ワイナリーの仕事といえば、一番に思いつくのはブドウの収穫だという人も多いと思います。
ブドウの収穫はワイン造りの一つのハイライト。これはもう別格と言っていいでしょう。
確かにワイン用ブドウの栽培において最大の目玉はブドウの収穫ですが、これ以外の普段は目立たない、あまり知られていない仕事の数々も決して軽んじることのできない仕事です。
今回は、春を間近に控えたこの時期にワイナリーではどんな仕事をしていの?というかなりニッチな疑問にお答えしたいと思います。
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冬の山場は剪定作業
ワイナリーでの「冬の仕事」といえば「剪定」が代表格です。
「剪定」とは夏の間に伸びたブドウの枝のなかでより条件にあったものを選別し、それ以外の枝をすべて切り落としてしまう作業のことを言います。
この作業はその年におけるブドウの樹の形や樹勢、収穫量などをある程度決める重要な作業で、きちんと意味を持った枝の切り方をするためには経験と知識が必要になる作業でもあります。
このためこの剪定作業を機械化することは基本的にできません。また剪定作業はブドウの収穫が終わり、葉が落ちきったくらいの時期から始まり、気温が上がってブドウの樹が休眠から覚めるくらいまでに終わらせるのがいいとされています。これが例年では大体、4月くらいのことです。
ですのでブドウの栽培家はこの数ヶ月の間は一本、一本のブドウの樹の状況を見ながらひたすら枝を切る作業が続きます。
これはまさにワイナリーにおける冬の仕事における最大の山場ということができるでしょう。
剪定と誘引の作業の間にある修繕作業
国や地域、もしくはワイナリーによってはブドウの枝を剪定作業で切った直後から残した枝をワイヤーに固定していく「誘引」という作業を開始します。
しかし一方では、ブドウが休眠に入っている時期は枝が固くなっているために誘引作業中に折れてしまうリスクが高いことから、切ってしばらくはそのままにしておいてブドウの樹の休眠が覚めたくらいの時期から誘引作業を開始するケースもあります。
この誘引を始めるまでの枝を放置しておく時期に行う大事な作業が、畑の修繕です。
ワイヤーが自由だからできる作業
年間を通してブドウ畑で作業中に何かしら壊れている箇所を見つけた場合、原則的にはその場で修理をします。
このような修理・修繕は突発的なもので、修理することを前提として行動はしていません。
これに対してこの春がくる少し前の時期に行う修繕作業はまさにブドウ畑の修繕を行うことを目的として行う作業だという点に両者の違いがあります。
ではなぜこの時期に改まって修繕作業を集中的に行うのかといえば、ブドウ畑に通されたワイヤーがまだフリーの状態にあるからです。
なぜワイヤーがフリーでないといけないのか
「剪定」した枝を「誘引」すると、その枝はワイヤーの1本に固定されます。
こうなってしまうと仮にその固定したワイヤーに不備があったり、そのワイヤーを固定している柱に問題があってそのワイヤーを外さなければいけなくなったりした場合などに問題が生じます。
枝が固定されたワイヤーを動かすことになりますので、場合によっては固定した枝を折ってしまったり、最悪な場合にはブドウの樹の幹を痛めてしまったりすることがあるのです。
このため基本的にはすべてのワイヤーと柱が自由になっているこの時期がワイヤーや柱の交換、修繕を行うには最適な時期なのです。
修繕の対象は柱、アンカー、ワイヤーの順
以前、「柱にみる考え方の違い」という記事で木製の柱は頑丈で長持ちするという旨のことを書きました。
これはこれで間違いのない事実なのですが、実は毎年の修繕で最も頻繁に修理や交換の対象になるのはこの木製の柱です。
木製の柱はとても頑丈で長持ちします。
しかし長持ちするからこそ数年、数十年を経てくると一斉に劣化が目立ち始めます。また木製の柱は金属製の柱とは違ってワイヤーの固定用に釘を打ち付けていたりすることも修繕の手間が増える原因の一つです。
修繕の箇所と内容
主な修繕の部分とその内容を頻度が高い順に列挙してみます。
- 木製の柱: 抜けてしまっている釘の打ち直し
- 木製の柱: 折れてしまっている柱の交換
- アンカーワイヤー: 切れてしまっているワイヤーの交換
- アンカー: 抜けてしまっているアンカーの打ち直し
