ブドウが罹る病気はいろいろありますが、その中でも世界中で発生しており、ブドウ栽培における三大疾病ともいえる病気があります。
- ウドンコ病 (Powdery mildew, Oidium)
- ベト病 (Downy mildew, Peronospora)
- 灰色かび病 (Botrytis)
です。
これらの病気はブドウの品質や収穫量に大きな影響を及ぼすやっかいな病気として知られています。そのため対策方法もいろいろ開発されており、従来型の薬剤による防除だけではなく、ブドウ品種の改良によっても進められています。
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三大疾病のうち灰色かび病だけは他の2つと少し毛色が違っています。この病気は罹る時期と状態によって貴腐菌と呼ばれ、貴腐ブドウを得るために欠かすことの出来ない存在として扱われます。
時には病気を予防するどころか、逆にこの貴腐ブドウを使って造る貴腐ワインを安定的に造るために畑に水を撒き湿度を高めて菌の繁殖を促す場合さえあるほどです。
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これに対して、ウドンコ病とベト病はブドウ栽培者に全く利益をもたらさない、完全に排除すべき存在です。
ウドンコ病にしてもベト病にしても定番ともいえる対処法がありますが、今回はそうした中での変わり種に焦点を当てます。
牛乳です。
うどんこ病対策としての牛乳
先日Twitterでウドンコ病の対策として牛乳を希釈して散布することが投稿されているのを目にしました。
私自身がブドウの栽培で牛乳を使ったことはありませんし、周囲でも牛乳を散布していると聞いたことが無かったのですが、調べてみるとすでに学術的に効果も認められている、立派なOidium対策であると分かりました。
牛乳もしくは乳清はウドンコ病の対策手段として効果があるのです。
これはブドウのウドンコ病に限った話ではなく、ウドンコ病に罹る可能性のある野菜や果物一般ですでに使用実績があるようです。ブドウ栽培に関していえば、オーストラリアやカリフォルニアではすでに散布用製剤として製品化され、販売されています。
牛乳の効用
ウドンコ病対策としてすでに実績が認められている牛乳ですが、その作用は現状私が確認できている範囲での研究結果によれば、予防、つまり防除がメインとなっているようです。
牛乳がウドンコ病対策として持つ特徴は次の2点です。
- 被膜特性
- 含有成分による殺菌特性
非常に簡単な作用イメージは以下のようなものです。
- 牛乳が散布され、葉やその他の部位表面に被膜を作る
- 外部から風などによって飛来したウドンコ病の原因菌 (Oidium) が植物組織の表面に付着しようとする
- 牛乳による被膜でOidiumが植物組織表面へ直接付着するのを防止
- Oidiumの植物組織内への侵入を防止しつつ殺菌成分との接触を介して菌を無害化する
ウドンコ病の対策剤として現状でもっとも一般的なのは硫黄系製剤ですが、その作用原理はほぼ上記の牛乳の作用原理と同様です。
いくつかの研究で報告されている従来手法と牛乳を使用した防除手法との比較実験の結果でも、両者に差がないどころか、牛乳を使用した場合の方が高い効果を発揮したことが示されています。
つまり、牛乳は現在使われている無機系の硫黄に代わる有機系製剤となり得るのです。
なお牛乳を散布することの目的が乳酸菌にあるとする文章もいくつか目にしますが、殺菌効果を持つ成分は乳由来の糖タンパク質類です。複数の研究においても牛乳によるウドンコ病の予防効果はこうしたタンパク質由来であるとされており、乳酸菌が直接作用しているとする結果は報告されていません。
牛乳を使うことのメリット
無機系薬剤の代わりに牛乳を使うことにはいくつかのメリットがあります。
最大の長所は一般的な食料品であり、環境負荷が少ないことです。またほかの薬剤と混合しても反応してしまう可能性が低く、使い勝手がいい点もメリットといえます。
一部で後述するデメリットともなり得ますが、施肥としての側面、昆虫類への栄養剤としての役割もまた無機系薬剤に変えて牛乳を使うことで得られるメリットであると考えられます。
牛乳を使うメリット
