ナチュラルワイン 品質管理

ワインに品質管理は不要!?半端な自然派という無法地帯が広がる危機感

02/03/2019

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https://note.com/nagiswine/n/n318398622cee

この記事を執筆するにあたりまず一番先に書いておかなければならないことがあります。それは、筆者は「アンチ自然派」と呼ばれる類のいかなる派閥にも属しておらず、「自然派ワイン」が極端に嫌いなわけでもないということです。

このことを理解していただいた上で今回の記事を読み進めていただければと思います。

この記事は2018年5月28日に投稿した記事を元に大幅にリライトした記事となります

とある自然派ワイン愛好家の方が書いていた文章で興味深い内容のものを目にしました。

その記事は自然派微発泡ワインである「ペティアン・ナチュール」を説明するものです。その記事で書かれていたことをざっくりと要約すると、

  • ペティアン・ナチュールでは必要以上に手を加えないので酵母が生きたまま瓶詰めされる
  • この結果、瓶内で二次発酵が起きることで泡が生じる
  • 瓶内が発酵によって生じた炭酸ガスに満たされるのでワインの酸化が防止され亜硫酸を加える必要がなくなる

という内容が書かれていました。

なお念の為修正をしておくと、ここに書かれている“瓶内で二次発酵が生じる”という記載は誤りで、正確には一次発酵が瓶詰め後も継続される、です。

このような記事を読むと、「自然派」という言葉が最近のワイン業界における一つの免罪符になりつつあるように感じます。

泡立っているスティルワインは欠陥品

今までに筆者が開けたワインで、開けた瞬間に中身が噴いた、という経験をしたボトルが何本かありました。なおこれらのボトルはいずれもスパークリングワインでもなければ、ペティアンなどの微発泡ワインでもない、スティルワインでした。

注)このブログ内では一次発酵中に生じる炭酸ガスを利用して造られるスパークリングワインと二次発酵を行うことで造られるスパークリングワインは区別しています。詳しくは「徹底解説 | スパークリングワインの造り方」にまとめています。

徹底解説 | スパークリングワインの造り方

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仮にスティルワインでありながらそのボトルが抜栓と同時に噴いたのであれば、それは欠陥です

スクリューキャップを使用した白ワインの若いボトルを中心に、抜栓をしてグラスに注いだ際に微妙な炭酸ガスが生じることはよくあります。これは発酵中に発生してワインの中に溶け込んでいた微量の炭酸ガスがボトリング後も残っているために生じます。当然ながら、抜栓時に中身が噴くほどの炭酸ガスが残留しているようなことはなく、現象としても欠陥でもなんでもないごく一般的なものです。

これに対して、中身が噴くほどの炭酸ガスが発生する理由は発酵管理の失敗にあります。

それほどの量の炭酸ガスが発生するということは、瓶内において醸造家の手を離れた状態における発酵が継続されていたということだからです。

狙ったものであっても未管理であればそれは欠陥

醸造家の考え方として、「管理された未管理」という考え方があると筆者は考えています。

発酵というメカニズムは極めて論理的に行われていますので、そのかなりの部分を管理できますし、予測することが可能です。

冒頭の例に出したペティアンのように、仮に発酵で生じる炭酸ガスを利用して微発泡のワインを作ろうとする場合も、どの程度の残糖が残っている状態で瓶詰めすれば最終的な可能性としてどのくらいの炭酸ガスが発生し、その結果どの程度の瓶内気圧になるのかは予測することができます。この点を利用して醸造家は発酵の最終段階における管理を手放すことが理屈上は可能です。瓶内で発酵が進んだとしてもそれは自分の目論見の内にあるからです。

しかしこれは大きな賭けです。

確かに発酵は明確な論理に基づく反応によって行われます。一定の量の糖から生成されるアルコールの量と炭酸ガスの量は理論値として明確です。1のブドウ糖からは51%のエタノールと49%の二酸化炭素が発生します。しかし実際には発酵副産物の生成や揮発によってエタノールの生成量は45~49%程度の範囲に収まるのが現実です。

つまりこの時点ですでに理論値よりも2~6%程度も変動があるのです

この変動がもたらす結果を醸造家は本当に“予測の範囲内”として扱うことができるでしょうか?

