本格的な夏が近づき、日々気温が高くなるこの時期、ブドウはぐんぐんと成長していきます。
ブドウの成長が進むと畑では芽掻きやワイヤー上げ、副梢の除去などに加えて下草の刈り込みや土の鋤起こしなどやることが膨大になりますが、その中でもとても重要なのが病気への対策です。
病気への対策方法はいくつかありますが、今回はそのなかでも中心的な位置にある薬剤の散布について取り上げます。
病気の防除として薬剤を散布することをスプレーと呼びます。この記事でも以下、スプレーという単語を使って話を進めていきます。
なおスプレーの内容、つまり散布する薬剤については防除の対象となる疾病の種類によって異なります。今回の記事ではブドウ栽培における最も代表的な疾病であるベト病 (downy mildew)、うどん粉病 (powdery mildew / Oidium)、そして灰カビ病 (Botrytis) を中心に取り上げますが、記事の内容としてはスプレーを行うタイミングにも焦点を当てていきます。
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この記事はどのタイミングでスプレーを行えばいいのか、そもそもどうやってスプレーをすればいいのかわからない、という方に対しての回答となります。
また過去にスプレーで失敗をしたことがある方、減農薬や無農薬にこだわることでスプレーをしないことを目標に置きたい方にとっても、何をどのタイミンでスプレーすることがどのような意味を持つのかを知ることは極めて重要です。
スプレーとはなんなのか
ブドウ栽培におけるスプレーとは、カビ系をはじめとした各種病気や昆虫などによる被害を防除するために対策となる薬剤を散布することを言います。
多くの場合は液状のものや粉状の薬剤を水に溶いて濃度調整した上で噴霧します。
「薬剤」といってしまうとすぐに「農薬」というイメージに繋がってしまうかもしれませんが、散布するものの内容は化学的なものに限りません。自然由来のものなどもこの「薬剤」の範疇に含まれています。
スプレーにおける大原則
スプレーには大原則があります。
それは、「定期的に実施する」ということです。
病気がまだ出てないからいいだろう、薬剤の使用量を減らしたいからとりあえずシーズン中に3回くらい撒いておけばいいだろう、ということではないのです。このようなスプレーの方法は一切の意味を持たず、単に薬剤と作業のコストを畑に無駄にばら撒いているにすぎません。
一度始めたスプレーは基本的には一定期間ごとに定期的に収穫の一定期間前まで継続して行う必要があります。
スプレーの方法
スプレーを行うための道具にはいくつかの種類がありますが、方法としては以下の2つに大別されます。
- 手作業
- トラクターなどの機械を使った作業
機械を使う方法には代表的なトラクターを使う方法の他にも、トラクターが入れない急斜面などではヘリコプターを使う方法などがありますし、最近ではドローンを使って行う方法も考案されています。
一方で手作業の方は、手押し式のポンプがついた小型タンクを作業者が背負って行う完全マニュアルの方法と、タンクとポンプはトラクターにつけて作業者は噴霧器を取り付けたホースを持って畑に入り、スプレーを行う半マニュアルの方法とがあります。
作業品質は機械作業のほうが上
そもそもトラクターなどを入れられない立地の畑では作業者が手作業で行わなければならないので選択肢はないのですが、そのような立地などによる制約がない状況においてはスプレー作業にはトラクターなどの機械を使うことが圧倒的に有利です。
これは作業速度や作業者の吸引リスクによる健康被害防止という意味もあるのですが、それ以上に作業品質的に優れるためです。
スプレー作業においてはブドウの列のどの場所においてもムラの無いように全面に、かつ一定した量が均一に噴霧されることが極めて重要です。
この作業品質を維持するために重要なのが噴霧圧と噴霧器の位置なのですが、手作業の場合にはこの両方が瞬間ごとに非常に大きなバラツキを持ちます。このためどうしても薬剤の量が多い場所と少ない場所のバラツキが出るだけでなく、全く噴霧されていないムラの箇所が出てしまうのです。
ちなみにこのムラをなくそうとすると今度はどうしても面積あたりの噴霧量が増える傾向になります。薬剤の使用量にはルールがありますし、極力使わないに越したことはない、という感覚からもムラを無くすために使用量を増やすというのは褒められたことではありません。
トラクターでのスプレーも使う器材の種類や設定、走行速度などによって噴霧圧などにバラツキは出ますが、こちらは手作業の場合のものよりも遥かに一定化しやすいものです。
このような理由から、可能であればスプレー作業にはトラクターを利用することを強くおすすめします。
スプレー計画はどう作るか?
