Cabernet Blanc、Cabernet Jura、Muscaris、Souvignier gris。
これらの単語に聞き覚えはあるでしょうか?
Cabernet~やMusca~、Souvi~という辺りからなんとなくワイン用のブドウ品種っぽいと思われた方も多いかもしれません。そうです、これらはすべてワイン用のブドウ品種の名前です。
現在はあまり聞くことはないとは思いますが、今後もしかしたら耳にする機会、実際に飲む機会が増えてくるかもしれません。
ブドウは遅くとも6000万年前には地球上に存在していたとされます。その長い歴史の中で自然交配や突然変異を繰り返した結果、8,000~10,000種もの品種が存在していると言われています。
このうちワインの製造に使われているのは2,500種ほどです。近年、一部の土着品種は使われなくなってしまったり、逆に気候の変動や地域性への原点回帰といった動きを背景に脚光を浴びて復活したりもしていますのでこの数は常に多少変動しています。
そんな中でこの数字を今後押し上げていく可能性あるカテゴリーがあります。
それが今回のテーマである、PIWIと呼ばれるカテゴリーに分類される品種のブドウです。
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PIWIとはなんなのか
PIWIとはドイツ語で「pilzwiderstandsfähige Rebsorten」の略ですが、徐々に国際的にもPiwiで通用するようになってきているようです。意味は、ブドウの病気の原因となる菌に対して耐性を持ったブドウ品種のことです。
文字通り一部の菌を原因とした病気に対して高い耐性を持ったブドウ品種ですが、いわゆる自然交配品種ではなく、ほぼすべてが人工交配品種となります。
従来の自然界には存在していなかったブドウ品種を人工的な交配によって作り出し、それをワイン醸造に使っていくため、ワイン生産に利用されるブドウ品種の数を純粋に押し上げる要因となります。
一方で交配による特性の獲得から各種試験およびフィールドテストを経て実際に市場に流通されるまでには長い時間が必要となるため、今はまだそれほど知られた存在ではありません。
現時点における植栽面積の拡大はまだゆっくりではありますが、前述の通り需要があって作られている品種でもあるため今後徐々に世の中に広まっていく可能性は高い品種群でもあると言えます。
PIWIはどんな病気に強いのか
この新しいワイン用ブドウ品種のカテゴリーで常に注目されるのが以下の病気に対する耐性です。
- うどん粉病: Echter Mehltau (Oidium)
- ベト病: Falscher Mehltau (Peronospora)
- 灰色カビ病: Botrytis
なぜこの3つなのかというと、この三種類の病気がワイン用のブドウ栽培においてもっとも脅威となる上に基本的に世界中のどこでも問題となる、いわばワイン用ブドウ界における三大疾病だからです。
耐性品種開発の背景
PIWIの開発の歴史は1800年代の後半まで遡ります。この時期、欧州に上記の三大疾病のうち、うどん粉病とベト病がアメリカから輸入された新品種と共にわたってきました。
こういう話を聞くとフィロキセラ禍を思い浮かべる方も多いのではないかと思いますが、この両者の背景は全く同じですし、被害が拡大した時期もほぼ同時期となります。
併せて読みたい
もともと欧州に存在していなかったこれらの病気は瞬く間に被害を拡大します。
当時も燎原の火のような拡大を見せる被害を黙って指をくわえて見ていたわけではなく、対策のために様々な試みがなされました。その一つが、PIWIの元となる欧州系品種とアメリカ系品種との交配です。
フィロキセラは主にブドウの根に対して被害を与えたために耐性を持ったアメリカ系の品種を台木として利用することで被害を抑えることに成功しました。しかしカビ系の病気は穂木に対して直接感染、被害を拡大していたため台木による対策を行うことはできません。
そこで有力な対策手法として開発がすすめられたのが、
- 薬による防除
- 交配による耐性の獲得
の2つだったのです。
なお現時点における有効な対策は、「栽培技術 | ブドウ栽培における病気への対策 - 防除の方法」の記事で書いていますが適切な時期に適切な内容で行うスプレーによる防除です。 本格的な夏が近づき、日々気温が高くなるこの時期、ブドウはぐんぐんと成長していきます。 ブドウの成長が進むと畑では芽掻きやワイヤー上げ、副梢の除去などに加えて下草の刈り込みや土の鋤起こしなどやることが膨 ... 続きを見る
栽培技術 | ブドウ栽培における病気への対策 - 防除の方法
耐性獲得の方法
PIWI品種の開発の出発点が欧州系品種とアメリカ系品種との交配であったように、この品種カテゴリーにおける最大の特徴である病気への耐性の獲得は、品種間の交配によって達成されています。このため、このカテゴリーに分類されるブドウ品種は場合によってはハイブリッド品種、種間品種などとも呼ばれることもあります。
この点をもう少し詳しく見ていくと、主にハイブリッド種と呼ばれる品種は現在のPIWIとは位置づけが大きく異なります。
