醸造

加水しない低アルコールワインの造り方

ここ数年、世界の冬は温かく、夏は暑すぎるようになりました。以前は30℃でも暑いと言っていた日常が、今では40℃で暑いという日常に変わりました。

世界の温暖化、気候変動。そうした単語を聞く機会が端的に増え、そろそろこうした日常は”異常”なものではなくまさに”日常”的なものになりつつあります。そしてこうした恒常的な変化は確実にワイン造りを変えてきてもいます。

例えばフランス。使用できる品種に厳格な規定を持っているAOCボルドーが2019年に新しい品種の使用を正式に認可したことが大きなニュースになりました。理由は気候変動への対応です。

冬が暖かくなるとブドウの発芽のタイミングが早くなります。夏が暑くなるとブドウの熟成のタイミングが早くなります。そしてブドウが甘くなるまでの時間は短くなります。ワイン造りを前提としたブドウ栽培ではブドウの熟成と甘さの度合いは必ずしも同じ意味ではありません。十分に甘いブドウがまだ未成熟、ということはあり得ます。気候の温暖化はこの現象を加速させます。

ブドウの甘さはワインのアルコール度数に、ブドウの熟度はワインの風味に強い正の相関性を持っています。甘いだけで未熟なブドウから造られたワインはアルコール度数だけが高い風味のないワインに仕上がります。もしくはとんでもなく甘くなった完熟ブドウで造るワインはとんでもなくアルコール度数が高い風味豊かなワインに仕上がります。時には行き過ぎて、ジャムのような風味を持ったワインになることさえあります。

こうして並べると一見、究極の選択のようにも思えますが世界中のワインメーカーたちはこのどちらも選ぼうとはしていません。あの手この手を駆使してなんとか別の道に進もうとしています。

そうした手段の1つが発酵前の果汁への加水です。アメリカなどでは比較的よく使われているアルコール度数調整のための手法です。

一方でEUでは法律によって発酵の前後を問わずアルコール調整のために水を添加することは禁止されています。今も議論はされていますので将来的にどうなるかはわかりませんが、少なくとも現時点においてはこの容易な対策を実行することはできません。そこでEU内で実用化されているのが、出来上がったワインから水を分離できる装置を用いた物理的な手法です。

しかしこれらの装置は規模の小さなワイナリーが導入するには高価すぎるもので、一部の規模の大きなワイナリー以外では現実的な解決法にはなり得ませんでした。またこうしたあまりにも工業的な手法に頼った対策をよしとしないワイナリーも多く、さらに別の方法による解決策が検討され続けています。

温暖化への対策が目的とするものは栽培面と醸造面とで少し違います。さらに同じ醸造面でもいくつか異なるものを対象にした複数の取り組みがなされています。それぞれが関係している場合もありますし、完全に別々の場合もあります。この記事で注目しているのはそれらの対象のなかでも、ワインのアルコール度数です。物理的手法に頼るのではなく、それでいて水を加えるわけでもない。温暖化の時代にワインのアルコール度数を引き下げるための、そんな新しい取り組みに焦点を当てます。

アルコール度数を引き下げる考え方

ワインのアルコール度数を引き下げるには2種類の考え方があります。1つはそもそもアルコールを作らないこと。果汁の糖度を下げる類の方法がこれに当たります。もう1つが出来たアルコールを除去すること。前述の物理的な手法のほとんどがこれにあたります。

どちらも最終的にはワインのアルコール濃度を引き下げますが、出来てしまったものを取り除こうとする方が手間もコストもかかります。さらにはワインへの影響が大きくなる可能性も高くなります。コーヒーにミルクを入れてしまった後でブラックで飲みたかったと言われた時、そのコーヒーからなんとかミルクを取り除いてブラックに戻そうとするよりも、新しくコーヒー自体を淹れ直してしまった方が遥かに楽なのと同じです。

余計な手間やコストをかけたくない立場からすれば、どちらの対策を取るべきかは一目瞭然です。しかしもっとも楽でかつ確実な、加水という方法は禁じられています。ではどうやって果汁の糖度を下げるのか。取り組みの多くは栽培面からの解決を試みています。