- 一般的な食料品であり環境負荷が低く、また入手しやすい
- 他の薬剤との混合自由度が高い
- 部分的に施肥としての役割を持つ
- 畑の生態系への栄養補助にもなり得る
牛乳散布は普及するのか
従来の薬剤よりも効果が高く、かつ環境負荷の少ない有機材料とくれば誰もがこぞって採用しそうなものですが、現状ではそうはなっていません。
理由はいくつかあります。
- 効果の継続時間が短い
- 使用機材への制限
- 環境の生物系への影響
- ワインの味や香りへの影響
現状、よく言われている理由が上記の4つです。
効果継続時間が短く散布回数が多い
これは牛乳に限らず、有機系材料ではよく言われる課題です。
今回のテーマであるウドンコ病対策に限らず、ビオロジックによるブドウ栽培では防除の回数が無機系の薬剤を使う場合と比較して2~3倍ほど必要になります。
具体的には無機系の薬剤を使用する場合はおよそ10日ごとに行う防除作業が、有機系薬剤にすると1週間に2回程度必要になるのです。
理由としては有機系薬剤は無機系薬剤として比較して効果が弱いこと、安定性が低いことがなどが挙げられます。また今回の牛乳に関していえば、作用成分であるタンパク質が変質しやすいこと、被膜特性がある一方で雨による洗浄性も高い点が指摘されています。
目詰まりを起こす牛乳の散布
2つ目が使用機材の制限です。
牛乳はそこに含まれているウドンコ病に対する有効成分の関係もあり、比較的サイズの大きい粒子を多く含んでいます。これが原因で噴霧装置の目詰まりを起こしやすいのです。
通常、薬剤の噴霧には非常に細いノズルを使用します。
これはノズルを細くすることで一度に噴射される水分量を減らすためです。水分量が減ることで噴霧粒子の径を小さくし、乾燥性を高めてブドウの葉や枝、房の表面への付着率を引き上げています。
逆にいうと、径の大きなノズルを使用すると噴霧粒子のサイズも大きくなり、そこに含まれる水分量もまた多くなります。この結果なにが起きるかというと、乾燥しきらない水滴同士がお互いにくっついて大きな水滴となり、葉や枝の表面から流れ落ちてしまう可能性が高くなるのです。
牛乳を噴霧する際にはかなり希釈するためそもそも含まれている水分量が多くなっています。
これに加えて目詰まりを避けるためにノズル径を引き上げる必要がありますので、結果として噴霧効率が下がり、噴霧回数を増やす必要性につながっている可能性も考えられます。
畑の生物系への影響
ウドンコ病の予防に効果があるのは無殺菌の牛乳です。このため、牛乳内には多くの微生物や酵素、有機物が含まれています。
この酵素や有機物が効果の理由でもあるのですが、同時にこうした有機物を畑に散布することは外部から本来その畑には存在しなかった生物系を持ち込むことにもつながります。これを懸念する声があります。
牛乳に含まれるアミノ酸類をはじめとした各種成分が畑に存在している生物系の栄養となるとして、牛乳の散布は一面においては施肥であるとする考え方もあります。
乳酸菌などは土壌中にも存在する可能性のある微生物です。このため牛乳の散布による存在比率への影響がどこまであるのかは判然としません。
しかし、生態系への介入は常に繊細な問題であることは間違いありません。こうした理由からいくつかの国や地域では使用に際して申請が義務付けられているなど、一定の制限が課せられている場合もあります。
ワインへの影響の可能性
ワインを造る立場においてはこれがもっとも懸念されるリスクです。
牛乳を散布することでブドウに付着している酵素や微生物のバランスが変わる可能性があります。
酵素の存在は醗酵に影響を及ぼす可能性がありますし、乳酸菌の混入は予定しない乳酸菌発酵につながるリスクがあります。
散布された乳酸菌の生存期間はそれほど長くないとされていますが、絶対に生き延びる個体がいない保証もありません。牛乳以外の無機系薬剤などもブドウ表面に残留することでワインの味や香りに影響を及ぼす可能性はありますのでどっちもどっちといえばそこまでではありますが、乳酸菌関連の方が影響の範囲が広くなり得ます。
牛乳によるウドンコ病の対策は無機系薬剤の使用量を減らすために効果的な手段ではありますが、散布回数の増加によるコストの上昇に加えて、醸造面においても乳酸菌の混入を嫌う白ワイン用のブドウ栽培では特に慎重になる必要がありそうです。