ワインを造るときにとても重要といわれる要素にpHがあります。
pH。中学校の時の理科や高校の化学で習った記憶のある方も少なくないと思います。でもこれがワインになると、何がどう関係しているのか分かりにくいのではないでしょうか。
ワインとpHの関係は調べてみると大量に出てきます。ただそうした中には少し勘違いしているものや、もう少し整理してほしい、というものもあります。こうした状況のせいか、ワインの造り手でも時々勘違いをしている場合があります。
そこで今回はワイン造りの基礎であり、かつ極めて重要なpHとワインの関係についてまとめていきます。
pHを理解する
ワインとpHの関係性を知るためには、当然ですがpHが何なのかを知っておく必要があります。そこで、まずはpHとは何なのかを簡単に理解します。
pHとはpotential Hydrogenの略で、水素イオン濃度を示す指標です。水素イオン濃度、ですので、溶液中における水素イオン (H⁺) の量を指しています。水素 (H) の濃度ではありません。ましてや酸の量でもありません。
より学問的に説明すると、溶液中1L中の水素イオンのモル濃度の逆数の常用対数から求める指標で、次の数式で求めることができます。
pH = ‐log [H⁺]
よくわからん、という方は無理に理解する必要はありません。とりあえず、pHって水素イオンの濃度のことなのね、ということと、H⁺ が水素イオンを示しているということだけまずは確認していただければ十分です。
ちなみに水素イオンが多い場合にpHの値は低くなり、少ない場合には値が大きくなります。水素イオンが持つ特徴を酸性、水酸化イオンが持つ特徴をアルカリ性と呼んでいますので、pHが低い液体のことを酸性の液体、といいます。
pH自体は0 ~ 14の幅で表示されますが、ことワインで話をする場合には3 ~ 4くらいで理解しておけば十分です。pH 7が中性でこれより値が小さいものを酸性、値が大きいものをアルカリ性といいますが、ワインはすべて酸性です。アルカリ性のことは忘れてしまって大丈夫です。
ワインのpHが変わるわけ
水分子はH₂Oという化学式で表されます。そしてこの水分子は水素イオンであるH⁺と水酸化物イオンであるOH⁻から出来上がっていると、たぶんいつかの学校の授業で習ったことと思います。化学記号の右肩に+とか-がついていればそれはその物質がイオン化していることを表しています。
この水分子、見た目は水なのに常にH₂Oの形でいるわけではありません。いつでもイオンになったり分子になったりを繰り返しています。これはワインの中でも同じです。
多くの物質は水に溶けると気ままにイオン化します。そうしてイオン化した中に含まれる水素イオンの濃度を測ることでpHがわかります。
ワインもほとんどは水からできています。そしてワインの中でも水がいつでも気ままにイオンになったりしています。ただ水とワインが違うのは、ワインの中には水のほかにも水素イオンを出す成分が含まれている点です。そうした成分のことを「酸」と呼びます。
この点をよく間違えるのですが、「酸」だから水に溶けると水素イオンを放出するのではなく、水に溶けたときに水素イオンを放出する特徴をもったもののことを化学の分野では「酸」と呼びます。結果的に同じことのように感じるかもしれませんが、結構、大事な違いです。
pHの話に戻りましょう。
液体のpHはその液体中に存在する水素イオンの量で決まります。つまり、液体中に酸が多く存在すればそれだけ放出される水素イオンの量が増えやすくなります。つまり、pHの値はより小さく、酸性になりやすくなります。
ここが多くの方が、pH = 酸の量と誤解する原因です。
確かに酸が多い方が放出される水素イオンの量は多くなる可能性が高くなります。一方で、いくら酸が含まれていてもそれらが必ず水素イオンを放出するとは限りません。つまり、ワインには酸がたくさん含まれているのに、その酸がほとんど水素イオンを放出しなかったためにpHは高い、なんて場合もあり得ます。
ワインがそれぞれ別々のpHを示すのもこれが理由です。ワインにはいろいろな成分が含まれています。そこには酸もあればそうでないものもありますし、酸が放出した水素イオンを吸収するような成分も含まれています。
仮に酸が水素イオンを放出していたとしても、それを別の成分が吸収してしまっていれば、ワインの中にはH⁺として存在しなくなりますので、pHは上りも下がりもしません。
pHは酸の量を直接表しません。
酸と酸度
酸とは水に溶けたときに水素イオンであるH⁺を放出する特徴をもった物質、と書きました。これは間違いではないのですが、この理解だけだと、そもそも水素イオンを持たない化合物は酸にならないことになってしまいます。そこで、化学的にはもう一歩踏み込む必要があります。
