仕事の流儀

ダメージを受けたぶどうをどうするか

09/09/2018

まだ本格的な収穫はごく一部でその大半がSekt用のベースワイン向け収穫などが中心となっているものの、勤めているワイナリーでも日々、収穫が行われています。

今までは立場的にも収穫の現場にいることが多かったのに対して、現在は主にケラーでの仕事を担当しているため畑には行かないことが増えました。では何をしているのかと言えば、朝からその日の行うプレスの準備をしたり前日に絞ったジュースに対して発酵前に必要となる下処理を進める業務を行っています。

収穫時期に畑に行かない、というとなんとなく楽な仕事をしているようなイメージを自分でも持ってしまうのですが、1日に2回プレスを回し、その合間にプレスの清掃や各種下処理の作業を進めることはこれはこれでとても慌ただしいものです。各作業がそれなりに時間を必要とすることからもいかに時間を効率的に使って各作業を回していくか、かつ作業の品質を高めていくか、頭をフル回転させている毎日です。

しかもこれらの作業は大体において筆者一人で行っているため、作業時間を可能な限り縮めようとするとただでさえ力作業なのにその短縮分さらに力を必要とするケースが増え、地味に畑にいてぶどうを切っているよりも全身を激しく使っている気がします。この時期は一日の仕事時間も土日も祝日もなにも関係なくなるのもまぁ、見慣れた光景、と言えるでしょうか。

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突然訪れた不幸

そんな典型的な収穫時期の風景の中、不幸なことに、そう、とても不幸なことに日本で言うゲリラ豪雨のような短時間での集中豪雨ありました。

およそ1時間弱での降雨量は25mm。これは1メートル四方の箱に25mm分の深さの水が降った、という意味なので、単純に言ってしまえば25リットルの量の水が短時間に降ったことになります。これはもう立派な豪雨です。

収穫直前の時期にこれだけの雨が降ることはブドウにとってマイナスにしかなりません。ある程度以上に熟したブドウの実があまりに多すぎる雨にさらされると実が弾けてしまい、そこから果汁が漏れ出します。仮に果実の熟度がまだ十分ではなかったとしても果汁は当然かなりの糖分を含んでいますので、漏れ出した果汁はカビやウィルスにとって格好のエネルギー供給源となります。こうなってしまうと、後はカビたり腐ったりするのを待つばかり、という状況になってしまうのです。

しかし、今回はこれ以上に悪いことが起きました。

豪雨に合わせて一部地域で雹が降ったのです。

収穫直前に雹が降る、ということの意味

雹によるダメージを受けて薄いピンク色に色づいているリースリングの房

正直な話、収穫前の9月に雹が降るなんてこと自体、今までにほとんど聞いたことのない現象です。

そして熟し始めて柔らかくなり始めたブドウの実にとって、そしてそのような実を抱えたブドウの樹にとって、この時期の雹ほど困ることはありません。果実は簡単にダメージを受け、今まさに光合成のために必要となる葉はビリビリに裂かれてしまいます。そうなれば悪ければ葉はそのまま枯れ落ちてしまいますし、良くても大きく表面積を減らした葉では十分な量の光合成を行うことができず、房の糖度を高めることができなくなるか、できてもそのスピードは極めて遅いものとなります。

ブドウの熟成が遅くなるならその分長く待てばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、ブドウの実自体もダメージを受けているため、待つことができないのです。

今回雹が降った畑のブドウの実を見てみると、白ワイン用ブドウであるにも関わらずその実が薄いピンクになっていることがわかります。これはいわば人が体の一部をどこかに強くぶつけた場合にできる痣と同じ現象と言えます。そして、この色になった部分はゆっくりと、しかし確実に腐っていきます。お酢のような、酸っぱい匂いを伴って。

これを後から回復させる手段は残念ながらありません。そして、こうなってしまった部分はその時点でワイン用に使うには品質的に難しくなり、時間が経てば経つほどワイン用原料としての不適格性だけが高まっていくのです。

今回筆者が所属しているワイナリーが所有する畑では、4つの畑が雹の被害を受けました。

不幸中の幸いと言うべきか、畑全域に雹が降った場所はなかったのですがそれでも合計すると1ヘクタールを優に超える面積がダメージを受けています。そこから取れるはずだったブドウの量を考えると、まったく安心できない被害状況です。

