ブドウの病気 栽培

ブドウの病気 | 黒とう病を知る3つの視点

08/19/2021

ブドウは世界中で栽培されている果樹作物で、その栽培面積は地球上でも最大規模だといわれています。

北はイギリスやカナダから南はニュージーランドまで、地球の表面をほぼ覆うほどの規模で栽培されていますのでその栽培条件も様々です。年間通して涼しく乾燥した地域もあれば、一年中暑くて湿度の高い地域でもブドウは栽培されています。

そうした土地の違いを端的に表すのが、病気です。

ワインの旧世界と呼ばれる欧州ではブドウの病気といえば、ベト病、ウドンコ病、そして灰色カビ病です。最近はESCAも無視できない重要な病気として捉えられていますが、圧倒的に多いのがこの三大疾病です。

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これに対して、日本やタイ、アメリカ東海岸のフロリダなど湿度の高い温暖な地域では事情が変わります。上記の三大疾病に黒とう病や晩腐病といった病気がより致命的な病気として加わります。

なかでも黒とう病は近年、注目度が高まりつつある病気です。

世界的な気候変動が進み、年間気温の上昇や降雨量と降雨時期の変化が起きています。今までは涼しく乾燥していた地域でも湿度や温度の上昇が見られ、これまでは感染リスクを考慮する必要のなかったこうした病気への感染リスクが少しずつ高くなってきていることが背景にあります。

黒とう病は日本ではよく知られた病気ですが、植物病理学的にはまだ不明点も多い病気でもあります。

この記事では黒とう病を原因と症状、感染経路、対策の3つの視点から理解していきます。

収穫の100%を失う可能性もある危険な病気

黒とう病はヨーロッパ原産のカビによる病気です。アメリカ原産のベト病やウドンコ病が欧州世界に入ってくるまではブドウ栽培において最大のリスクを持つ病気でした。

この病気はElsinoë ampelina (Elsinoë ampelina Shear, Elsinoe ampelina, E. viticola Raciborski) という種類のカビを原因としています。植物病原体といわれますが、特にブドウに感染するタイプの病気です。呼び名は世界中でいろいろありますが、より一般的なのはAnthracnose、炭疽病です。

黒とう病の症状

黒とう病は炭疽病と呼ばれるとおり、動物や人間が感染する炭疽症 (Anthrax) と似た症状をブドウに発症させます。発症部位は主に若くて軟らかい組織で、葉、葉柄、茎、蔓、果皮、果実のどこにでも感染します。

感染箇所によって細かい症状は違いますが、主に黒褐色の円形の小さい斑点が見られるようになり、その後に拡大して中央部は灰白色、周辺部が赤褐色から暗褐色から紫がかった病斑となります。中心部に軽いくぼみが見られるのが特徴です。

葉の感染部位では古い病斑部が徐々に壊死していき、最終的には中心部に小さな穴があいたりします。またこの壊死した部位に黒とう病以外の病気が発生することも知られており、複数の病気による合併症を引き起こすこともあります。

症状が重症化していくと早期落葉、実の落下、茎の折れ、果実の発育および成熟の遅れなどを引き起こします

一般的な黒とう病による収量の低下は10 ~ 15%程度と言われていますが、感染しやすい品種では発症の程度によっては収穫の100%を失う可能性さえあります。また過去の調査によるとこの病気に感染した枝の乾燥重量が最大で80%程度減少したとの報告もあり、ブドウの生長が著しく阻害されている可能性が示唆されています。

黒とう病の被害は収量の減少や生長不良といった直接的な被害に留まりません。

炭疽病に侵された果実では糖分やフェノール類の減少とリン脂質レベルの上昇が確認されています。また葉でもクロロフィルやカロテノイドの減少と一部のアルデヒド類の含有量の増加が生じます。こうした生化学的な変化を通してブドウの品質へと影響が及びます。

感染は湿度と雨がカギを握る

黒とう病の原因菌であるElsinoë ampelinaは有性、無性のいずれでも増殖しますが、主体は無性生殖による増加だとされています。

菌は感染した巻きひげや枝の病斑内で菌糸として越冬しています。菌の越冬は生きている組織である必要は必ずしもなく、剪定した枝などでも生存できることが分かっています。菌の生存期間は数年に及びます。

病斑部内で越冬した菌は気温が2℃を超え、24時間以上の湿潤状態が続くと動き出します

動き出した菌糸は胞子嚢を作り、そこから胞子を放出し始めます。放出された胞子は2 ~ 32℃の温度で発芽・感染しますが、その際に最低12時間、組織の表面が水分に覆われている必要があります。胞子の生成量は湿度に影響される一方で、発芽と感染の拡大は主に降雨量が影響します。また発芽率や潜伏期間は温度による影響を受けており、最適な湿度環境下ではたったの24時間で95%の胞子が発芽します。

