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ワイングラスが変わるとワインの味は変わるのか? | ワインあるある

06/10/2019

最近、某有名MW (Master of Wine) がプロデュースしたワイングラスが日本でも発表され話題となっています。

このMWが自身では赤でも白でもワインを飲むときには長年に渡って同じグラスを使っていること、時に白ワインのほうが平凡な赤ワインよりも豊かな芳香を含むにも関わらず白ワインを飲むときには赤ワインよりも小さなグラスを使う、という「一般常識」に疑問を持っていたことなどがこのグラスをプロデュースするきっかけになったそうです。

グラスの大小はともかく、実際にワインの現場では使うグラスを変えると同じワインでもその表情が大きく変わるということはよく言われますし、実際に多くの方に経験的に理解されていることでもあります。

では実際のところ使うグラスによってワインの味は変わるのでしょうか?もし味が変わるとしたらそれはなぜなのでしょうか?

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今回はそんな疑問について解説をしていきます。

使うグラスによってワインの味は変わるのか?

結論から言うと、使うグラスが変わってもワインの本来的な味に変化はありません

これは仮に使用するワイングラスを変えても、そのグラスとワインがなんらかの化学的な反応をしてワインの「質」を変えることは通常、無いからです。

一方で、そのワインの味に対する「感じ方」には変化が出る可能性は十分にありますし、実際にその変化を感じている方は多くいると思います。

屁理屈だ、と言われる方もいるかも知れませんが、使用するワイングラスを変えることで変わるのは味の「知覚」であって「味そのもの」ではない、という点はグラスの影響を科学的な意味で話題にする場合には絶対に必要な前提となります。

ワインの「味」は五感を通して感じている

ワインに限らず人間は「味」を総合的に感じる時には、単に味覚だけではなく嗅覚や視覚といった五感のすべてを通して感じています。

これは例えば鼻をつまんでワインを飲んでみたり、目隠しをしてワインを飲んでみたりすると味が違って感じるという体験を通して理解していただけることと思います。

ワインの味に関していえば、香りや色というワインを構成する重要な因子を感じる嗅覚や視覚が味覚以外の重要な感覚器と思われがちですが、実際には触覚などもワインの味を感じる際に大きな役割を果たしています

グラスを変えることによって変わるもの

ワイングラスを変える = グラスの形状が変わる、という図式は非常にわかりやすい関係です。

このためワイングラスの形によってワインの味の感じ方が変わる、という理解をしている方が多いですが、実際にはここにもう一つの因子が関わっています。

使用するワイングラスを変えるということは、

グラスの形状が変わる

グラスの材質が変わる

という2つの変化をもたらしているのです。

それぞれについて詳しく見ていきます。

グラスの形状による影響

ワイングラスの形状がワインの味わいに対してどのような影響をもたらすのかを知るには、グラスの開発がどのような視点で行われているのかを知るのが最も簡単でわかりやすい方法です。

多彩な形状のワイングラスを開発しているグラスメーカーとして有名なRiedel (リーデル) 社のサイトを見てみるとこの点について詳しく書かれています。

Riedel社はワイン業界では知らない人はおそらくいないのではないだろうか、というほど有名なワイングラスのメーカーで、「グラスの形状は飲み物の個性が決める」というポリシーの基で各ブドウ品種に最適な形状をもったワイングラスを開発、販売しています。

そのRiedel社のサイトに書かれている情報を整理すると、同社が開発で重視している要素が以下のような点であることがわかります。

  • 液量
  • 流量
  • 口に含む際の流れ込む舌の上のポイント
  • 香りの出方とその維持

実際にグラスが変わるとグラスのボウルのサイズが変わり、ボウルのサイズが変わると入れたワインが空気と触れる表面積が変わります。表面積が変わればそれだけ芳香成分の揮発量や揮発状況が変わりますので、グラスのなかに出てくる香りに変化が出てくるのはある意味で当然のことです。

またボウルの形状によって鼻が完全にグラスに覆われるのかどうかも変わりますので、グラスの中にある香りを実際に鼻がどのように感じられるのかも変わります。

ボウルの縁の形状や状態が違えば口腔内に流れ込む流量が変わり、さらに流れ込むポイントも舌の先の方になるのか、奥の方になるのかが変わりますからこれも味の知覚に大きな影響を及ぼすと言えます。

またRiedel社のサイトでは直接書かれてはいませんが、グラスの形状が変わると自然とグラスのサイズが変わります。そうすると、グラスの重量が変わります

ボウルのサイズが変わることによる液量の変化と合わせてこのグラス自体の重量の変化も実は人間の味の知覚に影響を及ぼす要因の1つです。

なおグラスの製造方法としてハンドメイドかマシンメイドか、という違いがあります。

この違いは主にグラスを持ったり口につけたりした際の触感において大きな差が出ます。この差もまたヒトがそのグラスを使ってワインを飲む際に感じる味や香り、そしてイメージに対して大きな影響を与える要因となります。

