ワインには多様な味わいがあります。辛口のワインが注目されることが多いですが、そうした中でも甘口ワインは昔から変わらない人気を誇るジャンルです。質のいい甘口ワインは口に含むと甘さやフルーティーな香りが広がり、酸とのバランスのなかで心地よい余韻を残します。それは辛口ワインで感じることのできるものとはまた違った多幸感をともなった感覚です。
甘口ワインを飲むのが好きな方は、その甘い味わいがどのようにして実現されるのか気になるのではないでしょうか。実は、甘口ワインを造る方法はいくつかあります。この記事では、甘口ワインを造る3つの方法についてご紹介します。
甘く感じるワインなのか甘いワインなのか
具体的な醸造方法の話に入る前に、少しだけ寄り道をしましょう。甘口ワインとは、当然ですが甘いワインのことです。何を当たり前のことを、と言われるかもしれませんが、この「甘い」というのが意外に曲者です。
「甘い」と聞けば単純に甘いのだろう、と思ってしまいがちですが、ここには「なぜ甘いのか」と「どれだけ甘いのか」という2つの視点が隠れています。そして甘いワインを造るうえではこの2つの視点をきちんと整理して考えることがとても重要になります。
なぜ甘いのか。その答えはいくつかあり得ます。1つは残糖と呼ばれる、ワインに含まれている糖分の量が多いから、という理由。これは純粋に甘い成分の量が多いからこそ甘いと感じますし、実際に味覚的にも甘いです。
一方で、実際には残糖量など甘い成分の含有量は少ないのに飲んでみたら甘く感じることがあります。それは甘さを伴った香りのせいかもしれませんし、アルコール度数の高さによるものかもしれません。もしかしたら酸量が少ないために相対的に甘く感じやすいのかもしれません。飲んで甘く感じるワインを造る場合には、どういう手段を使ってそのワインを甘く感じさせるのかはとても大事な視点になります。実際はそこまで甘くないけれど甘く感じるワインを造りたいのか、甘いワインを造りたいのか、ということです。なお甘口ワインとは甘いワインのこと。糖分を比較的多く含んでいることで甘く感じるワインを指しています。
そしてもう一つ大事なのが、どれだけ甘いのか、です。
甘く感じるだけのワインは実際にはほとんど甘くはありません。しかし、甘口ワインとなると甘さの幅はとても広くなります。貴腐ワインやアイスワインに代表される極甘口と呼ばれるシロップのようなものもあれば、中辛口やオフドライと呼ばれる、辛口と比較すれば甘いけれどそこまで甘くはない、というものもあります。残糖量を一つの指標にするのであれば、多いものは1リットルあたり400グラムに迫るところから、少ないもので1リットルあたり10グラム弱のものまで入ってきます。極論をいえば、辛口でないワインはすべてある意味において甘口ワインということさえできるのです。
そうしたなかで、どれくらい甘いワインを造りたいのかをきちんと決めておくことは重要です。またどれくらい甘いワインを造りたいのかで選ぶべき醸造手段も変わってきます。
一口に甘口ワインといってみても実はとても多彩なものなのです。
醗酵を途中で止める
甘口ワインを造る代表的な手段が、アルコール発酵を途中で中断する方法です。
ワインに含まれているアルコールはブドウ果汁に含まれている糖分を酵母が消費していく際の副産物としてつくられています。つまり、ブドウ果汁の甘さがワインに感じられなくなる理由は、果汁に含まれていた糖分を酵母が使ってしまうからです。ならばアルコール発酵を止めてしまうことで酵母にそれ以上糖分を消費させないようにしてしまえば、果汁の糖分はワインの中にそのまま残ることになります。
この方法の特徴は、アルコール度数にさえ気をつけておけば幅広い残糖量に対応できることです。発酵の中盤くらいで止めれば残糖量の多いワインになりますし、終盤まで引っ張ってから止めれば残糖数グラムほどのオフドライに仕上げることが出来ます。タンク単位で完結しますし、ワインに何かを混ぜる必要もありませんので仕込みの純度を高く保ったまま仕上げることが出来る点もこの製法の特徴です。