発芽した胞子はブドウの組織内に侵入し、組織を破壊しながら根を張ります。その後さらに胞子嚢を形成し、胞子を放出することで拡散していきます。こうした2次感染も1次感染の場合と同様に湿度および降雨の影響を強く受けます。

高温多湿の環境下では非常に増殖サイクルの速い病気であることが分かります。

予防と対処

黒とう病への対処についてはいくつかの方法が上げられています。基本は越冬菌数の制限による予防と防除による対応です。

黒とう病の原因菌は前年の感染部位に残存して越冬します。この際、感染した植物組織の生死はあまり問われません。つまり、剪定して切った枝や、ワイヤーに残った巻きひげなど、一見して枯れているように見える部位にも原因菌が残っている可能性があります。

このため、こうした組織を畑から排除し越冬菌の数を制限することが病気の発生率の抑制に役立ちます。

また剪定時に残した枝がすでに感染している可能性もあります。その場合には早期からの防除が意味を持ちます。

黒とう病の感染は主にまだ若く、組織が軟らかい部分に起こります。このため芽吹きの前後から防除を始めることで若葉への新規感染を抑制するのです。この対処は特に、過去に黒とう病に感染した畑で意味があります。Elsinoë ampelinaの生存期間は数年間とされていますので、仮に前年には発症が見られなかったとしてもそれ以前に発症した履歴があるのであれば、早期から対処を始めることが推奨されます。

栽培技術 | ブドウ栽培における病気への対策 - 防除の方法

この病気の予防には複数の殺菌剤が効果があるとされています。特にジチオカルバメート (Dithiocarbamate) 系やメチル-ベンゾイミダゾール-カルバメート (methyl benzimidazole carbamate [メチル=ベンゾイミダゾール-2-イルカルバマート], カルベンダジムとも) 系の薬剤が菌の発芽や増殖の抑制に効果があることが分かっています。

従来のベト病やウドンコ病への対策薬が黒とう病にも有効と考えられていますが、一部のレポートではこれらの薬剤は有効性がないとされているものもあるため確実な予防には上記のような薬剤を使用する必要があります。

注意

各種薬剤の使用可否は国や地域によって異なります。この記事では各薬剤の許認可の有無は確認していません。ご使用はお住いの国や地域のルールに則った上でご自身の責任の下で行ってください。

今回のまとめ | 耐性品種の開発は進むのか

黒とう病は現在、世界中のぶどう栽培産地で再注目されるようになってきています。

高温多湿化により感染リスクが高まりつつあるのと同時に、ワイン用のブドウ品種としてもっとも重要なVitis vinifera種がこの病気に対する耐性を持っていないため、被害がどこまでも拡大していく可能性があるためです。病気の感染についてはまだ完全に判明していない部分もありますが、有効な薬剤などいくつかの対処方法は明確になっています。

一方でこうした薬剤の使用自体が忌避される傾向が近年、高まってきています。また薬剤を使っても病気を完全に抑えることは出来ません。

そこで注目されているのが、耐性品種の開発です。

従来のベト病やウドンコ病、灰色カビ病に対してはすでに耐性品種の開発が進められており、Piwiとして知られ始めています。黒とう病に対しても同様のアプローチがとられ始めています。

増え続けるブドウ品種 | PIWIというカテゴリー

黒とう病の原因菌であるElsinoë ampelinaによる被害には、ブドウの品種差があることが分かっています。Vitis vinifera種は非常に敏感であるのに対して、Visis labrusca種を含む複数の品種ではこのカビに対する耐性が確認されています。研究の現場ではこうした耐性品種の持つ抵抗性遺伝子の特定作業が進められており、将来的な交配品種の開発への利用が期待されています。

今、ブドウ栽培の現場ではいかに使用薬剤を減らしていくのかが大きなテーマです。

より地球環境への親和性が高く、環境持続性の高い栽培を実現していくためにはPiwiをはじめとした高抵抗性品種の開発と育種が重要な意味をもっています。一方でこうした取り組みはワインの味や香りをこれまでとは違った方向に導いていくものでもあります。しかしこのワインの味や香りの変化は必ずしも受け入れられているわけではありません。ワインの消費者だけではなく、生産者であっても強い拒否感を示すケースが多いのが現状です。Piwi品種はいままさにこの困難に直面しています。

ブドウが健全に育たなければ健全なワインは造れません。

ブドウを健全に育てるための品種改良が今後どこまで受け入れられるのか。その結果によって栽培家の苦労は文字通り、桁違いになります。毎年刻々と増していく病気のリスク。ブドウ栽培とワイン造りの現場は大きな転換点を迎えようとしています。

黒とう病のさらに詳しい感染条件やほかの病気との比較からみた対策の可能性についてはオンラインサークル「醸造家の視ている世界を覗く部」でメンバー限定記事を公開する予定です。限定記事の一部再編集版はnote上でも公開しますので、ご興味ある方はそちらも併せてご覧ください。

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黒とう病をより詳しく解説

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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