夏の暑い時期、ワインの配送はクール便指定にするのが半ば当たり前のことになっています。自宅に届いたワインの保管、可能な限りワイン用のセラーに入れておくことが推奨されています。
こうした「温度」に関係した取り扱い方法や注意事項がよく言われる理由は、ワインという飲み物がとても温度に対して敏感だからです。
温度に敏感とは具体的にはどういうことでしょうか。それは、高い温度がかかることで味や香りが容易に変わってしまう、ということです。こうした影響の出方は多くの場合、あまり好ましくない傾向を持っているため熱の影響を受けたワインは熱劣化していると表現される場合もあります。
夏場の暑い日に通常のトラックで輸送されてしまったワインや押し入れにしまい込んだまま一夏を過ごしてしまったワインを飲むと、明確に味が違って感じられることがあります。こうした経験からワインを暑い場所においてはいけないということはわかっていても、では具体的に何がどうなって味や香りが変わっているのかを説明することは簡単ではありません。
この記事では高温下でワインを輸送したり保管したりすることでワインの中でどのような変化が生じているのかを中心に解説していきます。
ワインの理想的な保管温度は11℃
ワインを高温環境下においてはいけない。そう言われても、温度がいったい何℃になったらダメなのかはよく分かりません。
ワイン保管の適正温度は複数の人物によって多少異なる温度帯が指摘されています。こうした内容を見ていくと、おおむね10 ~ 18℃とする説が多く、より理想的なのは11℃を中心に10 ~ 15℃といわれています。また20℃までは致命的なダメージはそうそう生じないとされる一方で、25℃を超えてしまうとワインに含まれる揮発性化合物に影響が出てワインの香りが変化すると指摘されてもいます。
時間を経たワインほど温度により敏感になり、古いヴィンテージのワインでは18℃を超えて保管を続けていると熟成が急速に進んでしまうリスクが高くなります。仮に専用のセラーを使っていても保管温度を完全に一定にしておくことは難しいですが、開閉時の温度の上昇も考慮した低めの設定にしておくことが望ましいと言えます。
ワインによって影響の出る温度は違う
消費者としては細かいことを言われても困りますので、一定して何℃以下の場所におけ、と指定してもらった方が楽なのは間違いありません。そうした意味ではとりあえずは上記の通り10 ~ 15℃が1つの目安です。一般に家庭用冷蔵庫の管理温度が2 ~ 6℃、野菜室で7℃前後といわれています。こうしてみてみるとどちらもワインを保管しておくには多少、温度が低すぎます。
一方でワインが直接影響を受けるのは基本的には温度が高い場合です。温度が極端に低いのもそれなりに問題といわれますが、ドイツで行われた検証の結果では0℃で長期間の輸送をしてもワインの品質に影響は出なかったと報告されています。なら家庭用冷蔵庫で保管してもいいじゃないか、と思われそうなものですが、ここで問題になるのが冷やしすぎに伴う外気温との温度差の拡大と温度の変化幅です。
複数の検証で、多少高めであっても一定した温度帯で保管するよりも、基本温度は低くても温度差が頻繁に出やすい環境で保管した方がワインに対する影響は大きくなることが確認されています。家庭用冷蔵庫は開閉機会が多く、庫内温度のばらつきが大きくなりがちです。冷蔵庫を10秒間開けっ放しにすると庫内温度は1℃上がるという指摘もあります。これをどこまで深刻にとるかは考え方次第ですが、あまり向いていないのは間違いありません。
さらに問題を複雑にしているのが、ワインごとによる敏感さの違いです。
温度に対する影響の出方は完全にワインごとに違うことがわかっています。同じ産地だから、とか、同じ品種だから、とか、同じ産地の同じ年代の同じ品種の白ワインだから、とかではないのです。確かに赤と白だと、白の方がより敏感であることが明確になっています。しかし、逆に言えばその程度です。赤ワインか白ワインかで区別すれば、そこからは完全に個別のワインごとに違います。つまりワインの系統に基づいた判断がほぼできないのです。
こうした事情から、保管や輸送といった取り扱いに関しては少しでも不安要素を取り除いておく、という考え方になります。つまり温度変化が少なく、低い温度で安定して保管できるようにするということであり、そのためには家庭用冷蔵庫や冷やしすぎる傾向のある環境は不向きだということです。
