ブドウの病気 徹底解説

最高級ワインを構成する高貴なカビかブドウを腐らせる大敵か | Botrytisとは何ものか

10/07/2019

世界における最高級ワインはなにか、と聞かれたら何と答えるでしょうか?

ボルドーやブルゴーニュの赤ワイン?
アメリカを中心としたカルトワイン?
多くの人に愛されるシャンパン?
それとも今を時めくナチュラルワインでしょうか?

ことドイツにおいては法的な格付け上、最高級ワインといえばTBA (Trockenbeerenauslese、トロッケンベーレンアウスレーゼ)、つまり貴腐ワインです。一方でこのような法的な格付けの裏付けがなかったとしても、毎年行われるワインオークションで最高値を付けるのはいつでもTBAであることが、名実ともにこのワインが最高級ワインであることを物語っています。

メモ

VDPが毎年産地ごとに開催しているオークションのナーエ地区における2019年度の最高値はDönnhoffの2015年Hermannshöhle Riesling TBA Magnumで18000ユーロでした。また同オークションにおける2018年の最高値はKellerの2015年Pettenthal Riesling TBA Goldkapsel Magnumの6500ユーロとなっています。

ちなみに2019年のモーゼル地区における同オークションの最高値はJ.J. Prümの2013年Graacher Himmelreich TBA Magnumで6600ユーロとなりました

このような驚きの値段をつけるワインを造る際に絶対に欠かせない要素があります。

それが、貴腐菌ともよばれるカビの一種、Botrytis cinerea (ボトリティス シネレア、以下Botrytis)です。

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今年、2019年のドイツにおける収穫期は夏にまったく降らなかった雨がまとめて降っているかのような長雨続きとなっています。これに加えて気温が多少、高めに推移しているためにブドウの健康状態が加速度的に悪化しています (注: 地域によっては雨の降っていない場所もあります)。

収穫期の直前までは全く見られなかったBotrytisもここにきて急激にその発生量を増やしています。

ここ一週間ほど長雨が続いている上に気温が15℃程度と比較的高めになっているため、急速にブドウの健康状態が悪化中

本当に、安心して気軽に過ごせるヴィンテージはない

この収穫間際に起きたカビの繁殖は果たして貴腐と呼べるような天からの福音なのでしょうか?

今回はこのBotrytisについてのお話です。

貴腐ワインとはどんなワインか

まず貴腐ワインというワインがどういうものなのかについて一度確認しておきます。

世の中には極めて有名な貴腐ワインが3種類あります。

世界三大貴腐ワインと呼ばれるそれが、

ソーテルヌ (フランス)

トカイワイン (ハンガリー)

トロッケンベーレンアウスレーゼ (ドイツ)

です。

これらはいずれもBotrytisと呼ばれるカビが付着したブドウから造られ、極めて甘いワインであることが特徴です。

貴腐ワインに含まれる残糖量は多くの場合で200g/l強、ものによっては300g/lを超えるものもあります。普通の赤いコカ・コーラが大体100g/lの糖分を含みますので、ざっくりとみてコカ・コーラの2倍から3倍は甘いワインということになります。

またBotrytisの影響による貴腐香とも呼ばれる独特の香りを持つことでも知られています。

一方で貴腐ワイン自体は極論してしまえばBotrytisが付着したブドウから造ったワインであればそのように呼称できるため、上記以外の国でも世界中で造られています。呼称は様々ですが、ドイツを真似てTBAとラベルに記載している場合もあればBotrytisと記載している場合もあります。

なおドイツにおいてはワイン法上でTBAの定義を定めていますので、その要件に満たないものに関しては仮にブドウにBotrytisが付着していた場合でもTBAと呼ぶことはできません

ワイン法上のルールに関する詳細は「カビネットって甘いんですよね?」の記事を参照してください。

貴腐ワインの要件はBotrytis

すでに見てきたように、貴腐ワインを定義づける要件は原料となったブドウにBotrytisが付着していることです。

ここに関してはたまに「貴腐葡萄を原料としたワイン」というような定義づけを見かけますが、「貴腐葡萄」というブドウ品種があるわけではなく、貴腐菌と呼ばれるBotrytisが付着したブドウ、という意味です。

