。

ボトルの栓としてコルクが使用されていた場合、使用されていたボトルの中身にどの程度の影響が出るのかは使用されているコルクによってある程度規定されます。つまりワインにより大きな影響を与えやすいコルクと、そこまで影響を及ぼさないコルクとがあり、これらは一定の条件に基づいて判断できます。これが法則性です。

種類と等級に見る影響の法則

どの程度の影響をワインに与えるコルクかどうかを決める大きなポイントは2つあります。コルクの種類と製品の等級です。一方で意外かも知れませんが、コルクの産地などはさほど大きな影響を及ぼさないことが分かっています。

コルクの種類とは、簡単に言ってしまえばそれが天然コルクか圧搾コルクか、という違いです。コルクと一口にいっても、そこにはいくつかの種類があります。

2種類に大別されるコルク

中には合成コルクと呼ばれる製品のようにコルクガシを原料としない、100%合成樹脂によるものもコルクと呼ばれている場合があります。これに対して、コルクガシを原料としたものに限った場合には製品群は大きく分けて2種類に大別されます。天然コルクと圧搾コルクです。

天然コルクとは、コルクガシの樹皮をパンチングで打ち抜くことで作られている一本材のものを指しています。おそらく多くの人にとってワイン用コルクと聞いて一番最初に頭に思い浮かぶ、もっとも馴染みがあるであろう製品です。

これに対して圧搾コルクはコルクガシの樹皮を一度一定サイズ以下の顆粒状に破砕し、それを食品グレードのバインダーなどを使って再成形した製品です。近年ではフランスのDiam Bouchage社の製品が有名で、DIAM (ディアム) の名前でこの製品を認識されている方も少なくないのではないでしょうか。

なおこの製品、英語ではmicro granulated cork stopperやmicroagglomerated cork stopperという呼び方をされるのですが、日本語では圧搾コルクや破砕コルク、圧縮コルクのようにいろいろな呼び方をされているようです。この記事では便宜上、圧搾コルクの名称を採用しています。

こうしたコルクの種類の違いとワインに与える影響の大きさを見ると、天然コルクが圧倒的に大きな影響をワインに与えることが分かっています。これは天然コルクの方がワイン中に抽出される成分の種類も量も多いということで、ある事例ではその差が25倍にものぼったと報告されています。

こうした差は製品の根本的な作り方の差に基づいて生まれているものです。片や自然の構造を保ったままであるのに対して、もう一方は一度粉砕され再成形されているわけですから、空隙率を含めその特徴は大きく変わります。では天然コルクは必ずしもワインに大きな影響を与えるのかといえば、そうとは限りません。そこに関係するのが、選別よる製品等級の設定と処理による品質の向上です。

製品等級と品質向上処理

多くの製品がそうであるように、コルクにも製品等級が設定されています。コルクの等級というと長さのことを言っていると思われるかもしれませんが、別です。

例えば天然コルクは9等級管理が基本にあり、メーカーによってはそれを簡易化した3等級管理が行われています。この等級は主にコルクの表面状態を中心とした組成的な面から決められています。単純にいうと、表面の均一性が高く空隙がより少ないものほど高いグレードとなり、逆にロットアウトしない範囲でより多孔質なものは低いグレードとなります

コルク表面に空隙、つまり溝などによる隙間が多くあれば、それだけそうした隙間を伝って液漏れを起こす可能性が高くなります。また比表面積も大きくなります。さらには溝や孔の部分にトラップされている空気の量も増えます。そう考えていくと、空隙率がコルクの品質管理上の重要な指標であることが分かります。

製品等級自体はこうしたコルクの状態によって決定されますが、実際に使用するコルクを選定する場合にはここにさらに洗浄方法やコーティング、検査方法を含む各種処理の有無や方法といった選択肢が加わります。例えば圧搾コルクでは製造工程中にTCAを予防できるとされる特殊な洗浄工程を入れた場合などにはより高いグレードの製品として扱われることになりますし、天然コルクで全量検査工程を実施した製品も同様です。

一般に高い等級を持つ製品の方がワインと接触してもワインに与える影響は小さく抑えられることが分かっています。さらに各種処理や検査項目を加えることで、そうした安全性はより高まっていきます。コルクの等級や各種処理などはTCAの含有量やOTRの程度に対応する基準として受け取られることが多いですが、それ以外にも意味のある基準となっています。

ランダム性とボトル個体差の可能性

空隙率の低い種類や等級の製品を選び、さらに可能な限りの処理を施すことでコルクによるワインへの影響の度合いは大きく引き下げることができます。これはある種の法則で、項目を足せば足すほど安全性は高まりますし、省けば省くほど安全性は低くなります。原因と結果がとても分かりやすい関係の上に成り立っています。

一方でコルクを、特に天然コルクを使用している限りにおいてはコルクがもたらす影響を完全に排除することはできません。法則的な部分でいくら予防処置をしたとしてもそうした影響がゼロになることはないのです。これは自然素材であるというコルクの特徴が内包するランダム性が、法則的に管理できる領域を時に凌駕するためです。