“副産物”がもたらす怖さ

発酵というプロセスはとても繊細なものです。「発酵について語ろう」や「発酵にとってもっとも怖いもの」という記事でも書きましたが、周囲の気温、液温、酵母の数など発酵は多くの要因から影響を受けます。

発酵について語ろう

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発酵にとってもっとも怖いこと

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このような影響は“人工的”といわれる乾燥酵母よりも “自然”とされる野生酵母の方が大きくなる傾向がありますので、皮肉な話ですが、自然な野生酵母のほうが本来はより手厚い管理の元で発酵を行う必要があるのです。

野生酵母については「野生酵母の功罪」という記事にまとめています。

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発酵が影響を受ける、というと単純に発酵が止まるかどうかのこと、と考えてしまいがちですが、実際には違います。発酵が影響を受けることで副次的にその過程で生成される発酵副産物の種類や量にも影響がでるからです。

これらの発酵副産物はワインの味や香り、口に含んだ際のニュアンスなどに影響を与えます。また仮に酒石などが発酵を行っている瓶内で析出してしまった場合には、その酒石が核となることで泡が出やすくなり、結果として抜栓時に中身が噴き出すことになります。

そして何よりも問題なのが、これらの反応は「徹底解説 | スパークリングワインの造り方」で解説している「瓶内二次発酵方式」の場合と同様にボトルごとで個別に行われており、非常に大きな個体差が生じるということです。これらのすべてを過不足なく予想の範疇に収めることなど事実上、不可能です。つまり、品質の保証ができません

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自然派ワインは管理できないものなのか

そもそも多くの場合、ペティアンは完成したワインに炭酸ガスを注入して微発泡とするものです。一次発酵中のワインをわざわざ瓶詰めして瓶内で発酵を継続させる意味はありません。

このような行為はわざわざ無用なリスクを抱え込むだけだからです。

炭酸ガスを後から注入する製法の場合、当然ですがベースとなるワインが自然派ワインかどうかは関係ありません。ですので自然派ワインでもこの手法によってペティアンとすることは可能ですし、本来であれば品質管理の観点からはそうすることが推奨されます

なのに、わざわざリスクのある方法をとってしまう。

発酵を最後まで管理することなく、ガスの量、残糖の量、味のバラツキ、ワインとしての品質それらすべてを不安定なままに出荷してしまう。これは自由でも自然でもなく、ただ野放図で無責任なだけです。

筆者に自然派ワインの造り手全体を否定する意図はありませんが、このような行為が自然派を名乗るワインに多い傾向なのは間違いありません。そして、非常に残念なことですが自然派ワイン醸造家を肩書にもつ方ほど従来の醸造を否定する考えを持っていることが多くあります。そして、瓶内にブドウの粒を入れてしまうようなことをしてしまうのです。

管理できないのではなく、しようとしない

最近の傾向として、自然派ワインは管理できないのではなく、敢えて管理を放棄する行為をしたワインを自然派ワインと標榜しているように思えてなりません。

新しい手法や奇抜に思えるような手法を取り入れることを否定はしません。しかし、それがただ闇雲に従来の方法を否定するためだけのものであったり、本来の意味を理解しないことから生じるものであっては意味がないと筆者は考えています。

自然派ワインであったとしても、管理はできるものですし、そうして造られたワインは品質も高くなり得るはずなのです。

ナチュラルワインを買う理由」という記事で書いたとおり、今は自然派ワイン、ナチュラルワインといえばそれだけで高い金額で買ってくれる傾向があります。しかし先の記事で引用した調査結果で明らかにされているように、飲み手は決して美味しいと評価した結果として購入行動に至っているわけではないのです。

ナチュラルワインを買う理由

der deutsche Weinbauという雑誌にとても興味深い記事が掲載されたため、その内容を紹介したいと思います。 印象か、感覚か まずこの記事のタイトルは"Image vs. Sensorik ...

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造り手側は「自然派ワイン」「ナチュラルワイン」という免罪符に甘えることなく、しっかりとした意識を持って自分たちのワインを造り上げていくことをもう一度見直すべきなのではないでしょうか。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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