ワインにはタンパク質が含まれています。意外と知らない人も多いことですが、事実です。
知ってるよ、清澄剤として添加するのでしょう?と言われる方もいらっしゃるかもしれません。その通りです。ただ、清澄剤に由来しないタンパク質もワインには含まれます。
ワインを飲めばタンパク質まで摂取できるのであれば健康的でいいじゃないか、と言いたいところですが、ワインにおいてタンパク質は厄介者です。入っていていいことは残念ながらほとんどありません。
ワインにとって大きな問題となる可能性を持つタンパク質。由来と対処方法について整理します。
清澄剤だけではない由来
清澄剤はワインにタンパク質が含まれる大きな理由の1つですがすべてではありません。
タンパク質はブドウにも含まれています。
ブドウにタンパク質が含まれる理由は様々です。中にはカビなどの原因菌に対抗するための手段として一定のタンパク質を生成するケースがあることもわかっています。生成量もブドウの品種やその年の気候条件、対抗する原因菌の存在量などによって変わります。一方で乾燥によるストレスや腐敗の度合いが特に大きく影響を及ぼしているとされています。
また発酵が終わって沈殿した澱となった酵母が入った容器でそのまま長期間の熟成をすると酵母が分解され、タンパク質の供給源となることもあります。
嫌われる2つの理由
理由の1つは広義でいえばタンパク質がアレルギー物質であることです。特にワインの清澄で使われることの多い動物性タンパク質であるカゼインやアルブミンはアレルゲンとして注意が必要なタンパク質に分類されます。消費者の健康への配慮の視点からすでに一部の国や地域ではワインのラベルへの表示を義務付けられています。
タンパク質が嫌われる2つ目の理由は、この成分がワインを濁らせるからです。タンパク質は時としてワインに白いモヤのような濁りを生みます。赤ワインではそこまで問題になりませんが、白ワインやロゼワイン、スパークリングワインでは品質上の重大な欠陥となりかねない要素です。
ワインはどうして濁るのか
目玉焼きを思い出してみてください。フライパンの上に割った玉子を載せます。卵の白身はまだ透明です。それから徐々に熱がかかるにしたがって、白身の部分が名前の通りに白くなっていきます。
玉子の白身、卵白はまさにワインの清澄剤として使用されるものですが、その構成成分の大部分がタンパク質です。目玉焼きで白身が白くなる理由はタンパク質の熱変性特性によるものですが、ワインのなかではワインに含まれるポリフェノール類や金属類と結合することでコロイドを形成し、析出してくることでやはり白いモヤのような濁りとして視認できるようになります。ちなみにワイン中でも熱によるタンパク質の析出は生じますが、反応温度が60℃以上であることの方が濁り自体よりもこの場合には問題です。仮に熱が原因でタンパク質の濁りが出た場合、そのワインはグリューワイン (ホットワイン) などに使うようにした方がよさそうです。
目玉焼きでは玉子を焼けば必ず白身が白くなりますが、ワインの場合はちょっと複雑です。必ずしもタンパク質が多く含まれているからといって濁りが出るとは限らないからです。タンパク質によるワインの濁りは、含有されているタンパク質の種類やワイン自体の化学的な組成によって出やすかったり出にくかったりすることがわかっています。
醸造における取り扱い
最終的にワインに含まれるタンパク質は除去する対象です。一方で、ワイン造りの行程中でわざわざ添加する場合もあります。その場合も最後には除去します。
ざっくりとした考え方は3つのケースに分けられます。
- ワイン中にもともと存在しているタンパク質を濁り防止の観点から除去する
- 将来的にワインに含まれるタンパク質が同じくワインに含まれるフェノール類などと結合して濁ることを防止するため、先手を打ってタンパク質を添加してフェノール類と結合、沈殿させる
- 将来的に濁るかどうかとは無関係に、フェノール類の除去を目的としてタンパク質を添加する
いわゆる清澄剤として知られる使用方法は上記の3.ですが、2.も結果的には同じことをしています。違うのは添加量です。なお2.でも3.でも添加したタンパク質の残留を嫌うため、ほとんどのケースで添加処理を行った後にタンパク質の除去処理をしています。
タンパク質を除去する方法
タンパク質をワインから取り除く方法として最も一般的なのが、ベントナイトと呼ばれる粘土鉱物を利用する方法です。昔から行われている方法ですが、今でもタンパク質の除去効果が最も高く、これを超える代替手段は見つかっていません。
