徐々に気温が暖かくなってきて、春を感じる過ごしやすい季節になってきました。花が開いて世界が明るくなり出すと、お酒を飲む機会も増えてくるもの。
お花見、BBQ、ホームパーティーやワイン会。手持ちのワインを持ち寄ってみんなで楽しく飲みたい、そんな気持ちも盛り上がってきます。
そうした楽しいイベントが仕事の後だったり、日中から外出する予定のある日の夕方以降だったりすると気になるのが、ワインの温度。持ち出すときにはきちんと冷えていたワインも、移動や業務時間中に適切に冷やすことができず温まってしまうことはよくあります。
せっかくの機会のせっかくのワイン。出来ることなら適切な温度で楽しみたい。それは誰もが考えることではないでしょうか。
会場に到着して、とにかく急いでワインを冷やしたい。そんな時、頼むのは冷蔵庫に入れてもらうことでしょうか。違います。それではボトルが適切な温度になる時には会が終わってしまいます。
では冷凍庫。それもいいですが、それよりもいい方法があります。
今回はそんなお話しです。
ボトルの冷やし方、実はまじめな研究テーマ
ボトルの冷やし方、というとちょっとした生活の知恵のように思われかもしれませんが、れっきとした研究テーマになっています。今回ご紹介する方法も、ドイツのガイゼンハイム大学でワインの官能評価を専門にする教授が主体となって行われた研究結果からの引用です。
なぜこのようなテーマが大学の、しかも教授が関わるようなテーマとして扱われているのか。それはこのテーマがワイナリーやワインを販売している関係者にとって特に価値のあるテーマだからです。
ワイナリーでは試飲会などのイベントの際に、急遽、ボトルを冷やす必要が出るケースは少なくありません。突発的に生じた、重要な顧客に提供するワイン。提供温度で妥協は出来ません。そんな時に、どうやってボトルを冷やすのが効果的なのか、またその際に生じる影響にはどのようなものがあるのかを知っておくことはとても重要なのです。
冷蔵庫では2時間かかる
ワインに限らずほぼすべての対象に言えることですが、対象物の温度を下げる際の大原則は、対象の外側の温度が低ければ低いほど対象の内部の温度が下がるのも早くなる、です。ワインに関していえば、さらに冷媒の種類、ボトルの直径と高さ、内容量の多さが冷却までの時間を左右します。
そうした中、一般的な750mlの白ワインとスパークリングワインを未開封の状態で冷蔵庫に入れた場合、室温である23 ~ 24℃の状態から10℃までボトル内のワインの温度が下がるまでに125分かかりました。2時間。ちょうど日本での一般的な飲み会がお開きになる時間です。
しかもこれは冷蔵庫の庫内温度を4℃に設定した場合です。一般家庭の冷蔵庫の設定温度に近い10℃の場合にはこれが250分まで延びます。
よく見かける、会場についたらまずはワインをお店やお宅の冷蔵庫に入れてもらう、という行為には残念ながらあまり意味がないことが分かります。
では冷凍庫ならどうでしょうか。
庫内温度を-22℃に設定した内容量20Lの冷凍庫に同じく白ワインのボトルとスパークリングワインのボトルを入れてみたところ、室温から10℃まで温度が下がるまでにかかった時間は45分です。会の半ば以降に開ける予定のボトルであればよさそうです。
ただやはり急いで冷やしたい、という時には効果的とはいえません。
最強なのは塩を入れた氷水
レポートで報告されているなかでどの方法よりも早くボトルを冷やしたのは、塩を入れた氷水でした。
4リットルの水に4kgの氷と500gの塩を入れた容器に白ワインのボトルを入れた場合、室温だったボトルの温度が10℃になるまでにかかった時間は10分を切りました。スパークリングワインの提供でよく見かける、大きなバケツのような容器に氷水を入れて沈めるあの手法、見た目だけではなく意味のあるものだったのです。
とはいっても氷だけでは効果は薄く、また入れる本数が多くなると冷えるまでにかかる時間は30分程度まで延びます。多くの本数を同時に短時間で冷やしたいときには塩の量を増やす必要があることが指摘されています。
冷やすより保温に向いたスリーブ式
場所を取らず、一般家庭でも使いやすいのがスリーブ式のワインクーラーです。普段は冷凍庫に入れておいて、ワインを冷やしたいときにボトルにかぶせるだけ。とても手軽に扱えて人気があります。中には見た目に高級感のある、ステンレス容器との一体型も販売されています。
とにかく手軽なスリーブ式ですが、ワインを冷やすのには十分ではないようです。
室温 (23 ~ 24℃) のボトルにスリーブ式のワインクーラーを装着した場合、30分以上経ってもボトル内のワインの温度は16℃までしか下がりませんでした。これはステンレス容器一体型でも結果は同じです。
