当サイトの”ドイツはブドウ栽培の北限の地か…?”という記事がありがたいことに非常に多くの方に興味を持っていただき、読んでいただけています。
こちらの記事で指摘したことなのですが、最近のワイン用ブドウの栽培における世界地図を語るうえで、北限、もしくは南限はドイツがブドウ栽培の北限と呼ばれていたころと比較して、気候変動を背景により北へ、南へとシフトしています。今回はこの栽培地シフトの様子を、もう少し具体的な状況を交えつつ、見ていきたいと思います。
以前の記事はこちらから。
昔の北限はドイツだった
まずはおさらいです。
以前、ブドウ栽培における北限はドイツと言われていました。これは、具体的には、ブドウ栽培は北は北緯30 ‐ 51度のなかで行われており、その中でも耕作地域が北緯47‐ 52度の範囲内にあるドイツでのブドウ栽培は、ブドウ栽培地域における北限にあたる、という意味です。
実際にドイツにおける一大ブドウ生産地域であるラインガウ (Rheingau) は北緯50度にあたり、年間平均気温10.6度、年間日照時間1600時間、年間平均降水量600mm (データはWines of Germanyによるものを参照) です。同様のデータをフランスのボルドーと比較してみると、ボルドーは年間平均気温13.3度、年間日照時間2000~2200時間、年間平均降水量900mmとされていますから、ドイツのラインガウがいかに冷涼な気候なのかがわかります。
ブドウの生育に必要な条件
一方で、ブドウが育つために必要とされる条件は、成長期の平均気温が20度以上、生育期間における日照時間が1300時間以上、必要降水量35mm程度、とされています。
この条件は一般に白ワイン用ブドウに求められる条件で、赤ワイン用のブドウの場合には果皮にフェノール化合物の一種であるアントシアニンが蓄積される必要があるため、条件はもう少し厳しくなります。このアントシアニンという物質はブドウが紫外線に対する防御手段として生成する物質なため、より長い日照時間と高い気温が必要となるためです。
現在の気象状況
最近の世界的な傾向として、気象変動に伴う温暖化現象が頻繁に言われています。この温暖化現象には降雨状況の変化も多くの場合伴っており、降雨量の増加や降雨時期の変動が確認されています。
このような状況はドイツを含むヨーロッパ各国でも同様です。実際にドイツのラインガウにおける実測データを見てみると、ガイゼンハイムで月間平均降雨量48mm、年間平均気温12.4度となっています。2017年は非常に暑く乾燥した年だったため降雨量こそ平均を下回っていますが、平均気温は2度近くも高くなっていました。2016年、2017年を見ても年間平均気温が11度を超えていましたので、温暖化は確実に進んでいるのがわかります (各データはガイゼンハイム大学の測定値を引用)。
また日照時間に至っては、Wether Onlineのデータを見ると2018年で年間合計1922時間! (ガイゼンハイム) と平均を大きく上回っています。2017年の数字を拾ってみると年間で1622時間ほどなので、2018年が例外的に長かったとはいえ、多少は伸びる傾向にあることがわかります。つまり、以前はラインガウにおけるブドウの栽培は北限の名にふさわしく、ブドウの育成条件ぎりぎりの中での取り組みでしたが、現在ではある程度以上の余裕をもって育てることが可能となってきています。確かにドイツはまだまだワイン用のブドウを栽培するには冷涼な地域ではありますが、すでに北限というほど厳しい条件ではなくなりつつあるのです。
温暖化の波は北欧にもおよんでいる
合わせて、ドイツよりも北にある国の様子をいくつか見てみたいと思います。
イギリス (ロンドン)
- 2018年 年間日照時間: 1675.9時間
- 2018年 年間平均気温: 12.5度 (2010年: 10.7度、2013年: 11.2度)
- 2018年 年間降水量: 527 mm
ノルウェー (オスロ)
- 2018年 年間日照時間:
- 2018年 年間平均気温: 7.9度 (2010年: 5.1度、2013年: 7.0度)
- 2018年 年間降水量: 622.7 mm
スウェーデン (ストックホルム)
- 2018年 年間日照時間:
