ここ20年ほどで欧州においてブドウが遅霜による被害を受ける事例が増えてきています。ドイツで見てみれば、1997年、2003年、2011年、2017年と4度もの大被害を記録しているのです。
今年も4月に入ってフランスやドイツのあちこちで夜間の冷え込みが強くなることが予想され、霜の被害を受ける可能性が高くなったことから畑で火を焚いたり送風機を用意したりという事例が報告されています。
こういった被害の背景にあるのは冬の気温の上昇に伴うブドウの発芽の早期化です。
ブドウの発芽の早期化については「早すぎる程に早いブドウの発芽」という記事に、発芽したブドウの芽を冷害から守る対策については「冷害対策」という記事にも書いていますので参考にしてみてください。
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早すぎる程に早いブドウの発芽
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ブドウ畑の冷害対策
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「冷害対策」の記事でも書いていることですが従来の遅霜対策は、
- 焚き火
- ヘリコプター
- 送風機
- 散水
というものでした。
今回はこれらとは別の新しいタイプの冷害対策である、ワイヤーヒーターについて紹介します。
ワイヤーヒーターは日本の雪深いブドウ産地で応用的な使い方が可能なのではないかとも筆者は考えています。
ぜひ参考にしてみてください。
ワイヤーヒーターとは何物か?
ワイヤーヒーターとはいわゆる電熱線です。
電気を通すことで発熱するワイヤーをブドウ畑に設置しているブドウの枝を固定するためのワイヤーと置き換える、もしくは共に設置することでそこに固定されたブドウの若枝を直接温め、遅霜の被害から守ろうというものです。
今まであまり耳にする機会は多くない方法ですが、発案自体は意外に古く、2008年にオーストラリアのニュー・イングランドで1998年にフランスで登録された特許を利用した事例として報告されています。
報告された事例における効果
2008年の事例では、外気温マイナス2.5℃の状態が4時間継続した際の比較結果として報告されています。
調査時点のブドウの状態はすでに発芽済みで、枝の長さは平均して39cmだったとのことです。
この事例ではワイヤーヒーターを導入していない区画においては41.3%の芽が被害を受けたのに対して、ワイヤーヒーターを導入した区画では最大で13.1%の被害に留めることができたとしており、有効性の高い対策であることが確認されていました。
いろいろなタイプの製品群
ブドウ畑に導入することを前提としたワイヤーヒーターは実は複数の国で製品化されています。
それぞれの違いはいくつかありますが、大きな違いは被覆の有無とその素材です。
例えばオランダで開発されている製品は被覆を持たず、ワイヤーヒーターが直接ブドウの枝に接触するタイプですが、ニュージーランドやドイツで開発されている製品は樹脂製のカバーで被覆されています。
また剪定時に使用する電動ハサミや収穫時に投入される大型収穫機であるハーベスター等によりワイヤーヒーターが切断されることを防止するため、アルミ製の筒に通すタイプの製品も存在しています。
参考
Danfoss GX Grape Frost Protection
販売会社: Danfoss (http://products.danfoss.com)
HEM-SYSTEM WINE FROST CONTROL
販売会社: Hemstedt (www.hemstedt.de)
導入コストはどのくらいなのか
ワイヤーヒーターの導入コストは初期の設備費用と可動のためのコストに大別されます。
設備費用に関しては導入する製品によって大きく異なりますが、一つの事例を以下に挙げます。
これはドイツ国内でDLR Rheinpfalzという組織が調査を行った際に提示した事例に基づくもので、使用された製品はアルミ製の筒にワイヤーヒーターを通して使うタイプのものです。
それによると、1 haのブドウ畑に設置するための導入費用は13,000ユーロとされています。
この内訳は、
- ワイヤーヒーター
- 被覆用のアルミカバー
- 接続用器具
- 電線用端子
のセットで1 mあたりの価格が2.6ユーロであり、1 haに必要となるワイヤーの長さが5000 mなので、
2.6ユーロ/m x 5000 m = 13,000 ユーロ
ということでした。
可動コストに関しては投入電力量と電気代によって大きく異なるため具体的な数値は出しにくいですが、Hemstedt社では1 haあたりおよそ25ユーロ/時間という数字を提示しています。
なお必要となる投入電力量に関しては20 W/mという数字も挙げられていますが、10 W/mなどより少ない投入電力量で十分な成果を得ることが出来るかどうかの調査が行われているようです。
仮に投入電力量が20 Wから10 Wに抑えることが出来た場合、1 haあたりで必要となる電力量が100 kWから50 kWになりますので大きな節約が可能となります。
