前回、前々回と2度にわたってドイツワインの分かりにくいカテゴリーや等級と味の関係について解説を行ってきました。
これまでの記事を読んでくださった方は何となくでもドイツワインのボトルに張られたラベル (エチケット) を見てもその内容が理解できるようになってきて、いざドイツワインを買ってみようとしても悩まずに済むようになってきているのではないでしょうか?
しかしここでそんな皆さんに心苦しいお知らせがあります。
ドイツワインというやつは、実はもう少し分かりにくいやつなのです。
分かりにくいドイツワインを優しく解説シリーズ第三回は、ドイツワインをより分かりにくくしている立役者、VDPとその等級についてです。
ただVDPというものの説明とその等級をまとめてしまうと長くなるうえに分かりにくくなりますので、VDP自体についての解説は次回の記事に譲りたいと思います。
VDPとはなんなのか
VDPは英語のブイ・ディー・ピー、ではなく、ドイツ語発音のファオ (ファウ)・デー・ペーといいます。VDP. Adler (VDPの鷲) とか Trauben Adler (ブドウの鷲) と呼ばれる鷲とブドウを象ったアイコンを掲げており、加盟ワイナリーは自社のボトルキャップなどにこのマークを印刷しています。ドイツワインの販売コーナーに並んでいるボトルにこの鷲のマークを見つけたら、それはVDP加盟ワイナリーのワインであるということです。
なおVDPという表記は略語なのですが、今回の記事の内容からすると知る必要のないことなのでその正式名称などは次回の記事でご紹介します。
注意
日本の書籍等では時々、V.D.P.とピリオドを伴って表記されていますが、正式にはVDPとピリオドを打たずに表記されます
今回の記事を読み進めていただく上で重要なことは、
- VDPは公的な組織ではなく私的な有志の団体である
- ワイン法との直接的な関連はない
- VDPでは独自に等級をはじめとした複数のルールを定めており、加盟ワイナリーはこれを守らなければならない
という3点です。
VDPの特徴
VDPは最近頭角を現し始めた団体のように思われていることが多々あります。
詳細は次回の記事に譲りますが、実際にはその歴史は古く、前身は1910年に発足したVDNVというドイツ・ナチュラルワイン競売者協会という団体です。この団体が1971年に改名して成立した組織がVDPですので、組織としての歴史はすでに100年を超えています。
VDPはその基本的な在り方として加盟ワイナリーに対して
- 補糖の禁止
- 収量の制限
- 収穫時におけるブドウの果汁糖度の最低値の引き上げ
をはじめとして栽培および醸造、そして販売面におけるルールの遵守を義務付けています。
そしてこれらのルールを元に独自の格付けを決定、2002年からその運用を開始し、2012年に現在の形に整備されました。この2012年から現在の形に整備された、という点において、VDPが最近できた団体のように思われていることもあるようです。
VDPによる格付け
ドイツのワイン法によるワインの格付けがブドウを収穫した時点における果汁糖度に基づいて行われているのに対して、VDPの格付けは畑に対して行われます。
ただここで注意しなければならない点は、すでに確認したように「VDPはあくまでも私的な団体である」、ということです。
このため、VDPによる格付けはあくまでもこの団体に加盟しているワイナリーにしか適用されませんし、逆に言えば加盟しない限りこの格付けを使用することは認められません。
また上記の通りVDPの格付けはあくまでも畑に対して行われるものであり、醸造所に対してのものではないことにも注意が必要です。この点はブルゴーニュの格付けと同様の運用となっていると思うと分かりやすいかもしれません。
ポイント
VDPの格付けはあくまでも加盟ワイナリーに対して適用される私的なもの
格付けはワイナリーに対してではなく、「畑」に対して行われる
VDP格付けの内容
2012年から適用されている最新の格付け方法ではVDP加盟ワイナリーのワインは4つの区分に分類されます。その分類の方法は上から順番に
VDP. GROSSE LAGE (グローセ・ラーゲ)
VDP. ERSTE LAGE (エアステ・ラーゲ)
VDP. ORTSWEIN (オルツワイン)
VDP. GUTSWEIN (グーツワイン)
となっています。
実はドイツ語が分かる方ほど最初はこの名前で困惑することが多いのですが、上二つは「~LAGE (場所 / 畑)」という名称なのに、下二つは「~Wein (ワイン)」という表記になっています。なぜ畑の格付けをしているのに「~Wein」という表現になってしまうのか、と思ってしまうのです。