品質再現性がないという現実

例えば日々の食卓に並ぶ野菜を考えてみてください。同じ大根やほうれん草であったとして、厳密な意味で同じものは1つとしてありません。味も食感も少しずつ違います。栽培管理や出荷前の検査である程度は揃えられていますが、すべてが同じにはなりません。これは天然のものである以上、当たり前のことです。自然物には厳密な意味での再現性がないのです。

コルクも同様です。すべてのコルクガシの樹は違いますし、樹皮の位置によっても状態は変わります。さらには同じ位置から剥がされた樹皮であっても数センチや数ミリの差で傷や溝の出方は変化します。

コルクの特徴は細胞レベルで生じているものです。細胞のサイズから考えれば、ミリメートルやセンチメートルといった距離は膨大な広がりのある空間で、そのなかで様々な変化を生むには十分すぎる余裕があります。コルクにおける製品等級の決定とは、こうした膨大な誤差を含んだ上に成り立っているものなのです。

多くのばらつきを含むコルクという存在

工業製品であるためコルクにも一定の製品等級が設定され、その基準に基づいた品質管理がなされています。しかしその管理基準はある程度の範囲の中でしか行われません。これは、行えない、と表現する方が正しい類いのものです。

そうした背景からコルクの性質にはロット間のばらつきがとても大きく出てきます。これは製品等級間のばらつきという意味ではなく、同一等級間におけるロットばらつきという意味です。さらに、過去に行われた同一ロット間でどの程度のばらつきがあるのかを調べた調査では、同じ製品等級の同じロットで供給された製品であっても、個別製品間には統計上有意な差があったことが報告されています

ここでいうばらつきとは、コルクに含有されている成分の種類と量に関するもの、つまり、そのコルクを使用することでワイン中に抽出されてくる可能性のある成分の存在状況におけるばらつきです。含有されているものが必ずしもワイン中に抽出されるわけではなく、さらには抽出されるにしてもその量は一定にはなりません。そこには極めて大きなランダム性が存在します。そしてこうした事実は同時に、コルクの使用はワインのボトル個体差を生じる原因になり得ることを意味してもいます

ここではコルクからの抽出という視点に注目していますが、コルクの持つランダム性はOTRやTCAの可能性にも同様に働きます。つまり熟成傾向やオフフレーバーの有無に関わります。そうした意味でもコルクによるボトル個体差への影響の範囲は大きくなり得るものだといえます。

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今回のまとめ|どうしてコルクを使うのか、を明らかにする

一般にいわれるコルクの影響はそのほとんどがOTRとTCAに関わるものです。確かにそれらのもたらす影響の範囲は相対的に大きく、無視することのできないものです。一方でこの記事では、普段あまり目を向けられることのない、コルクからの抽出可能性に注目をしてきました。

コルクからワイン中に抽出される可能性のある化合物は様々ありますが、代表的なものはポリフェノールです。こうした成分がワイン中に移動することでワインに苦みや渋みといった味覚的な影響が出る可能性があるだけではなく、褐変や濁りといった視覚的な影響が出る可能性も示唆されています。

一般に圧搾コルクと天然コルクとでは天然コルクの方が高級で、圧搾コルクを使用するのは安いワイン、という認識が持たれています。事実、部材価格にのみ目を向ければこれはその通りで、最高品質の圧搾コルクであっても最高品質の天然コルクよりもかなり安い値段で調達することができます。一方で最終製品における品質安定性の観点から見ればこの関係性は逆転します。よりワインに影響を与えないのは安い圧搾コルクで、高い天然コルクの方がワインにとってリスクとなり得るのです。

こうした関係はコルクとスクリューキャップの関係にも見られます。スクリューキャップは圧搾コルクと比較しても安価であることが多いですが、ワインへの影響はさらに小さくなります。ワインの元々の品質を守り、それを変えない、という観点に立つ限りにおいて、より安い部材がより優れていることになります。

世間一般での議論において、ワインボトルに使用する栓にはワインの熟成への影響という要素が強く紐付けられています。時にそうした関係性の部分がより本質的な部分を凌駕するインパクトを持つこともそこまで珍しいことではありません。しかしそうした風潮も昨今では少しずつ変わりはじめてきています。

コルクでもってボトルを閉めることが悪いわけではありません。今でも世界中の消費者の8割近くがコルクで閉じられたボトルを好むという話もあります。コルクには製造や品質面における意味だけではなく、マーケティングや嗜好といった意味もあります。最近ではSDGsの観点からコルクの使用を議論する向きもでてきています。

大事なのはコルクを使うことで自分たちのワインにどのような影響が出る可能性があるのかを造り手自身が知っておくことです。

知ったとしてもそれらすべてを完全にコントロールできるわけではありませんが、知っておくことで何かが起きたときに備えておくことはできます。少なくとも、コルクはワインの味や見た目に影響を及ぼす可能性がある部材である、という理解を持っておくこと。それだけでも、きっとワインは変わります。

[ 詳細解説記事 ] コルクはワインの味をどう変えるのか
https://note.com/nagiswine/n/nc7cd6d397a59

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。ドイツのワイナリーで醸造責任者を歴任。栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーの醸造家兼栽培醸造コンサルタントとして活動中

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