比較しやすい形状による変化

一度整理するとグラスの「形状」が変わることによって生じる影響には以下のようなものがあります。

  • 液体の表面積
  • 液量
  • 流量と流れ込む位置
  • 揮発物質の揮発状況およびその維持
  • 鼻への入り方
  • 重量

これらの要素がもたらす味の知覚への変化は個別に切り分けて確認することは非常に難しいですが、全体としての変化を比較することは使用するワイングラスを変えるだけですので簡単です。

注意する点としては、グラスに注ぐワインの温度が変わるとグラスによる変化以外の要因を拾ってしまうため、ワインの温度は一定にしてグラスを比較する必要があるという点くらいです。

一方で実際の違いを比較することが非常に難しいのが、次に挙げる「材質」の違いによる変化です。

ワイングラスの材質

ワイングラスに限らず、グラスの材質はガラスです。

ただこのガラス、という素材には実は多くの種類があることはご存知でしょうか?

ワイングラスに使われているガラスの大きな分類としてよく知られているのが、以下のような分類です。

ガラス (ソーダガラスなど)

クリスタルガラス

これらの分類は基本的にガラスを作る際の各種原料の種類とその配合具合によって行われています。特にクリスタルガラスは鉛、具体的には酸化鉛を配合したガラスのことを“以前は”指していました

つまりワイングラスに使用されるガラスの種類の大別はその配合に鉛を含有しているかどうかで行われていたことになります。

クリスタルガラスは鉛を含む、はすでに過去のこと

クリスタルガラスはガラスの屈折率を高め、透明度を上げるための手法としてガラスの原料に酸化鉛を配合したことが開発のきっかけです。こうして作られたガラスがクリスタルのように透明度が高かったことから、「クリスタルガラス」と名付けられました。

ちなみに物質的な定義でいうとクリスタルは結晶性のものであるのに対して、ガラスは非結晶性のものですので、この名称は完全に矛盾した言葉同士をつなげた造語ということになります。

ガラスに酸化鉛を配合すると屈折率が高まるだけでなく、溶融温度が下がり加工性が高まるほか、配合率に応じて比重が高くなる打音が硬質化し余韻も長くなる、といった特徴を得ることが出来ます。

こうしたことから高級なワイングラスには好んでこのクリスタルガラスが使われていました。

しかし今ではこのような状況は大きく変わってきています。

鉛を抜いた無鉛クリスタルガラスが今の主流

かつてからクリスタルガラスに液体を入れると表面から鉛が溶出し健康被害につながる、という話がまことしやかに流れていました。

実際にはガラス表面から人体に有害になるような量の鉛の溶出が生じることはありません。ただやはりこのようなイメージを持つ方は相当数いたのは事実でした。

これに加えて、主に電子、電気系の工業製品における環境負荷の軽減を目的にRoHS指令と呼ばれる規制がEUで採択され、ここで鉛が規制物質として取り入れられたことが大きく影響しました。

RoHS指令による規制は事実上、食品用ガラス製品の製造に対する強制力はないのですが、こうした社会的な動きを背景にワイン用のグラスにおいても鉛フリー化の動きが加速しました。

そして現在ではRiedel社やSchott (ショット) 社、Zwiesel Kristallglas (ツヴィーゼル・クリスタルガラス) 社といったワイングラスの製造で有名な企業のぼぼ全社が、自社のクリスタルガラス製品において酸化鉛を使わない配合をもちいた、無鉛クリスタルガラスでの製造を行っています

また一部の製品ではガラスの表面にごく薄い膜を形成することでガラスの表面耐久性を高めるような手法も用いられています。

ガラスの材質が変わることで変わるもの

ガラスを製造する際の材質が変わる、つまり原料の配合が変わることで以下のような点が変わります。

  • ガラスの表面状態
  • 重量 (比重)
  • 手に持った際の感触
  • 口につけた際の感触
  • 透明度
  • 打音

そしてこれらの点はそのどれもがヒトが感じるワインの味の知覚にたいして少なくない影響を及ぼします。

ガラスの表面状態は物理、化学の両面から

原材料の配合差によるガラスの表面状態の違いは物理的、そして化学的な意味でワインの味の知覚に影響を及ぼします。

実際に酸化鉛を配合したガラスの表面状態はソーダガラスなどの表面が平坦であるのに対してごく微細な凹凸を形成しており、ガラスの表面積が通常のガラスに対して広くなっていることが分かっています。

