ワインのテイスティングをするとき、皆さんはどの要素に最も注目しているでしょうか。多くの方が味わいよりもより香りに中心をおいたテイスティングをされているかもしれません。また造り手の方であれば、残糖量や酸量といったワインの構成要素そのものにより注目されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ところでワインのテイスティングで人気の方法の1つにブラインドテイスティングがあります。事前にワインの情報を開示されないままワインを味わってみて、そのワインの素性を探っていくやり方です。このテイスティングでは産地やヴィンテージ、ブドウの品種などに加えて、アルコール度数が質問の対象にされていることが少なくありません。
アルコールといってもいろいろありますが、ワインに含まれているもののほとんどはエタノールです。このエタノールはワインに含まれる量の多い物質の上位に入るものの1つです。仮にアルコール度数が12%のワインで考えると、1リットル中に含まれるエタノール量はおよそ96グラム。極甘口ワインなどの一部例外を除けばワインの構成要素でもっとも多い水に次ぐ含有量を誇ります。ワインに含まれるエタノールの量はテイスティング時に気にすることの多い残糖や酸量などよりも遥かに多いのです。
これだけの含有量を持つアルコールがワインのテイスティングに影響しない、などということがあるでしょうか。もちろん、ありません。アルコールはワインの味わいに直接的、間接的に影響します。
この記事ではアルコールがワインの官能評価にどのように影響するのか、その実態を見ていきます。
アルコールの基礎知識
まずはワインに含まれているアルコールというものがどういうものなのか、その基礎的な部分を確認していきます。
我々の日常生活ではアルコールといえばその多くがアルコール飲料、つまりお酒を意味することがほとんどです。最近ではここに消毒用アルコールの存在も加わってきているでしょうか。一方で、化学的にはアルコールとは"炭化水素の水素をヒドロキシ基 (-OH) で置換した構造を持つ化合物の総称"を意味します。"総称"というとおり、アルコールにはメタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、グリセリンといったように複数の種類があります。これらはさらに含まれているヒドロキシ基の数や炭素数によっても細分化されています。またそうした区分に従って高級アルコールというような別の呼び方をされる場合もあります。
ワインをはじめとしたお酒にしても手指消毒用のアルコールにしても、含まれているアルコールの大部分はエタノールです。エタノールはその合成方法や含有濃度によって合成エタノール、発酵エタノール、工業用アルコールといったような各種区分がなされています。区分が異なることで所管する省庁が変わり、同時に関連する法令が変わりますが、化合物としては基本的に同じものです。
ワインを構成するエタノール
ワインの多くはアルコール度数が12%前後、もしくはそれ以上になります。この際のアルコール量は1リットルあたりおよそ96グラム。これは水に次ぐ量であり、ワインを構成する主成分、といって差し支えない存在です。
ワインには少量の各種高級アルコールなども含まれますが、そのほとんどがエタノール (ethanol, エチルアルコール: ethyl alcoholとも) です。日本酒などで聞くことの多い、酒精という言葉もエタノールのことを指しています。ワインをはじめとする酒類に含まれるエタノールはいわゆる発酵エタノールで、アルコール発酵時に酵母による代謝の副生成物として生産されています。ワインであれば、ブドウ果汁に含まれる糖がアルコールに変わる、と説明されることが多いものです。
このエタノール、揮発性をもつ無色透明の液体で、飲用にされていることからも分かる通りアルコールの中では比較的毒性が低いという特徴を持っています。お酒として考えれば人体有害性の有無がとても大事なポイントになりますが、ワインにとってそれと同じくらい大事なポイントが、水にとてもよく溶け、さらに比較的いろいろな有機物質を溶かすことができる、という点です。