一見、良いことずくめのようにも思えるこの方法ですが、甘口ワインの造り方のなかではもっとも手間がかかり、かつ難易度も高い方法です。
発酵を途中で止めるということは、活発に動いている酵母を無理やりおとなしくさせるということです。車が急には止まれないのと同じで、酵母も勢いよく代謝をしているときほど簡単には止めることが出来ません。制動距離が必要なのです。しかもこの制動距離は液体の量が多くなるほど長くなる傾向にあります。つまり発酵を止めることで甘いワインを造る場合には、ターゲットにしている残糖量に到達するよりも前の時点で発酵を止めるための処置を始める必要があります。そしてその開始時点は対象となるワインの量、発酵の勢い、止めるために使う手段によって決めることになります。
発酵を止めることで造る甘口ワインが難しいのは、この制動距離を正確に測ることが難しいからです。発酵を止めるだけであれば止められます。しかし、ギリギリを攻めてしまうと狙った残糖量よりも少なくなった部分でようやく止まることもあります。かといって逆に余裕をみすぎてしまうと、今度はターゲットの量よりも多い場所で発酵が止まってしまいます。そうなってしまうと今度はそこから残糖量を減らす手段がなくなります。発酵というプロセスは酵母の代謝に頼っていますので、まさに生き物です。常に決まった挙動を示すことはありません。突然、動きを変えることさえあり得ます。そうした不確実性の中で、狙った範囲内できっちりと発酵を止めるのは容易ではありません。
発酵を止める手段にはいくつかあります。リキュールのようなアルコール度数の高いお酒を添加する方法、温度を下げる方法、二酸化硫黄を添加する方法などは酵母の動きを鈍くして発酵を止める、間接的な方法です。ワインへのダメージが出にくい一方で即効性には欠ける、制動距離の長い手法です。これに対して、フィルターを使って物理的に酵母を取り除いてしまう直接的な方法もあります。確実性が高く即効性もありますが、ワインへのインパクトは大きくなりますし作業に伴うロスも出やすくなります。
仕上げるワインの品質を高くするためには間接的な方法を中心に作業をするのが望ましい方法です。しかし、発酵の状態などから許容できる範囲の制動距離を確保することが難しい場合には、直接的手法に訴えることを迷わず選ぶようにします。
果汁を混ぜる
甘口ワインの造り方の2つ目は、辛口に仕上がったワインに未発酵の果汁を混ぜる方法です。この果汁のことをドイツ語ではズースレゼルベ (Süssreserve) といいます。
ズースレゼルベは収穫したブドウを圧搾して得た果汁を発酵しないように処理したものです。収穫した時点でブドウの果汁に含まれていた糖分をそのまま残していますので、かなりの甘さを含んでいます。このような未発酵果汁の添加はワインを甘くすることを目的に行われます。ブドウ果汁に足りていない糖分を補充して発酵後のアルコール度数をあげることを目的に行われる補糖 (chaptalisation, シャプタリザシオン) とは根本的に異なるものです。
ズースレゼルベは果汁を発酵しないように処理しただけのものですが、果汁を凝縮して糖分濃度を高めたもの (RCGM: Rectified concentrated grape must) を使用する場合もあります。ズースレゼルベとRCGMとの一番の違いは1リットルあたりに含まれる糖分の量ですが、その以外にもRCGMでは濃縮過程で糖分以外の成分が除去されている点も大きな違いになります。
ズースレゼルベもしくはRCGMを使用する手法の一番のメリットは作業が簡単なことです。添加するワインの残糖量と目的とする甘口ワインの残糖量との差分に相当する量を添加するだけで目的としている甘さのワインに仕上げることが出来ます。RCGMを使用する場合にはRCGMに由来する香りや味が付くこともないため、純粋に甘さのみを調整することが出来ます。