すでに書いたように、スプレーの大原則は必要なものを必要なタイミングで継続的に散布することです。
このためには事前にスプレー計画を作成し、その計画に基づいて実施していくのがもっとも確実でかつ楽な方法といえます。また計画をあらかじめ作っておくことでシーズン中に必要となる薬剤の種類や大体の量がわかりますので、こういったものも事前に準備しておくことが可能となります。
計画作成に重要な情報とは
スプレーの計画は闇雲に作れるものではありません。
例外は化学品の使用にまったく拒否感がなく、積極的にもっとも効果的な組み合わせでの使用を行っていく場合です。この場合には栽培家が自分で計画を考える必要は原則としてなく、主に薬剤メーカーが提供しているスプレー計画に従って指示通りの薬剤を指示通りの時期に指示された量で散布していけば問題ありません。
使用する薬剤の種類や量が多くなりがちなのでコストは高くなりますが、ブドウの健康状態を守るという意味ではもっとも安全性の高い方法です。
一方で栽培家が自身で計画を作る際には以下のような情報に気を使う必要があります。
- スプレーの対象とその罹患状況
- 薬剤の有効期間
- それぞれの薬剤の親和性
- 耐性回避のための注意事項
- 残留期間
それぞれを詳しく見ていきます。
対象によって使用する薬剤は変わる
スプレーの目的を決めることは極めて重要です。
どの疾病を対象とするのか、その疾病の進行を遅らせたいのか、止めたいのか、それとも原因を排除したいのか、といったいわゆるスプレーの目的によって散布すべき薬剤は変わりますし、その必要頻度も異なります。
まずはここを明確にしないことにはスプレーを始めることができません。
なお前シーズンにブドウの樹がなにかしらの病気に罹患していたかどうかも需要な情報となります。
スプレーの効果はどれくらい続くのか
スプレー、と一言にくくってしまうと違いがわかりにくくなりますが、その有効期間は散布した薬剤の種類によってまちまちです。
病気の防除において有効期間に空白期間を置いてしまうことは極めて大きな問題となります。
このため基本的にはそれぞれの薬剤の有効期間が切れる前に再度スプレーをすることで薬の効いていない期間を作らないようにする必要があります。
このためには当然のことながらそれぞれの薬剤の有効期限を把握し、スプレー計画に反映させることが重要です。
同時散布と混ぜるな危険
薬剤同士の親和性とはまさに「混ぜるな危険」のことです。
使う薬剤が同一のメーカーのものであればまだ多少はこの点にも考慮されていたりもするのですが、実際には目的や状況によって複数のメーカーの異なる製品を使い分ける必要があります。
そしてそれぞれの薬剤には同時に使ってしまうと水への溶解性が極端に悪くなるものや、場合によっては正常な効果が出なくなってしまうものがあります。
スプレー計画を作る際にはこういった薬剤同士の相性を考慮しておく必要があります。
それぞれの薬剤を混ぜることなく単独でスプレーすればいい、という意見もあるかもしれませんが、実際には一度のスプレーで4、5種類の薬剤を同時に散布することはよくあることです。
これを個別にスプレーして回るとすると、そのたびに必要となる水や作業のための時間や労力といったコストが単純に4、5倍に膨らみます。それに加えてそれだけの回数トラクターを走らせることによる畑の土壌へのダメージなどもあります。
あらゆる意味でも負担を極力減らすために、複数の薬剤を混ぜて使用することは必要なことなのです。
このため最低限度、混ぜて使ってはいけないモノ同士の組み合わせだけでもきちんと把握しておく必要があります。
耐性菌をつくらないために
病気の防除をしていく上である意味でもっとも大事なことが、対象に耐性を持たせないことです。
対象が使用されている薬剤に対して耐性を持つ理由は極めて簡単で、同一薬剤の連続使用がその原因です。
このため疾病防除用の薬剤には年間を通して使用することが可能な回数が定められています。その回数を超えて使ってしまうと、どんなに有効性の高い薬剤であっても耐性を持った個体の誕生リスクが高くなり、将来的に使用することができなくなってしまいます。
