Limited 販売戦略

変わる販売戦略 オンライン試飲会という新たな取り組み

04/12/2020

新型コロナウイルスの影響で不要不急の外出の自粛が世界中で求められるようになり、さらにその感染防止の観点から人が集まり一定時間以上を過ごすようなサービス業態の営業の自粛もしくは禁止が要請されています。

これによりレストランやバーといった飲食業が当面の間営業を見合わせることとなり、さらにはワインショップのような小売り店にまでもその波が押し寄せてきています。

このような状況においてもっとも大変なのは当然、こうした営業自粛の矢面に立たされてしまった飲食業や小売店の方々です。そしてこういった店舗の方の次に大変なのが、こういった店舗に対して食材などの商品を卸していた農家であり、メーカーです。我々ワイナリーもこの中に入ります。

農家やワイナリーといった業種は世界中のどの国や地域を見ても原則としてその活動を停止することは求められていません。つまり、このような騒ぎの渦中においても生活必需品である食料品を生産し、提供する立場にあるものとして営業を続けることが許されています。

しかし生産活動の継続が許されているのに対して、ワイナリーなどが直接自身のワインを顧客に対して販売するための併設ショップなどの営業は禁止されていることがほとんどです。

スーパーなど今でも継続して販売活動が続けれているチャネルに対しての販売を除けば、我々生産者は生産活動という入り口の部分は活動が継続されていても、そうして作られた生産物を販売する出口の部分がかなりの割合で締められてしまっているのが現状です。

販売路から見たワイナリーの分類

とても乱暴ですが、世界中のワイナリーを同一の基準に基づいて2種類に分類する方法というものがあります。

個人売りのワイナリーか、流通売りのワイナリーか、です。

つまり、売り先として個人を中心にしているのか、組織を中心にしているのか、という視点です。

当然ですがこのどちらかで100%になっているというワイナリーはあまり多くありません。多かれ少なかれ両方の売り先を持っていて、その両者の組み合わせで販路を構築しているのが一般的です。ですので、ここで問題になるのはその割合です。

とても大雑把に言ってしまえば60%程度の売り上げを個人向けと組織向けのどちらのチャネルで作っているのか、という視点でワイナリーを分類するということです。

いまこのような世情おいても前者のワイナリー、つまり元々の販売チャネルの構成が個人向け中心であったワイナリーは営業的に困ることはそれほどありません。むしろ外出自粛によって自宅内に拘束されてしまっている顧客が従来は外食など自宅外で消費していた分のワインを自宅内で消費するようになるため、売り上げが騒動前よりも増加する傾向にあるワイナリーもあると考えられます。

問題なのは後者。組織への販路が売り上げの多くを占めていたようなワイナリーです。

すでに世界中の都市で見られる光景になってしまっていますが、人々は外出を自粛もしくは禁止され、事実上、自宅内に留まることが義務付けられています。さらに一定数以上の人数が一定時間以上に渡って空間を共有することで感染が拡大することを避けるため、レストラン等の営業が出来なくなっています。つまり、従来の顧客であったレストランやワインショップ、中間業者自身がワインの売り先がなくなっているため、ワイナリーにも注文が入らなくなっているのです。

もちろん販売チャネルのほとんどを営業を続けているスーパーなどの流通業者向けが占めているのであれば何も問題ありません。

しかしそうではない場合、なまじ続けられている生産活動にかかる費用を回収することが出来ず、資金繰りがショートする可能性が浮かび上がってきます。春から夏にかけては畑に人手が必要となるため人件費が分厚くなる傾向にありますので、今この時期にそのための資金を回収することが出来ないということはワイナリーにとってはまさに死活問題となりかねません。

変わる販売戦略

今までは組織向けの販売をメインにしていたワイナリーであっても、今この時期においてはその販売戦略を変更し、個人に向けた直接販売を強化していく必要に迫られています。すでに流通業者からの注文は止まっていますので、猶予はそう長くありません。まずは糊口をしのがなければなりません。

とはいっても、今までそれほど強くなかった個人向けの売り上げをいきなり大きくすることはそう簡単なことではありません。

そこで、今回は筆者が勤めるワイナリーの行った実際の事例を紹介しつつ、実際の売り上げの変化を見ていきたいと思います。

筆者の勤めるワイナリーではこの短期間のうちに、個人客向けの販売量をおそらく10倍前後伸ばしています。この手法が今後も継続して効果を発揮するのか、そして手法としての再現性があるのかは議論が必要ですが、実際に効果のあった手法ですので一つの事例として参考にしていただければと思います。

