この記事は2018年5月21日に旧ブログサイトにて公開したものに一部加筆して転載しています
今日から少し前になるのですが、5月10日にOSNABRÜCKER ZEITUNGというメディア上で、『Polen könnte der größte Weinproduzent in Europa werden』(”ポーランドは欧州における最大のワイン生産国になり得る” 元記事はこちら )と題した記事が掲載されました。
その内容は最近のワインを取り巻く世界の環境を考えればある意味ではそれほど驚くべきこともないものでしたが、別の意味では大きなショックをもって受け止めるべきものと思われましたので、このBlogでも紹介しておきたいと思います。
気象変動がもたらす典型的な事例 | ポーランドでのブドウ栽培
記事は、(アメリカの研究機関”National Academy of Sciences”による予想として)ポーランドは気象変動による温暖化の影響を受け、2050年までにヨーロッパで最大のワイン生産国(ブドウ栽培国)になる可能性がある、という一文から始まっています。
ポーランドという国は、現時点においてはワイン生産国としてそれほどメジャーな存在ではありません。
世界地図を広げてみれば明らかなように、ポーランドの国土のほとんどはドイツ中部よりも北に位置しており、従来的な考え方に基づくのであれば、ブドウを栽培するには寒すぎる地域です。ところが、近年の気象変動の影響による世界的な温暖化の恩恵を受けた結果ブドウ栽培地の北限が北上し、この”寒すぎる国”でもワイン用ブドウの栽培が可能となってきているのです。
しかしそうはいっても現時点におけるブドウ栽培面積は微々たるものであり、とてもブドウ栽培の大国予備軍にはいることができるとは考えられない国であることは間違いがありません。しかも当該記事によると、2050年までに、つまり今から30年ほどでこの国がヨーロッパ最大のワイン生産国になるというのだから、その飛躍の度合いには驚きを隠せません。単に気候変動等による気温の適正具合だけをみてそう言っているだけなのではないかと勘繰りたくなるくらいです。
ただ、実はこの記事を単なる楽観的な、無責任な数字的な予測のみに則したものだと言い切れない事情もあるのです。その事情を鑑みると、途端にこの記事の信ぴょう性が増してきます。
中世から始まっていたポーランドのブドウ栽培
筆者は寡聞にしてポーランドという国におけるブドウ栽培やワイン生産の状況を把握していないのですが、この記事に書かれた内容によると、ポーランドにおけるブドウ栽培の歴史は中世の後半まで遡ることが可能であり、かつ、19世紀におけるヨーロッパの実質的なワイン用ブドウ栽培の北限の地はここ、ポーランドにあったそうです。中世といえば、今よりも世界的に平均気温が低かったと思われている時代。そんな時代において、ポーランドという北にある国でブドウ栽培が活発に行われていた、ということには驚きを禁じえません。
第二次世界大戦前後にはその歴史的、地理的背景からドイツ人がポーランドに入植し、同時にドイツのワイン文化を彼の地に持ち込んだという事実もあります。このような事情から、ポーランドにおけるワイン造りというもの自体はまだその規模こそ小さいものの、それほど驚くことではないようなのです。
ドイツの畑に欠かせないポーランド人
ただ、このような背景を別にしても実はポーランドという国はすでに実質的な意味でワイン用ブドウ栽培の大国、といっていいような裏の事情があります。というのも、ドイツにおけるブドウ畑での実質的な労働力の大きな部分は、ポーランドやその周辺国に頼られているためです。
ブドウ畑における労働というものは、とりもなおさず農作業です。そして日本でもそうだと思うのですが、農作業というものは概してツライ肉体労働を伴い、気候に左右され、休むことのできない厳しい仕事ととらえられていることが多く、実際にそのとおりの仕事です。どちらかといえば人気のない職業に分類されやすい仕事でもあります。そして、この傾向はドイツをはじめ多くの先進国と言われる国においても同様です。しかも耕作面積の多くが斜面にあるドイツのこと、その仕事の厳しさはモーゼルの例を挙げるまでもありません。それに加えて相対的に広い面積を扱う必要のあるワイナリーでは、どうしても人手が必要になります。そのため少しでもコストの安い労働力を確保することは重要な経営上のテーマでもあります。
このような要請から、最近のドイツにおけるブドウ畑では日常的な労働力として東欧からの出稼ぎ労働者を季節労働者として雇用している場合が多く、このような労働者がすでにブドウ栽培の基幹を担っている、といっても過言ではない状況となっています。
確かに彼らの祖国であるポーランドにおけるブドウ栽培面積は現時点においては微々たるものかもしれませんが、その国を構成する国民の扱っているブドウ畑の面積、という見方をすると、ポーランドは現時点ですでに世界におけるワイン用ブドウ栽培の大手といえるのです。
門前の小僧となったポーランド人
ワイナリーの仕事は基本的に毎年同じ内容を繰り返すものです。
このため毎年新しい人を雇うよりも、すでに前年からいて作業を知っている人を継続的に雇った方が雇う側の負担は減りますし、仕事の質を下げるリスクも減ります。このため多くのワイナリーでは毎年固定で同じ人を雇っており、その契約が十数年を超えているようなことも珍しくありません。
門前の小僧習わぬ経を読む、という言葉ではありませんが、これだけ継続して経験を積んだ労働力はすでに現場における戦力であり、場合によっては雇用者よりも実務面に関する知識で長けていることもよくあります。
彼らはまだ、祖国ポーランドでの収入がドイツに比べて低いことからドイツに出稼ぎに来ていますが、仮にポーランドでワイン生産が本格化し、それを通して収入も確保できる目途が立つようになるのであれば、おそらくポーランドでの畑作業に従事するようになるでしょう。
その時、彼らは畑作業における十分な即戦力であり、そのような労働力を背景にしたポーランドにおけるワイン用ブドウ栽培は最初から一定以上の品質をもった状態でスタートできるであろうことは容易に想像がつきます。その一方で、労働力を確保できなくなったドイツをはじめとした諸外国におけるワイナリーが直面するであろう受難もまた、容易に想像できてしまうのです。
ポーランドの台頭は従来国の低迷を意味するのか
このような意味で、将来的に見込まれるポーランドのワイン生産国としての地位向上は、周辺地域の地盤沈下を伴うものとなる可能性もまた高いものです。そうなったならば、相対的な意味においても今回の記事に書かれたように、ポーランドが今後ヨーロッパにおける最大のワイン生産国になることに不思議はなくなります。
最近ではブドウ栽培における畑作業の自動化は非常に関心の高い技術的な開発テーマになっており、GPSを利用したトラクターの自動走行や自走型ロボットの導入、薬剤散布へのドローンの活用などいろいろな事案が提案され始めています。ブドウの熟度の判定に関してもセンサー等を利用して自動化しようとする動きがあり、徐々に畑作業における人手の削減が現実化しつつあります。こういった手法は基本的には規模が大きく、資本力のあるワイナリーが導入しやすいものであるため、もしかしたらそういった手段を代替として季節労働者の減少がそれほど大きな問題とはならずに済むかもしれません。
今から30年後の世界がどうなっているのかは分かりませんが、その時にワインを取り巻く世界の状況がどのようなものになっているのかを想像しながら、その時にやってくるであろう各種問題に備えた準備をゆっくりとでも始めておくことは今後、ワイナリーの中でも重要度の上がってくる事項なのかもしれません。