年末年始が近づくにしたがって需要も増えてくるイメージがあるのが、甘口のワインです。
甘口のワインといってもその種類は様々。口に含んでほのかに甘さを感じるくらいのものから、貴腐ワインやアイスワインと呼ばれる極甘口のものまであります。またポートワインなどで知られる、フォーティファイドワイン (酒精強化ワイン)と呼ばれる変わり種のワインにも甘口のものが存在しています。
こうした特に甘いタイプのワインはデザートワインとも呼ばれています。
貴腐ワインやアイスワインはその希少性から比較的造り方も知られていますが、そうではない、一般的な甘口ワインの造り方を解説した情報は意外に見かけることがありません。
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皆さんは、甘いブドウを収穫すればそれだけで甘いワインが造れると思ってはいないでしょうか?今回は甘口のワインの造り方に注目します。
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甘口ワインを造る技能は必要か
今の世の中は辛口ブームです。
赤ワインでも白ワインでも辛口のものこそホンモノで、甘口のものは子供向けのジュースのように思われている部分があります。この典型例がドイツワインです。
ドイツはかつて、ワイン生産の北限の地として知られていました。ブドウの栽培をするには気温も日照時間もぎりぎりで、完全に熟した房を収穫することが非常に難しい地域です。その一方で冷涼であるがために収穫されたブドウは豊富な酸を含んでいました。
そこでドイツではリースリングに代表される、寒さに強い晩熟品種を植え、秋も深まったころにようやく甘く熟した房を収穫してワインを造ったのです。こうして作られたワインは甘さの中にしっかりとした酸味を含む、なんとも美味しいワインになり、当時世界中で絶大な人気を獲得しました。
その後にドイツは販売戦略を失敗し、ドイツワインは安くて甘いチープなワイン、という印象を世界中にばら撒くことになります。そしてこの一部が「甘いワイン=安物ワイン」のように受け取られるようにもなったのです。
しかし由緒正しいクラシカルな造りのカビネットなどはとても繊細で、上品な美味しいワインです。筆者の偏見かもしれませんが、こうしたワインを造り、世の中に広めていくことは間違いなくワインの消費層を広げていくことにつながると考えています。
つまりワインの造り手にとってもこのようなワインをしっかりと造れることは必要な技能といえるのです。
シャルツホフベルガー リースリング カビネット 2018 エゴン ミュラー Scharzhofberger Riesling Kabinett Egon Muller
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甘口ワインの造り方
甘口のワインを造るための方法は大きく分ければ次の2種類があります。
- 発酵を止めて甘くする
- 発酵してから甘くする
どちらも出来上がるワインは甘口のものになりますが、造り方のアプローチはまったく異なります。このどちらの方法でワインを造るべきなのかは、ワイナリーのおかれている状況やワインの状態、かけられるコストによって決まります。
ちなみに前述の貴腐ワインやアイスワインといった極甘口のワインやフォーティファイドワインなどのデザートワインはいずれも1.の発酵を止めて (止まって) 甘くしたワインです。
[2012] ヴェストホフェン モルシュタイン リースリング アウスレーゼ 500ml ヴィットマン(ラインヘッセン ドイツ)
[2005] ニーダーホイザー ヘルマンシェーレ リースリング シュペートレーゼ 750mlヘルマン デンホフ(ナーエ ドイツ)
デザートワインに区分されるアウスレーゼやシュペートレーゼでは発酵を途中で止めることで特徴的な甘さを残したワインが造られます。これらのワインではワインに残す糖度を多くするためにも収穫時のブドウの糖度が高いことが必要となります。
現在のドイツにおけるワイン法ではワインの甘さではなく、収穫時の果汁糖度でワインの等級を決めています。「アウスレーゼ」や「シュペートレーゼ」という等級も厳密にはワインの甘さを意味していません。
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甘いブドウだけで甘いワインは造れない
上の二つの造り方を見て、ブドウを甘くする必要はないのか、と思われた方もいるかもしれません。確かに多くのサイトなどで甘いワインを造るためには甘いブドウが必要と書かれていますし、原料が甘くなければどんなに頑張っても甘いものは造れません。
しかし、醸造手法という面だけに注目すれば、ブドウの糖度は甘口ワイン造りのための必須条件ではありません。また、ある程度の甘さは原料として必要という前提さえ満たしていれば、必要条件でさえないのです。
ブドウが甘いに越したことはありませんが、ブドウが甘いからといって甘いワインが造れるわけでもなければ、ブドウが必要以上に甘くないからといって一般的なクラスの甘口ワインが造れないわけでもないのです。しかも上記の2.の方法を使えば、原料となるブドウの甘さが多少足りなくても問題なく甘口ワインを造ることが可能でさえあります。
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手間のかかる発酵の中断
より一般的な甘口ワインの造り方として知られているのが上記の1、発酵を止めて甘くする方法です。世の中にある甘口高級ワインはそのほぼすべてがこの方法によって造られています。
