ワインあるある

グラスの形状とワインの味 | グラスの形はワインの楽しみを変えるのか

自宅の食器棚を眺めてみると、数多くのワイン用グラスで溢れている、そんな方も実は少なくないのではないでしょうか。もしくはいくつも異なる種類のグラスでワインを提供してくれるワインバーに好印象を持っている、なんて方もいるかもしれません。

世の中には本当に数多くのワイングラスがあります。ボルドー用、ブルゴーニュ用、リースリング用、ニューワールドのピノノワール用…。それぞれ異なる形状をしたグラスがあり、さらには手吹きとマシンメイドの差もあります。中には何が違うのかちょっとよくわからない、なんてものもあったりします。

こうしたグラスの差が実際のところあるのかないのか、というのは常に議論になる点です。

厳密にグラスがワインの香りや味の感じ方に与える影響の有無を考える場合、その範囲は形状だけに留まりません。そしてそうした総合的な意味でのグラスの比較がほぼ不可能であることは「ワイングラスが変わるとワインの味は変わるのか?」でも触れています。

一方でワイングラスの形状のみに注目した場合、ワインの感じ方にどの程度の影響があるのかは実はほぼわかっています。

この記事では形の違うワイングラスを使うことでワインの味や香りをより一層楽しむことが出来るのか、という疑問に答えを出していきます。

まずは目を閉じることから始めよう

ワイングラスの形を変えるとワインの感じ方が変わるのかどうかを知るために我々がまず最初にしなければならないことがあります。目を閉じることです。

ワインを飲み慣れた人の多くは意識的、無意識的にある種の固定観念に囚われています。赤ワインは大きなグラスで、白ワインは小ぶりで口も狭いものを、デザートワインは逆に広口で、スパークリングワインはフルートグラス。そんな「典型的」な形をしたグラスとワインのペアリングが当然のものとして頭の中に居座っています。

これらはすべてバイアスです

実際に行われた検証実験では事前に目隠しをした文字通りのブラインドティスティングの結果と、まったく同じワインとグラスの組み合わせを目隠しを外した状態で行ったテイスティングの結果とでは大きな乖離が生じることが確認されています。グラスを目で見たときの方が、それぞれの形状に「適している」と認識されているペアの官能評価が高くなり、逆に「一般的でない」と認識されているペアのワインの官能評価結果が下がったのです。しかも「適している」と認識しているペアを見たときの方がワインの味や香りを表現する際の単語数が増えることもわかっています。

視覚情報とそこに結びついたバイアスの影響は強力で、実際に鼻や口で感じた香りや味の印象を容易に上書きしてしまいます。こうしたバイアスを避けるためには視覚からの情報を遮断したうえでワインを試す必要があります。さらには、できればグラスに触れないのが一番です。ヒトは手に持った際の触り心地や重さで感じる満足感が変わるからです。逆にいえば、グラスを目で見て、手で持って使い分けている限り、本当の意味でのグラスの形状の違いに基づく差を知ることはほぼできません

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ワインの香りと味の感じ方

ヒトはワインの味や香りをどう感じているのか。そんなの口と鼻を使ってに決まっている、と言われるかもしれません。それは確かにそうなのですが、これをワイングラスの形と結びつけるとイメージがちょっと変わってきます。

グラスに注がれたワインに含まれる揮発性芳香成分はまず、液面からグラスの内側、ヘッドスペースと呼ばれる空間内に揮発してきます。我々はグラスに鼻を近づけることでそのヘッドスペース内に溜まった香りの成分を嗅ぎ取ります

さらにグラスを口に触れさせることでワインを口腔内に流し込み、舌にある味蕾で味を感じるのと同時に温度と触覚による三叉神経への刺激を通して味の全体像を作り出します。

なおワイングラスのメーカーによる説明ではグラスの形状がフローパターンと呼ばれる口腔内へ流れ込む流量と位置を決め、これが味の感じ方に影響を及ぼすと説明されていることも多くあります。しかしこの考え方は最近では疑問視されています。フローパターンの考え方は、舌上で各味に対応した味蕾の配置が明確に分かれているとされる味蕾地図の考え方に基づいたものだからです。

近年の研究ではすべての味は舌の表面全体でまんべんなく感じられているとして、かつての味蕾地図の考え方を否定しています。そうなるとフローパターンによる特定の味の強調という考え方は成り立たなくなります。

一方で温度の影響は依然として大きいままです。ワインの液温は飲む際の三叉神経への作用やグラス内における香り成分の揮発性に直接影響しているだけではなく、飲み込む際に口腔内から鼻に抜ける香りの種類にも影響します。ヒトは味覚に関する香りの多くを口腔内からの戻り香によって感じていると言われていますので、ワインの温度はワインの味や香りを楽しむ際にはきわめて重要な要素となります。

グラスは香りも味もつくらない

Aのグラスを使うとベリー感を強く感じるのに、Bのグラスを使うと感じられない。こうした経験から、グラスは時に香りや味を作りだすかのように思われることがあります。間違いです

グラスの形はワインに含まれる香りの種類を変えることはありません。グラスの形が変えるのは種類ではなく、ヘッドスペース内における濃度です。味に至っては唯一酸味のみを例外としてそれ以外にはまったく影響がないことがわかっています。

複数の検証を通して、グラスの形状が変わるとそこに感じる香りの強さに変化が出ることが確認されています。これはつまり、形状の異なるグラスではヘッドスペース内における各香り成分の濃度が変わることを意味しています。濃度が濃くなるからこそ、ヒトはその香りをより強く感じるようになります。

