醸造

野生酵母の功罪

03/30/2018

野生酵母、という言葉に聞き覚えがあるでしょうか?

日本ではこれを天然酵母とか家付き酵母、もしくは蔵付き酵母とも呼んでいるようですが、意味的には同じもののことを指しています。野生酵母の定義は、品質の管理された純粋培養酵母(培養酵母、乾燥酵母ともいいます)以外のすべての酵母のこと、と思っていただければ大まかなところで間違いありません。

培養酵母は”工業的”か?

少し話は離れるのですが、日本でこの手の酵母に関する話題を見ていると、この野生酵母のことを「天然酵母」と呼ぶことでいかにもこれが天然自然のものであり、逆に純粋培養酵母は工業製品である、というような言説が多いような印象を受けます。しかし、これは間違いです。

乾燥酵母は確かにその培養過程は工業的手法によっていますが、その由来は自然界からのものであり、決して「工業的」なものではありません。

純粋培養酵母というものは、数々の野生酵母の中から特にワイン醸造に適したものを選別したうえで、培養とさらなる選別を繰り返し、その株を純粋化したものです。つまり、由来はれっきとした自然界に存在する「天然酵母」であり、別に選別の過程で人為的に遺伝子操作されたようなものでもありません。

純粋培養酵母と野生酵母の差は、その性質や品質が特定され、管理されているかどうか、という点にしか存在しないのです。にもかかわらず、野生酵母こそ「天然酵母」であり、培養酵母は「工業的」と表現することは個人的には悪質な印象操作のように思えてなりません。

野生酵母を使う、ということ

さてこの野生酵母、乾燥酵母にはない複雑味を表現できることからワインの特徴を出すための手段として好まれる傾向にありますが、必ずしもいいことばかりではないのが醸造家にとって頭の痛いところです。

前述のとおり、野生酵母はその性質どころか、酵母の種類さえも管理されていません。こう書くと、種類までというのは言い過ぎではないか、と思われるかもしれませんが、残念ながら過不足なく事実です。その年、その時にワインの発酵に関わっている野生酵母は調べることは出来ますが、管理することは不可能なのです。

野生酵母の出す複雑味や特徴といったものは、ひねくれた言い方をするのであれば、雑多なものが混ざりあった結果だと言えます。当然ながらこの「雑多」にはポジティブなものもネガティブなものも含まれています。そしてこの「雑多」は毎回、毎回、その内容を変えるのです。

野生酵母はなぜ安定しないのか

なぜ野生酵母によって造られたワインの味は毎回違うのでしょうか?それは、前述のとおり、毎回発酵に関わっている酵母の種類が違うからです。酵母の種類が違うのですから、出来上がってくるものが違っているのは当然の帰結と言えます。

では、なぜ酵母が毎回変わるのでしょうか。それは、一度たまたまその時のワインの発酵に関わった酵母が、必ずしもいつも畑もしくはセラーの中で支配的であるとは言えないからです。

どうも家付き、とか蔵付き、などと言うといつも固定された酵母がそこにいて、いつもそれらの酵母が発酵に関わっているかのように思われがちですが、これは残念ながらごくごく一部の限られたケースに限られます。特に発酵前の材料を蒸すなりして殺菌しているようなものと比較して、原料をそのまま使用するワインにおいては状況はさらに難しくなります。これは、いつでも新しい酵母がセラーの外からやってきて、それ以前にそこにいたものたちとの生存競争が生じるからです。

そもそも、酵母にも食事は必須であり、生き抜くためにはその酵母に適した環境も必要となります。これだけで毎年環境の変わる畑で生き抜いていくことの困難さは理解できるでしょう。さらに、ブドウの収穫が終わり、枝の剪定が進むブドウ畑の中でどうやって安定的に糖分を摂取できるというのでしょうか。そしてこの状況は、セラーでも変わらないのです。

さらにセラーでは酵母が触れる器材はすべて使用の前後にこれでもか、というくらい洗浄され、殺菌されます。それに耐え抜き、生き抜いたとしても、次の年になればまた畑からブドウに付着する形で新しい野生酵母が入ってきて、競争が起きるのです。酵母の生存競争は極めて厳しいと言わざるを得ません。

第一、洗浄に耐えたり周りと競争したりしているなかで酵母の性質は変わりますし、仮に変わらなかったとしても周囲の状況が変わっているのですが、同じ味など出るわけがないのです。

野生酵母の最大の特徴は管理されていないこと

事程左様に、野生酵母を使う特徴は、「無管理」であることに尽きます。言ってみれば、びっくり箱のようなものです。

無管理であるからこそ、思いもしなかったようなポジティブな特徴が出ることもあれば、決して起きてほしくないようなネガティブなことを引き起こす可能性もそれなり以上にあります。そして、無管理な状態で発生してしまったものを後から管理しようとするのは、大変な手間と手段を必要とします。

しかしこの一方で、このびっくり箱の魅力に多くの醸造家が魅せられていることも事実です。この、野生酵母を使った発酵という手段はワインの個性を出す上で極めて有効な手段のひとつなのです。

ワインの味を作る、ということに関してはこちらの記事も参考にしてください

⇒ ワインの味を作る、ということ

野生酵母を活用することを否定するつもりはありませんし、野生酵母を使ったからこそ得られる特徴があること、表現できる味や香りがあることは事実です。しかし、この酵母の活用にはいいことばかりではなく、リスクが伴うものであることは十分に知っておくべきでしょう。特に、トラブルが起きた時に対応できる能力がないのであれば、あまり積極的に野生酵母に頼るべきではないとも思います。

そして、飲む側も野生酵母がいいもの、という根拠のない固定観念は持つべきではないでしょう。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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