ハイブリッド種と呼ばれる品種の多くは1800年後半から1900年前半において極めて単純に欧州系品種とアメリカ系品種とを交配させて作られた品種です。これらは分類学上、Vitis viniferaには分類されません。
これに対して、PIWIは主に1950年以降になって開発されているものがほとんどです。品種によってはアジア系の品種との交配も行われていますが、複数回にわたるVitis vinifera品種との交配により分類学上の区分はVitis viniferaに属します。
つまりPIWI品種は一度はアメリカ系品種やアジア系品種と交配することでVitis viniferaではなくなったハイブリッド品種をさらにVitis vinifera品種と交配を続けることで病気への耐性という特性は残しつつも、分類学上の特徴としてVitis viniferaと区別できないところまで戻した、もしくは近似させた品種のことなのです。
PIWI品種に期待される役割
PIWI品種に期待される役割は気候変動などによって被害が拡大する兆しを見せつつある病気への耐性ですが、その背景には経済的な、そして環境的な意味があります。
PIWIの導入によるメリットは大きく分けると以下の2つが挙げられます。
- 病気による収量の減少不安の払拭
- スプレー回数の低減
このうちの1.は主に経済的なダメージの軽減としてとらえていいと思いますが、2.の方は複数の意味を持ちます。
スプレー回数が減ることの意味
スプレーの回数を減らすことが出来るということは、スプレーを行うための労働コストの削減に加えて、散布する薬剤のコストを引き下げることにつながります。散布に利用するトラクターの運用コスト、薬剤を混ぜる水のコストといった周辺のコストまで含めれば経済的に大きなインパクトを持ちます。
またこれに加えて、最近ではスプレーの低減による地球環境への低負荷化とそれに伴う持続可能性という視点が特に注目されるようになってきてもいます。
スプレーによって散布されるのは銅や硫黄といった薬剤です。
これらは必ずしも化学的な合成物質というわけではなく、自然由来のものであったりしてはいますが、銅などの重金属は散布後に土壌中に残留、蓄積されていき環境負荷の要因になるとされています。スプレーの回数を減らすことは、具体的に薬剤の散布量を減らすことにつながりますので、このような環境負荷を直接的に低減することが出来ます。
また複数回にわたってトラクターを走行させることは土壌の表面層を圧縮してしまうことにつながり、降雨時の表土の流出といったような土壌浸食の原因となりますが、スプレーの回数の低減はこういった問題もまた軽減させます。
スプレーをしていないという事実は単純に顧客に対しても環境フレンディーというイメージを想起させますので、マーケティングの視点でもメリットのある点だとも言えます。
今回のまとめ | PIWIは今後本当に広がるのか
PIWIと呼ばれる、病気への耐性が高いワイン用ブドウ品種を導入することで様々なメリットを得られることを見てきました。
では、今後は本当にこれらの品種の栽培面積が増えていくのでしょうか?
答えはまだ不明です。
確かに世界の気候条件は変化を続けており、従来の栽培品種では対応できなくなる様相を見せつつあります。そもそもワインを造り続けるための一つの手段としてはPIWI品種の導入には大きな意味も必要性もあります。
しかし、醸造家はワインが造れればそれだけでいい、とはなかなかなりません。
造り手に取ってそこに造り手である自分自身が納得できるものがなければ、例え他にどんなにメリットがあろうと導入する意味はありません。自分の仕事に矜持をもっている醸造家であればあるほどこの傾向は強くなります。
この点がPIWI品種の広がりが将来的に拡大するかどうか、現状では見通しきれない原因の一つです。
ここに一つの教訓があります。
かつてハイブリッド品種と呼ばれた品種はその有用性は部分的にではありながらも認められていたにも関わらず大きな広がりを見せませんでした。
もちろん欧州ではワイン用のブドウはVitis vinifera種でなければならないという法的な制限があることも理由の一つではありますが、より根本的な問題はフォックスフレーバーとも呼ばれたオフフレーバーの存在にあります。
ハイブリッド品種のブドウから造られたワインにはこのフォックスフレーバーが出るために品質が低く、ワイン用ブドウとして採用することはできない、とされたのです。
これまでの話を思い出していただきたいのですが、PIWIは分類学上はVitis vinifera種に区分されていますが、その成り立ち上、純粋なVitis viniferaというわけではなく極めて近い位置にある近似品種です。
このため、フォックスフレーバーとまではいかないまでもそれと方向性を一にする品種独特の、ワインとして好ましいとはいえないニュアンスが残っていると感じる醸造家が多くいます。これが現状におけるPIWI品種の最大の課題であり拡大の足枷となっています。
PIWI品種の開発は継続的に行われており、まさに日進月歩で進んでいます。
実際にかつてはかなり強く感じられた品種としての特有香もほとんど感じないような品種も開発されてきています。
今後、もしかしたらこれらの品種の数がさらに増え続け、普段目にするワインの大半をこのカテゴリーのワインが占めるようになる未来が来るかもしれません。