化学の分野においては酸とその対象物である塩基は次のように定義されています。
酸とは、電子対を受け取る分子・イオンであり、塩基とは、電子対を与える分子・イオンである
ここまで厳密に理解する必要は必ずしもありませんが、ワインの酸化などを正しく理解しようとする場合にはこの定義に基づいた理解をする必要があります。特に金属イオンによるワインの酸化などは典型的です。
また酸度という言葉にも注意が必要です。酸度には工業的な意味と化学的な意味があり、この両者は全く別の意味を持っているためです。
工業的に酸度という場合には、基本的にはその液体に含まれている物質としての酸の濃度を指しています。1リットルのワインに酒石酸が何グラム含まれている、というような考え方です。一方で化学的な意味での酸度とは、中和反応によって相手の酸を中和する能力の度合いを示したもので、電離できるOHの数を指しています。1リットル中に何グラムの酒石酸が含まれているかは関係ありません。
とはいってもワインで出てくる酸度の使われ方は、大体が滴定酸度 (titratable acidity: TA) か総酸度 (total acidity: TA) です。これはどちらも単位が g/L で酸の量を示しています。なおこの両者は厳密には別々のものですが、ワインにおいてはほぼ差が出ないため、ほとんどの場合で滴定酸度をもって総酸度として表現しています。
pHが与えるワインへの影響
ワイン造りの過程でpHを気にするタイミングは基本的には2度あります。1つはアルコール発酵前の果汁の時点でのpH。そして2つ目が、アルコール発酵が終わってワインになった時点でのpHです。
果汁の段階でpHを測定しておけばワインになってからもう一度測らなくてもいいんじゃないの、と思われるかもしれません。実はそうではないのです。水素イオン自体が不安定な存在なので、pHは常に変化します。
例えば、赤ワインの醸造でよく行われるスキンコンタクトは果汁のpHを高くします。またアルコール発酵中は継続的にpHが上がります。乳酸菌発酵を行っても、pHは上がります。こうした数々の要因を積み重ねることで、収穫直後の果汁のpHと、出来上がったワインのpHではそれなりに差が出ます。
とはいっても通常のワイン造りを通して、人為的に酸を添加しない限り、pHが下がることはまずありません。ほとんどの変化はpHが上がる方向、ワインでいえばpHが4に近づく方向で起きていきます。
ちなみに一般にワインのpHは2.8 ~ 3の半ばくらいです。白ワインの方が低く、赤ワインの方が高くなります。これが仮に4になっても大したことないと思えるかもしれませんが、pHが1上がると、液体に含まれている水素イオンの量は10分の1に減ります。数字だけ見ればたったの1の違いですが、とても大きなインパクトがあるのです。しつこいようですが、減るのは水素イオンの量であって、酸の量ではない点に注意してください。
pHがあがることでワインに生じる影響はいくつもあります。そうした中で代表的なものが次の4つです。
- 味への影響
- 微生物的安定性への影響
- 色味への影響
- 化学的安定性への影響
それぞれを見ていきます。
ワインの味がまろやかになる
ワインのpHが上がることで出る味への影響は直接的でもあり、間接的でもあります。
繰り返しになりますが、pHが示しているのは水素イオン濃度であって、酸の量ではありません。このため、pHは直接ワインの味に影響を及ぼしません。いくらpHが強い酸性を示しているからといって、必ずしもワインがそれに応じて酸っぱいわけではないのです。
一方で、水素イオン濃度はある程度、酸の量に影響を受けています。水素イオンを出すのが酸である以上、この関係は避けられません。
pHの上昇は時として、ワイン中に存在している有機酸、主に酒石酸がカリウムなどの成分と結合して沈殿することで生じます。カリウムが酒石酸と結合する過程で、ワイン中の水素イオン濃度が下がります。つまりpHが上がるのです。
酒石酸はワインの酸味の原因となっている有機酸です。この酸が沈殿してしまうとそのワインは酸味が弱くなってしまいます。これが間接的な影響です。
一方で、直接的な影響もあります。
pHが上がると渋みや収斂感が弱く感じられるようになる、という検証結果が出ています。これはこの後に出てくる色味とも関係する点ですが、pHが上がるとタンニンをはじめとしたフェノール類がイオン化しやすくなります。この結果、フェノール類の酸化傾向が強くなります。つまり、酸化して長分子化しやすくなります。
