スパークリングワイン

泡の秘密 | スパークリングワインの魅力の裏側を知る

12/26/2022

クリスマスや年末年始に限らずパーティーやお祝い事に欠かせないのがスパークリングワイン。フルートグラスに立ち昇る泡を見ているだけで華やいだ気持ちになれます。

スパークリングワインは世界中で造られています。最近ではイギリスで造られているイングリッシュ・スパークリングが注目されているほか、ドイツのゼクトも売り上げを伸ばしています。そうした中でも不動の地位を気づいているのが、シャンパーニュ。フランスのシャンパーニュ地方で造られるスパークリングワインです。日本はアメリカ、イギリスに次いで輸入量が多く、シャンパンの名称で親しまれています。

こうしたスパークリングワインを特徴づけているのが、炭酸ガスによる泡立ちです。この記事ではスパークリングワインが持つ最大の特徴である泡に注目していきます。

なぜ泡が出るのか

なぜ普通のワインは泡が出ないのにスパークリングワインでは泡が出るのか。その秘密は造り方にあります。普通のワインでは1度しかしないアルコール発酵を2度するからこそ、スパークリングワインでは泡が出るのです。

スパークリングワインに独特な造り方に二次発酵と呼ばれるものがあります。ブドウのジュースがワインになるために必要なアルコール発酵のことを一次発酵といいますが、この後にもう一度、2度目の発酵をすることを指しています。

発酵では糖分がアルコール (エタノール) と二酸化炭素に変わります。

一次発酵では発酵の際に生じる二酸化炭素ガスをそのまま大気中に排出してしまいますが、二次発酵では密閉した容器の中で発酵を行うことでこの二酸化炭素ガスを空気中に逃すことなく閉じ込め、ワインの中に溶け込ませます。密閉された容器の中では気圧が高くなるため溶け込んだ二酸化炭素ガスが出てくることはありませんが、容器を開けると容器の中と外とで気圧の差が生じるために二酸化炭素ガスがそれ以上溶けていることができなくなり、泡として出てくるのです。

どれくらいの泡が出るのか

シャンパーニュやゼクトをはじめとした一般的なスパークリングワインでは瓶内気圧が6 barになるように造られています。これを炭酸ガスの量になおすと、おおよそ10 ~ 12 g/Lになります。

10 g/Lの炭酸ガスが20℃の環境下に置かれると、その体積はおおよそ6 Lになります。つまり仮にグラスに100 mlのシャンパーニュを注いだとすると、そのグラスからは0.6 Lの炭酸ガスが出ていくことになります。気泡の直径は~ 500 μmと言われますので、手元のグラスでは1000万の気泡が立ち昇ることになります。

一方でグラスに注がれたシャンパーニュから出てくる炭酸ガスのうち、およそ80%は目に見えない状態で溶出してくるといわれています。このため、実際に私たちがグラス越しに眺めることのできる泡の量は一杯のグラスごとに200万程度、ということになります。

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泡の量を決める2つの要素

スパークリングワインをグラスに注いだ際に出てくる泡の量は2つの要因に依存することがわかっています。その中でも特に影響が大きいのが溶存二酸化炭素量、つまり溶け込んでいる炭酸ガスの量です。

二次発酵時に瓶内気圧を6 barに設定した場合、基本的には発生する炭酸ガスの量は一定です。これはシャンパーニュだろうとゼクトだろうとイングリッシュ・スパークリングだろうと南アフリカのスパークリングワインだろうと変わりません。仮に理想的な環境でしっかりと瓶内気圧6 barで造られたスパークリングワインであれば、それがどの国のどのワインであってもグラスに注いだ際に出てくる炭酸ガスの合計量に理論上の差はありません。一方でここに影響するのが、醸造中の作業精度と熟成期間です。

スパークリングワインでは二次発酵が終わった後にボトルの中に残った澱を取り除く作業があります。シャンパーニュではデゴルジュマンと呼ぶ作業です。

デゴルジュマンでは澱をボトルから外に出す必要上、必ずボトルが抜栓されます。この際に炭酸ガスが抜けることは避けられず、ボトル毎の炭酸ガス量が微妙に変わります。ボトル内に封入されている炭酸ガス量が減ればグラスに注いだ際に出てくる泡の量も減ることになります。

また長期間の熟成によって溶存二酸化炭素量が減るらしいこともわかっています。長期熟成したスパークリングワインで発泡量を少なく感じることが多いのはこのためです。

泡立ちの秘密は繊維

スパークリングワインが泡立つのはグラスに注いだ時です。炭酸ガスが泡となるためには泡の核になる要素が必要で、その核が存在しないボトルの中では抜栓してもワインがいきなり泡立つことはありません。ちなみにボトルの中で泡が出るガッシングと言われる現象は、ボトル内に酒石酸やタンニンが結晶化したものや異物などの核となるものが存在する場合に発生します。

