仕事の流儀

アイスワインの収穫

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新たな2019年の年が明けて3週間、多くのワイナリーが半分以上も諦めながらそれでも待ちに待っていた情報が流れました。気温が一気に下がったのです。

天気予報が伝えたドイツ各地の最低気温は軒並みマイナス7度を下回り、場所によってはマイナス10度にまでなりました。アイスワイン用のブドウを収穫することが許された瞬間でした。

 

一気に下がった外気温

この線グラフはラインガウ (Rheingau) 地方に数あるブドウ産地のなかでも、有名なワイナリーが多く集まっているラインガウの中心地の一つとも言えるエアバッハ (Erbach) における最高気温と最低気温を表したものです。赤い線が最高気温、青い線が最低気温です。データは収穫がこの地方でブドウの収穫が行われた時期である2018年9月1日から2019年1月26日までのものを使用しました。

グラフをみていただくと明確なように、2019年1月半ばまでは一日の最低気温がマイナスになることは少なく、年が変わってからも5度前後まで上がる日が続いていました。最高気温に至っては10度前後であり、冬とは思えないまるで春先のような天候が続いていたのです。

ところがこの状況は1月20日頃を境に一気に変わりました

最低気温が毎日マイナスの範囲に入るようになり、日によっては最高気温もマイナスになるようになったのです。

 

ちなみにラインガウはドイツの中でも特に気候が温暖で、冬でもあまり寒くならない地域です。ライン川を挟んだお向かいの産地であるラインヘッセン (Rheinhessen) などと比較すると、平均して3度近くも気温が高いと言われているほどです。今回データを使ったエアバッハはそのラインガウの中でも比較的温かいエリアになりますので、エアバッハでさえこの気温だったということはどこに行ってもこれ以上に寒かった、ということになります。

 

待ちに待ったマイナス7度、そして収穫

アイスワインを造るというギャンブル。果たして気温は下がるのか」の記事に詳しく書いていますが、2018年はドイツ中で多くのワイナリーがアイスワインを造ることに非常に大きな期待を寄せた年でした。

アイスワインを造るというギャンブル。果たして気温は下がるのか

この記事は2018年12月2日に公開したものに一部加筆修正したものです 異様なまでに暑く、乾燥した夏を経験した2018年のドイツ。そんな気候から一転して湿度の高い冬に、多くのワインメーカーが頭を抱えて ...

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ワインメーカーの多くは2018年の収穫が終わろうか、という11月末に最低気温がマイナスとなったことに厳冬の予感を覚え、アイスワイン用のブドウ収穫の可能性を強く感じました。ところが上の気温の様子を見ても分かる通り、その期待はその後裏切られ続けたのです。

 

グラフには入れていませんが、12月からは雨が降る日が増え、降雨量もそれまでの乾燥を取り戻すかのように多くなる傾向となりました。

高い気温と多い雨によって大きな期待を背負ったブドウの多くが傷んでいきました。カビが出てしまう、腐ってしまうといったことが多くなり、いくつかのワイナリーではそれらのブドウが自分たちの造るワインの品質を満たすには足らないと判断し、まだブドウの品質がいいうちにと年明けを待たずに収穫をしてしまったところも散見されていました。そのような周囲の動きを見るにつれ大きかった期待は諦めへと変わっていきましたが、それでも最後の希望に賭けてブドウは畑に残されたのです。

 

そうして待ちに待った1月半ば、全国的に最低気温がマイナス7度を下回りました

この瞬間を待ち構えていた多くのワイナリーが一気にアイスワイン用のブドウを収穫に動きました。彼らの多くはその様子をFBなどに上げ大々的に喜びを表しましたし、ドイツ国内でもこのアイスワイン用のブドウの収穫を伝えるニュースが数多く流れました。

筆者が勤めているワイナリーでも同じくアイスワイン用のブドウを収穫し、今はタンクで発酵を待っている状態です。ただこの喜びの一方で、醸造家としては複雑な思いも抱えています。

 

試される醸造家の技量

前述のとおり、収穫から年明け後3週間ほどは雨が多く気温が高い日が続きました。このような気象状況によってどうしてもブドウが傷んでしまうことは避けることができませんでした。

通常のワイン用のブドウの収穫時であれば品質の劣る房は選果で省いてしまうという選択肢もありますが、アイスワイン用のブドウに関してはこの手法を使うことは基本的にできません。というのも以下のような条件がアイスワイン造りには課せられているからです。

 

  1. アイスワイン用のブドウを残す場合にはその旨を担当機関に申請し、畑を封印しなければならない
  2. アイスワイン用のブドウは凍った状態で収穫され、凍った状態でプレス (圧搾) されなければならない

 

封印されるブドウたち

アイスワイン用のブドウを残す行為は予め専門のお役所に申請が必要です。そうして申請された区画ではブドウがなっているフルーツゾーンをビニールシートで列の両側から包み込み、シートの上下を張り合わせることで封印しなければなりません。「封印」という言葉が示すとおり、これらのブドウは収穫されるその時まで基本的に手を付けることは許されないのです。

このため、傷んだブドウの房を予め選果して落としてしまう行為はそもそもできないのです。またアイスワイン用に残されたブドウは枝と房のつながりが極めて弱くなり、簡単に落ちてしまうようになります。このため下手に触ってしまうと房が落ちてしまうという意味でも収穫前の選果は現実的な手段とはなりません。

 

アイスワイン用ブドウは溶けることが許されない

また別の条件として、アイスワイン用のブドウは凍った状態で収穫され、凍った状態のまま即座に圧搾されなければなりません。

この規定により収穫後の選果が事実上できないのです。手に持ってしまうとその部分が溶ける可能性が出てきますし、仮に溶けてしまえばそれはアイスワインとすることができなくなってしまうためです。

もちろんアイスワインの収穫をするような日ですから収穫後でも外気温は十分に低い可能性が高く、まだ日が昇りきらない時間帯であれば屋内ならともかく屋外で作業をする場合には溶けることはない、とも言えます。しかし溶けたか溶けていないかを証明することは非常に難しいため、どうしても安全な方向に行かざるを得ないのです。この安全性、という意味から収穫したブドウを圧搾する際にプレス内にドライアイスを一緒に入れるケースもあるくらいですから、これは決して大げさでもなければ笑い事ではないのです。

 

醸造手法によって品質を高めることが求められている

傷んでしまっている可能性が高い房において選果ができなかったブドウを使う以上、そのまま醸造してしまうとどうしてもワインの品質も下がってしまうリスクが大きくなります。

せっかく大きな賭けに勝って収穫したアイスワインです。ワインの最終品質を下げるような醸造はできません。ここからは醸造家たちがその知識と技術を尽くして品質を上げていくことが求められています

これは決して、機械的、化学的な手段によるという意味ではありません。我々醸造家たちはもちろん必要であればそのような手段も使いますが、それ以前にできることを尽くします。どのタイミングでどのような清澄をかけるのか、いつどれくらいフィルターを通すのか、発酵はどのように管理するのか。そして、発酵後はどれくらいのタイミングでどのような手をうっていくのか。

 

状況がツライ時にこそ実力が試されるのはどの世界でも同じです。

確かにアイスワイン用のブドウの収穫を待つ期間は日々悶々とする時間でした。しかし我々醸造を担う人間たちにとって本当に悩ましい時間は、今これから始まります。




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