一方でデメリットは、コストが高いこと、添加量の上限が法律で定められていることです。ズースレゼルベは各ワイナリーが自分たちで収穫してきたブドウを原料にして製造、保管をしておくことが出来ます。一方でRCGMは蒸留設備が必要になるため多くのワイナリーでは自社製造は出来ず、外部から買ってくることになります。ズースレゼルベではブドウの栽培や収穫、そして保管にかかるコストが、RCGMでは購入コストが必要になります。
またこれらのものは多くの国や地域によって添加上限が法律によって定められています。EUの規定でいえば添加した糖分量を完全発酵させた場合のアルコール度数が4%以上とならないことがルールです。また、国によってはズースレゼルべやRCGMは元のワインの量に対して最大で25%を超えて添加することは許されていません。さらには仮に上昇するアルコール度数が4%以下でかつ総添加量が元のワインの量の25%以内だったとしても、最終的に出来上がるワインの合計アルコール量 (実際に含まれているアルコールの量と残糖として残っている糖をアルコールに換算した場合の量を合計したもの) が一定の値を超えることも認められていません。1リットルあたりで数グラム程度の糖の添加であれば作業上の問題は特に生じませんが、数十グラムを添加しようとする場合には法的な意味合いから作業上の制限が増えるのもこの手法の特徴です。このような背景から、この手法はオフドライのような甘口ワインの中でも比較的残糖量の少ないワインをつくるのに適した方法だといえます。
なお、ワインの醸造では一部の品種では香りの前駆体が糖分と結合している都合上、醗酵の度合いが進む方が香りの成分が出てきやすくなります。醗酵を途中で止めてしまう方法ではこうした香りの成分を完全には得ることが出来ないのに対して、一度発酵を完全に行ったうえで甘さを添加する方法では十分な量の香りを得ることが出来ますのでより香り豊かな甘口ワインを造ることが出来るようになります。
ワインを混ぜる
3つ目の方法は2つ目と同様にブレンドによってワインを甘くする方法ですが、違うのは果汁ではなくワインを混ぜる点です。辛口のワインと甘口のワインを混ぜることでその中間にあたるワインを造ることが出来ます。
ズースレゼルベやRCGMを使う場合と同じように作業が簡単なうえ、混ぜ合わせるワイン同士の由来を合わせていれば添加量に対する制限は一切なくなります。一方で混ぜ合わせるワインはいずれも予めワインとして仕上がっている必要がありますので、最初の甘口ワインを造るためには使うことのできない方法です。ブレンドを行う際に甘いワインの比率を高くすれば甘さの強いワインになりますし、逆に辛口のワインを主体にすればオフドライのワインに近づけていくことが出来ます。とはいえこの方法では原料として使う甘口ワイン以上に甘いワインを造ることが出来ませんので、あくまでも味の微調整を目的として使う手法だといえます。
この製造方法の特徴は2種類以上のワインの香りも混ぜ合わせることが出来る点です。果汁を混ぜる方法では出来上がるワインの香りは元になったワインが持っていた香りがほとんどです。これに対してワイン同士を混ぜる方法では2種類以上の発酵状態の異なる、つまりは香りの違うワイン同士を混ぜ合わせます。甘さ調整のためにどれだけの量の別のワインを添加するかにもよりますが、ベースとなるワインに本来はなかった香りを持たせたり、弱かった香りを補強したりすることができます。甘口に造られた酒精強化ワイン (フォーティファイドワイン, fortified wine) などは甘口ワインの造り方としては発酵を中断させる方法に分類されますが、出来上がるワインへの影響という意味ではこのいい例ともいえます。
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今回のまとめ|一番甘いワインは発酵を止めて造る