Botrytisとは何なのか

Botrytisとはカビの一種です。

TBAのような特別なワインを造るために必要となる菌であるため、何かしら特別な菌の一種であるように思われるかもしれません。しかし実際にはBotrytisは常在菌、つまり一般に空気中に存在する極めて一般的な菌種です。

特徴としては非常に広い温度帯域において生存および活動ができることと、発芽からの増殖サイクルがとても早いことです。

菌の生存自体は気温が0度を超えていれば問題はありませんが、一般のカビと同様に多少高めの気温をより好む傾向にあり、活動の適正温度は20~23℃とされています。

また湿度が高い環境がより適しており、降雨などにより大気中の湿度が90%を超えると危険領域に入ります。

イメージとしては日本の梅雨の時期などによく発生する一般的なカビを想像していただければそれほど遠く離れてはいません。

Botrytisの感染経路はどうなっているのか

Botrytisの胞子は極めて微細であるため、風や雨によって簡単に大気中に浮遊します。

またそのサイズを利用して、小さな傷であっても付着し、活動を開始することが出来ます。

これこそがBotrytisの感染経路となります。

畑においてブドウの実は常に何かしらの脅威にさらされています。

昆虫や動物、雹、病気、そして作業者などによってその表面に微細な、マイクロメートルサイズの傷を作ってしまうことが多くあります。場合によっては房における粒同士の重なり合いで傷ついてしまうこともあります。

こうした傷からBotrytisは侵入してきます

完全に人間が視認できる範囲の外で状況が進行していきますので、この感染を完全に防止することはほぼ不可能です。

Botrytisの感染から甘いワインが出来るまで

ブドウの傷に付着したBotrytisはそこで発芽し、根をブドウの実の内部に向かって伸ばしていきます

ここで特徴的なのが、Botrytisは複数の酵素を自己生成することが可能であり、その酵素の働きでもって果皮表面のワックス層やその下にある細胞壁などを溶解していくことが出来る点です。

ちなみにここで影響するのがブドウの品種ごとの果皮の厚みや特徴です。果皮が物理的に厚い、もしくは果皮の一部が変化することで酵素による溶解への耐性が高い品種はそのままBotrytisへの耐性が高い品種、ということになります。

なおこのカビによって生成される酵素の一部は一般的なワイン醸造の際に利用される酵素と同様のものなので人体への悪影響などは特にありません。

よくインターネットなどで見かける説明ではこの際にBotrytisが果皮に開けた穴から果実内部の水分が蒸発し、それによって糖度をはじめとした各種含有成分の濃縮が生じる、とされていますが、実はこれだけには留まりません。

Glucoseの消費による糖度の濃縮

Botrytisはそれ自身がブドウ内に含まれるGlucose (グルコース、ブドウ糖)を消費します。

普通に考えるとブドウ内の糖分を消費してしまうので残された実には甘さが残らないように感じられるかもしれません。

しかし実際にはブドウの果汁に含まれている糖分はsucrose (スクロース、ショ糖)と呼ばれるglucoseとfructose (フルクトース、果糖)が1:1で結合したものです。ですので仮にここからglucoseが消費されても実の中にはまだfructoseが残ります。

そしてfructoseというものは糖類の中では極めて強い甘みを持つ糖であり、sucroseの甘味度を1として比較するとglucoseが0.6~0.7なのに対して1.2~1.5 (資料によっては1.7~1.8) もの甘味度を持つとされています。

酸の低下による相対的な甘みの増加

さらにBotrytisはブドウの果汁内に存在する有機酸、その中でも特に酒石酸を分解することが知られています。酒石酸量の低下の程度はブドウの品種とBotrytisの感染レベルによりますが、ある研究によれば最大で50%近く含有量が低下したことが報告されています。

つまりBotrytisが付着したブドウでは糖度を希釈していた水分の蒸発に加えて、代謝によって化学的に甘味度を希釈していたglucoseが取り除かれることによる甘さの凝縮が同時並行的に行われ、さらに酸量が減ることによる相対的な甘さの増加が生じている、ということです。

メモ

発酵時に酵母が利用するのもglucoseです。

Fructoseも利用されますが、それは一度glucoseに変換されてから、というステップを踏んでいるため消費の優先度はglucoseの方が高くなっています。貴腐ワインというワインが総じてアルコール度が低くなる理由の一つがここにあります。

Botrytisの感染はメリットだらけか?