スリーブ式のワインクーラーを使用する際に大事な点は、途中で数回、ボトルを回転させて中のワインを「混ぜる」ことです。これをすることで30分を切るくらいの時間で12℃程度までワインの温度を下げることができます。一方でいくら頑張っても、別のスリーブへの付け替えを除いて、ワインの温度を10℃まで下げることは出来ませんでした。
ワインの温度を下げるには若干、力足らずのスリーブ式ワインクーラーですが、下がったボトルの温度の再上昇を抑えるのには効果的です。何もつけていないボトルの温度が30分程度で1.5℃上がるのに対して、冷やしていない状態でもスリーブを装着しておくと温度の上昇が0.5℃程度に抑えられます。
スリーブは温度を冷やすため、というよりも、冷えた温度を保つために利用するのがよさそうです。
ワインは何℃まで冷やすのがいいか
ワインボトルの効果的な冷やし方は分かったけれど、ではボトルを何℃まで冷やせばいいのか。そんな疑問をお持ちの方もいるのではないでしょうか。
ボトルを何℃まで冷やすべきなのか。その答えはワインを何℃で提供するのか、という問いへの答えでもあります。
ワインの適正温度はそのワインの持つ個性によっても異なりますので一概にこの温度、というのは簡単ではありません。そうした中でも、次のように言われることが多いようです。
スパークリングワイン 6~8度
https://www.enoteca.co.jp/article/archives/971/
白ワイン(甘口) 6~8度
白ワイン(辛口) 10度前後
赤ワイン(ライトボディ) 12~14度
赤ワイン(フルボディ) 16~20度
ワインはグラスが冷やされていた場合以外では、注がれたその瞬間に温度が上がります。どれくらい温度が上がるかはグラスの温度と室温に拠りますが、今回のレポートで検証された範囲では2 ~ 7℃でした。
つまり、飲む直前のボトルは少なくとも、上記の提供温度よりも2 ~ 4℃低い温度まで冷やしておく必要があります。さらにグラスに注いだ後も、スワリングの有無によって温度の上がり方が変わります。このため、仮にグラスを手にした直後にスワリングをする癖がある、もしくはないことが事前に分かっている方にワインを提供する場合にはさらにそれを考慮した温度設定をしておく必要があります。
赤ワインも飲む直前には冷やすべき
白ワインと違って常温で飲むのがいいとされる赤ワイン。確かに冷やし過ぎてしまうと本来の味とは違って渋みを感じやすくなってしまったりします。
一方で赤ワインの適正温度とされる温度は12 ~ 20℃の範囲です。高めの温度帯が推奨されるしっかりとしたワインであればともかく、そうではないワインにとっては普通の室温は高すぎます。ボトルからグラスに注いだその瞬間にワインの温度が上がる前提に立てばなおさらです。
室温に近い温度で保管していたボトルをそのままの状態でテーブルに置き、グラスに注ぐとワインの温度はあっという間に適正温度といわれる範囲を超えます。
自宅に専用のワインセラーを所有し、常時セラーの温度を14℃程度に設定してワインを保管してる方はそのままセラーから出して飲み始めれば飲むときの温度はちょうど適正になります。一方でそうした設備をお持ちでない方は、飲む直前には赤ワインであっても軽く冷やすことをおススメします。
急速冷却はワインに悪影響を与えるのか
手持ちのワインを持ち寄ってみんなで楽しむ機会も増える季節。日中持ち運んだボトルの温度を一気に下げる方法を見てきました。
水と氷と塩を使えば会場に到着して、1杯目のグラスで乾杯をしている間に持ち込んだワインを十分に冷やすことが出来ます。なんなら会場に向かう途中のコンビニでこうした材料を買いそろえてその場で冷やし始めれば、到着した時にはボトルは飲み頃の温度になっています。
そうした時のために、氷や水をボトルと一緒に入れられる携帯型の袋を用意しておくといいかもしれません。
一方で気になるのが、こうした急速冷却でボトルの温度を下げた場合のワインの品質への影響です。いくらボトルの温度を短い時間で適正温度まで下げられるとしても、それによってワインの品質が低下してしまっては意味がありません。
現状分かっている範囲では、そうした心配は必要ないようです。
白ワイン、スパークリングワイン、赤ワインのそれぞれを冷蔵庫を使ってゆっくりと冷やした場合と塩を入れた氷水を使って一気に冷やした場合とでワインの味や香りへの影響の差を比較した官能評価では、両者に有意な差は認められませんでした。つまり冷やし方の差によるワインの品質への影響はなかったのです。
ボトルを冷やすのにラベル (エチケット) を濡らすのはちょっと、という方は冷やす袋を二重にしてボトルが直接濡れないようにする方法もあります。ちょっとの工夫でより美味しくワインを楽しめるこの方法、ぜひ試してみてください。