品質管理

濁りワインに酸化防止剤はいらない?|ワインを酸化から守るもう1つの方法

06/26/2024

ワインが劣化する原因の1つとしてよく知られているのが酸化です。ボトルを開栓してワインが酸素に触れやすい環境になるとより顕著にこの化学反応が進むことから、酸化の原因は酸素であると思われがちです。

一方でワインの酸化には酸素が直接かかわらない酵素的酸化と、酸素が直接の原因となっている非酵素的酸化とがあります。我々がワインの劣化として出会うほとんどの酸化は酵素的酸化といわれる化学反応によるものです。この反応の過程では酸素よりも酵素のほうが重要な役割を担っており、酸素は我々が一般に思っているほど重要な直接的原因となっているわけではありません。

ナチュラルワインの流行や造り手たちの意識の変化によって近年、ワインの酸化に対する考え方は多様化してきています。そうした流れのなかでは多少の酸化はワインの個性として受け入れる土壌もできてきている反面、劣化といえるほどの過剰な酸化は依然として避けるべきものであり続けています。そして、酸化をどう扱うかにかかわらず、このテーマを意識するうえでの中心的存在は今でも酸素です。

この記事ではナチュラルワインとしてのワインの在り方にも意識を向けつつ、ワインの酸化防止の可能性についてみていきます。

ワインの酸化を抑制するナチュラルな方法の探索

ワインの酸化を防止する有効な手段の1つは、酸化防止剤と呼ばれる亜硫酸 (SO2) を適切に添加することです。

一方で最近のナチュラルワインブームなどを背景に亜硫酸のワインへの添加には消費者、生産者ともに否定的な意見も多く、添加する場合でも必要最小限、もしくはそれさえ下回る水準まで引き下げるケースが多くなってきています。ワインに含まれる亜硫酸がワインを飲んだ際に感じる頭痛の原因だという誤解もいまだに根強く信じられています。

亜硫酸を可能な限り添加しない、という思想や要求に応えていくためには、亜硫酸に頼らずに必要十分なだけワインを酸化から守るための方法が必要です。酸化によるワインの変化を低減させることを目的とした醸造手法はこれまでにも数多く研究され、複数の方法が実用化されてもいます。一方でそうした手法の多くはより機械的な処理を行います。これは醸造への人的介入を可能な限り避けるべき、というナチュラル的方向性にはそぐわないものであり、醸造の現場で採用することが難しいものとなっています。

そんな中において1つ、ナチュラル的思想に極めて適した酸化抑制の方法があります。ワインの澱を利用する方法です。

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澱と酸化防止の関係性

ワインの酸化を考えたとき、重要な役割を担う存在が3つあります。酵素、フェノール、酸素です

酵素的酸化がほとんどであるワインの酸化作用においては反応の中心は酵素とフェノール類ですが、だからといって酸素の存在は無視してもいいというわけではありません。ワイン中に含まれる酸素の量が多くなると、それだけワインの酸化のリスクが高くなるのは間違いありません。これら3つの要素は1つの連続した輪の中に存在しています。そしてこの事実は、この3つの要素のうちのどれか1つに作用すれば、多かれ少なかれワインの酸化作用全体に影響を与えられることを示してもいます。

亜硫酸が作用するのは主に酵素とフェノール、そして酸化反応の中で生成された化合物です。これに対してワインの澱、より具体的には澱の主成分となっている酵母はワイン中に含まれる酸素に対して作用します。酵母の細胞はワインに溶け込んでいる溶存酸素を吸着することができるのです。

酵母、つまり澱によってワインから酸素が取り除かれることでワインの酸化に関連する重要な3つの要素のうちの1つが欠落します。これによりワインの酸化が抑制されるのです。

濁りワインは酸化しないのか

ナチュラルワインを代表するスタイルの1つが、ノンフィルターでの仕上げです。ワインをボトリングする際にろ過をしないノンフィルター仕上げでは、造り方によってはワインは強く濁った状態でボトリングされます。最近はこうした濁ったワインが好まれる風潮もあり、ワイン売り場には少なくない数の濁りワインが棚に並べられていたりもします。そしてこうした濁りの原因の多くは澱です。

澱によってワインに含まれる溶存酸素量が減少し、その結果ワインが酸化から守られるのであれば、濁ったワインは相対的に酸化に対して高い耐性をもっていると考えられます。そしてワインが高い酸化耐性をもっているのであれば、そこに酸化防止剤を添加する必要性は低くなります。結果、亜硫酸を添加しないワインほど濁った仕上げにするのが正解のように思えます。

ワインをノンフィルターで仕上げ、強めの濁りを残すことで酸化防止剤の添加もワインの酸化も抑制できるというのであれば、ナチュラルなワイン造りを目指すうえではこんなに都合のいいことはありません。ナチュラルワインと呼ばれるワインの中には抜栓後、数週間以上置いておいても味が変わらないように感じるものもあります。これらのワインは酸化の影響をまったく受けていないかのようです。

澱がワインの溶存酸素を吸着する、という話を聞いてからそうしたワインを飲むと、それもこれもボトルに入った澱が酸化から守ってくれているためなんだ、と思ってしまいそうです。残念ながら事実はそうではありません。たとえ澱が含まれていようとも、ワインは酸化します

開けてしばらくしてからが美味しく感じるのはなぜなのか

濁ったワインの中にはボトルを抜栓した直後よりも数時間、時には数日置いてからのほうが美味しく感じられるものも少なくありません。これには複数の理由が考えられますが、そのうちの1つが澱による還元状態からの復帰です。