- ワイヤー: 切れてしまっているワイヤーの修繕
ちなみに当然のことではありますが、木製の柱を使っている頻度が低ければ低いほど修繕が必要になる頻度も少なくなります。
このためアンカーで固定する両端の柱以外は金属製の柱を使っていたり、柱すべてを金属製のものにしていたりするような畑においては木製の柱に関する修繕の頻度は大きく下がります。
またこの時期にする必要のある作業として、緩んでしまっているワイヤーの引き直し作業がありますが、これは修繕作業とは少し違いますので、今回の記事の中では扱いません。
柱に関わる修繕
我々がブドウ畑で木製の柱を使う時には、まず柱を地面に打ち込み、その上でワイヤーを支えたり、アンカーワイヤーを固定したりするために数本の釘を打ちます。
ブドウ畑では頻繁にワイヤーを動かしながら作業をしていることに加え、伸びたブドウの枝の重さがワイヤーにかかっているため、これらのワイヤーを支えている釘には相当な負荷が年間を通してかかっています。その結果、数年くらいでところどころで釘が抜け落ちてしまうわけです。
この抜けた釘の打ち直しが最も頻度の高い修繕内容となります。
釘の欠落状況は柱を1本1本確認しないとわからないため、畑全体を歩いて回りながら作業を行います。そうして畑を歩き回りながら合わせて柱の状況も確認していき、交換が必要な柱は引き抜いて新しいものと交換を行っていきます。
金属製の柱に関しては曲がってしまっているものは遠目に見てもすぐに分かるので予め交換の準備をしておくことができますが、木製の柱に関してはこれができない場合が多々あります。これは、木製の柱の交換理由の殆どが根本が腐ってしまっていることによるためです。
ブドウ畑で使用する木製の柱は密度が高く、重くてしっかりした丸太を使います。
このため数十年という時間の経過で柱の上部が風化してしまったりすることはあっても、金属製の柱のように半ばから曲がってしまったり、折れてしまったりということはそうそうありません。
この一方で、地面に打ち込まれている部分は常に地面の湿気にさらされている上に土中の生物からの影響を受けるため、場合によっては数年程度で腐ってしまうことがあるのです。
こういった柱は当然もうワイヤーを支えることはできませんので、交換が必要になります。
交換をする場合には、同じ木製の柱を入れる場合と、金属製のものに変えてしまう場合とがあります。ここには具体的なルールがあるわけではなく、畑の管理者の考えや好みによってどちらにするかが決定されます。
ワイヤーとアンカーワイヤーの修繕方法の違い
同じワイヤーでも柱と柱の間を通している通常のワイヤーと、柱と地面を固定しているアンカーワイヤーとではその修繕の方法がことなります。
通常のワイヤーは切れてしまった部分をつなげる形で直しますが、アンカーワイヤーの場合は張り直しが必要になります。
ちなみに通常のワイヤーが切れる原因は大きく分けて2種類あり、1つ目は夏に伸びた枝のトリミングを行う際にトラクターに付けた器材を引っ掛けてしまって切ってしまうというもの、2つ目は冬の剪定作業中に誤って切ってしまうというものです。
剪定作業中における切断は電動ハサミを使っている場合に起きることがほとんどです。
最近は電動ハサミの普及率が上がってきていますので、それに伴ってこのワイヤーの切断事例も増えてきています。
通常のワイヤーの切断理由が2種類あることに対して、アンカーワイヤーの切断はほぼ100%、トラクターが原因です。
列への進入時や出てくるとき、もしくは切り返す際に器材やトラクター自体をアンカーワイヤーに引っ掛けてしまって切断してしまうのです。
便利になったワイヤーの接続
通常のワイヤーをつなげる場合、切断箇所の片方を輪にした上でもう片方のワイヤーをその輪をくぐらせる形で通してからやはり輪にすることで接続を行っていました。
しかし最近はもっと簡単にワイヤー同士を接続できるアタッチメントも出てきており、作業が格段に楽になってきています。
ブドウ畑の修繕は柱の打ち直しを筆頭にとても負荷の大きい肉体労働です。
また作業内容によっては1人ではできないこともあります。しかし、ワイヤーの接合用アタッチメントのように、今後より作業を効率化していくための各種道具が出てくることも予想されます。
こうした地味な部分ではありますが、ブドウ栽培の現場も新技術や新商品の開発を通して少しずつ変わってきています。