この微細な凹凸がワインをグラスのなかでスワリングする際にワインの揮発性を向上させ、より芳香を際立たせることに一役買っていたのです。

また配合が変わるとガラス表面の化学的な電荷の状態が変わることも予想されます。

このこともまたワインの中の成分との間のイオン結合の状態などに変化をもたらし、ワインの味や香りの知覚に影響を及ぼし得る要因となります。

こういったガラスの表面状態の違いに基づく知覚の変化の他にも、グラスを持った際の重みやグラスの手触り、口につけた際の感触などがそのグラスの中に注がれたワインの印象に対して影響を及ぼすファクターとなります。

触ったときの手触りが柔らかく、かつ口につけた際にまろやかな印象を与えてくれるグラスにワインが注がれたとき、そのグラスの中のワインに対しても「柔らかい」「まろやかである」というグラスに対して持たれた印象がそのまま付加されやすいことは理解しやすいことではないでしょうか?

特にワイングラスの縁が薄く、グラスとワインを一体として感じやすくなっていればいるほど、その傾向は強くなると考えられます。

比較しにくい材質の差

グラスの形状による味や香りの知覚への影響は比較が容易に行えるのに対して、この使われているガラスの材質の差がもたらす影響の比較を行うことは非常に難しいです。

材質の差に限定して違いを測定するためには、それ以外の要素がすべて同じでなければならないためです。

このことは比較に使用するグラスの形状が完全に同じであるだけでなく、グラス1つあたりの重量も同じでなければならないことを意味します。またガラス表面に施されるコーティングの類は基本的にすべて取り除かれている必要があります。

確かにグラスの重さは材料の比重に基づきますが、そこからもたらされる知覚への影響は「材質」によるものではなく「重さ」によるものです。ガラスの表面状態が違っていて、重さも違っていては、感じた知覚の差が表面状態と重さのどちらに起因するものなのかがわからなくなってしまいます。

このためグラスの材質の差による知覚への違いを測定するためにはグラスの形状と重さが同じで使っている材質だけが違うグラスを用意する必要がどうしてもあるのです。

しかしグラスの重さは使用している材料の持つ比重とサイズに比例します。

比重の高い材料を使えば同じサイズのグラスでは重くなってしまいますし、かといってどちらかのグラスの重さを増やすか減らすかして同一に揃えようとすると今度はサイズや形状が異なってしまいます。

基本的にどうやっても条件を揃えての比較が出来ないのが、この「材質」の比較なのです。

(筆者はこれが理由でガイゼンハイム大学時代の卒業論文テーマとして、「ワイングラスにおける鉛含有の有無がもたらすワイン官能試験への影響」を扱うことを諦めました)

確かにヒトが感じる味や香りに対して何らかの影響を及ぼしているはずであるにも関わらず、その正確な影響の範囲を知ることの出来ないものが、使っているガラスの材質の違いだといえます。

今回のまとめ | グラスの違いによる味や香りの感じ方の違いの根拠は闇の中

使用するワイングラスを変えることでそこに注がれたワインから感じられる味や香りも大きく変わります。

それはガラスの形状の変化からもたらされるものであったり、グラスに使われている材質の違い、もしくはその両方の違いによってもたらされるものであったりします。

一方でワインとそれを注ぐグラスの間における関係は非常に複雑で、それぞれの因子を個別に分けて判断を行っていくことはほぼ不可能です。

このためどのようなワインにはどういう形のグラスが最適なのか、という議論は実は極めてナンセンスなものでもあります。

仮に同一の形状をしているように見えても、実際のグラスとしての構成は全くの別物だからです。つまり完全に同じ形状をしているようにみえるグラスであってもメーカーやグラスが作られた年代が異なっていればその組成が違い、ひいては感じる味も香りも変わるのです。

もし仮にある特定のワインに対するグラスの相性を語るのであれば、どのような配合に基づいて作られた、どのような形状をした、どの程度の重さのグラスを使うのが適当か、という点まで言及する必要があります。

そしてそこまでしたとしても、そのグラスが強調して伝える香りや味の種類が誰にとっても好ましいものであるとも限らないのです。

結局そこにあるのは、ワインの個性の発露ではなく、飲みて個人の好みの発露であるにすぎません。

だからこそRiedel社はリーデル・ワークショップという作業を通してその「個人の好み」をより大衆的な、多数よりのものとする作業を行っているのです。

極めて非科学的な話になってしまいますが、結局は自分が気に入ったグラスを使って赤ワインでも白ワインでも楽しめればそれでいい、という、まさに冒頭のMWが日常的に行っていたことと同様の結論になってしまうのがワイングラスとワインの相性というものなのです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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