これまでBotrytisが感染したブドウで甘さが濃縮されるメカニズムを解説してきました。

これだけを見るとBotrytisにブドウが感染するとそのブドウは甘くなりいいことばかりのように思えるかもしれません。しかし、実際のところはそこまで簡単なお話ではありません。

Botrytisの扱いには様々な困難が伴います。

Botrytisによってもたらされるデメリットとしては以下のようなものが挙げられます。

  • ブドウの腐敗
  • 二次的な病気への罹患
  • 副生成物等による扱い難度の上昇
  • 灰色カビ病の発生
  • 色味の喪失

罹患したブドウは乾燥しなければならない

まずBotrytisに感染したブドウがきちんと甘くなるためには果実内部の水分が蒸発する必要があります。

このためには、日中の天候が乾燥している必要があります。しかも一日二日のことではなく、Botrytisに感染している実全体が乾燥するまで、です。この乾燥期間中に降雨量が多くなり、空気中の湿度が相対的に高い時期が続いてしまうとBotrytisに感染したブドウは貴腐葡萄ではなく、単なる腐ったブドウに成り下がってしまいます

一般に貴腐ワインに適した産地の特徴として、昼暖かく夜寒い、という昼夜における寒暖差が挙げられます。

ドイツのライン川沿いなどはこの典型で、冷え込んだ朝方にライン川から生じる川霧が大気中の湿度を引き上げることでブドウ畑の中にBotrytisの発生を促しつつ、日中は暖かい晴れ間が続くために罹患したブドウの乾燥が進行することで理想的な貴腐ワインが生み出される、と言われています。

確かにBotrytisの発生の原因が川霧にあるのであれば、このような好環境下でのサイクルが回ります。

一方で、収穫期の長雨による湿度の引き上げが原因でBotrytisが発生してしまった場合には話が大きく異なります。

その雨が一時的なものであればまだいいのですが、2019年のような長雨となるとカビが発生したブドウが乾燥する暇がありません。そうなるとカビに侵されたブドウは時間をおけば置くほどただ腐っていくしかなくなってしまいます。

別の病気にかかるリスクも高まる

Botrytisは果皮に穴をあけ、そこからブドウの内部に侵入していきます。これはつまり、外界からブドウの内部までが完全に開かれた状態になる、ということでもあります。

この穴を通して果実内部の水分が蒸発するのはすでに説明したとおりですが、同時に果汁が外部にこぼれ出します

果汁は糖度が高く、この糖度に惹かれて様々なものが寄ってきます。それは昆虫であったり別のカビなどの微生物であったりします。これらのものが二次的な被害となってブドウを襲うのです。

Botrytisの発生した房に非常によく見られるのがPenicilliumという別のカビです。このPenicilliumというカビは人体に対する毒性が高いためプレスへの混入は可能な限り避けなければならないものの一つでもあります。

またこれ以外にも別のカビなどがブドウ表面を覆ってしまうこともあります。

うまく乾燥してもその先も簡単ではない貴腐ワイン

仮にいいタイミングでBotrytisに感染したブドウがいい感じに乾燥した状態で収穫できたとします。

その時にはその時で様々な困難があります。

まず、プレスして果汁を得ること自体が簡単ではありません。

貴腐ワインの醸造に適したいい状態の果実とは、乾燥した果実です。見た目には干しブドウと大差がないほどです。

当然ですが、ちょっとやそっとプレスしたくらいではそこから果汁を得ることなどできません。

このため広く利用されているメンブラン式のブレスでは役に立たず、昔ながらのバスケットプレスのように非常に大きな荷重をかけられるプレスを使う必要があります。

またプレス後に得られた果汁は極端に糖度が高いために酵母の耐性が追い付かないなどの理由によって高い活性を得ることはできません。

このため発酵は非常にゆっくりとなります。場合によっては発酵に数年を要する、などというケースさえあるほどです。

Botrytisに感染したブドウを絞った果汁では酸化酵素の一つであるLaccaseの活性が非常に高くなることが分かっていますし、グリセリンやアセトアルデヒド、ケトン系化合物などをはじめとして、多価アルコール類の含有量が増えることが分かっています。