実はこれは簡単なことで、VDPの格付けでは畑は特級畑 (GROSSE LAGE)と一級畑 (ERSTE LAGE)の2種類の格付けしか行われていません。この両者に適合しない畑に関しては一律で「その他の畑」として扱われます。
つまり上記の各格付けは以下のような意味を持っているのです。
VDP. GROSSE LAGE: 特級畑に指定されている畑で収穫されたブドウを使って造られたワイン (収穫量: ~50 hl/ha、手摘み)
VDP. ERSTE LAGE: 一級畑に指定されている畑で収穫されたブドウを使って造られたワイン (収穫量: ~60 hl/ha、手摘み)
VDP. ORTSWEIN: 一定の範囲 (自治体・市町村) に所在している畑から収穫されたブドウを使って造られた、いわゆる村名ワイン (収穫量: ~75 hl/ha)
VDP. GUTSWEIN: ワイナリーが所有している畑から収穫されたブドウを使って造られたワイン
ちなみにこの格付けを表現する際にはよくピラミッド型の図式が利用されます。
これは一見すると品質の高さを表しているようにも見えますが、実際には造られるワインの量を表していると思っていただくと理解しやすくなるかと思います。
GUTSWEIN: ワイナリーが所有しているすべての畑から収穫を使用することができる。つまり生産した全量がこのカテゴリーに当てはまる (ワイン法のQbAと同じ)
ORTSWEIN: 畑の区画ごとなので畑の面積次第で量が減る。仮にすべての畑が同一区画内にあっても収量制限が適用されるためGUTSWEINよりは生産量が減る
ERSTE LAGE: 認定されている一級畑からの収穫だけしか使えないため生産量が減るうえ、収量制限もORTSWEINより厳しい
GROSSE LAGE:認定条件がより厳しい特級畑からの収穫のみしか使えず、さらに収量制限もよりも厳しいためさらに生産量が減る
これらを生産量に応じて位置付けると、自然とピラミッド型になるわけです。ちなみにあくまでも一般論として、より厳しい収量制限をした優良な畑のみからの収穫で造ったワインはそうでないものよりも品質が高くなると考えられますので、この量に基づいた図式がそのまま品質面にも還元されているのです。
なお前述の通りVDPは「収穫時におけるブドウの果汁糖度の最低値の引き上げ」を加盟ワイナリーに課しています。このため、VDP. GROSSE LAGEとVDP. ERSTE LAGEについてはワイン法が定めるシュペートレーゼ以上の果汁糖度を持つことが条件に加わっています。
VDP.GROSSES GEWÄCHSという等級
これまで繰り返してきたように、VDPによる格付けは畑に対して行われます。
しかし一つだけワインに対して与えられる等級が存在しています。それがVDP. GROSSES GEWÄCHS (グローセス・ゲヴェックス)です。
GGとも略されるVDP.GROSSES GEWÄCHSですが、これは上記の特級畑、GROSSE LAGEから収穫されたブドウから造られた「辛口のワイン」にのみ付けることが許されている等級です。
同じ辛口のワインであってもERSTE LAGEから収穫されたブドウを使って造られたワインにはこのような等級は存在しません。また仮にGROSSE LAGEで収穫されたブドウを使っていても辛口ワイン (Trocken) 以外の味であったら適用されません。
まさにGROSSE LAGEの「辛口ワイン」だけの特別です。
なお、GROSSE LAGEからの収穫であってもGGを名乗るために必要な条件、というものは存在しません。
GROSSE LAGEとしての条件を満たしている状態で収穫されたブドウから造られた辛口ワインであればGGを名乗ることが出来ます。
ポイント
VDP. GROSSES GEWÄCHS (グローセス・ゲヴェックス)はGROSSE LAGEの「辛口ワイン」のこと
さて、ここまで読んでいただいて気が付かれた方もいるのではないでしょうか?GROSSE LAGEという単語をどこかで聞いたことがある気がする、、、ということに。
これについては次回の記事に書きます。
VDP格付けとワイン法の格付けは対立しない
VDPの規則を見ていると疑問がいっぱいです。
特に「VDP. GROSSE LAGEとVDP. ERSTE LAGEについてはワイン法が定めるシュペートレーゼ以上の果汁糖度を持つことが条件」なんて聞くと、VDPのルールとワイン法の内容がごちゃ混ぜになっているように思えて混乱しませんか?