ヘッドスペース内の濃度が変わる、といわれると単純に揮発性が変わるように考えがちです。となると単純に大ぶりのグラスがいいように思えます。グラスが大きくなり、入れられる容量が増えればボウルの直径が大きくなります。するとそこにいれたワインの表面積が増えます。表面積が増えれば香り成分の揮発量が増え、ヘッドスペース内の濃度が上がる。論理的です。でも、間違いです

すでに検証を通してワインの液面の表面積と香りの強さに相関関係がないことが確認されています。また単純なグラスの容量も無関係です。単に大ぶりのグラスであれば香りが強くなる、などということはないのです。繊細な香りを楽しみたい赤ワインは大きなグラスで、というのは実験結果からすれば、根拠のないコマーシャルということになります。

白ワイン用と赤ワイン用の差別化に意味はない

ワインの香りを楽しむ際、白ワインと赤ワインとでワインに含まれている香気成分の揮発性がグラスによって変化するとする証拠はありません。もちろん揮発性化合物の種類によって揮発する温度は違います。ですのでどの温度帯で揮発する揮発性化合物をより多く含んでいるのか、という違いによって白ワインと赤ワインとで差が出る可能性はあります。しかし同じ揮発性化合物を含んでいるのであれば、それが白ワインであろうと赤ワインであろうと差はありません。

つまり、白ワインと赤ワインとでグラスを変えることに意味はありません。基本的に白ワインに適したグラスであれば、そのグラスは赤ワインにも適しているグラスですし、逆もまた然りです。

赤ワインであっても白ワインであっても重要なのは、ボウルの最大径と開口部 (リム) の直径との比率です。ボウルの直径が大きくリムの直径が小さい、口のすぼまったグラスの方がより香りを強く感じられることがわかっています。この理由は単純で、そうした形状の方がヘッドスペース内に香り成分をため込みやすく、香り成分の濃度が上がりやすいからです。

とはいえ、この点に関しても影響力は実はそこまで大きくないことがわかっています。被験者の嗅覚感度を考慮して検証結果を調整した実証実験の結果では比較したすべてのグラス間で有意差は認められなかったとするものもあります。

多くの検証結果が示している通り、グラスの形状によるワインの香りや味の感じ方への影響は我々が普段思っているよりも遥かに小さいものに留まる可能性が高いのです。

どれだけ大きいグラスが適しているのか

ボウルの直径が大きくリムの直径が小さい、口のすぼまった形状のグラスが比較的香りを強く感じやすいことは確認されています。ではリムは小さく保ったままボウルを果てしなく大きくすればいいのかというと、実はそうでもないらしいこともわかっています。

ワインの評価用に標準グラスと呼ばれるグラスがいくつかあります。ISO (International Standardisation Organisation) 標準グラス、INAO (the French Institute National des Appellation d’Origine) 標準グラス、そしてDIN (Deutsche Industrie Norm) 標準グラスなどがそれです。これらのグラスはグラスの違いによるワインへの評価のばらつきを避けるために採用されているもので、国際コンクールの評価や研究機関ではISOやINAOのものがよく使われています。

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このISO標準グラスと比較した場合、よりボウルが大きくリムの小さいブルゴーニュグラスでは香りを強く感じる傾向が強いことがわかっています。一方でこの差は有意な差として出てはいるものの、それほど大きくないことも同時に確認されています

ISOグラスのボウルとリムの直径比率は1.47、上記の検証で使用されたブルゴーニュグラスのそれは1.71でした。双方の比率は大きく異なるにも関わらず香りの感じ方にはそれほど大きな違いは出ていなかったことから、単にこの比率を上げても意味はないことが分かります。

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今回のまとめ | グラスは一脚で足りるのか

ここまでグラスの形状がどれだけワインの味や香りに影響しないものなのかを見てきました。こんな話を聞くと、食器棚にキレイに並べたコレクションとでもいうべきワイングラスが途端に曇って見えてくるかもしれません。でも大丈夫。そのグラス、まだ整理する必要はありません。

グラスの形状がワインの味や香りに我々が普段感じているよりもはるかに小さな影響しか与えないことはこれまでに見てきたとおりです。しかしこれらの検証は純粋にグラスの形状を評価するため、被験者に目隠しをさせ、グラスに触らせずに行われています。一方で我々は目隠しをして、グラスに手を触れずに傍らに控えたメイドさんにグラスを口に運んでワインを飲ませてもらうようなことはしません。我々はグラスの持つ、形状以外の影響から逃れることはできないのです。

またグラスの形状が変わるとスワリングをした際のワインの動きに違いが出ます。ここに関係してくるのが温度の変化と芳香成分の揮発性の変化です。さらにはボウルの大きさやその形状はそこに注いだワインの色を違って見せます。一般的にボウルが大きくなればワインの色味は薄く見えやすくなります。ヒトは赤い色味に甘味を感じやすいといったような特徴を持っています。視覚情報が加わると、グラスの形状がワインの味や香りに与える影響は大きくなり得るのです。

ヒトは一般にワイングラスを使用する際、その評価を嗅覚や味覚を通した感覚的評価、見た目に基づく美的知覚評価、そして自分の好みに基づく快楽主義的評価の3つの評価軸の総合として判断していると言われています。純粋にワインを評価したいのであれば評価軸のばらつきを避けるため常に同一の「適した」グラスを使う必要がありますが、そうではなくワインをいろいろな意味で楽しみたいのであれば、自分のお気に入りの複数のグラスを使って楽しむのは正しい方法です。食器棚をグラスで埋めることは決して間違いではないのです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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