- 2018年 年間平均気温: 8.2度 (2010年: 5.5度、2013年: 7.2度)
- 年間降水量 (長期平均): 539 mm
※ いずれも各年1月から12月のデータを引用
オスロとストックホルムにおける日照時間のデータは残念ながらなかったので空欄としています。
日照時間が抜けてしまっているので絶対とは言えないのですが、ロンドンやストックホルムがブドウの栽培をするうえで、決して不可能とは言えない状況になってきていることはこのデータからもお判りいただけるかと思います。ストックホルムに関しては年間平均気温を見てしまうとブドウの育成ができる気温ではないのですが、ブドウの成長期だけに限定してみてみると該当期間中は毎月最高気温が20度を超える日が存在しています。このため、ストックホルムよりもさらに南の地方などで栽培することを考えるのであれば、ノルウェーにおけるワイン用ブドウの栽培は、難しくはありますが決して不可能ではない状況となってきているのです。
おそらく条件としては、ドイツがブドウ栽培の北限と言われていたころのものとそれほど大きくは違わない程度には近づいてきています。
そして実際に、イギリスやスウェーデンでは最近になってブドウの栽培が始められており、特にイギリスで作られたスパークリングワインは徐々に注目を集め始めています。
植えられ始めた白ワイン用品種、注目され始めた赤ワイン用品種
イギリスやスウェーデンといった、現在におけるブドウ栽培の北限というべき、最近になってワイン用ブドウの栽培がはじめられた国で植えられる品種は基本的に白ワイン用のブドウ品種です。これは上記の気象状況をみれば一目瞭然のように、ブドウが栽培できるようになってきたとは言ってもその条件はぎりぎりの生育条件を満たせるかどうか、というレベルであるため、より長い日照時間とより高い気温が必要となる赤ワイン用ブドウ品種では十分な熟成を伴った生育ができないためです。
一方で、これまではブドウ栽培の北限と呼ばれ、白ワイン用ブドウ品種の栽培がぎりぎり可能で、赤ワイン用ブドウ品種が栽培できないとされてきた国で作られた赤ワインへの注目が高まってきている事例もあります。その代表例の一つが、ドイツです。
ドイツのMosel (モーゼル) といえばリースリングを使った白ワインの代名詞的な生産地域です。この状況は今でもまったく変わっていませんが、その一方でモーゼルで作られたシュペートブルグンダー (ピノ・ノワール) の赤ワインが一部の著名ワインジャーナリストから高い評価を受け、注目を集めた事例などはその最たるものでしょう。
参考
またこれとは別の動きとしては、これまでは白ワイン用のブドウ品種であってもドイツで栽培するには条件が悪いとされてきたSauvignon BlancやChardonnayなどの耕作面積が少しずつ増えてきている傾向にあることもまた、この国におけるブドウの栽培をめぐる気象条件が変わってきていることを示唆しています。
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今回のまとめ
今回、ドイツをはじめイギリス、ノルウェー、スウェーデンでの気温や降水量といったデータを見ることを通してヨーロッパ各国における気候の変化は確実に進んできており、これまではブドウの栽培など考えることもできなかった国においてブドウの栽培が決して無理ではない、現実的なテーマになってきていることを確認しました。
特に大きいのが気温の上昇です。気温の上昇は一般的には日照時間の増加を意味しますので、最高気温が上昇傾向にある夏季、つまりブドウの成長時期にちょうど日照時間が延び、結果としてブドウの栽培に適した条件が整いつつあります。ブドウ栽培における北限は確実に北にシフトしています。
このような気候変動を背景に、従来、ブドウ栽培の北限と言われていた国ではより気温の高い条件下での栽培が求められる品種の耕作面積が増える傾向が顕著になりつつあります。各ブドウ栽培地域が向き合っている気象の変化は、世界におけるワイン造りの状況と、各地のワインが持つ特徴をゆっくりとではありますが、確実に、それも明確に変えつつあります。
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