甘口ワインを造るための3つの方法をみてきました。どれも一長一短ある方法ですが、ブレンドによって甘く仕上げる方法には甘くできる上限が法的に設定されているため、本当に甘いワインを造る場合には採用できません。仮にブレンドによって一段甘さを引き上げるにしても、醗酵を止めることでベースとして残糖量が多いワインをまずは確保する必要があります。
また、等級の高いワインではズースレゼルベなどの添加は法律によって禁止されている場合も少なくないという事実が発酵を中断する手法の採用を後押ししてもいます。甘口ワインを造ろうとする中では、発酵を止めるための技術は必要不可欠です。
一方で、残糖量が30g/L程度までのオフドライを造る場合にはズースレゼルベなりRCGMなりを添加する方法はとても有効です。作業の手間が減るというだけではなく、一度、完全に発酵を行っていることで香りや味のニュアンスをよりしっかりとさせることが出来ます。またアルコール度数も比較的高くすることができるため骨格のしっかりとしたワインに仕上げることが出来ます。こうした醸造資材の添加にはコストが伴いますが、添加量が少ない場合にはそうしたコストもさほど気にならない範囲におさまります。
なお物理的手段で発酵を止める方法はワインへの影響はもっとも大きくなりますが、やり方を選べば一度の作業で大量に処理することが出来るためコストを低く抑えることが出来ます。このため、低価格で販売する甘口ワインの製造方法としては最も適している手段といえます。
おまけ|甘口ワインを造るために必要なブドウの甘さ
ワインはブドウだけから造られています。そのためいいワインはいいブドウから、というようなこともよく言われます。こうした話を聞きなれてくると、甘いワインは同じように十分に甘いブドウから造るのが一番いいと思うようになりがちです。本当にそうでしょうか。
ドイツでよく造られる甘口ワインを念頭に置いて考えてみます。
例えばドイツでカビネット (Kabinett) と呼ばれるワイン。甘口に仕立てる場合、アルコール度数が10%を超えることはありません。ほとんどの造り手が8~9%程度に仕上げます。これはドイツのワイン法によってそのようなスタイルに仕立てることが要請されているからでもあります。
仮にアルコール度数が8%のワインを造ろうとすると、必要になる果汁内の糖分量は1リットルあたりで130~140グラムです。この量の糖分を酵母が代謝することで8%のアルコール度数のワインを造ることが出来ます。しかしこの場合、果汁に含まれていた130グラム強の糖分はすべて消費されてしまい、出来上がったワインに含まれる残糖量はゼロです。
甘口のカビネットでは残糖量は多くの場合、1リットルあたり40~60グラムほど残します。発酵後にもこれだけの量の砂糖がワインの中に残っていなければならないということは、発酵を始める前のブドウの果汁には合計で1リットルあたり170~200グラムほどの糖分が含まれている必要があるということになります。
さて1リットルあたり最大で200グラムほどの糖分を含む果汁をもったブドウとはどのようなブドウでしょうか。
甘い、甘くない、でいえば甘いです。コカ・コーラのおよそ2倍ほどの甘さがありますから甘くないなんてことはありません。一方で、ワインを造るためのブドウの甘さとしては実はそれほど甘いわけでもありません。辛口の赤ワインを造るためには少し甘さが足りないくらいです。かといってこれ以上にブドウを甘くしてしまうと今度は甘口のカビネットに仕上げたときにバランスの取れたワインにすることが難しくなってしまいます。
造るワインのスタイルにもよりますが、甘口ワインを造るからといって、必ずしもブドウは甘ければ甘いだけいい、というわけではないのです。
甘口ワインの醸造方法では時に果汁の高糖度を原因とした発酵阻害が話題に上ります。これは日本酒が並行複発酵方式を採用している理由ともされています。高糖度に伴う発酵阻害についてはオンラインサークルもしくはマガジンに収録される記事で扱います。ご興味ある方はサークルへの参加やマガジンの購読をご検討ください。