ワインを熱の影響から完全に守ることはほぼ不可能
ワインが熱の影響を受ける場面は自宅やショップでの保管と購入後の輸送時だけだと思われがちですが、実はそれだけではありません。ワインは頻繁に熱の影響を受ける可能性に晒されています。
最初のタイミングは醸造所の中で訪れます。
アルコール発酵などの醸造工程中はワインの温度は多くの場合でかなり厳密に管理されています。一方で発酵が終わり熟成期間に入ってからは環境温度に任されている場合は非常に多くあります。環境温度とは端的に言えば気温、もしくは室温です。
当然のことながら気温や室温は季節の変動に加え、国や地域によって大きく異なります。以前は涼しかった欧州でも最近は温暖化の影響を受け、夏場には外気温で40℃に迫る日も増えてきています。外気温が40℃に迫れば、冷房を使用していない室内では室温が25℃を超える可能性は十分にあります。これが即、ワインの液温になるわけではありませんが、保管されているワインの温度は徐々に上がっていくことになります。
次にもっと大きなリスクがあります。瓶詰めされ、保管されているワインの保管環境です。
大規模なワイナリーになればなるほど、ボトルとして保管されているワインの本数は増えます。こうした出荷待ちのボトルは多くの場合、天井の高い倉庫に積み上げる形で保管されます。そして、天井に近い部分の温度は地上部と比べてかなり高くなる可能性が大きいのです。
もともと暑い地域であれば倉庫内でも冷房を完備している場合もあるでしょうが、世の中のワイナリーの多くはそうした設備を持ちません。仮に持っていたとしても地上部に近い場所の温度で管理している場合も多く、室内上部の温度まで考慮されていない場合も多々あります。
ワイナリーから出荷されたボトルは陸上輸送や海上輸送を経てショップや消費者の手元に届きます。温度管理を伴わない輸送では輸送時の庫内温度が50℃に迫ることもあるため、ワインの輸送では温度管理されたサービスを利用することでワインの温度を上げないように注意されていることがほとんどです。しかしこうした温度管理をしているはずの輸送中でもコンテナ内の位置や輸送時の条件などによって温度の上昇が生じているケースがあり、一時的に40℃前後まで上がった事例も確認されています。
こうしたいくつもの場面において、ワインは認識されない熱の影響を受けている可能性があります。そしてそのすべてを排除することはほぼ不可能です。
とても複雑な高温の影響
ワインがどこかの場面で暑い環境下におかれてしまい、何らかの影響を受けたときにそれを熱劣化と表現することはよくあります。言われた側も熱劣化といわれるとワインが熱で劣化したのだと漠然と理解します。しかし実態はそんな単純なものではありません。ワインが熱に晒されると、きわめて複合的な、複雑な要因が絡んだ影響を受けることになります。
熱はワインの熟成を速くする要因
時としてワインの熱劣化は熟成の早期化として捉えられることがあります。ワインの熟成とは酸化反応の一面です。そして酸化反応はワイン中で発生する化学反応であり、その反応速度は熱の影響を受けます。温度が上がると反応速度も上がるのです。
こうした意味ではワインに熱がかかるといわゆる熟成も早く進むことになります。しかし熱の影響は普通の熟成では生じない類の変化をワインに与えてもいます。熱劣化は単純な早期熟成ではありません。
体積の膨張が呼び込む酸化と微生物汚染
温度による影響の1つが、体積の変化をはじめとした物性の変化です。
ワイン自体やボトル内のヘッドスペースと呼ばれる液面とコルク内面の間にある空気層に存在する空気は温度があがると膨張します。非常に大雑把な計算をしてみると、仮に温度が10℃上がるとボトル内の体積は15ml以上変化します。この体積の増加分が圧力となってコルクを押し上げます。
この際に実際にコルクが押し上げられていれば見た目で影響が分かります。しかし仮にコルクに影響はないように見えたとしても、コルクとボトル壁面との界面に空気が抜けることが出来る程度の空間が生じている場合もあります。こうなってしまうとボトルはもはや密閉されていない状態となり、その空間を伝ってボトル内に酸素が流入するようになってしまいます。さらには液体がその隙間に入り込み、側面からコルクに浸透することでコルクの組織を破壊しやすくしコルク自体の酸素透過率を引き上げる可能性もありますし、液漏れを起こせばそこからカビなどの微生物汚染の原因にもなります。