果汁の糖度を引き下げる

果汁の糖度を下げる、という場合にも実は2つの取り組み方法があります。濃度を計算するときの式を思い出してみてください。きっと小学校で塩水の濃度計算で使ったはずです。

塩分濃度 = 塩の重さ / (塩の重さ + 水の重さ) x 100

この計算式からは塩分濃度を下げるためには総重量で割られる塩の重さを減らすか、塩の重さを割る総重量を増やすかすればいいことがわかります。果汁の糖度を考えるときにも基本的にはこれと同じです。つまり、果汁に含まれる糖分の量を減らすか水の量を増やすか、です。加水という方法は水の量を増やすという、まさにそのものズバリな典型的な対策なのです。

これに対して栽培面からの対策は反対に糖分の量自体を減らすことを目的にしています。

各地で検討されている他品種の使用制限緩和は、ブドウの糖分自体を減らすというよりは果汁への糖分の蓄積が進み切る前に収穫してしまうことで結果的に果汁に含まれる糖分量を減らすことを目的としています。現在の使用品種ではこうしたタイミングで収穫をしてしまうとブドウの未熟さが目立ちワインの味や香りにも影響を出してしまいますが、早熟系の品種を使用することでそうした時間的なギャップを解消することが出来ます。

なお一部の品種は酸の分解速度が遅いことに注目して採用されていますが、これは酸落ち対策であってアルコール度数対策とは少し視点が違います。アルコール度数は高いけれど酸量も多いので全体の味のバランスとれている、というのも今後のワインの定番スタイルの1つとなっていく可能性は高いと言えます。

栽培面からの対策にはまた別のアプローチもあります。副梢栽培といわれるようなブドウの生長のステージを故意に遅らせて夏の暑い時期とブドウの成熟期が重ならないようにする試みであったり、成長点や従来は落としてしまっていた房を敢えて残すことで糖分の消費と蓄積を分散させ1つの房あたりへの蓄積量を希釈させる試みなどです。

新しい取り組みという意味では栽培面からのものが多いため話題になりやすいのもそうしたものですが、その一方で醸造面からの取り組みでも様々な検証が行われています。そうしたものの1つが、水を使わずに希釈する方法です。

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水に頼らないワインの希釈

希釈によってワインに含まれるアルコール濃度を下げる際に問題になりやすいのが、希釈に伴うワイン全体のバランスの崩壊です。考えてみれば当たり前のことですが、果汁に水を加えた場合、薄まる対象は糖度だけではありません。果汁、もしくはワインに含まれるすべての含有物が等しく希釈されてしまいます。結果、水っぽいワインになってしまう可能性が高くなります。そうした意味で、加水によるアルコール濃度の引き下げは決して理想的な手段とは言えません。

そこで検討されているのが、ワインを使ったワインの希釈です。

ワイン同士の混合による味や香りの調整は以前から一般的に行われていることで特別珍しい手法ではありません。例えばドイツのワイン法では15%以内であればブドウ品種や畑、ヴィンテージの異なるワイン同士を混ぜていてもラベル表示などに影響しないことになっています。実際に醸造の現場ではこうした少量の混合は頻繁に行われています。しかしアルコール度数を下げようと思った場合、15%程度の混合では十分ではない場合も多くあるのも事実です。

いわゆる15%ルールから逸脱することなくワインの混合を行う方法は簡単です。同一のブドウ品種、同一の畑、そして同一のヴィンテージのワイン同士を混ぜればいいのです。この場合、醸造容器や使った酵母などは違っていたとしても基本的には同一のワインとみなされますのでどれだけ混ぜ合わせても15%ルールに抵触することはありません。

もちろんこのときに同じ日に収穫して醸造したワイン同士を混ぜ合わせてもアルコール度数の調整という目的を達成することはできません。高すぎるアルコール度数を引き下げるには、混ぜるワインのアルコール度数がある程度以上に低くなければ意味がないからです。しかし逆に言えば、そうした2種類のワインを準備することで栽培方法の変更などを必要とせずにワインのアルコール度数を引き下げることが可能になるということでもあります。

