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ブドウとワインと気候変動 | 早い発芽のメリット・デメリット

今年はもうブドウの芽が開いた

ここ最近、毎年のようにブドウが発芽したニュースを前年よりも早いタイミングで聞くようになりました。

2021年のドイツでは4月以降の気温が例年よりも低い状況が続いたためにブドウの萌芽が数年ぶりに長期平均よりも4日ほど遅くなりましたが、2019年は長期平均よりも9日早く、2020年に至っては16日も早い芽吹きが記録されています。

こうした早いシーズンの到来はドイツに限ったものではありません。

ブドウの芽が早く開く原因は多くの場合、気候変動の結果と説明されます。では、ブドウがより早いタイミングで休眠期から抜け出すと何が起きるのでしょうか。気候変動はワイン用ブドウ栽培にとって好材料だと言われる場合もありますが、どうしてでしょうか。

ブドウの早い発芽がもたらすメリットとデメリットを見ていきます。

冬の温暖化が芽吹きを早くする

暖かい冬がブドウの目覚めを早めています。

ブドウの萌芽が早くなる原因としてよくいわれる、地球規模での気候変動。世界各国で年間の平均気温は高くなる傾向にあり、地球は温暖化の道を歩み続けています。

温暖化は夏の酷暑化と冬の暖冬化をもたらしますが、ブドウの発芽に重要なのは冬の温暖化です。

植物というものはよくできているもので、毎年決まった条件が整うとそれをきっかけに芽を開き、枝を伸ばし始めます。この芽を開くための決まった条件が、温度です。

ブドウの発芽条件はよく気温で説明されていますが、厳密には気温ではなく土の温度です。

ブドウは芽や樹で温度を感じて芽を開くのではなく、根で温度を感じて動き出します。冬の寒さで冷え切った土の温度が、ブドウの活動開始温度である10℃前後まで上がった段階で根が動き出し、その後に芽が開き始めます。

従来は冬が寒く地面がガチガチに凍っていました。しかも春の訪れが遅く、地面を温めてくれる気温の上昇がなかなか始まりません。この結果、ブドウの根は4月末や5月上旬まで眠り続けていました。しかし、最近は違います

冬の間の平均気温が高くなりました。そのためそもそも地中の温度がそこまで下がらなくなりました。

気温の上がり始める時期が早くなり、もともとそれほど下がっていなかった土の温度が簡単に高くなります。そしてブドウが活動をはじめます。

こうしてブドウの発芽はここ10年の間に1ヵ月近くも早くなってきています

発芽が早くなるメリット

ブドウが1か月も早く発芽すると、いいことはあるのでしょうか。

萌芽が早くなると基本的にはその後の生育も早くなります。結果、収穫が早くなります。

収穫が早くなると今までは10月にならないと飲めなかったその年の新酒が8月や9月にはもう飲めるようになります。これはメリットといえなくもありません。ただ、主に消費者の方にとってのメリットです。

実は栽培家にとっては生育時期の早期化で得られるメリットは現状、ほとんどありません。唯一といってもいいメリットは熟成タイミングの確保です。

ブドウの生育ステージが前倒しになると、ブドウの熟成時期が秋口から夏場にずれます。夏は秋よりも気温も高いし日照時間も長い。この時期に熟成しようとするブドウは十分な日照と気温を存分に利用できます。

よくニュースで栽培家や醸造家がしている気候変動はワイン造りにおいてメリットだ、という旨の発言はまさにこのことを指しています。十分に陽の光を浴びて熟成したブドウは高い糖度を持ち、今までよりもアルコール度数の高い、しっかりとしたワインになります

でも、ブドウの発芽の早期化はメリットよりもデメリットのほうが多いのです。

早期の萌芽がもたらすデメリット

  • 霜害や雹害の拡大
  • 酸落ち
  • 病気の拡大

これらすべてが発芽の早期化で生じるデメリットです。

中には萌芽の早期化が直接の原因ではなく、萌芽が早くなった原因が原因のものもあります。1つずつ見ていきます。

発芽で落ちる耐寒性

ブドウは発芽すると急激に耐寒性が落ちます。発芽後の急激な冷え込みは、ワイン用ブドウ栽培における最大の鬼門の1つです。

日本ではそこまでではないかもしれませんが、欧州では5月の上旬くらいまではまだまだ気温が急激に下がる可能性のある、暖かくなりつつもまだ涼しい時期です。暦には氷の聖人 (独: Eisheilige / 英: Ice Saints) と呼ばれる日があり、この日くらいまでは突発的に気温が下がる特異日が現われるとされています。

こうした急激な気温の低下が、芽吹いてしまったブドウに霜害をもたらします

ブドウの芽は発芽していない状況であれば氷点下の温度にも耐えられます。しかし一度発芽してしまうと耐寒性は一気に低下し、0℃くらいでダメージを受けるようになってしまいます

