der deutsche Weinbauという雑誌にとても興味深い記事が掲載されたため、その内容を紹介したいと思います。
印象か、感覚か
まずこの記事のタイトルは"Image vs. Sensorik"。敢えて少し意訳すると、"印象か、感覚か"となります。
この記事はとある調査結果について書かれたものでした。
その調査の内容は、
- ブラインドでナチュラルワイン仕様に仕立てたワインと、通常のワイン仕様に仕立てたワインをテイスティングさせ、その結果を取る
- その後、被験者にナチュラルワインの仕様に仕立てたものについて口頭でワインやその造り手としてのコンセプトなどを説明し、そのワインを購入したいかどうか調査する
というものでした。なお、この調査における被験者はいわゆるワインの愛好家100名で、平均的なワイン消費者ではありませんでした。つまり、平均以上にワインに詳しく、かつワインの消費行動やワインの評価基準に対してもすでに自分なりの軸を持っているような人が対象とされたことになります。
また調査に使われたワインについては、プレスし、発酵が完了するまでは同じものを使用し、その後に通常のワイン仕様に仕上げるものは二酸化硫黄の添加とフィルタリングを実施、逆にナチュラルワイン仕様に仕立てるものは二酸化硫黄の添加もフィルタリングも行わないで瓶詰めしたものを使用したようです。ワインとしては、ワイン中の総酸量はどちらも同じでしたが、残糖は通常仕様が7 g/l程度残ったのに対して、ナチュラルワイン仕様のものは瓶内にて乳酸菌発酵が行われた結果、残糖はほぼ0 g/lとなったとのことでした。
この場合の乳酸菌発酵に関しては、"二酸化硫黄、正しく理解していますか? 1"の記事でも書いたとおり、二酸化硫黄無添加を前提とした醸造手法を用いる限り制御のしようがありませんので、調査としてはそれぞれのワインの状態が変わってしまうのは望ましくありませんが、止むを得ないものだと理解できます。
あまりに明確だったテイスティング結果
さて、それぞれのワインのブラインドテイスティングの結果ですが、残酷なまでに明確だったようです。
被験者に対して最大9点満点で点数付けを求めたところ、通常のワイン仕様に仕立てたものが平均で5.6点、最大で9点満点だったのに対して、ナチュラルワイン仕様に仕立てたものは平均3.4点、最高得点は8点に留まりました。また、点数の分布では通常仕様のものが7点を中心に4~8点に広く分散しているのに対して、ナチュラルワイン仕様のものは2点を中心に2~4点で回答の70%程度を占めました。
つまり、ブラインドテイスティングによる評価では圧倒的にナチュラルワイン仕様のものが低く、通常であれば飲み手が満足できるようなワインとは評価されない、つまり購入されることのないワインと判断できる結果となっていたのです。ちなみに、回答者の47%はこのナチュラルワイン仕様のワインを、ワインではないもの、と判断し、全体の21%の被験者は明確に不味い、と回答したそうです。
それでも購入されるナチュラルワイン
この調査の結果が面白かったのはここからです。
確かにブラインドテイスティングの結果ではナチュラルワイン仕様のワインは買うに値しないものと判断されました。しかし、その後に被験者に直接、口頭でこのワインがナチュラルワインであり、そのようなコンセプトに基づいて造られたものであることを説明した上でこのナチュラルワイン仕様のワインへの購入意思を確認した結果、実に全体の40%の被験者がこのワインに対して購入意思を示したそうなのです。
ただここで注意が必要な点があります。
実際に購入意思を示した人たちのこのワインに対する評価の平均点は3.9点であり、購入意思を示さなかった被験者の平均である3.1点よりも高くなっていますし、全体平均である3.4点よりもさらに高い結果となっていた、という事実です。つまり、購入意思を示した被験者に対しては、多少でもこのワインに対してポジティブな評価をしていた、という前提があるのです。ただそれでも点数は9点満点中の3.9点なので、ワインとしてみればどちらかと言えばネガティブな評価がなされていることに変わりはありませんが。
ここから言えることは、口頭で説明されたワインの由来やコンセプトがこの多少のネガティブを覆すに十分な役割を果たしていた、ということです。
なお、購入意思を示したグループの平均年齢は購入意思を示さなかったグループよりも低かったそうです。
味は二の次、三の次
実際にこの研究でもそのようにまとめられた上で、さらに踏み込んだ調査を行っています。
購入意思を示したグループおよび、示さなかったグループそれぞれにナチュラルワインに対して持つイメージを確認しているのです。
その結果、購入意思を示したグループではコンセプトに対する共感率が示さなかったグループよりも高かったのですが、それ以上に、”近代的”とか、”興味深い”というイメージを購入意思を示さなかったグループよりもかなり高いレベルで持っていることがわかりました。この一方で、購入意思を示したグループでも示さなかったグループでも、ナチュラルワインに対して身体にいいとか健康的である、というイメージを持つ割合に差はなかったそうです。
つまり、このナチュラルワインを買う動機がコンセプトへの共感に加えて、味や健康に対する意識にあるのではなく、”今どきである”とか”面白い”というイメージにあることが分かったのです。このあたりの結果に関しては、購入意思を示したグループの構成年齢層が低いことにも関係しているとされていますし、実際にそうなのだろうと思います。
この研究ではナチュラルワインの販売可能性について、”(仮に飲んだ場合のワイン自体への評価が低かったとしても)ワイナリーや販売店、もしくはレストランなどで顧客に対して個人的にコンセプトや由来を説明することでこれらのワインの販売機会を明確に高めることができる”と結論しています。
判別できないものに意味はあるのか?
この調査を見て筆者が最初に思ったことは、”ブーム”ということです。
正直なところ、筆者においては今のナチュラルワイン人気はブーム以外の何ものでもないという感想が今も昔も支配的です。
これは筆者が、例えば二酸化硫黄にネガティブな印象を持っていない、ということも大きいとは思うのですが、実際に美味しいかどうかで判断してきた結果の感想である、ということが何よりも大きいと思います。今までの記事でも書いてきたとおり、筆者はナチュラルワインというもの自体に対してはどこまでもニュートラルです。良いとも悪いとも思っていません。美味しければそれで文句はないのです。
単に、飲みたいと思うワインがこの手のものに少ないので、結果的に否定的な意見が目立っている、というだけのことです。
今回の調査記事にも書かれていたことですが、消費者は事前に、もしくは事後にそのコンセプトを説明されなければ、自身で飲んだワインをビオロギッシュなのか、ビオディナミッシュ(バイオダイナミクス)なのか、それともナチュラルワインなのかを判別することは極めて困難です。そして、説明なしに判別することができないものにどれほどの違いがあるのか、ということでもあると思うのです。
今回の研究結果はこのような意味でも、筆者が以前から疑問に思っていたことが数字としての結果になっていたので、とても納得できるものでした。
ワインは共感でもって買われ、飲まれる
ただそうはいっても、ワインは造り手のイデアの産物でもあります。
そこに味や香りといった直接的なもの以外に、醸造家の姿勢とか考え方、取り組み方といった概念的なものが関わってくるのは当然のことで、これを取り除いてしまったら何が残るのか、と言ってしまえるほどのものがワインでもあります。究極的には造り手に共感しているからこそワインは美味しいのであって、現実的な酸や糖の量は結果の説明程度にしか介在していない要素とも言えるでしょう。
造り手は直接、間接含めてどれだけ自身の造るワインに共感を集めることができるのか、という一点のみがワイン造りにおいて本当に集中すべき点なのかもしれません。