ボトリングしたワインに澱が多く含まれている場合、澱による酸素の吸着作用を通してワインがより還元的な状態になっている可能性があります。還元的な状態にあるワインでは還元臭と呼ばれる特徴的な臭いを感じる場合があり、この臭いが時としてワインにネガティブな印象を与えます。重度の還元臭は除去することが難しい一方で、軽度のものであればスワリングやデキャンタージュ、もしくは抜栓後の静置などによって取り除くことができます。

抜栓後しばらくしたほうがワインが美味しく感じられる、いわゆる「開いた」状態になる理由にはこれ以外にも複数のものが考えられます。また澱を含むワインが必ずしも還元状態になっているというわけでもありません。一方で澱を多く含むボトルではそうした状態になる可能性が相対的に高くなるのもまた事実であり、そのようなボトルでは酸素との接触を通してワインの還元状態が解消され、不快な臭いを感じなくなることでワインを美味しく感じられるようになる可能性があります。

Youtubeチャンネル Nagiさんと、ワインについてかんがえる。: 醸造家と考えよう。ワインが開くって、なに?

澱は酸化を抑制するが防止はしない

澱は確かにワイン中の溶存酸素を吸着しますし、そうした挙動を通してワインを酸化から守りもします。一方で、多くの検証を通して酵母の細胞による溶存酸素の吸着効果には非常に大きな、かつ予測不可能なばらつきが存在することが分かっています。

たとえば酵母の細胞が酸素を吸着するのであれば、細胞数が多いほうがより多くの酸素を吸着するように思えます。つまり、より強く濁っているワインのほうが酸化耐性が高いように思えます。

これは一見すれば正しいように思えますが、間違いです。

これまでの検証では酸素の吸着量に影響する要因が特定できていません。これは澱の量が多くとも必ずしも酸素の吸着量が多くはならないことを意味しています。酵母の細胞数と酸素の吸着量との間には比例関係が成立していないのです。また酵母の株の種類によっても酸素の吸着量に差が出ることは分かっていますが、この点に関しても検証結果のばらつきが大きく、株の種類による明確な差別化が行われているわけではありません。

そして何よりも、澱はワイン中の溶存酸素を100%吸着しません。仮に澱が含まれているボトルであってもその中には必ず酸素が残っています。そしてその酸素がワインの酸化反応に影響を及ぼします。澱が含まれていることでワインが酸化しにくい状態になることはあっても、それによって酸化が完全に防止されることはないのです。

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濁りによる酸化防止は有益なのか

ボトル内に濁りを残したとしてもワインの酸化を完全に止めることはできません。しかしその一方で反応を抑制し、多少なりとも進行を遅らせることはできます。酸化をしないとはいえないまでも、ゆっくりと進む状態にできるのであれば、考え方次第では酸化防止剤を添加しない理由とすることも可能です。

そもそもナチュラルワインの括りで考えるのであれば、亜硫酸を添加することもろ過をすることも、どちらも避けるべき行為と考えられています。その枠組のなかでは、ろ過しなかった結果によるボトルの濁りで亜硫酸添加を避けられるのは表面的にはとても都合のいい展開です。

しかし実際にはことはそこまで都合よく運びません。澱の扱いは非常に難しいものだからです。酸化防止の観点からだけみたとしても、ただ濁らせておけばいい、といった単純な話ではありません。

ワイン中の溶存酸素を吸着するのは酵母の細胞です。つまりその澱の主成分が酵母の細胞でなければいくらワインが濁っていても酸化防止の効果は期待できません。澱は酵母の残滓でできているのが当たり前と思われることも多いですが、実際にはその成分はまちまちです。醸造所や醸造容器の置かれた環境によっては酵母とはまったく関係のない微生物などが原因で澱が発生することもないわけではないのです。

また澱のなかにはワインの酸化を促進させる成分が含まれていることも少なくない点に注意が必要です。澱は何か1つの成分からできているわけではなく、いつでも複数の成分が混ざった混合物です。そうした成分の中には相反する効果や影響をもつ存在が同時に含まれている可能性も少なくありません。一方がワインの酸化を防止する効果を持っていても、別のものが同時に酸化を促進させている可能性があり得るのです。こうした複数の異なるベクトルの効果を持つ成分が同時に含まれている場合、出てくる結果はそれぞれが持つ影響の大きさによって変化します。例えばある時点のある環境下では酸化防止効果が強く出ていたとしても、別の時点の別の環境下では酸化促進効果が強く出る、ということは十分にありえることです。

酸化防止の観点に限らず、濁っていることが必ずしも期待通りの効果をもたらすことを保証しません。むしろ澱の存在はより多くの不確定要素をボトル内、グラス内に持ち込みます。このためボトルのなかの澱がワインに何かしらのネガティブな影響を与える可能性も低くはないのだ、という前提にたっておく必要があります。

酸化防止の観点からワインの濁りをより有効に活用するためには、その濁りの成分がどのような素性のものであるのかを知る必要があります。一方で野生酵母による自然発酵をはじめ、人為的介入をしない醸造環境においては、澱の構成成分は都度大きく変化し得るものです。確かにボトルに残された濁りは時としてワインの酸化を抑制し、SO2の無添加を実現するための有効な一手になるかもしれません。しかしそもそもの効果の不安定さに加え、澱がもたらしうるワインへのその他の影響を考える場合、ワインの濁りを酸化防止のための手段として期待するのはリスクの高い行為だといえそうです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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