最近はノンフィルターのワインが話題になることが多くなっていますが、それでもやはり世界中で造られているワインのほとんどはフィルターを使ってろ過をしたワインです。
最近話題の自然派ワインではノンフィルターが基本ですが、日本ワインやオレンジワインでもノンフィルターのワインが多く造られています。
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ワインのろ過に使うフィルターはいくつかありますが、そのなかでもダントツの複雑さをほこり、時として造り手さえをも混乱させるフィルターがあります。それが、シート型フィルターです。
シート型フィルター自体はコーヒーに使うペーパーフィルターと同じ原理でワインをろ過する装置にすぎません。濁ったワインを入れるとキレイなワインが出てくるだけなので複雑さはほぼありません。しかし、そこに使われるろ紙、フィルターシートの区別が非常に面倒なのです。
世の中に数多く存在するフィルターシートからどれを選ぶのかは、世の醸造家の多くが抱えている問題です。
この記事ではシート型フィルターに使用されているフィルターシートの違いを見ていきます。
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フィルターの話のその前に
では早速、ワインのフィルターの話を始めましょう、といいたいところですが、この話を始めるには少し準備が必要です。
今回のフィルターのお話はシート型フィルターに使われるフィルターシートについてです。
だからといって、いきなり「シート型フィルター」と言われても何のことか分からない方が多いのではないでしょうか。
シート型フィルターとは、ろ過に使用する「ろ紙」を間に板を挟みながら何重にも重ねた部分を持つろ過用の装置です。この記事中ではこの装置全体を「シート型フィルター」、ろ紙を「フィルターシート」、ろ過をする行為を「フィルター」と呼ぶようにします。
ワインのフィルターに使われるフィルター装置にはシート型フィルター以外にもいくつか種類があります。こうした中でもっともよく使われるのが「珪藻土フィルター」と呼ばれるフィルターです。
この「珪藻土フィルター」はシート型フィルターとは装置の構造が大きく異なっています。この両者の最大の違いは、シート状のろ紙を使用しているのかいないのかです。
一番の違いは穴のサイズ
フィルターシートの最大の違いはろ過することのできる対象の大きさです。
目の粗いフィルターシートは言ってみればザルのようなもので、空いている穴が大きいのでその隙間をぬって多くの成分が通過していきます。
一方で目の細かいフィルターシートはまさにコーヒー用のペーパーフィルターと同じです。目に見える穴どころか、ほぼ隙間などないほどに目が詰まっています。このため、液体以外のものは抜けていくことができません。
ここまでいくとすでに「染み出す」という表現の方があっているほどです。
醸造家がフィルターシートを選ぶときに悩むポイントの90%、もしくはそれ以上を占めるのがこの目、穴のサイズです。
自分がろ過したいワインを一体どの程度のサイズの穴を持ったフィルターシートを使ってろ過すればいいのか、どれくらいが適正なのかは常に悩みどころです。
あまりに目の細かいフィルターシートを使ってしまうと、確かにワインの中の不純物は残らずろ過されますが、一緒になって残しておきたいものまで除去されてしまいます。
やり過ぎてしまったフィルタリングのイメージとは、コーヒーを淹れている時に本来は抽出されてお湯の中に入るべきものがフィルターで全て除去されてしまい、ポットの中には透明なお湯がドロップされているようなものです。
雑味のない、けれども香り豊かな美味しいコーヒーを淹れるためにも、フィルター選びはとても重要な作業です。
ざっくりとした使い分けとして、醸造過程ではあまり細かい目のフィルターシートは使わず、ワインを瓶に詰めるボトリング前には比較的細かい目のフィルターシートを使用します。
これはワイン中に存在している微生物である酵母やバクテリアや澱の原因となる固形物を除去し、ワインの品質を維持するためです。
なお、フィルターの回数や使うフィルターシートの種類にはある程度の推奨手順はありますが、特定のルールはなく、醸造家の判断に任されています。
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フィルターの「粗さ」を決める材料の違い
シート型フィルターに使われるフィルターシートは複数のメーカーから販売されていますが、その原料はどのメーカーのものもほぼ同じです。
フィルターシートの原料はセルロースと珪藻土、そしてパーライトです。
パーライトは一部の目の粗いフィルターシートにしか使われていませんので、ワインの瓶詰め前に行うような精度のフィルターで使われているのはセルロースと珪藻土のみになります。
多くのフィルターシートにおいてセルロースと珪藻土はどちらかだけを使うわけではなく、両方が一定割合で混合されて使われています。そうした中で、一般にセルロースの混合比率は50〜100%の範囲です。ほとんどの製品においてフィルターシートの目が細くなればなるほどセルロースの混合比率が低くなり、逆に珪藻土の比率が高くなります。
セルロースは長い繊維状の形状をしているため、これだけでシートを作ると繊維間に空間が多くなります。つまり、目の粗いフィルターシートになります。
