徹底解説

ワインの安定剤は何を安定させるのか | アラビアガム (アカシア) について

03/27/2022

「ワインはブドウだけから造られているもの」。多くの人が思っているはずのことですが、それに反して一部のワインのバックラベルを見ると添加物に関する記載がある場合があります。

添加物にはいくつかの種類がありますが、その中でも有名なのが酸化防止剤と安定剤です。

酸化防止剤は主に亜硫酸とも呼ばれる二酸化硫黄 (SO₂) が使用されています。この物質はごくまれに防腐剤と誤解をされていたり、頭痛の原因のように言われることもありますが、物質としては比較的よく知られています。一方で安定剤はその目的も使用されている物質もあまり知られていません。

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ワインに使用される安定剤の主な物質には、メタ酒石酸、カルボキシメチルセルロース (CMC)、そしてアラビアガムなどがあります。日本ではメタ酒石酸の食品添加は許可されておらず、CMCも一部の化合物としてのみ許可されているなどの規制があります。

こうした中で比較的規制が緩いのが、アラビアガムです。今回は日本でも目にする機会の多い安定剤であるアラビアガムを中心にワインの安定剤とは何なのかを解説していきます。

安定剤はワインの味を安定させない

安定剤。名前の通り、何か不安定なものを安定化させるために添加する材料のことです。では、ワインに含まれる不安定なもの、とはなんでしょうか。

ワインはその存在自体がとても不安定です。ボトルを抜栓して少し置いておくと、途端に酸化と呼ばれる化学変化が始まって味や香りが変わります。こうした事情から、ワインに添加される安定剤の役割はワインの味を安定させること。酸化をさせないこと。こう思われていることが多いようです。

でもちょっと待ってください。ワインにはわざわざ「酸化防止剤」が別に添加されています。これはまさにワインの酸化を抑制するためのものです。安定剤がわざわざこの役目を負う必要はありません。

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とても重要なことですが、ワインに添加される安定剤が安定化させるものはワインの味ではありません

安定剤が抑制する沈殿物

ワイン、特に造られてから長い時間を経たワインではボトルのそこに澱と呼ばれる沈殿物が出ることは有名です。この澱には酒石酸やタンニンを含むフェノール類、タンパク質類、そして時には金属化合物が含まれています。

安定剤が安定化させるのが、こうした物質の沈殿です。

この場合の「安定化」とはそのまま「抑制」と言い換えてしまって問題ありません。安定剤はワインに含まれている不溶性の物質が析出して沈殿することを防止するために添加されるものです。

ワイン中に含まれる一部の成分には酸化のプロセスを経ることで沈殿するものものあります。このためそうした成分の沈殿を防止することが間接的にワインの酸化を防止することにつながったり、沈殿してワイン中から抜け落ちてしまう味を維持することでワインの味を安定化させる、と考えることもできます。しかしそれらはどちらかといえば、副次的な効果です。

使う安定剤ごとに対象となる沈殿物は異なります。メタ酒石酸やCMCは主に酒石酸の沈殿防止に使用されます。一方でアラビアガムは酒石酸の沈殿防止性能は比較的低いことがわかっています。

アラビアガムが抑制するのは、タンニンを含むフェノール類や金属系化合物の沈殿です。またアラビアガムを添加することでスパークリングワインの泡持ちがよくなることもわかっています。

アラビアガムの概要

アラビアガム (Gum arabic) はアラビアガムノキと呼ばれる種類の樹から採取される樹液から作られています。100%天然物由来のもので、乳化剤などの目的で使用されています。主な生産地はアフリカです。

産地や樹の種類は単一ではなく、それぞれによって製品の特性も異なります。そうした中でも主に使用されているのはAcacia senegal (Vulgares) と Acacia seyal (Gummiferae) に分類される樹から採取される樹液です。

アラビアガムノキはアカシア属に属する樹木なので、ワインのバックラベルでは「安定剤 (アカシア)」のように表記されることもありますし、アカシアガムと呼ばれることもあります。