以前はグラスの表面にある微細な凹凸が核の代わりになることで泡が発生していると考えられていました。このためグラスごとにガラスの表面状態が変わり、それによって泡立ちに差が出ると説明されたりもしていました。

ところが近年の研究により、グラス内で泡が生じる理由がまったく違うことが判明しました。スパークリングワインをグラスに注ぐ瞬間を高倍率のスーパースローモーションカメラで撮影することで、グラスの内壁に付着していた中空繊維が起点となって泡が発生していることが明確に確認されたのです。

この繊維は空気中に浮遊しているものであったり、グラスを洗浄後に拭き取りをしたワイプのものであったりなど由来は様々だと考えられています。一方でかつて泡立ちの理由と考えられていたグラス表面の凹凸は炭酸ガスが泡となるためには微細すぎて影響力を持たないことが計算によって証明されました

なおこのグラスの内壁表面に付着した繊維が泡立ちの立役者である点はスパークリングワインだけに限らず、ビールやコーラなどの炭酸飲料すべてに共通しています。

時間と共に泡の減る理由

ボトルを開けたてはたっぷりとした泡が出ますが、そうした泡の量は徐々に減っていきます。ボトルを半分も飲む頃にはほとんど泡が出なくなってしまうこともあります。

泡が出なくなる一番の理由はワイン中に溶け込んでいる炭酸ガス量の減少です。ガスが減ってしまうために泡が出なくなる、というのはとてもわかりやすい原因ですが、実はもう1つ、理由があります。泡になるための核がなくなるのです。

核がなくなると言っても、ワインと一緒に飲んでしまってグラスの中がとても綺麗になる、という意味ではありません。核になるもののサイズが合わなくなるのです。

炭酸ガスが気泡となるためには核が必要ですが、この核の大きさはガス量に反比例することがわかっています。つまりガス量が多い時には小さな核でも泡になるのに対して、ガス量が減ってくると核のサイズが大きくならないとその核に触れたガスが気泡にならなくなってしまうのです。

ワイン中に溶け込んでいる炭酸ガスの量が12 g/Lの時に必要となる核のサイズは0.2 μmと非常に小さいのですが、溶存ガス量が2 g/Lまで減少すると必要になる核のサイズは10 μm以上と実に50倍以上の大きさが求められます。0.2 μm程度であれば目に見えないためグラスの内壁に付着していても気になりませんが、この50倍以上の大きさのものがグラスに付着していれば人によっては目に見えるくらいになってきます。ちなみに日本人女性の髪の直径がおおよそ80 μm程度といわれています。

グラス中に核になれるものがないため、ガス量の減少にともなってグラス内で気泡が生まれなくなるのです。なおグラスの底に敢えて小さな傷をつけることで泡立ちをよくするというのは、ガス量が減ってから求められる大きな核を供給することにつながる極めて論理的な手法といえます。

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泡立ちの量と維持

グラスに注いだ際に泡が出るのが実はグラス表面への付着物による作用だったことは上記の通りですが、泡になった後、液面にどれだけの泡が出て、かつその泡がどれだけの時間残るかはスパークリングワイン自体の特徴によって異なります。ここに強い影響力を持っているのが、二次発酵時に使われた酵母です。

酵母は発酵に欠かすことのできない微生物です。ブドウの果汁がワインになる一次発酵でも、そうして出来上がったワインをスパークリングワインにするための二次発酵でも大活躍をしています。

発酵期間を通して酵母はワイン中でその数を増殖させていきます。旺盛に分裂を繰り返して個体数を増やしていく一方で、やはり多くの個体が死んでいきます。発酵が終わるとほとんどの酵母が役目を終えて死亡し、容器の底に沈んでいきます。これが滓と呼ばれるものになります。

滓はゆっくりと分解され、ワイン中に溶け込んでいきます。この際にワイン中には大量のタンパク質とアミノ酸が供給されます。このタンパク質やアミノ酸がスパークリングワインの泡立ちや泡持ちに影響することがわかっています。

滓が分解されることを酵母の自己資化 (Autolysis) といいますが、この自己資化率の高い酵母を使ったスパークリングワインほどグラスに注いだ際の泡立ちとその後の泡持ちが良くなることが確認されています。スパークリングワインを造る際にはアルコール耐性や気圧耐性といった点に加え、自己資化率も酵母を選ぶ際の重要な指標の1つとなります。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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