ダメージを受けたブドウをどうするか

では、ダメージを受けてしまった畑のブドウはすべて諦めるのか、というとそんなことはありませんし、できません。

ではどうするのかといえば、対策としてはいくつかの方法が考えられます。

まず1つ目が、言葉は悪いのですが、ブドウの果汁糖度がなんとか誤魔化せるくらいになっているのであれば、という前提のもとでとにかく早く収穫してしまい、そのまま売り払ってしまう方法です。

正直なところ、このような品質のブドウは少なくとも筆者のいるワイナリーでは使うことができません。しかし、とても安い値段でスーパーなどに並んでいるワインにであれば使えるケースがあるので、そのような低コストの大量生産を行っている業者に対して、非常に安くなってはしまいますが、売り払ってしまうという選択肢が取れるのです。

しかし、ここにも問題はあります。

今年は暑く、乾燥していたため、ブドウの実が病気になるケースが少なく、一部の例外を除いて全国的に量的にはかなりの収穫量が見込めるのです。つまり、量を必要とする業者にとっても独自に十分な量を確保することが出来ているために完全な買い手市場の様相を呈しており、とにかく売ってしまいたい飛び入りの売り手にとっては売っても費用の回収さえ難しいような捨て値での取引になってしまう可能性がかなり高いのです。それでも捨てるよりはマシ、と言えなくもないですが、やはり決断としては難しいところです。

2つ目の方法は、とにかくダメージを受けた部分を切り取ってしまうこと、です。ここで注意したいのは、ダメージを受けた房を、ではなく、ダメージを受けた部分を切り取る、ということです。

状況によっては多大なロスを承知の上で作業コストとのバランスで房を切り捨ててしまう、というケースが無いわけではないのですが、今回のような状況ではそんなことをしたら房が一切残らないレベルになります。ですので、健全な部分を守るために壊死した箇所を切除するのと同じ理屈で、ダメージを受けた場所のみを排除するのです。

この作業は当然、機械では行うことが出来ませんのですべて人手になります。

しかもダメージを受けた箇所を除去するのに本来は健全だった場所を傷つけては本末転倒なため、ある程度は神経を使って作業を行う必要があります。単に房を切っていく収穫作業よりも遥かに時間も人手も必要となる作業です。加えて言えば、作業者の人的品質もできれば考慮したいところです。作業を必要とする面積が広くなればなるほど、この作業にかかるコストは雪だるま式に増えていきます。

しかも、この作業を行いつつ、本来の収穫作業を中断することなく継続しなければならないのです。

3つ目の方法は、一番単純です。単純に放棄する、というものです。

これはワイナリーとしては当然、一番選びたくない選択肢です。無駄ばかりで何も得るものがなく、コストも非常に高くつきます。

しかし、ブドウの熟度が足りず、収穫しても使いみちも何もないような状況であるのであれば、この手段に頼らざるを得ないこともまた厳然とした事実です。この3つ目の手段の選択を決断する横には、まさに諦めしかありません。

我々の決断は

今回の我々のケースで見ると、被害を受けたリースリングは果汁糖度が不足しており、収穫作業を前倒すことはほぼ不可能だろうという判断に至っています。これはほぼ、被害を受けた箇所を放棄する、という決断に近い状況です。まだその最終決定はなされていませんが、どうにかすることは相当に難しいでしょう。

一方で、ショイレーベというぶどう品種の畑では自体はより一層の困難に面しています。

というのも、言い方は悪いのですが、リースリングはワイナリー所有の畑における合計での耕作面積が広いために仮に一部の収穫を放棄したとしても他の畑で収穫する分でなんとか出来ないことはありません。また、不幸中の幸いで、価値の高い畑では被害がなかったためになんとか諦めがつく部分もありました。ワイナリーの持つ、もっとも高品質なリースリングはなんとか守れるからです。

これに対して、ショイレーベはその畑でしか栽培していない上に、商品ラインナップ上、絶対に放棄することが出来ないという事情があります。確かにショイレーベ単独でワイナリーの看板となるほどのワインをラインナップしているわけではありませんが、だからといってなくてもなんとかなる、という存在でもないことが自体を難しくしています。

このような状況から、ショイレーベはできるだけ早急に、手を入れなければならない状況となっています。

前述の方法で言えば、2つ目の手段を取ることになります。

金曜日の段階で測った果汁糖度を見ると、ショイレーベは収穫まではまだしばらく待たなければならないことがこの困難さに拍車をかけていますが、まさにどうにもならない、という状況なのです。

プレスを回すことを止めることは出来ず、絞ったジュースの処理も待ったなし。いろいろ細々とした仕事が舞い込んでくることが止むこともない。

でも、畑の手入れも必要。もうだまって分身の術を会得したい、そんな毎日です。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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