このような事態を避けるためにも各薬剤の使用回数は厳守されなければならないのですが、ここで1つ注意が必要な点があります。それが、使用回数の制限は薬剤個別に定められているものではなく、有効成分が分類されるグループごとに定められている、ということです。
つまり仮に薬剤の商品名が違っていても使っている有効成分が同一のものである場合は当然として、仮に有効成分が異なっていたとしてもその両者が同じグループに分類されているもの同士であった場合にはそれらを連続使用することができないのです。
わかりにくいと思うので具体例を上げて説明します。
ドイツ国内で使用されているベト病対策の薬剤に、Forum-Gold、VinoStar、Melody Combi、Vincare、Ampexioという製品があります。これらの薬剤の有効成分はそれぞれDimethomorph、Iprovalicarb、Benthiavalicarb、Mandipropamidといったようなものが使われています。
ここだけを見ると異なる有効成分を使っているため、どれかの薬剤を使ったあとで別のものを使っても問題はないように感じられます。
しかし、実はここであげた有効成分はすべてがCarboxylsäureamideという区分に属しているものです。このためこれらの薬剤はいずれかの薬剤を制限回数いっぱいまで使ったあとでは使用することができないということになります。
ワインへの混入を避けるための指標 | 残留期間
各薬剤にはそれぞれ異なる残留期間が設定されています。
これは文字通りその薬剤を散布してから検出されなくなるまでの期間のことです。
逆に言えば、収穫予定日からその日数分を逆算した日がその薬剤を散布できる最後の日になる、ということでもあります。
例えば残留日数が60日の薬剤があったとします。
収穫を9月末に見込んでいたとすると、そこから60日を逆算すると7月末がこの薬剤を使用できる最後の日になる、ということです。
2ヶ月前に収穫日を正確に見込むことはまず不可能ですので、実務的には収穫日の前倒しを想定してそれよりも余裕を持った時点で使用を終えるか、残留期間の少ない薬剤に切り替える必要があります。
スプレーはいつ始めるか
もしかしたら意外に思われるかもしれませんが、もっとも最初にすべきスプレーはうどん粉病を対象にしたもので、萌芽の時期には開始する必要があります。散布する薬剤は硫黄系のものです。
その後の展葉期、葉が3枚から7枚程度の時期に2回目のスプレーを行います。
このときにはうどん粉病だけではなく、ベト病を対象とした薬剤も同時に散布します。うどん粉病対応の硫黄系薬剤は一部のダニに対しても効果を持ちますがベト病に対しては効果がないため、ベト病対策として銅系の薬剤を添加する必要があります。
なおこの時期はまだ灰カビ病に対してはそれほど効果的な対応ができませんので、前年に果実だけでなく木の方にまで大きな被害が出たなど、慎重な予防が必要になるケース以外では硫黄系薬剤の副次的効果として扱う程度で大丈夫なことが多いです。
なお、この時点からより厳密な意味で定期的なスプレーが必要となります。
どのくらいの間隔でスプレーを行うべきなのか
スプレーを行う間隔を考えるとき、極力スプレーの回数を減らしたい人ほど一度散布した薬剤の有効期限ギリギリまで引っ張って次のスプレーをしたいと考えがちです。しかしこれは残念ながら間違った考え方です。
スプレーを行う間隔は使う薬剤にもよりますが、おおよそ7~10日間隔です。
実際には天候状況やブドウの育成状況によって左右されますが、これくらいの間隔で定期的に行うことが基本であることを覚えておいてください。
なぜ10日ごとのスプレーが必要なのか
7日、もしくは10日ごとのスプレーというのは実際には一部で化学系の薬剤を使用した場合です。仮に化学系のものを使わず、天然由来のもののみを使用した場合にはこの期間はさらに短くなります。
ではなぜこのような間隔でスプレーをする必要があるでしょうか?