タンニンの結合数が増えて分子量大きくなるとタンニンが沈殿するようになります。長期熟成したワインで渋みをあまり感じなくなるように、pHが上がることでタンニンが酸化して長くなりやすくなり、量を減らした結果、収斂感を軽く感じるようになるのです。
ワインにフェノールとタンニンを増やす是非 | 延長マセラシオン
さらにはワインのpHが上がると乳酸菌によるマロラクティック発酵 (Malolactic fermentation: MLF) が起こりやすくなります。しかもその状態も変わります。これもまた、pHが変わった結果、ワインの味や香りを変える原因となります。
微生物汚染のリスクが高くなる
ワイン造りでpHが上がることの最大の問題が、微生物汚染のリスク上昇です。
ワインが時に何十年と保管しても腐ることなく飲めるのは、ワイン自体のpHが低く保たれていることと、亜硫酸や酸化防止剤とも呼ばれる二酸化硫黄 (SO₂) が添加されていることの2つが大きな理由です。
多くの微生物は酸性の環境下では生きることができません。仮に生き残っていたとしても活発に動くことは不可能です。そうした状態の微生物をSO₂が完全に抑え込んでいるからこそ、ワインを長い間美味しく楽しむことができるのです。
ところがワインのpHの上昇は、この2つの強力な抑止力を同時に失う究極の方法です。
pHが上がってワインが強い酸性から中くらい、もしくは弱い酸性になると、微生物が動くことができるようになります。ここでは乳酸菌を例にしてみていきます。
ワインで酸味をまろやかにする方法としてよく知られているマロラクティック発酵、MLFは乳酸菌の代謝によって行われます。このMLFの主役ともいうべき乳酸菌。実はたくさんの種類が存在しています。
主にMLFで使われるのはOenococcus oeniという株の乳酸菌ですが、これ以外にもPediococcus種と呼ばれる株などがいます。乳酸菌というとすべて同じように感じますが、ワイン醸造においてはOenococcus oeni以外の種類の乳酸菌は多くの場合、ワインの欠陥臭、いわれるオフフレーバーの原因となるためワイン中への混入、もしくは繁殖を徹底的に防止する必要があります。
そこで重要になるのがpHです。
乳酸菌の多くはpHが低い環境では生存できません。比較的低いpHにも耐えられるといわれているOenococcus oeniでさえ、pHが3.2以上である必要があります。一方でワインに大問題を引き起こすPediococcus種はpH3.5以上から活動を開始します。
つまりより安全にMLFを行いたい場合には、造り手はワインのpHを適正な範囲で管理する必要がありますが、そうした管理の手を離れてpHが上がってしまうと、まったく望まない乳酸菌の代謝によるMLFが生じてしまったり、そもそもMLF自体をしたくないのに勝手にMLFが始まってしまう、などという事態が生じうるわけです。しかもpHが高くなればなるほど乳酸菌の活力が強くなり、MLFの程度も大きくなってしまいます。
こうした微生物の活動はなにも乳酸菌だけに限った話ではなく、pHが高いワインの中では様々な微生物が勝手な活動を開始することになります。
そうした微生物の勝手な動きを抑える最終兵器がSO₂です。ところがこのSO₂、効き目の大きさがワインのpHに依存しています。
SO₂も硫黄と酸素の化合物ですので、ワインに溶け込むとワインの中に漂う水素イオンだったり酸素イオンだったりと結合してHSO₃⁻ やSO₃²⁻ という形に変わります。この結合の割合が、pHが高くなるほど多くなります。
ここで問題なのは、SO₂はほかの分子と結合するたびにその効力を大きく弱めていくという点です。厳密にはワインに添加する程度の微細な量で効果を発揮するためには、HSO₃⁻ やSO₃²⁻ といった形になっていない、SO₂自体としてとどまっている分が必要で、それはpH3.6を超えるとほぼ0になります。
さきほど見たように、pHが3.5を超えると非常に厄介な乳酸菌株が動き出し、その他の微生物も活発になってくるというに、肝心のSO₂はほぼ全量がHSO₃⁻ の形になってしまい微生物に対して無力化してしまうのです。
なおブドウの果汁をワインに仕立て上げてくる酵母もpHの影響からは逃げられません。ワインのアルコール発酵を行う酵母は乳酸菌などよりもはるかに低いpHでも動き回ることができますが、やはりpHが低い環境では活力が低下します。逆にいうと、果汁のpHが上がるとアルコール発酵の開始が早くなり、発酵速度も上がります。
赤ワインの場合などでは発酵の期間が果皮などからの抽出の時間になってきますので、pHが変わることで抽出にかかる時間が変わる可能性があり、これがワインの色や味に対して影響を与える可能性があります。
ワインの色が薄くなる