メモ

こちらの記事はnote上でも同様の内容で公開されています。

こちらの記事のみにご興味をお持ちの方はnote上にてご覧ください。

https://note.com/nagiswine/n/n7d7920af1d4c

決め手となったのはオンライン試飲会

最近、日本でもオンライン飲み会という言葉をよく耳にしますが、これと全く同じ手法がドイツのワイナリーでも取り入れられ始めています。それが、”Virtuelle Weinprobe”と銘打たれた自宅からオンラインで参加することのできる試飲会です。

ドイツワイン協会 (DWI: Deutsches Weininstitut / Wine of Germany) のホームページにも掲載されていますが、ドイツ国内の各生産地に拠点を置く多くのワイナリーがこのオンラインイベントを開催しています。

https://www.deutscheweine.de/aktuelles/meldungen/details/news/detail/News/virtuelle-weinproben-fuer-den-genuss-zuhause/

その手法は統一されているわけではなくワイナリーごとに様々で、使用されているプラットフォームも多種多様です。

しかしどのワイナリーにおいても、当該イベントを事前に告知しつつ、その試飲会で試飲するワインをパッケージにして予め参加予定者に対して販売している点が共通しています。名目上は「試飲会」ですが、その実はすでにそのワインは販売・購入されているため厳密には「試飲」ではなく、「ワイナリーの関係者が参加するオンライン飲み会」になっているのです。

そして今回紹介する筆者の勤めるワイナリーにおいても同じくこの手法が採用されました。

ワイナリーの状況

細かい施策の話に入る前に、筆者の勤めているワイナリーについて確認をしておきます。

筆者が勤めるワイナリーはドイツのナーエ産地 (Nahe) に拠点をおく、Weingut Prinz-Salmという800年以上の歴史を持つ家族経営の中小規模のワイナリーです。ドイツ国内で最も古い家族所有のワイナリーの一つとしても知られています。ブドウの植栽面積は18ha。リースリングを中心に複数のブドウ品種を栽培しています。

ワイナリーの所有家族は由緒正しい貴族の家系で、拠点も中世から所有されている「城」です。ボトルにも"Schlossabfüllung (城での瓶詰め)"と明記されます。この"Schlossabfüllung"という記載は我々のワイナリーが独自に行っているものではなく、ドイツのワイン法上でも認められた公式な表記です。

表記自体は”公式”なものですが、残念ながら誰もが気楽に使えるわけではありません。この表記を使うためにはドイツの別の法律で公的にそのボトリングを行った場所が”Schloss (城)”として認められている必要があります。これはどういうことかというと、公的な地図に”Schloss~”として名称が記載されるということです。ドイツワインとして比較的メジャーな"Schloss Johannisberg"や"Schloss Vollrads"がまさにこの例です。

何が言いたいのかというと、ドイツ国内で最も古い歴史、由緒正しい貴族の家系、そして"Schlossabfüllung"という背景が何よりも雄弁に物語るように、当ワイナリーのワインは他の一般的なワイナリーと比較すると割高です。同じ地域の他のワイナリーのボトル価格が5ユーロ前後から始まるのに対して、当ワイナリーのワインは10ユーロ程度から始まっています。

もちろん当ワイナリーはVDPに所属しており、VDP所属ワイナリーでは比較的割高な価格設定は極めてありがちではあるのですが、その中で比較しても強気の価格設定といえる部類だと言えます。

また拠点が奥まった山の中にあり、決して顧客が訪問しやすい立地とは言えません。

価格的な面に加え、立地条件もあるためかワインの販売の多くは流通関連向けが大半を占めていました。

もちろん独自のインターネットサイト上にオンラインショップを置き個人客向けの販売も行ってはいましたし、昔からの顧客がついてもいるため個人向けの販売が全くなかったわけではありませんが、売上比率を見れば70~60%程度は流通向けだったはずです。

注意

筆者のポジションは栽培・醸造にあるため厳密な売り上げ構成などを知る立場にはいません。業務の関係で出荷業務も担当することが多いため、そこから得ている肌感覚でお話をさせていただいています

注文が止まってからの動き | Stay home & drink wine

そんな売り上げ構成でしたので、ドイツで新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染拡大が加速し、Pro-Weinなどのイベントへの参加も自主的にキャンセルする動きが出始めた2月末から3月頭くらいから注文の減少が目に見え始めました。その傾向が徐々に強くなり、3月の中旬にはほぼ注文がなくなるという状況にまでなりました。