理由は簡単で、2.の方法ではある程度までは甘いワインを造ることはできても、それ以上に甘いワインは造れないからです。
であればこの方法ですべての甘口ワインを造ればいいと思われるかもしれませんが、実態はそこまで簡単なことでもありません。この方法にはいくつも課題があるからです。
その最たるものが、発酵の中断のためのコストです。
発酵は何もしていなのに止まることがありますし、きちんと管理をしてやらないと徐々に弱くなってしまってどこかで止まってしまったりもします。この時に残るのは確かに甘口のワインですが、「狙った甘さの」甘口ワインではありません。
甘口ワインを造る場合には、厳密ではなくてもある程度、どのくらいの甘さのワインを造ろう、という計画があるものです。中には期せずしてあるタイミングで味見したワインがとても美味しく、急遽、その状態で製品化することを決定するケースもありますが、どちらのケースだったとしても大事なのは、造り手が意図し、決断したタイミングで発酵を止めること、です。
ワインを発酵させている酵母はいくら口でお願いしてもその代謝活動を止めてはくれません。かれらに言うことを聞かせたければ口ではなく、設備という名の腕力にモノを言わせる必要があります。
逆に言えば酵母を黙らせるために必要となる、適切な設備がないワイナリーではこの手段を用いて思うような甘口のワインを作ることはできないのです。
装置がないならどうすればいいのか
装置という名の腕力はないけれど甘口のワインを造りたい、そんなときはどうすればいいのでしょうか。
その疑問に対する回答が、発酵させてから甘くする方法です。
これは酵母には最後まで発酵をさせてしまい、ワインの中に酵母のエネルギー源となる糖分がなくなることで自然と酵母が活動しなくなってから改めてワインを甘くする、という方法です。酵母をむりやり止める必要がありませんので、装置などのコストは必要ありません。
一方で一度なくなってしまった甘さを再度加えなければならない関係上、「甘くするためのもの」が必要になります。この甘くするためのものに何を使えるかによってこの手法を採用した場合のコストが決まります。
一般にものを甘くしたい場合に使うのが砂糖です。コーヒーでも紅茶でも甘くしたいのであれば砂糖を適量入れてやれば事足ります。調理用の白砂糖などは価格も安く、入手も容易ですからこの方法で甘くする分には大したコストはかかりません。
しかし、ワインの世界ではこれができるのは一部の国や地域だけです。
欧州 (EU) を中心に、多くの国や地域で発酵が終わったワインに砂糖を直接加えて甘くすることは法律によって禁止されています。また砂糖の添加以外の、法的に認められた方法であっても添加量の上限がやはり法的に定められていますので、際限なく甘くすることはできません。
やり方自体は手軽な方法ですが、それだけに利用できる範囲が限定されており、手軽さが制限されているのがこの手法だといえます。
時々、ワインに行う補糖 {シャプタリザシオン} と呼ばれる醸造技術をワインを甘くするための技術と勘違いされている場合があります。シャプタリザシオンは発酵前の果汁に砂糖を添加することで発酵後に得ることのできるアルコール度数を上げるための技術のことをいいます。
補糖で添加される糖分は全量が酵母によって代謝され、アルコールになることが前提として行われますのでこの行為によってワインが甘くなることはありません。
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甘口ワインは甘くすればそれでいいのか
これまでに見てきた2つの方法のいずれかによって口当たりのいい、甘いワインができました。ではそれで終わっていいのかといえばそうではありません。
辛口のワインは発酵が完了したその時点でワインにはほとんど糖分が含まれていません。
糖分はワイン造りに欠かすことのできない酵母などの有意義な微生物だけではなく、ワインの品質を低下させる微生物にとっても栄養になります。このためワイン中に糖分をほとんど含まない辛口のワインはそれだけである程度、微生物に対して耐性を持っています。
これに対して甘口ワインではワイン中に多くの糖分を含んだ状態にあります。このために、なにもしなければ望まない微生物群がワイン中で繁殖し、ワインの品質を著しく低下させるリスクが高くなります。
甘口のワインはなんらかの方法でしっかりと守られなければならないのです。
今回のまとめ | 甘口ワイン造りに必要なもの
最近の流行りであり、耳にすることの増えた「亜硫酸無添加、ノンフィルター」というワインはまさにこうした防御手法を必要とする甘口ワインの対極にある存在です。甘口ワイン造りにおいては、亜硫酸を添加しないこともフィルターを通さないことも共に品質低下のリスクを大幅に引き上げる結果につながります。
辛口のワインがある意味においては果汁を放置しておいても出来上がるのに対して、甘口ワインはこれまで見てきたとおり、ひと手間もふた手間もかけてやらないと造ることができません。また出来上がったワインもケアをしてやる必要があります。醸造コストを考えれば、甘口ワインは決してチープなワインなどではないのです。
一方で、甘さには上品さが必要です。ただ甘いだけではわざわざコストをかけて甘くしているにもかかわらず、その価値は見出してもらえません。べたべたの甘さは下品だと受け取られてしまうからです。
また甘さは強烈でわかりやすい味覚であるだけに、往々にしてそれだけに注目されてしまいがちです。それがまたワインを平坦なもののように印象付けてしまい、ワインに対する評価を引き下げてしまいます。
本当に評価される甘口ワインを造るためには、それを可能とするための醸造知識だけではなく、味に対するバランス感覚が絶対的に必要になるのです。