アラビアガムの使用目的は極めて広く、食品や飲料だけではなく医薬品や繊維、インク、塗料などにも使用されています。全世界における年間の消費量は60,000トンにも上るといわれています。

アラビアガムの化学構造と特性

アラビアガムの重要な特性はその化学的な構造によって実現されています。

アラビアガムの構成物質はガラクトース (Galactose)、アラビノース (Arabinose)、ラムノース (Rhamnose)、グルクロン酸 (glucuronic acid) の多糖類と少量のタンパク質です。それぞれの含有比率などは生産地域や樹齢、樹液をとる部分や採取の季節などによって異なることがわかっています。これらの構成比率の違いによって出来上がるアラビアガムの特性も変わります。

アラビアガムは水にもお湯にもワインにもよく溶けます。かつてはシロップにも使われており、ガム・シロップの語源になったイメージからなのか粘度が高いと思われていますが、実際にはほかの高分子多糖類と比較すると低粘度です。一方で添加量が増えていくとそれに合わせて粘度も高くなっていく特性があります。

またガムという名前や多糖類という言葉のイメージから甘いものと思われていますがアラビアガム自体は無味無臭の物質です。

アラビアガムの使用目的、保護コロイド特性

アラビアガムが安定剤として使われる大きな理由はその乳化特性です。保護コロイド特性ともいわれます。乳化作用とか保護コロイド特性とかいわれてもわかりにくいですが、これは要は溶けにくいものを溶かしておく性質のことです。

安定剤をワインに入れる本来の目的は、ワインに含まれる物質の沈殿を防止することだと書きました。

どうしてワインに含まれる成分の一部は沈殿してしまうのでしょうか。それはその物質がもともとワイン (に含まれる水やアルコール) に溶けにくい、不溶性の特性を持っているからです。水に油が溶けずに分離してしまうのと同じ理屈です。

乳化特性とは乱暴な言い方をすれば、水に油を溶かす性質です。

アラビアガムには親水性を持つ多糖類部分と、疎水性を持つタンパク質部分の両方が含まれています。イメージは片手が親水性でもう片手が疎水性です。親水性のものは親水性のものと、疎水性のものは疎水性のものと結合しやすい特徴を持っています。

アラビアガムをワインに添加すると、疎水性の特徴を持つ手がワインに溶けにくい油の部分であるフェノール類などと結合します。その時に反対の親水性の特徴を持つ手はワインの中の水と結合します。結果、アラビアガムを仲介して本来は溶けにくいフェノール類などの物質がワイン中に溶け込み、少なくともワインから出てきにくくなります

アラビアガムはワインの味を変えるのか

アラビアガム自体は味や香りを持たないとされています。ワインでの検証事例はあまりありませんが、それ以外の食品類で行われている検証ではいずれも色味以外では官能評価への影響を及ぼさなかったと報告されています。

一方で、例えばワインに感じる渋みや収斂感はタンニンが口腔内のムチンや唾液タンパク質と結合することによってもたらされています。アラビアガムを添加したワインではタンニンがアラビアガムによって被覆されたような状態になるためこうした反応も起きにくくなります。そうした意味でアラビアガムの添加はワインの味や印象を変える可能性はあります。

アラビアガムの添加量もこうした点への影響を左右します。一部の事例では添加量が70 ml/hlを超えるとワインの味に対する印象が変わると指摘されています。一方でフェノール類や金属系化合物の沈殿防止で必要とされる添加量はこの3分の1を下回ります。つまり、本来の安定剤として目的だけで使用するのであれば、アラビアガムの添加がワインの味や印象に影響を与える可能性はかなり低いのです。

ワインに添加される場合、多くの国や地域では法的に添加上限は規定されておらずその添加量は造り手の感覚に任されています。入れようと思えばワインの粘度に影響がでるほどの高濃度での添加も可能は可能です。粘度の変化はワインから感じるボリューム感を変えます。また中には平坦で単純な印象のワインや粗いタンニンを和らげる目的で多量添加をしている事例がないとは言い切れないも事実です。