それには以下のような理由があります。
- 散布薬剤の有効期限
- 新しい葉や枝への対応
- 気象状況による洗浄効果
この中でも重要なのが2番めの新しく生えてくる葉や枝への対応です。
ブドウの品種や天候状況に基づく生育状況などによって大きく左右されることではありますが、成長期においておおよそ10日で一枝あたりの面積は約400cm2ほど増加すると言われています。
この新しくできた部分に対してスプレーをする必要があるため、スプレーの実施間隔を10日程度とする必要があるのです。
常にスプレーの対象は固定するべきなのか
ブドウ栽培においてもっとも重要なスプレーの対象疾病は国や地域によって多少の違いはあるものの、
- うどん粉病
- ベト病
- 灰カビ病
の3つです。
基本的にどのタイミングにおけるスプレーでもこの3種類の疾病を対象としたレシピを用意することが求められるのですが、実は天候状況によってはこの内容を多少、変えることも可能です。
特に暑く乾燥した天気が続いているのであれば、ベト病と灰カビ病は感染リスクが低下します。このため十分に安全マージンを見込んだ上であればこれらの疾病に向けた薬剤のスプレーをスキップするなり添加量を減らしたりすることができます。
一方でうどん粉病は暑く乾燥した状態でのほうが出やすくなるため、こちらはこのような天候状況下では減らすことはできません。
なお添加量を「減らす」というのは、感覚的に闇雲に減らすのではなく、要求される最低添加量まで減らす、という意味です。これは耐性菌の出現防止に必要なことなので十分に注意してください。
スプレーの品質に影響を与える要素
スプレーという作業はかなり繊細な部分がある作業です。これは影響を受ける範囲の大きさにも現れています。
実際にスプレーの品質に影響を与える要素として以下のようなものがあります。
- 天候
- 日照時間
- 散布用の設備
- ブドウの生育状況
- 散布量
- 噴霧粒の粒径
これら全てを完全にコントロールすることは相当に困難なことなのである程度のところで「おおまか」な判断をすることになりますが、設備関係などある程度固定化できる情報については予めスプレー実施計画に練り込んでおくことでその後に都度要求される変化に対応しやすくなります。
今回のまとめ | スプレーは計画的かつ定期的に実施する
いろいろと細かいことを書いてきましたが、スプレーを効率的、効果的に実施するための秘訣は以下のとおりです。
- 十分な噴霧圧を確保する
- 事前に計画を作成し定期的に実施する
- 適切なタイミングで必要な薬剤を過不足なく散布する
- ブドウの状態をしっかりと把握する
非常に基本的なことですが、とにかく定期的に適切なスプレーをすることこそが重要です。
おまけ | スプレーを否定することは可能か
防除の大切は分かっているけれどやはり薬剤の使用には抵抗がある、というケースもあると思います。その結果としてスプレーを否定する気持ちもわからなくもありません。
筆者としてはこのような意志、そして取り組みを否定するつもりはありません。ありませんが、栽培技術だけですべての疾病を回避することは事実上、不可能に近い、ということは知っておいてほしい点です。
例えば灰カビ病の原因となるBotrytisなどは代表的な常在菌です。
一般的に空気中に存在しますのでこの菌の畑への混入を排除することは不可能です。そして畑に存在してしまえばあとは確率の問題でしかありません。
たまに勘違いされているようですが、いずれの疾病も潜伏期間というものが存在します。
つまり症状が目に見えるようになったときにはすでに手遅れなのです。
スプレーの持つ大きな役割の1つは出てしまった症状への対応ではなく、潜伏期間中における対応です。つまり予防的な側面を強く持っています。
また予防段階で行うので結果的に必要となる薬剤の量が少なくて済む、という面もあります。
スプレーを否定するあまり疾病に罹患してしまい、その結果として事前からスプレーをしていれば必要なかった量の薬剤を散布しなければならなくなってしまった、という例は枚挙に暇がありません。
特に今回扱っている三大疾病は果実だけではなく樹自体に感染し、その症状を翌年以降にも持ち越す可能性のあるものです。こうなってしまえばもう樹を守るために必要となる薬剤の量は防除の域では到底、収まりません。
比喩でも何でもなく、それまで頑張って節約した薬剤を使わないことによる「環境親和性」の貯蓄を全量引き出した上でさらに借金するレベルで環境負荷を容認しなければならなくなります。これは本末転倒ではないでしょうか?
何も知らずにスプレーを否定することは簡単です。
ただしその裏側のリスクを正しく認識した上での決断となると、おそらく意味は大きく変わります。
スプレーを否定する場合には、なぜ否定するのか、その結果のリスクを本当の意味で取れるのか、そして自分が目指したい方向性を考えた時に本当にスプレーを否定することに意味があるのか、という点をよく考えて判断をしてほしいと思います。
その上での決断であれば、それは尊敬に値するものであると筆者は考えます。