ブドウの発芽が早くなると、そこから気温が安定して高くなるまでの期間が長くなります。この期間の長さはそのまま霜害のリスクの拡大につながっています。

近年フランスなどで霜害の被害が大きくなる年が増えているのは、早くなりすぎた発芽が背景にあります。

また雹が降る機会も増えています。冬から春先にかけての不安定な気温の変化が原因です。

萌芽したばかりの芽はとても軟らかいものです。ちょっとした振動でもポロっととれてしまいます。ここに雹が降れば、直接芽に当たらなくても壊れてしまいます。

雹による被害の拡大は、雹被害に対する保険商品が作られるくらい、近年の無視できない栽培上のリスクとなっています。

深刻化する夏場の酸落ち

ブドウの熟す時期が夏の盛りに当たると、酸の少ない緩いワインが出来上がります

ブドウの発芽時期が早くなると、基本的に生育ステージ全体が前倒しになります。

ブドウの生長はカレンダーではなく、地中や大気の温度、または日照時間によって管理されています。年間の気温が上がり、それよって発芽が早まると、その後に曇りがちで気温の低い日が続かない限りは生育のステージはどんどんと進んでいきます。

この結果、ブドウの熟成期が夏の盛りに当たってしまう可能性が高くなります。

夏場の熟成はブドウの糖度を高めますが、酸を減らします。糖度は光合成によって作られるため日照量に左右されるのに対して、酸の分解は気温に左右されるからです。

酸を減らすのは夜間の気温です。

日中は酸も確かに減りますが、同時に光合成によって糖が作られます。これに対して夜間は光合成は行われません。一方で夜間であっても気温が高止まりすると酸が分解され続けます。

酸は減っても同時に糖度が上がっていれば、糖度が十分に上がったところで即座に収穫することで酸量もまだ残った、バランスのいい状態のブドウが得られます。でも糖度が上がっていないのに酸だけ先行して減る状態が続くと、こうはなりません。ようやく糖度が十分になった時には酸の量が手遅れなまでに減ってしまうのです。

ワインに欠かすことのできない酸量をどうやって確保するのか。品種の変更を含めて様々な取り組みが成されている、非常に大きな問題です。

ゲリラ豪雨と広まる病気

ここ数年、ゲリラ豪雨に見舞われる機会が増えました。

年間気温の変化は同時に年間の降雨量と降雨の時期にも変化をもたらしています。

ガイゼンハイム大学で行われている研究によると、1℃の気温の上昇が7%の降雨量の増加につながるそうです。背景にあるのは水分の蒸発量の増加。ですので、斜面のように平地よりも蒸発量の多い土地ではさらに降雨量は増える可能性があります。

しかもこうした降雨量の増加は、日本と同様にゲリラ豪雨として予測が極めて難しい突発的な雨として降ってきます

これが病気の増加につながります。

理由は2つ。

1つは雨が突発的に降ると防除が計画的に行えず、予防的対応が手薄になること。そしてもう1つが、防除を終えた後の大雨による病気の発生です

防除作業で散布された薬剤はあまりに強い雨が降ると流れてしまいます。加えて雨のなかでは防除作業は出来ません。

さらに斜面の畑では雨が上がってすぐは足場が悪く、やはり畑作業は出来ません。つまり断続的に雨が続くような環境では防除作業はほぼ出来ませんし、出来ても効果がそれほど見込めません。

これに対して気温が高く雨が多いと病気はすぐに広がります

突然の雨にも負けずに乗り切ったとしても、次の問題があります。防除作業を終了した畑への降雨です。

防除作業は収穫直前までできるものではありません。収穫したブドウに薬剤が残っていては困るので、収穫のおよそ1~2ヶ月前には作業を終了します。その後はどんなに雨が降っても作業は行えません。

にも関わらず、雨が降ります。

発芽が早まり、生育ステージ全体が前倒しになっていると気温の高い時期にブドウの熟成期が当たります。この気温の高い時期に、雨の量が増えています。

気温が高く、雨が降って湿度も高い。もうカビが生える絶好の環境です。しかもブドウの熟成期には果実の糖度が上がり、果皮は軟らかくなっていきます。そこに雨が降り続くと、果粒が弾け、甘い果汁が漏れ出します。すぐにそこにカビが生えたり、微生物が入って腐敗します

問題なのは、熟成期とはいってもまだ糖度が足りず収穫出来ない場合です。

収穫はできない。でも長雨が降り続く。あとはもう、ブドウが傷んでいくのをただただ見ているしかなくなります。

栽培技術 | ブドウ栽培における病気への対策 - 防除の方法

今回のまとめ | 発芽の早期化はメリットにつながるのか

ブドウの発芽の早期化によるメリットもデメリットもその本質は、ブドウの発芽を早めている原因である気候変動です。ブドウの生育時期と、その各時期に該当するタイミングの気温と降雨量の組み合わせがすべてのカギを握ります。

この組み合わせが上手くハマっているのが東南アジアです。東南アジアではブドウの休眠期がなく、年に2回の収穫を行うところもあるそうです。ここまで振り切れてしまえば話は全く別のものになります。

しかしそこまで行けていないのが現在の欧州です。少なくともこれまで寒すぎてブドウの栽培が出来なかった北欧以外では、デメリットが目立っています。

気候変動はメリットだと言っている従来の栽培地域でもやはり酸落ちの問題は深刻化しています。

気温の上昇や降雨量の増加に対応するために、様々な方策が検討され、試されています。その主体は栽培品種の変更です。

しかしいうまでもなくワインに使うブドウの品種を替えればそこから造られるワインの味は変わります。その後に残るのは伝統的な名前と全く伝統的ではない味のワインです。

旧来の形にこだわってきたワインの旧世界で、果たしてそのスタイルを変えないままにブドウの発芽の早期化をメリットにつなげていくことは出来るのでしょうか。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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