ワインは高いもの、と思われている方は少なくないと思います。しかし、それは極一部の限られたボトルの話。ワインは極端にコモディティ化が進んだ商品セグメントで、価格競争は非常に厳しくなっています。しかも競争相手は世界中から出てきます。
一方でこうした競争の恩恵で市場には低価格のワインが数多く並び、日々の食卓を彩る一役を買っています。
この記事を読んでくださっている皆さんもスーパーで数百円で販売されているワインを目にしたことがあるのではないでしょうか。
こうしたワインの多くにはバルクワインと呼ばれるワインが関わっています。
今回の記事ではこのバルクワインについて見ていきます。
バルクワインとはなんなのか
バルクワイン (Bulk wine) の定義はドイツのワイン誌、ワイン・ビジネス・インターナショナル(Wine Business International)によると、ボトルや少量包装ではなくコンテナやステンレススチール容器などに詰めて出荷されるワインとされています。
バルクワインという言葉にはワインの品質も付随している印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、あくまでも輸送の方法のみを表す単語です。
なお我々ワイナリー関係者からみれば、バルクワインはタンク単位もしくは樽単位で販売もしくは購入するワインを指しています。これもやはり、出荷もしくは入荷の際の輸送形態に由来します。
バルクワインは大容量の容器を使って一度に大量に輸送できるため輸送費用が安く、かつ環境親和性が高いとされています。またブレンドの自由度が極めて高く、独自のワインを作り上げるための材料として使用されます。
バルクワイン、もしくはそこから作られたワインは価格競争力がとても高く、マーケティングをはじめとした販売戦略に潤沢な予算が回されているケースが多いことも特徴の1つです。
最近では毎年オランダのアムステルダムでバルクワインのメッセ、World Bulk Wine Exhibition (WBWE) が開催され、出展者は20以上の国から200を超えて参加をしています。WBWEのようなイベントの開催はバルクワインの品質向上につながっています。
こうした事情を背景に、世界のワイン輸出の40%前後をバルクワインが占めているとの報告もなされています。
バルクワインとして販売されるワイン
2020年からCovid-19の感染拡大を防止するためにLockdownが世界中で続けられています。
こうしたLockdownではレストランやバーの営業が制限され、そうした場でなされていた酒類の提供が出来なくなりました。こうした政治的な影響を大きく受けているが、ワイナリーを含む酒造メーカーです。
筆者のいるドイツではLockdownによりレストランやバーの一般営業が禁止され、レストランはテイクアウトのみが許可された状況が続いています。テイクアウト主体の営業では当然ながら、アルコール類の販売量は激減しています。
筆者の所属するワイナリーでも販売本数は前年比で大幅減です。大手流通向けの販売がないためです。オンライン試飲会は個人客の新規拡大には貢献しています。しかし減少した分の販売数量の確保には至りません。
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ワイナリーではすでに2020年のワインのボトリングが始まっています。しかし現状、醸造所内のワインをすべてボトリングした場合には売り先に困るとの予想がされています。
ボトリングしても売れないのであれば、ボトリングのコストとさらには保管場所に関わるコストのみが生じてしまいます。一方でボトリングをしなければタンクが空きません。これはこれで大きな問題です。
筆者の勤めるワイナリーでは在庫を増やさずにタンクを空けるため、一部のワインをタンク単位で売却することになりました。
バルクワインです。
対象としたタンクはスチールタンクと木樽を合わせて4つ、合計7000リットルほどです。
このワインの内容は以下通りです。
- 年代: 2020年
- 品種: リースリング
- 味: 辛口、微甘口
- 産地: ナーエ (Nahe)
- 畑: 3つ の急斜面の畑(それぞれが隣接しているうようなことはなく、土壌も異なる)
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バルクワインの扱い
バルクワインの扱いは目的によっても違います。ここでは筆者が直接関わったケースです。
ワイナリーではバルクワインとして売却したいワインのサンプルを取次業者に送り、品質を確認してもらいます。用意するサンプルはタンクごとで、売れる、売れないもタンクごとに結果が来ます。
味や品質の確認がタンクごとに行われていますし、業者側の買い付け有無もタンクごとです。なによりもタンクごとに畑も味も違います。こうなるとワインの回収も容器ごとに行われるだろうと考える方も多いのではないでしょうか。
違います。
すべてのタンクが区別されることなく、ワインを回収に来たタンクローリーに入れられます。辛口も微甘口も、スチールタンクも木樽も、畑さえも何もかもが無関係です。1台のタンクローリーに複数のワイナリーからのワインが入れられる場合、ワイナリー同士が混ぜられることはありませんが、これは正確な量を把握するためです。品質のためではありません。
対象の7000リットルが完全に混合されてワイナリーから出ていきます。
こうした扱いは業者側の買い付け基準に関係しています。
今回の買い付け基準は、「ナーエの急斜面の畑の2020年リースリング」。これだけです。残糖量も総酸量も関係ないのです。この条件にさえ合致していれば、畑ごとや土壌ごと、もしくは味ごとにワインを区別する理由はありません。
業者側も買い付けた後で各種調整が必要になるはずですので、その調整幅から外れるワインは今回は買い付けなかったか、ワインの回収のタイミングを変えているのだろうと予想できますが詳細は分かりません。いずれにもしても業者側にしてみれば、今回、我々が売却したワイン程度の味の差であれば調整可能な範囲であり、問題にはならなかったということです。
ちなみに今回売却した4種類のワインを全量混ぜたワインを元に、我々のワイナリー内で何らかの調整をしてそれなり以上のものにまとめ上げることはおそらく出来ないと思います。