ワインを使ったアルコール度数調整のメリット

アルコール度数の異なる2つのワインを混ぜ合わせることで出来上がるワインのアルコール度数を引き下げる手法が加水による調整に対して得られる最大のメリットは、ワインのバランスをある程度は維持できる点です。

加水による調整では一律にワインの各成分の含有濃度を希釈してしまいました。これは水には酸やフェノール類といったワインを構成する成分が何も含まれていないことが原因です。これに対してワインで希釈する場合には量の多寡はあるにしてもこれらの成分が含有されているため、一方的な希釈にならず、ワインのバランスが保たれるのです。

これまでに行われた検証結果によれば、アルコール濃度の面から適切な時期に収穫されたブドウから造られたワインと比較して2種類のワインを混ぜて調整したワインでは総酸量に違いはなく、むしろフェノール類、特にアントシアニンの含有量が多くなったとの報告がなされています。また官能評価の結果でもアルコール濃度調整ワインは適切な収穫時期を守って造られたワインと同様の結果となり、有意差を持ってこの両者の区別がされることはありませんでした。つまりフェノール類の量が多くなったことによるポジティブな評価こそなされなかったものの、少なくとも現状を維持する手段としては有効であることが証明されたのです。

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今回のまとめ | 気候変動にワイナリーはどう対処していくべきなのか

最近の気候変動はワイナリーにとって大きな問題です。もちろん、数十年という長期スパンで見ればこうした問題もまた一過性のものだと考えることもできます。地球物理学の視点からはあと数十年で小規模な氷河期が訪れ世界の平均気温は大きく引き下げられるのだから現在の多少の温暖化は全く問題にならないと主張する声もあります。しかしワイナリーはその数十年の間もワインを造っていかなければなりません。そしてその間は今までやってきた手法の多くはそのままでは通用しなくなってきています。

気候変動に端を発する問題への根本的な解決策はブドウの栽培地を変え、品種も変えることです。過去の経験から適地とされてきた土地は今はもう適地とはいえなくなってきています。

もちろんこうした対策は必要ですが、そのためには時間もお金もかかります。土地に根付いた仕事でその足元の土地を変えることは決して楽なことではありません。であるならば、ワイナリーは複数の対策を並行して実行し、それぞれに対してカネを含む資源の振り分けを決めなければなりません。

そうした背景を考えると、元手のほとんどかからないアルコール濃度の調整手法にはとても意味があります。

加水希釈に対するワイン希釈のメリットはワインのバランスの維持ですが、もともと加水が認められていないEUにおいてはこの点はメリットとはなりません。それよりもはるかに意味があるのが、2種類のワインの混合による希釈には元手も手間もほぼかからない点です。

すでにみたようにこの手法によってワインの品質が明確に上がるわけではありません。良くて現状維持です。しかも将来的にも同じ手法でもって優雅なワインを造り続けられる保証はありません。

しかしほとんどコストをかけることなく今後問題として大きくなっていくことが分かっている要素を現状のまま維持できるのであれば、それは実質的には大きなプラスです。ワイナリーはそうして稼いだ時間と浮いた資金を抜本的な対策に振り向けることができるようになります。今は何より決断と対策のための時間と資金を確保することがとても大事なのです。

2種類のワインを混ぜ合わせることでアルコール濃度を調整する。言葉にすれば単純な技術ですが、実際には非常に多くの試行錯誤と判断が求められます。しかもその知識や技術は従来の醸造技術とは異なり汎用化しにくいものです。ワインを使ったアルコール調整の有無は原則としてラベルへの表示義務はなく、消費者の方がそうと知ることはほぼできません。ワインメーカーは今後、飲み手の方に従来通りの優雅なワインを提供し続けるために、人知れずもう一段高いレベルに歩みを進めことが求められています。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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