実はVDPの格付けとワイン法による格付けは基本的には対立することはなく、共存することが可能です。これはVDPのルールが基本的にはワイン法の上に成り立っており、その運用を厳格化することが目的だからです。実際に甘口のワインに関してはほぼ問題なくこの両者は共存しています。
つまり、ラベルに「VDP. Grosse Lage Kabinett」であったり、「VDP. Erste Lage Trockenbeerenauslese」といったのような表記をすることが出来ます。
VDPのルールの基本
ワイン法の規定の厳格化 + 畑ごとの格付けを適用
一方で面倒なのが辛口の場合です。
VDPは最上の畑からとれたブドウから造った辛口ワインに対して、特別にGROSSES GEWÄCHSの等級を与えていることからもわかる通り甘口のワインよりも辛口のワインを重要視している節があります。
このため辛口ワインに対しては甘口への対応からは考えられないほど細かい拘りを見せています。その一つが、辛口ワインに対してカビネットやシュペートレーゼといった従来の等級の併用・併記を禁止していることです。
VDPの加盟ワイナリーは辛口ワインに関してはいずれのものに対してもKabinettやSpätleseといった従来のワイン法による格付け、つまりプレディカートをラベル上に表記しないことを求められています。
これはどういうことかというと、VDP. GROSSE LAGEに関してはGROSSES GEWÄCHS があるので別として、これ以外のVDP. ERSTE LAGE、VDP. ORTSWEIN、VDP. GUTSWEINに関してはすべてがQbAの表記しかできない、ということです。(VDP. Gutsweinのみプレディカートの記載が許されますが、使われることはまずありません)
このため例えばVDP加盟のワイナリーでは、
加盟前: 「Auslese trocken」とワイン法のプレディカートを表記
加盟後: 畑に応じたVDPのいずれかの格付け + QbA (場合によってはGROSSES GEWÄCHS) + trockenとプレディカートを使わずに表記
に変更することが義務付けられるということです。
これは従来の表記に慣れていた方々からしてみると、とても分かりにくくなったように受け取られています。
ここでもう一度、VDPにおける辛口とそれ以外のワインでのエチケットにおける表記方法の違いを確認しておきましょう。
辛口 (trocken): 畑に応じたVDPのいずれかの格付け + QbA (場合によってはGROSSES GEWÄCHS) + trocken
例) VDP. GROSSE LAGEであるFelseneckという畑の場合
2018 Felseneck Riesling GG (VDP. GROSSE LAGE 、QbA)
例) VDP. ERSTE LAGEであるSteinrossel という畑の場合
2018 Steinrossel Riesling trocken (VDP. ERSTE LAGE、QbA)
例) VDP. ORTSWEIN の区分であるKiedlichという地区の複数の畑の場合
2018 kiedlicher Riesling trocken (VDP. ORTSWEIN、QbA)
例) VDP. GUTSWEIN となるRheingauにある複数の畑の場合
2018 rheingauer Riesling trocken (VDP. GUTSWEIN、QbA)
- GROSSES GEWÄCHSは辛口であることが前提なので敢えてtrockenという表記はされません
甘口 (trocken以外): 畑に応じたVDPのいずれかの格付け + 従来のプレディカート+ 味
例) VDP. GROSSE LAGEであるFelseneckという畑の場合
2018 Felseneck Riesling Auslese (VDP. GROSSE LAGE )
例) VDP. ERSTE LAGEであるSteinrossel という畑の場合
2018 Steinrossel Riesling kabinett halbtrocken (VDP. ERSTE LAGE)
例) VDP. ORTSWEIN の区分であるKiedlichという地区の複数の畑の場合
2018 kiedlicher Riesling lieblich (VDP. ORTSWEIN、QbA)
例) VDP. GUTSWEIN となるRheingauにある複数の畑の場合
2018 rheingauer Riesling trockenbeerenauslese (VDP. GUTSWEIN)
- 味の表記はワイナリー側の自由であるため表記されない場合もあります
さて、ここで注目していただきたいのが例を挙げたうちの甘口のVDP. ERSTE LAGEのケースです。
気付かれたでしょうか?VDP. ERSTE LAGEでは収穫時の果汁糖度をシュペートレーゼ以上としているにも関わらず、それよりも低いKabinettと表記されています。これはどういうことなのでしょうか?