またボトル内の内圧が変化するとそれに伴って各種化学反応の速度に影響が出る可能性も考えられます。
液体にしろ気体にしろその体積は温度に従って常に膨張収縮を繰り返していますので、ワインボトルの保管温度が不安定になるとボトル内の気圧もそれに合わせて目まぐるしく変化することになります。一度膨張してコルクの界面を緩ませたボトルでは次に低温保管されると今度は体積の収縮に伴って外気をボトル内に引き込むことになります。これによりヘッドスペース内における酸素の量が増えることになり、その酸素をもとにした酸化反応が生じることになります。
なおこうした影響はコルクだけのものと思われるかもしれませんが、スクリューキャップであってもキャップの押し上げ圧力によってキャップ内のライナーとボトルの口との間に隙間ができる可能性があります。コルクよりは影響が出にくいのは間違いありませんが、まったく影響を受けないわけではありません。
香りと味を直接変える化学的変化
一般的にワインの状態はいくつかの数値で管理されています。それがアルコール度数、pH、残糖量、総酸量、抽出物量です。これらの各項目はワインの味わいに直接的な関係性をもっており、仮にこれらの数値が変化するとワインの味は大きく変わって感じます。そのためいわゆるワインの変化はこうした各種項目の数値の変化に伴うものと考えられがちです。
一方で、熱はこうした項目のどれにも大きな変化を及ぼさないことが複数の検証を通して確認されています。代わりに影響が出るのが、遊離型および結合型のSO₂含有量、フェノール類、揮発性化合物の種類と含有量です。
端的にいえば、高温貯蔵されたワインでは遊離型および結合型のSO₂含有量が減少し、420nm帯の吸光率が上がり、TDNやヴィティスピラン (Vitispirane) といったノルイソプレノイド類の含有量が増えた一方でフルーティーな香りを持つ酢酸イソアミル (Isoamyl acetate) をはじめとしたエステル系化合物の含有量が減少したのです。
熱による影響はワインの含有成分の減少だけではありません。一部のエステル系化合物では含有量の増加も確認されました。こうした増加した揮発性化合物ではワインにとって不快臭の原因となるものも少なくありませんでした。なお増加した化合物の中には硫化臭、いわゆる還元臭の原因となる硫化水素やメタンチオールも含まれていました。
ワイン中における化学的変化の生じ方はワインの種類によって大きく異なっています。一般に熱の影響は赤ワインよりも白ワインで大きくなりますが、ワイン中で生じている反応自体は赤ワイン中の方が白ワイン中よりもはるかに複雑なものになっています。
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今回のまとめ | 温度の影響は短期と長期で全く異なる
ワインのインポーターさんが長い海上輸送期間中に温度管理されたリーファーコンテナを利用するのと、ワインショップや消費者が夏場の輸送にクール便を利用するのとは基本的には同じ理由によるものです。どちらもワインを高温にさらさないことが目的となります。
一方でワインが受ける影響の内容を見ていくと、この両者における共通点は主に体積膨張に基づく影響のみです。というのも、ワイン中における化学的な影響は長くても数日しかかからないような国内配送期間では生じないからです。
ワインに含まれる各種成分が化学的な反応を始めるにはある程度の時間がかかります。このための時間は数時間や数日といった単位ではなく、数か月といった月単位であることが検証結果として報告されています。
とはいえ短期の輸送期間中、もしくは保管中にワインに変化が生じないわけではありません。このため変化の内容はどうあれ、夏場にクール便を指定せずにワインを輸送することは避けるべきですし、ワインの保管は温度が一定して低く保たれた場所にするべきです。これを否定することはありません。
知っておくべきなのは、海上輸送や長期保管のような数か月単位での変化と数日程度の短期での変化とでは変化の内容が違うということ。そして、そうした変化もワインのアルコール度数や残糖量のような物性だけに注目してしまうと熱はワインに影響を与えない、というような現実から乖離した理解につながってしまう可能性があるということです。