一方で最近ではベントナイトの代替手段の模索が行われています。理由はベントナイトを使用することによるワインへの影響、ロス、使用済みベントナイトの廃棄コストなどを回避するためです。候補には精密ろ過、短時間加熱 (フラッシュ・パストリゼーション, Flash pasteurization)をはじめあまり耳にしないものまで様々ですが、そうした中でも注目が大きいのが、酵素の利用です。
ワイン分野でも注目される麹菌
もともとタンパク質の分解に酵素を利用するという発想は珍しいものではありません。食事で摂取したタンパク質を吸収するためにも消化酵素と呼ばれる酵素が働いています。問題になるのは酵素の種類です。
ワインに含まれるタンパク質を分解するための酵素探しもいろいろ行われてきました。酵母であるSaccharomyces cerevisiaeが持つ酵素、灰色かび病の原因菌として知られるBotrytis cinereaが持つ酵素なども検証されています。しかしどれも結果は思わしくありませんでした。ブドウに含まれるタンパク質がこうした酵素に対して高い耐性を持っているためです。
しかしこうした状況はここ10年ほどで変わってきています。ブドウが持つ堅牢な構造をしたタンパク質に対しても作用できる酵素が発見されたのです。それがAspergillopepsin (AGP)と呼ばれる酵素です。
実はこの酵素、日本ではとてもなじみの深いクロコウジカビ、Aspergillus nigerから発見されたものでした。
麹菌による酵素は日本酒や焼酎で利用されています。こうしたお酒では原料であるお米に直接麹菌を繁殖させ、酵素を原料内に蓄積させたうえで酒米などに混ぜて使用します。一方でワインではブドウに麹をはやすことはせず、酵素のみを利用します。
ブドウ以外から得る酵素ですが、すでにオーストラリアを中心に利用が広がりつつあり、2021年にはEUでも使用が認可されています。
AGPの特徴
AGPのメリットはほかの酵素と比較して効率的にワイン中のタンパク質を除去できる点です。またベントナイトのようにワインの味や香りに影響を及ぼすことはなく、使用することによるロスや副次的な廃棄コストも発生しません。
一方でAGPをより効率的に利用するには短時間加熱法との併用が必要です。非加熱での使用ではタンパク質の除去率が20%程度にとどまってしまうのに対して、加熱法を併用すると90%程度まで除去率が上がることがわかっています。また加熱法を併用していても最終的なタンパク質の除去率はベントナイトよりも低くなる、一部のタンパク質には効果がないためその除去にはベントナイトの併用が必要といった特徴も持っており、ベントナイトの完全代替手法とはなり得ていません。
AGPの利用はベントナイトの置き換え手段としてよりも、前処理として利用することによるベントナイトの要求量の低減やそれにともなうワインへの影響の抑制、またボトリング後の長期的な予防処置の1つとして捉えるほうが重要です。
当サイトではサイトの応援機能をご用意させていただいています。この記事が役に立った、よかった、と思っていただけたらぜひ文末のボタンからサポートをお願いします。皆様からいただいたお気持ちは、サイトの運営やより良い記事を書くために活用させていただきます。
今回のまとめ | タンパク質のリスクをどう見積もるか
ワインにタンパク質が含まれているとワインが濁るリスクがある、と書いてきましたが、このリスクをどう見積もるのかには造り手ごとの個人差がかなりあります。例えば筆者の場合、造ったワインをボトリングする前には必ずタンパク質量の測定をしていますが、その結果を受けてベントナイト処理をすることは稀です。
タンパク質が含まれていないために処理が必要ないわけではありません。ほとんどの場合でタンパク質は多かれ少なかれ含まれています。ベントナイトを使うことによるワインへの影響とタンパク質が残留することのリスクを天秤にかけて、処理しないことを決めているのです。こうした判断をしている造り手は少なくありません。
ではタンパク質が残留することのリスクを軽く見積もっていいのかといえばそんなことはありません。一部のカテゴリーのワインを除き、白ワインやロゼワインで濁りが出ればクレームとなりますし、場合によっては数百本、もしくは数千本という本数のワインがすべて売り物にならなくなる可能性さえあります。安全をとるのであれば、多少の品質低下を許容してでもタンパク質の除去処理をするべきです。
造り手は常に、やりたくない気持ちとやらなかった場合のリスクとの間で思い悩んでいます。
そうした点において、検証されている範囲ではワインの官能評価に影響を及ぼさないAGPの利用は画期的な予防策となる可能性があります。もしかしたら今後、ワインのラベルに卵白の代わりにAGPという表記を見かけるようになる、かもしれません。