一方でセルロースの比率を下げて珪藻土を加えると、セルロースを骨格にして繊維間に珪藻土が入り込んだ構造となり、より目の細かいフィルターシートを作れるためです。
現在上市されている製品では珪藻土の比率が50%程度になると目のサイズが3.0 μmを下回り、0.2 μm程度まで細くなります。珪藻土が58%配合された製品では0.1 μmと超高精度が実現されています。
なお以前は珪藻土の代わりにアスベストが使われていましたが、健康被害のリスクが高いため今ではアスベストは一切使われていません。
フィルターシートの作用原理と使用素材の役割
フィルターシートは板のように整形された形状をしています。これを複数枚、フィルター装置内に設置し、そこにワインを流すことでワイン中に含まれる固形物を濾し取っていきます。
その作用原理はまずフィルターシートの表面で比較的大きなサイズの固形物である酵母などをトラップし、その後にフィルターシートの内部でより細かいサイズのバクテリアなどを補足しています。つまり、フィルターシートは3次元で機能しており、表面と内部とで異なる役割を持っています。
このフィルターシートの内部を通過させるために重要な役割を果たしているのが、先程も出てきたセルロースの含有割合です。
珪藻土は岩を砕いて粉末状にしたようなものです。そのため、珪藻土だけでフィルターシートを作ると建築資材の石膏ボードのようなものになってしまいます。これではフィルターシートの内部にワインを浸透させることはできません。
フィルターシートの機能性の調査結果でも、珪藻土の含有割合が高いフィルターシートでは同量のワインをろ過するのにかかる時間が、同じ目の細かさでセルロースが含有されているフィルターシートを使った場合よりも長くかかると報告されています。
なお、フィルターの効率はより広い表面積を持つ、厚さの厚いフィルターシートを使うことで改善できます。しかしフィルターシートのサイズはフィルター装置の大きさに依存しますし、シートの厚みはワインのロスにつながります。
このため極端に大きく、ぶ厚いフィルターシートは使われていません。代替手段として装置内に設置するフィルターシートの枚数を多くし、合計の表面積と厚みを増やしています。
フィルターのロスをおさえるセルロースフィルター
シート型フィルターに使われるフィルターシートはどのメーカーのものであっても基本的には正方形の板状です。これを何枚もろ過装置内に立てて並べ、最後に装置の末端から金属の押さえで強く挟み込んでシートが下に落ちるのを防いでいます。
一方でフィルターシート自体も3 ~ 4 mm程度の厚みを持っています。このためいくら強い力で挟み込んでも、フィルターシートからワインが滴り落ちてしまうことを防止するのは難しい構造です。
特にフィルターシート自体に弾力性がない、珪藻土の含有割合の高い高精度フィルターシートであるほどこの傾向は強くなります。
一方でセルロースの含有比率の高いフィルターシートでは繊維が隙間を持ちながら積層した構造をしているため、フィルターシートが弾力性を持っています。このため両側からフィルターシートを強く挟み込むことで圧迫すると、フィルターシート部からのワインのロスを少なくできます。
以前はセルロースの含有比率を下げずに、つまり珪藻土を使わずに目の細かい高精度フィルターは作れませんでした。しかし最近では、セルロースの含有比率が99%以上とほぼ珪藻土を含まずに目の細かさを0.1 ~ 0.2 μmまで細かくした製品も販売されています。
フィルターシートを珪藻土含有品からセルロース製にかえると、フィルターにおけるシート部からのロスを半分近くまで下げられるとする実験結果もあります。
フィルターシートに向けられる要求の1つがフィルター中のロスの低減ですので、今後はさらに珪藻土を含まないセルロース製フィルターシートが増えてくると思われます。
今回のまとめ | 使い勝手は実は変わらない
世の中にあまりに多様なフィルターメーカーとそのそれぞれに対応したフィルターシートがあるため、異なるメーカー間や材質間の組み合わせで性能が変わるのか、疑問を持つ人は多くいます。醸造家の多くもこの問いに頭を悩ませています。
しかし、実はこの問いにはすでに1つの答えが出されています。
どのような組み合わせでも、基本的には性能に差は出ないらしいのです。
この疑問を解消すべく行われた実験の結果によれば、フィルターシートの性能差はフィルターシートの原料やその他の物理的な設定値にのみ基づいていたとされています。一方で同じ原料や同じ設定値で作られたフィルターシートであれば、製造元が異なっていても基本的に性能に差はなかったそうです。
この結果から、ロス率を抑えるためにセルロースフィルターを選ぶ、大部分の固形分を除去して安定性をあげたいので目のより細かいフィルターシートを選ぶ、といった点さえ決めてしまえば後は使い方の問題だけが残ります。
例えば、非常に目の細かいフィルターシートを使うのであれば早期の目詰まりを防止するために、事前に予備フィルターを粗めのフィルターシートを使って実施しておく必要があります。これはどこのメーカーのフィルターシートを使っていても同じです。
また多少のロスを見込んだとしても相対的にコストが安くなる場合には珪藻土を含有したフィルターシートを選択し、そのうえで価格比較をして安い方のメーカーを選ぶ。こうしたメーカーに拘らない自由な選択も可能です。
複数のメーカーの製品を1台のフィルター装置の中に混ぜて設置することは通常ありませんが、その場合も大事なのはフィルターシートの原料と目の大きさをしっかりと揃えることだけだといえそうです。