ワイヤーヒーターを使う場合の注意点
ワイヤーヒーターを導入する場合、誘引の方法の変更の可能性を含めて以下のような注意点があります。
- ワイヤーの切断等への注意
- 送風機等の従来手法の使用の中止
- よりワイヤーに密接する形の誘引方法への変更
ワイヤーの切断はご法度
ブドウ畑に通している通常のワイヤーであれば切断してしまった場合でも修繕ができますが、ワイヤーヒーターの場合にはこれが出来ません。
仮に切断してしまった場合には基本的にはその列すべてを総交換しなければならなくなります。これは切断箇所をつなげようとするとそこで電気抵抗が変わってしまい正常な発熱効果を得られなくなるためです。
ワイヤーが樹脂材などで被覆されていればそうそう切断してしまうようなことはないでしょうが、電動ハサミを使った剪定時などには注意が必要となります。
従来の手法は併用できない
ワイヤーヒーターはいかに効率よく温めるかがコストの面からもとても重要です。
これに対して従来から遅霜対策として利用されてきた手法はいずれもワイヤーヒーターの効率を阻害するため、並行して両者を実施することは基本的に出来ません。
送風機やヘリコプターによるホバリング、散水などはワイヤーヒーターから、もしくはワイヤーヒーターが温めたブドウの樹や枝から熱を奪ってしまう阻害要因としてすぐに想定できると思います。ですが、焚き火は大丈夫なのではないか、と思われることもあのではないでしょうか。
確かに焚き火は空気を温めるという意味では並行して行う意味がありそうに見えますが、実際には焚き火をすることで大気の対流が発生し、これがワイヤーの熱によって温まるはずのブドウの樹や枝を冷ましてしまう可能性があります。
実際にヒーターによる効果を阻害するのかしないのかは調査結果が出ているわけではないため確実なことは言えませんが、基本的にワイヤーヒーターのみで結果が出せるのであればわざわざコストをさらにかけてまで別の方法を併用する必要はないと考えていいと思います。
誘引方法の変更は必須
ワイヤーヒーターの効果はブドウの枝の周囲の空気の温度を上げることと同時に、ブドウの枝を直接温めることに意味があります。厳密に言えば、ブドウの樹を流れる樹液を温めることに意味があるのです。
わかりやすい例えとして、足湯があります。
足湯は足を温めることを通して血液を温めており、その温められた血液が全身を回ることで身体中を温めます。
ワイヤーヒーターによる効果もまさにこれと同じです。
ワイヤーヒーターの効果が十分に高ければブドウの枝の一部だけがワイヤーに接触していれば十分かもしれませんが、その場合にはワイヤーの温度が非常に高くなり、かえってブドウの樹に悪影響を及ぼしてしまう可能性が高くなります。
また、経済的な意味で見れば温められていても使われないワイヤーの部分が多くなればなるほど投入電力に無駄が生じ、これがこのまま可動コストの高止まりの要因になります。
このため、ワイヤーヒーターの利用に際しては基本的にブドウの枝とワイヤーの接触面積を大きくする必要があります。
つまり、ワイヤーヒーターによりブドウの枝を巻きつけるように誘引する必要が生じます。
ワイヤーヒーターは新たな遅霜対策となるのか
ワイヤーヒーターの効果は従来対策と比較して大きく、直接ブドウの枝に触れていることからも対策としてのカバー率は高いように思えます。
しかしその一方で、実際に可動させるときにどうやって電力をそこに送るのか、という問題は抱えています。簡単に言ってしまえば、コンセントをどうするのか、ということです。
ブドウ畑がある程度市街地に近い場所にある場合などには近くの送電線から事前に配電盤を使って電気の供給準備をしておくことが出来ます。
しかし、畑が山の中にあったりする場合にはこのようなことは非常に難しくなります。
もちろんトラクターに接続可能な発電機を利用するという手もありますが、その場合同時に複数の畑をカバーすることが難しくなります。
このコンセントをどうするのか、という問題は技術的なものではなく、基本的に金銭的なものです。この意味ではワイヤーヒーターの導入は難しくはないと思いますが、そのための設備投資は上記の金額例よりも大きくなることが予想されます。
応用可能な技術としてのワイヤーヒーター
一方でワイヤーヒーターはその利用に応用が効かせやすいようにも感じます。
具体的には、遅霜対策としてだけではなく、冬場に極端に気温が下がる地域や雪深い地域での利用の可能性です。
冬場に極端に気温が下がる地域の場合、ブドウの樹が寒さによって枯死することを避けるために冬場に幹を雪や土の下に埋めて断熱することで対策をとったりしています。
このような地域で、ワイヤーヒーターをブドウの樹自体の凍結防止用手段として、もしくは融雪のための補助手段として利用することなども可能なのではないでしょうか。
もちろんそうなった場合、かかる可動コストが大きくなりすぎる可能性はありますし、ワイヤーヒーターが対応できる温度範囲を超えてしまっている可能性もあります。このような利用の方法が現実的なのかどうかは検証が必要です。
しかしそれでも、ブドウ栽培が困難な地域における一つの手段としての可能性を検討してみることには意味があると感じています。