アラビアガムを使う理由、使わない理由

アラビアガムに限らず、安定剤を使う理由は時間の短縮と工程の簡易化です。アラビアガムでもメタ酒石酸でもCMCでも、添加することで安定化させる対象は、こうした物質を使わなくても別の手段で安定化させられます

ただし、その際のコストは遥かに大きくなります。

そのコストとは装置であったり、手間であったり、時間であったりです。添加剤を使う最大の理由はこうしたコストの削減です。逆にいえば、コストをかけられるのであればこうしたわざわざバックラベルへの記載が義務化されている添加材を使用する理由はありません。

原料にかかわるバックラベルへの記載は多かれ少なかれ、ブランドイメージを毀損するリスクを持っています。

添加剤はワインの味を原則として変えません。ワインを美味しくもしませんし、不味くもしません。抜栓後の持ち時間も変えません。ただ、時間を節約します。

アラビアガムに注目すれば、影響が大きいのはタンニンをはじめとしたフェノール類です。

醸造面でのフェノール類の不安定さを時間も手間もかけずに解消できます。これは造ったワインを数か月、時には何年も寝かせて安定化させなくてもすぐにボトリングできることを意味します。消費者の側にしても本当だったら渋みや収斂感を強く感じるはずのワインが、いきなりこなれた飲み頃のように感じられます

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なぜアラビアガムは嫌われる

よく安定剤の使用で話題になるのは、おそらくここに存在する時間的なギャップです。

ワインに関する知識を持てば持つほど、品種や生産年、生産地域の特徴からそのボトルがどのような味がするボトルなのかが事前に予想できるようになります。そこにはフェノール類から受けるであろう印象も含まれます。アラビアガムを添加したワインではこの印象の通りにはまずなりません。さらにこの安定剤を添加しているとボトルを保管している期間だけではなく、抜栓してグラスに注いだ後のフェノールの変化にも効果が及びますのでなおさらです。

たとえワイン自体は飲みやすくなっていたとしても本来の在り方からは違う印象を受けます。結果、印象が悪くなるのでしょう。

なお話は少しそれますが、フェノール類が抜栓後も安定していることはワインが酸化しないことを意味しません。安定剤を入れていようが入れてなかろうが、ワインは酸化しますし抜栓後はその速度は速くなります。

使わない理由は不必要性

ワイン中の不安定な成分は安定剤を使用しなくても安定化させられます。問題になるのはそこに必要になる時間や設備といった一連のコストです。

世の中には様々な価格帯のワインが売られています。ボトル1本が500円にも満たないものもあれば、数十万円を軽く超えてくるようなものもあります。当然のことですが、価格が違えばそこにかけられるコストも変わります。

安定剤を使わない代わりに必要になるコストをボトルの代金として回収できるのであれば、安定剤を使う理由はなくなります。

このコストには、収穫・醸造から販売までの期間を含みます。ワイナリーによって理由は様々ですが、収穫し醸造をしたワインをすぐに販売してしまう必要がある場合も多くあります。そうしたワイナリーでは安定化のためのコストとしての時間を支払うことが物理的にできませんので、代替手段として安定剤の使用は必須となり得ます。しかし一方でそうした必要性は多くの場合、設備投資等によって回避することが可能です。その際にはその投資資金の回収可否が問題になります。

安定剤は本来であればワイン中で自然発生的に生じる現象を人工的に止め、ある意味において無理に現状を維持させる行為に近いものです。特別な意図や理由があるときには別ですが、そうでなければ使う理由も必要もありません。安易な使用はまさにアカシアガムが嫌われる理由である、不自然性を強調するだけになってしまうからです。

十分な品質のブドウを収穫できる栽培、必要な時間を必要なだけかけられる醸造、それを可能にする設備。そしてそれらを経済的にも負担できるボトル価格と販売力。さらにはそうして造られたワインが見せる変化への許容を示す顧客層。これらを担保できるワインに安定剤は不要となります。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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