ワインには非常に多くの成分が含まれています。ワインの香りに直接関わる化合物だけで400種類を超えるともいわれています。こうした成分のすべてが水に溶けるわけではありません。水には溶けない性質を持った化合物も存在しています。そこでとても重要なのが、水にも溶けるし水に溶けない成分を溶かすこともできるアルコールの存在です。ワインにエタノールが含まれているからこそ、ワインはこれだけ複雑な成分を内包した液体として存在することができています。エタノールはまさにワインを構成する一大要素なのです。
乳化剤としてのアルコールを意識する
アルコールは水に溶ける成分も溶けにくい成分もどちらもワインに溶け込ませる役割を担っています。いわば一種の乳化剤として働いているといえます。
本来は水には溶けない成分がワインに溶けている理由はアルコールがあるからです。逆にいえば、アルコールがなくなるとそうした成分はワインに溶け込んでいることができなくなります。そしてアルコール自体は揮発しやすい成分です。つまりアルコールが揮発するとそれに伴ってワイン中に溶け込んでいた一部の成分もまた揮発性を持つようになります。
エタノールの沸点は79℃ですが、揮発自体はより低い温度でも生じます。酒類に含まれるエタノールは室温でもゆっくりと揮発していきます。ワインを飲む際、ワインの温度の変化や抜栓後の時間の変化で香りが変わって感じる理由の1つが、このアルコールの揮発にともなう芳香系化合物の溶解度の変化だといえます。
高アルコール度数ワインはなぜ"重い"のか
以前ほど聞かなくなったと感じるワインのコメントに"ボディ"があります。ボディという表現の正確な定義を知らないのですが、印象としては主に赤ワインでアルコール度数が高い濃厚なワインをフルボディといい、そこから濃厚さの度合いが軽くなるのに合わせてミディアムボディやライトボディといっているように思います。
このボディの表現が直接的にアルコール度数の高低を意味しているわけではないですが、結果的にはボディを重く感じるワインほどアルコール度数は高くなる傾向にあります。ここでアルコール度数が高いから濃厚になるのか、濃厚だからアルコール度数が高くなるのか、という疑問が出てきますが、これはどちらでもあります。
細かい周辺要因はいろいろありますが、大雑把に捉えればいわゆる"濃厚さ"はそのワインに含まれる抽出物量に左右されます。一方でアルコール度数の高さは基本的には果汁糖度の高さに関係します。そしてその両者とも、収穫時のブドウの熟度によって含有量が規定されます。
熟度が高いブドウでは果汁糖度が高くなるのと同時にブドウに含まれる抽出可能成分量も多くなります。さらに果汁糖度が高くアルコール度数が高くなるワインではより抽出が促されやすくなることに加え、糖分量の多い果汁中では酵母の代謝が活性化しやすくなり発酵副産物の生産量が増加しやすく、出来上がったワイン中に含まれる抽出物量などが多くなる傾向にあります。またアルコールによる溶解性が保たれるため、抽出されてきた成分がより多くワイン中に保持されます。つまりより濃厚に、重くなり得るのです。
溶けることはいいことばかりではない
ワインにエタノールが存在することにより、より多くの成分がワイン中に溶け込み、そのワインをより複雑にしています。こう聞くと、それはとても良いことのように思えます。しかし実際には必ずしも良いことばかりではありません。
アルコールが介在することで溶解性が上がり、ある成分がワイン中に溶け込むことができているということは、同時にその成分はその間、揮発性を失っているという意味でもあります。香りを持つ化合物であっても揮発しない限りはヒトが香りとして感じることはできません。つまり、ワインによく溶けてしまっているせいでその成分がもっている香りを感じられなくなっているということです。そしてこのアルコールの存在によって抑制される香りの代表が、フルーティーな香りです。
フルーティーと感じる香りは実はアルコールを含まない状態のワインでもっとも強く感じられることが検証により確認されています。この検証ではまた、アルコール度数が10%になるとこの香りを感じる強度が大きく低下し、14%を超えるとほぼフルーティーさを感じなくなると報告されています。これはアルコールによりフルーティーな香りを持つ揮発性化合物の溶解性が増加することによる影響だけではなく、より多くの成分がワイン中に溶け込むようになることや、アルコール自体の香りが強化されることなど、フルーティーな香りをマスクする要因の増加を含めた複合的な要因によるものだと考えられます。