このころにドイツでも一部の地域で2週間をめどにしたLockdownが始まりました。

ここで当ワイナリーの販売部門が始めたのが"Stay home & drink wine"と銘打ったYoutubeチャンネルの開設と14日間に渡る動画の連続投稿です。

どのような基準でテーマを選定していたのかは筆者は知りませんが、毎日10分弱程度で1テーマを扱った動画を更新し続けました。テーマの範囲はTerroirや所有する畑、ワイナリー内の紹介のようなものまであったようですが、そこに必ず1本、ワインの紹介を絡めていました。期間を14日間としていたのはLockdownの期間を考えてのことです (実際の運用では完全に毎日の更新にはならなかったようですが)。

動画内で話すのはワイナリーの所有者であり、代表者であるボス Felix Prinz zu Salm本人。

我々従業員はここには一切かかわっていません。

Youtubeチャンネルを開設した最初の1週間くらいはチャンネル登録者数は20人程度にとどまっていましたが、一月ほど経った現在では200人を超える登録者数にまで伸びています。

筆者の立場ではこの動画の拡散につながった一番の要因をきちんとは分析できていませんが、おそらくハッシュタグの利用が大きかったのではないかと思われます。

これらの動画はワイナリーの販売関係者が個人的なSNSを通しても拡散していましたが、ワイナリーのFacebookページおよびInstagramでも大量のハッシュタグをつけてPostされました。実際のハッシュタグを見ていただくのが一番わかりやすいと思うのですが、およそ思いつく限りのハッシュタグをつけている感があります。この遠慮のなさが拡散につながっている可能性は無視できません。

https://www.instagram.com/weingutprinzsalm/

https://www.facebook.com/prinzsalm

そして動画の投稿が1週間続いたあたりで、さらに1週間後、予め予告していた連続投稿の最終日に上記のVirtuelle Weinprobeを行うことが告知されました。

ここから、個人客からの注文が一気に増えました。6本セットの試飲会用パックを中心に、毎日20~30を超える注文が純増として追加された感覚です。

最終的には最初のオンライン試飲会への参加者は200人を超え、販売したセットの数も150を超えました。試飲会用セットといっても実質的にはほぼ割引をしておらず、100ユーロを超えるものだったにもかかわらず、です。

Virtuelle Weinprobe後の取り組み

当ワイナリーにおけるVirtuelle Weinprobeはその後も定期的に続けられています。

すでに2回目も終了しており、4回目までが告知済みとなっています。これだけやっていれば参加者も減りそうなものですが、実際はセットの売れ行きはそれほど落ちていません。2回目はむしろ増えていましたし、3回目も2回目よりは落ち着いているようですが、1回目と同程度の規模にはなりそうに思えます。

一度目のVirtuelle Weinprobeの後ですぐに行われたことは、参加者に写真を送ってもらい、それをまとめてポストカードにし2回目以降はそのポストカードに一言のメッセージを添えてワインに同梱し始めたこと、そして単身者向けに半分の3本のパックを作ったことです。

オンライン試飲会では送ったワインはそのすべてが開栓されます。

ワイン6本を同時に開けることはその瞬間は楽しいですが、その後に飲み切ることを考えれば重労働になります。また前述の通り1箱が100ユーロを超えるセットですので、1度だけならともなくその後に複数回参加を促すのであれば価格的な障害が大きくなります。そのため、すべてを飲めない人、予算的に厳しい人向けに特に主要としている3本のワインだけのパックを用意したのです。

実際にこの戦略は当たっており、3本セットも順調に売れています。大事なのは、この3本セットの売り上げが上がっている一方で6本パックも依然として売れており、少なくとも現時点においては大きな競合が生じていないという点です。

また当ワイナリーでのVirtuelle WeinprobeはYoutube Liveをプラットフォームとして使いましたが、その際の映像はYoutubeチャンネルにも掲載されています。

ワインの販売はワイナリーのサイト上で行われており、すでに終わった試飲会用のパックは商品としては削除されているのですが、実際には問い合わせがあった場合には依然として販売を継続しています。つまり、Youtubeチャンネル上の過去の試飲会を見た新規顧客のキャッチアップも行われています。

個人向け販売のインパクト

6本セットのものが150セットということは合計で900本程度ですから、一度の注文がパレットで500本単位となる流通向け販売に比べればその数は多くはありません。しかしその一方で、流通向けの販売では常に20~40%程度、場合によってはそれ以上の割引がかかっています。これに対して今回の個人客向け商品の値付けは10%程度の値引き率です。ですので価格面では個人向けでこれだけ売り上げられるということは、収益面では非常に大きなインパクトを持ちます。