ワインの原料となるワイン
ワイナリーにとってはワインは完成品です。しかしバルクワインを買い付ける立場に立てば、バルクワインはワインの原材料です。
ここに求められる最も重要なポイントは、そのバルクワインがワイン用ブドウの果汁を醗酵させて得られた液体である、という事実です。これが前提としてなければワインではなくなってしまいます。つまりワインの原材料として使えません。
次に必要なのが、産地や品種、収穫年の限定です。これらは製品のセグメントを固定するために必要な要素です。そしてその次に求められるのが、急斜面などといった畑の特徴です。拡販戦略上で必要とされる製品の特徴づけに使われます。
一方で回収されるワインがすべてまとめて扱われているように、これらの要素は回収されたワインがタグとして持っていればよく、ワインの味や香りの特徴として明確化されているかどうかはほとんど重要視されません。宣言したい要素にあわせた事実がタグとして付随していればまずは十分なのです。
原料となるワインに付随した各種のタグはそのままそこから作られたワインに引き継がれ、必要に応じて取捨選択されることになります。
そしてこの「タグを選ぶ」立場と「タグを活かす」立場、どちらに立つかで同じバルクワインから作ったワインであってもその価格は大きく変わります。今回のケースでいえば、前者。作り出されるワインは低価格でありながらも利益を出せる製品です。
成り立たない調整されたワイン = 悪いワインの構図
バルクワインから作り出される低価格ワインの多くは、収穫したブドウを潰して醗酵させて造るワインではなかなか行われない意味での「調整」がなされています。すでに出来上がった複数種類の、しかも特徴の違うワインを混ぜていますので、こうした行為はほぼ必須です。
一方でこの「調整」、よく悪者扱いされます。しかしこれが「ワイン」を作る上で悪かといえばそうではありません。こうした行為は言ってみれば、料理で複数の食材を使って1つの味を作り上げる際に塩やコショウ、調味料を加えて味を整えているのと同じです。
世間から一切非難されない類のワインであっても、その醸造工程内では別のワインとのブレンドを通しての味の調整は頻繁に行われる行為の1つです。
違うのは単にワインを混ぜ合わせているだけではなく、フィルターなどを使ってより積極的に味や香りの構築に介入している点でしょう。
こうした積極的な人為的介入の是非は人によって異なります。調味料を全く使わない料理を好む人もいれば、そうではない人もいるのと同じです。好みの所在は別として、少なくとも調味料の使用を一律に悪だとする人はあまりいないでしょう。
なによりも、調味料をつかって味を補完してあげることで、少々材料の味がたりなかったとしても最終的に美味しい料理として提供できるようになります。
しかもそうした料理では使う材料に求められる味や品質の幅が広がります。バルクワインの使用もまさにこれと同じです。バルクワインでは大量に扱うことでより特徴が平均化されますので、極端な粗悪品が出にくくなるメリットもあります。
世の消費者に求められる価格で、飲んだ方が満足できる品質を満たすワインを提供していくうえでバルクワインの存在は欠かせないものになっています。
今回のまとめ | バルクワインはより一層高品質に向かいつつある
世の消費者にはバルクワインと聞くとわずかに顔をしかめる方もいらっしゃいます。確かにワインは個人の醸造家の作品と認識されやすく、そうなるとすべてをごちゃ混ぜにして由来が分からなくなったワインを認めにくい気持ちも分かります。
一方で、バルクワインのように第三者を含まない形で同じようなことをしているケースは多くあります。その1つが共同組合の醸造所です。
共同組合の醸造所では加盟している複数のブドウ栽培者からブドウが大量に持ち込まれ、造るワインの種類に応じた分類をした上でまとめて加工されます。確かにブドウの段階とワインの段階での違いはありますが、由来が不明になりやすい点では同じです。またこうした醸造所ではスケールが大きいため、程度の違いはありつつも積極的な人為的介入も行われるケースが多くあります。
共同の醸造所ではなくても規模が極めて大きなワイナリーであれば状況は似たようなものです。
バルクワインとしてワイナリー外から持ち込まれなかっただけで、ほぼ同じといえる性質のワインは市場にいくらでも存在しています。そしてそれらの品質は必ずしも悪くはありません。バルクワインだから、もしくはバルクワインが使われたワインのように、いろいろなブドウやワインが混ぜられているからといってワインの品質が低いと断じる理由はありません。
また最近ではバルクワインとして流通するなかでも高品質のものだけを選りすぐり、慎重なブレンドを通して高い品質のワインに仕上げているケースも出てきています。
いいワインを造るために自分の手元だけではたりない、良質な材料を外に求める要求にもバルクワインは答え始めています。
ワイナリーが造ったワインをバルクワインとして売却する理由は様々あります。最初からバルクワインとしての販売を目的としている場合もあれば、その年は収量が多く自分たちでは販売しきれない、もしくは現在の社会情勢のような理由からやむに已まれず決断している場合もあります。バルクワイン市場がなくなれば売り上げが確保できず、経営に困るワイナリーは少なくありません。
しかもバルクで売るから品質はそこそこでいい、なんて言えたのも今は昔となりつつあります。
社会情勢や気候変動を背景に少し前まではバルクで流通することなどなかった品質のワインがバルク市場に流れ込んでいます。このような事態は由々しきものですが、一方でこれによってバルクワインの品質はまた一段、上がりつつあります。つまり、世の中には安いのにより美味しくなったワインが提供される可能性が高くなってきています。
バルクワイン市場の拡大は消費者の方々にとって、一部の例外はあるものの、より良い安ワインを得るためのチャンスでもあります。またそうした意味で、バルクワインから作られるワインは高コスパワインとなりつつあるのでしょう。
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バルクワイン取引の実態とそこから出来るワインの価格
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