アルコールによる官能評価への影響
エタノールは無色透明な液体ですが、無味無臭ではありません。エタノール自体が味や香りを持っています。このため含有量が増えれば、それだけより直接的にワインの味や香りに影響を及ぼします。
乳化剤としての作用をみているとエタノールはよりワインの香りに対して強く影響している印象を受けます。しかしエタノール単体でとらえると状況はかなり違ってきます。ワインに含まれるアルコール度数の違いは香りに対してよりも味に対してより強く影響しています。
エタノールは苦味と甘味の両方をもった複雑な味をしていることがほぼ分かっています。また喉が焼ける、というような灼熱感につながる痛覚刺激をもってもいます。最近ではエタノールの持つ脂溶性によって舌や味覚細胞の細胞膜を通過し、神経そのものを直接刺激している可能性があることも指摘されています。
アルコールはまた、感覚器に作用して直接的、間接的に感じる味に影響を及ぼす可能性があることが分かってきています。ビールやワインにおいては苦味を強調するケースが多いとの報告がある一方で、アルコールによって一部の受容体が刺激されることで甘味に対する知覚が敏感になり、甘味を強く感じるようになるとする報告もあります。甘味に対する知覚は逆に抑制するとの報告もあるためアルコールが必ずしも特定の感覚を強調するということは難しいですが、受容体への刺激を通して知覚的な相互作用に影響を及ぼしていることはほぼ間違いないだろうとされています。
なおアルコールに対して苦味と甘味のどちらをより強く感じるかは受容する側の持つ味覚受容体に関連する遺伝子によって異なるようです。
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ワインのテイスティングでもう無視できないアルコール度数
昨今の社会的な流れはNo-lowやソバーキュリアス (sober curious) といった方向に強く傾いています。一方でワイン造りの現場においては気候変動による温暖化の進行などを背景に出来上がるワインのアルコール度数は年々高くなる傾向にあります。ある調査によれば1980年代以降の20年間でワインのアルコール度数は平均して2%前後高くなったそうです。
消費者の嗜好とは裏腹に、ワイン法が整備されている国や地域の多くではワインの最低アルコール度数は法的に定められている一方で上限については規定されていないケースが多いこと、さらにはワインに含まれるアルコール度数を下げるための手法の多くが各種団体の認証規定の面から規制されていることなどから、ワインを「ワイン」として販売、流通させるためにはアルコール度数は高くなりやすい傾向にあります。
アルコール度数の上昇は、ワインに感じる味や香りを変える直接的かつ間接的な要因となります。しかもその影響の範囲は小さなものにはとどまりません。数年前のヴィンテージと比較してラベルに記載されるアルコール度数が上がっていることが頻繁に確認されるようになった今、ワインのテイスティング時にアルコール度数を意識しないことはもはや不可能です。
同じ生産者の同じ銘柄のワインを複数のヴィンテージにわたって試飲する垂直試飲の場ではよく、味わいの違いが各ヴィンテージの気候の差によって説明されています。そこにブレンドの差や醸造方法の差が加えられることはあっても、造られた時点でのアルコール度数と飲んだ時点でのアルコール度数が意識されることはあまりないかもしれません。確かに気候の差は間接的に収穫時のブドウの熟度を意味しますが、厳密にいえば両者はイコールの関係ではなく、気候だけでアルコール度数に由来する味や香りの差を説明することはできません。
垂直試飲での場に限らず、最近のヴィンテージを飲んで以前飲んだ時と味や香りが違うな、と感じた場合には、アルコール度数に注目してその理由を考えてみるのもいいかもしれません。
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