この結果、亜硫酸との結合量が増え遊離型SO2の量を確保するためにより多くの量の二酸化硫黄を添加する必要が生じるほか、フィルターの目詰まりリスクも高くなるなど、様々な影響が出てきます。

灰色カビ病というリスク

これまで解説を行ってきたのは、すでに熟度が上がったブドウに対してBotrytisが付着した場合のケースでした。

しかし、実際にはBotrytisの感染はブドウの熟度に関わらず生じますし、必ずしも果実にのみ生じるわけでもありません。ブドウ栽培におけるBotrytisによる被害はむしろ未熟時の果実への感染時の方が大きくなりますし、頻度はそれほど高くはありませんが枝への感染もまた被害を大きくするケースと言えます。

Botrytisの話題を出すときによく聞かれるのが、灰色カビ病という病気です。

これはまだ未熟な段階の果実、もしくは結実する前の花穂に対してBotrytisが感染した状態のことを指します。

灰色カビ病に罹患した果実や花穂は結実不良や腐敗しやすくなり大幅な収量の減少につながる可能性が高くなるほか、プレスに混入してしまうと苦みや曇った味わいの原因となります。

なお、灰色カビ病の原因菌と貴腐菌とを分けるのはブドウに付着した時点における果実の熟度のみです。

Botrytisは赤ワインの大敵

貴腐ワインは基本的に白ワイン用のブドウ品種で造られます。

なぜならBotrytisが付着したブドウでは赤ワインの赤みを出すことが出来ないためです。

赤ワイン系のブドウ品種にBotrytisが付着することで赤い色が出せなくなる原因は、前述のLaccaseという酸化酵素にあります。

Laccaseは特にフェノール系化合物を酸化させます

徹底解説 | 赤ワインはなぜ赤いのか」の記事で詳しく解説をしていますが、赤ワインが赤い理由であるAnthocyanin (アントシアニン) はそもそもフェノール系の物質に分類されます。つまり、AnthocyaninもまたLaccaseによって酸化されてしまうのです。

フェノール系物質は酸化のプロセスを経て長鎖化し、分子量を増やしていった結果沈殿します。沈殿してしまったフェノールはワインの色味への影響力を持ちえませんので、色味は薄くなります。

一方で白ワインにおいてはこの酵素の影響で酸化色、つまり色の茶褐色が進行することになります。

なおブドウ由来の酸化酵素としてはTyrosinaseという酵素がありますが、この酵素とLaccaseとの違いは、Laccaseはおよそすべての種類のフェノール系物質を酸化させることが出来る点にあります。

Laccaseは二酸化硫黄による不活性化効果が極めて低く、厄介な酵素の一つです。

今回のまとめ | 腐敗は高貴であっても福音となるとは限らない

Botrytisは確かに理想的な条件下で感染すれば高貴と呼んでいい、非常に価値の高いワインを造り出す原動力となります。

一方で、その条件が一つでもくるってしまえばそこに残るのは大幅な収量の減少と低品質なブドウを如何にしてワインにしていくのか、という非常に悩ましい問題です。

また仮に理想的な条件下であったとしても造り手にとってBotrytisが必ずしも望ましいものとは限りません。というのも、Botrytisが付着してしまえばそのブドウはそれ用のワインに仕上げるしかなくなってしまうからです。

つまり、造り手が本当に造りたいと思っていたワインにならない可能性があります。

金銭的価値の高いワインを造ることと、自分の理想とするワインを造ることは必ずしも一致しません。

もちろん、非常に優れた貴腐ワインを造り出すことは仮に理想的なブドウが収穫できたとしても簡単なことではなく、これを造り出せることは醸造家としての手腕に優れていることの証明にほかなりません。ただ、それはそれ、これはこれ、でもあるのです。

貴腐菌がついたブドウにはどうしても避けられない独特の香りと風味が付きます。これを福音ととるのか、自分が理想に向かうための大きな障害ととるのかはまさに造り手が何を考え、何を求めているのかによって変わります。

仮に自分の求めるものがそこにはないのであれば、栽培の段階で集中的にこのカビの発生を避けるための対策を行っていく必要があります。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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