ワイン、特に赤ワインでpHが高くなるとワインの色も変わります。
果汁時点でpHが高い場合、赤ワインの色を赤くしている原因物質であるアントシアニン (Anthocyanin) の抽出量が減ることがわかっています。そもそも色が赤くなるための色素の絶対量が減るわけです。
さらに味への影響の項目でみたように、pHが高くなるとフェノール類はイオン化しやすくなり、酸化しやすくなります。アントシアニンは代表的なフェノール化合物の1つです。アントシアニンが酸化すると、最初はワインの色が茶褐色になり、さらに酸化が進むと沈殿してしまってワインは色を失います。
またそうでなくとも、アントシアニンはpHによって色を変える特性があります。酸性度の高い液体中ではアントシアニンは赤く発色しますが、pHが上がるに従い青みを増していき、さらにpHが高くなるとわずかに黄色味を帯びたほぼ無色の状態になります。これはpHに応じてアントシアニンがその分子構造を変えるために生じています。アントシアニンと1つにまとめていますが、異なる分子構造を持った複数の種類があり、それらが同時にワイン中に溶け込むことでワインの色を作っています。
色味のそれぞれ違う赤の絵の具を複数混ぜて、1つの赤い色を作っているわけです。
pHの低い赤ワインでは色の濃さや彩度が高くなり、逆に明度は低くなる傾向を示しますが、pHが高くなるにしたがって色が薄くなり、彩度が下がり、逆に明度は高くなっていきます。
色の発色や濃さはワインを評価する際の重要の項目の1つです。これが薄く、透明になっていってしまうとワインの品質判断にも影響が出るようになっていきます。
ワインが濁りやすくなる
pHが高くなるとワインの色が透明に近づく、という話をした直後にワインが濁る、といわれると意味が分からないかもしれません。色が薄くなるのは、赤ワインの話。これは主に白ワインでの話です。
pHがあがることで白ワインが濁る原因は、タンパク質です。
ワインにはタンパク質が含まれています。ブドウ由来のものもありますが、酵母由来だったり、その他の微生物由来だったり、その由来は様々です。そうしたタンパク質ですが、ワインに溶け込めている理由の大部分はpHにあります。
タンパク質にはpHが適合してはじめて溶け込むという性質があります。逆にいえば、溶けていた液体のpHが変わって適合しなくなると溶けていられなくなって出てきます。こうして析出してきたタンパク質はワインに含まれるフェノールなどと結合することで白いモヤのようになってワインを濁らせることがあります。
ワインに含まれているタンパク質の量は醸造の過程で変わります。
アルコール発酵前に清澄剤などを使用してある程度、果汁から取り去っていたとしても、アルコール発酵が終わってみたら予想以上に含有量が多くなっていることもあります。ここを正確に予想するのは不可能です。知らない間に増えていたタンパク質が、ワインのpHが上がることでいきなりワインを濁らせます。
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ワイン造りに重要なのは酸量かpHか
ワインのpHは広い範囲に影響を与えます。こうした事実から、ワイン造りにおいてpHの測定は極めて重要な行為として認識されています。
一方で、最終的に出来上がるワインの全体像を考えるのであれば果汁糖度や酸の量もとても重要な要素です。この3者の間に優劣はなく、どれも同じように重要なのは間違いありません。ブドウの収穫期にはこうした要素をしっかりと測定し、状態を把握しておくことが欠かせません。
とはいっても、それでも本当に重要なのはどれなのか、という疑問は確かに浮かびます。もし仮に何かしらの原因ですべてを測定できないのであれば、優先順位をどうつければいいのか、という質問は意外に多く受けるものです。
考え方は人それぞれですが、筆者個人でいえば、果汁糖度 > 酸量 > pHとしています。特にpHは絶対に測定しなければいけないもの、とは思っていません。ある程度の積み上げがあれば、おおよその範囲くらいは予想がつくためです。その点、果汁糖度はワインのアルコール量や残糖量の調整に欠かすことはできませんし、酸量もワインの味の全体像を決めるうえで不可欠です。
もちろん、こうした順位はpHの重要性を軽視していることを意味しません。測定できるのであれば、絶対に測定しておくべき項目です。単にその測定頻度や作業効率を考えるうえでの注目度に過ぎないというだけです。
大事なのはpHの値そのものではなく、その値になっている結果として何が起きる可能性があり、それにどう対処するのか、です。その点を考えずに単にpHが上がった下がったということにはなんの意味もありません。