先日、とあるワイナリーのワインメーカーさんとお話しをさせていただいた際にとても興味深いお話を耳にしました。コルクが”呼吸をする”というのはまったくの間違いだ、というのです。
コルクが呼吸をするというのは古い迷信か?
こんな話をすると、ああ一昔前に言ってたあれね、と思われる方もいるでしょう。今ではコルクが完全な空気の遮断性を持っていることが証明されていて、この樫の樹の樹皮の部分から抜き出された、遥か昔から続く容器の栓が呼吸するなんて話はとっくに否定された迷信だったんでしょ、と。
慌てないでください。この話には続きがあります。そして、このワインメーカーさんが続けて話してくれたことこそ、興味深い、と思った点だったのです。彼はこう続けました。”コルクで栓をすることでワインが影響を受けるのは、コルクに含まれるタンニンなどのフェノール系化合物が長期間にわたるワインとの接触を通して徐々に抽出されていくためだ”、と。
ビノロックを使うこだわり
このワイナリーさんはハイレンジの赤ワインであってもコルクによる栓はせず、ビノロックと呼ばれるガラス製の蓋を利用しています。ビノロックはガラスで成形されたT字型の栓で、ボトルと合わさる部分にゴム製のパッキンを用いたもので、構造的にワインはガラスとしか接触を持たず、空気の透過もないものです。日本にも入っているであろうワインで言えば、ラインガウのシュロス・フォルラーツ(SCHLOSS VOLLRADS)のワインなどでも使われているものです。
このビノロック、確かにコストが高いことを除けば欠点らしい欠点を聞いたことがないものです。先端部分が多少とはいえ瓶内に差し込まれる形なので、スクリューキャップと比較すれば瓶内に残留する空気の量もわずかにではありますが減ります。ただ、高いですが。
それでもコルクは呼吸する
で、コルクの話ですが、このワインメーカーさんのお話しではコルクが呼吸をすることでワインに影響を与えるというのは間違いだということになります。しかし、学術的にコルクで栓をしたボトルに入れられたワインが年間で15mg/L程度の酸化を見せることはすでに確認されています。
ちなみにこの数字はスクリューキャップで封をされたボトルのものと比較して3倍程度大きいものであることも併せて確認されているので、すくなくとも両者の間のこの差分である10mg/L程度の酸化現象がコルクに起因するものであることはほぼ間違いないだろうと考えられます。
仮に冒頭のワインメーカーさんが言っていたようにコルクからフェノール系化合物の抽出があるとした場合、基本的にフェノール系化合物は抗酸化作用を持つため上記の酸化量をマイナス方向に持っていっているはずです。ということは、コルク自体の呼吸による酸化ポテンシャルはさらに大きいものとなることになります。つまりこのような状況からも、コルクは呼吸をしている、といえなくもないわけです。
呼吸よりも抽出の有無が気になる
ただ、この”コルクに含まれる成分の抽出”という視点はとても興味深いものです。
ご存知のようにワインを入れる樽は基本的に樫の木で作られています。コルクも樫の木の仲間の一種から採取されますが、そもそも種類が違うことに加え、産地も全く異なっています。つまり、このコルクに含まれる成分は樽の原料になった木に含まれるそれとは異なっている可能性が高く、それらの成分の抽出を通してワイン醸造の過程では付与されることのないニュアンスがワインに含まれる可能性は否定出来ないのです。オフフレーバーの代表格であるTCAなどはこの典型的な一例でしょう。
コルクは天然のものである以上、ワインに対して完全にニュートラルであることはあり得ません。コルクを通してどのようなニュアンスがワインに付加し得るのかは正確には分かりませんが、とても興味深いテーマだと思います。