しかも流通向けの販売は安定して月に何度もあるようなものでもないのに対して、こちらの個人向けは試飲会を開くタイミングに合わせて売り上げが発生します。もちろん、今後、コロナウイルス騒動が収まった後も今のような周期で行うことは無理でしょうが、我々としては騒動後には従来の注文もある程度戻ることが見込めますから、その時には試飲会の頻度を落とすことが出来ます。

我々からしてみれば、ある程度の売り上げが見込める、利率の大きな新しい販路を手に入れたことは間違いがありません。

また売りたいワインを自由にコントロールできることも非常に大きいポイントです。

普段の試飲会はどちらかというとワイナリー側が受け身に回りやすい環境です。ワイナリーとして売りたいワインであっても顧客側からの要望がなければ紹介が出来ない、ということは少なくありません。これに対して、今回の取り組みは非常に有利に勧められます。

なにしろ顧客がその場にいないので、顧客の興味が他のワインに向かいようがないのです。そして、他に興味のあるワインがあればそれはまた次回紹介するから、そちらにも参加してくださいね、と極めて自然に、嫌みなく誘導できるのです。

おかげで現在、我々のワイナリーでは一部でダブついていた在庫がものすごい勢いではけています。
言い方は悪いのですが、大きな割引などを行うこともなく在庫処分が出来ている状態です。これは資金の回収だけに留まらない大きなメリットです。

我々はインフルエンサーになる必要はない

前述の通り、4月12日の時点でワイナリーのYoutubeチャンネルのチャンネル登録者数は226名です。この一方で過去に行われたオンライン試飲会の各動画の視聴回数は概ね1000回前後となっています。

数字だけを見れば全く大したことのない数字です。ですが、我々の規模のワイナリーとしてはこれで十分な成果を上げています。これ以上になると今度は出荷作業やワインの在庫の面で問題が出始める水準に入ってしまいます。つまり、売り上げを作るために人件費などの新たなコストを抱え込まなければならなくなります。

そもそもの資金繰りを通常レベルに戻すのが今回の目的ですので、そのために新たな固定費を抱えることは完全に間違った方法論になります。仮に今は良くても1か月後、遅くとも2か月後にはそのことによる問題が顕在化するでしょうし、その問題は今の問題よりも大きくなりかねません。
ですので、これで十分です。

また、我々は普段の対面型の試飲会では得られない顧客とのつながりを得ることが出来ています。

顧客の名前、住所、連絡先、そして口座番号です。

普通、ワイナリーや別の試飲会に顧客自身が訪問してワインを試す場では、我々はその顧客の個人情報を得られることは稀です。仮に試飲自体は有料だったとしてもその場で現金で支払われてしまえば細かい情報、我々がワインを再販売するために必要となる情報を得ることは出来ません

しかし、今回はそれがすべて得られています。しかも顧客の方自ら進んで、気持ちよく教えていただきました。

今後、その顧客に連絡してワインを勧め、仮にyesと言わせることが出来れば即座にそのワインを販売し、請求書を発行し、顧客の元にワインと共に送ることが出来ます。顧客にとっての購入障壁が大きく下がったのです。これは今後の販売チャネルの構成を変えていくうえで非常に大きなインパクトとなります。

もちろん母数が大きいに越したことはないのは間違いありませんが、処理能力を超えたものを持っても活用しきれなくなります。

今回のコロナウイルスSARS-CoV-2による騒動は確かに企業としての従来の在り方を大きく変える契機となりました。

我々に限らず、ワイナリーが今後独自に発信力を強めていくとすれば、従来の我々の顧客だった流通業者は選択しうるプラットフォームの一つでしかなくなります。その際には今までのような割引をしてまで販売する必要はない、という判断につながるケースも出てくるでしょう。顧客にしてもワイナリーの人間から直接解説を聞けるのであればそれに越したことはない、と考えるようになって不思議はありません。

ワイナリーに属していない立場の人がワインを売ることの難度が上がる可能性も考えられます。

しかし逆に言えば、今回の記事に書いたようなことを流通業者が応用し、自分たちのケースとして取り組んでいける場面も多いだろうと考えています。ワインショップやソムリエのおススメパッケージを用意し、それを選んだ本人がオンライン試飲会で紹介する、という取り組みが今後、増えてくるかもしれません。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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