まず先に明記しておきますが、これは誤記ではありません。
このような表記は正式なものとして認められています。このような表記のあるワインで考えられる可能性は以下の2つです。
- 実際はシュペートレーゼ以上で収穫しているが敢えてカビネットの表記にしている
- 実際にカビネットの範囲で収穫している
まず1のケースですが、ワイン法上、プレディカートは下位互換による運用が認められています。つまり、カビネットをシュペートレーゼと表記することは禁止されていますが、シュペートレーゼをカビネットと、本来の上位のプレディカートより落としたプレディカートで表記することには問題がありません。
これもこれで面倒なルールですが、2のケースはVDPならではの分かりにくいルールの適用条件が原因です。
VDPは辛口ワインに強く注力しています。このため、それ以外のワインについては比較的緩い規則の運用がなされています。すでに説明してきた、辛口ワイン以外のワインにおける従来のプレディカートの併用などはその一例です。非常に極端ではありますが、
VDPのルールは辛口ワインに対してのみ適用される
と考えていただいてもそれほど問題はないほどです。
VDP加盟ワイナリーであっても、辛口ワイン以外については基本的には従来通りのワイン法に基づきつつ、使っているブドウの出所に応じてVDPの格付けを併記している、というのが実情でもあります。
従来のワイン法による運用でもプレディカートのつくワインに対する補糖は禁じられていますので、畑とその格付けに基づく表記さえしっかり管理していればVDPルールとワイン法との間に矛盾は基本的には生じないことがこのような運用を可能としていると言えます。
今回のまとめ | VDPのルールは面倒くさいが親切だ
VDPが定めるいろいろと面倒くさいルールを見てきました。
こういったことを事細かに憶えなければならない立場の方からすると迷惑でしかないルールではありますが、実はこのルール、かなり親切でもあります。
VDPのルールは従来のワイン法に基づくルールの運用で生じていた誤解を解消するからです。
前回の「シュペートレーゼなのに甘くない?!その理由を知ろう | ドイツワインの味と等級のルールとは」の記事を思い出してみていただきたいのですが、ワイン法に基づく運用では味と等級に相互の関係はありませんでした。
つまり、辛口ワインであろうが甘口ワインであろうが、収穫時のブドウの果汁糖度が高ければそれらのワインには等しくKabinettやSpätleseといった同様のプレディカートを記載することが認められていました。
これが、甘いと思って買ったシュペートレーゼのボトルが辛口で驚く原因となっていました。
一方で、VDPのルールではこの問題は発生しません。
少なくとも、問題の範囲は軽減されます。なぜなら、VDP加盟ワイナリーのワインでエチケットにいずれかのプレディカートの記載があった場合には、そのワインは少なくとも辛口ではありえないからです。
その理由は辛口のワインにおけるプレディカートの記載をVDPが一切禁止しているからです。
この結果、VDPのルールでは「シュペートレーゼは甘いワイン」といったようなよくある一般のイメージに沿った運用がなされていることになります。
最近のドイツではVDP以外にも似たような組織が各地域で作られてきています。それぞれがそれぞれのルールを持っており、すべてを把握しようとすると非常に大変です。
これらの新興の団体の中には少しずつ有名になってきているものもありますが、現時点においてはVDPほどの知名度を持つ団体はありません。ドイツワインの理解を進めるうえでは、今のところはこのVDPのルールをしっかりと押さえておけばほぼ大丈夫でしょう。
今回は以上です。次回はVDPという組織そのものについてもう少し詳しく見ていきます。