
ワインの好き嫌いは人によりけりですが、デザートワインの持つ深い甘味を嫌う人はあまり多くはないのではないでしょうか。
デュケムとまでは言わなくても、良い年のリースリングのトロッケンベーレンアウスレーゼを思い浮かべると思わず笑顔になってしまいます。
ところで一口にデザートワインと言ってもその種類にはいくつかあります。それぞれの種類によって造り方が違っており、それにともなって味や香りも全く変わってきます。タイプが異なるワインを比べてみると、これを同じデザートワインと括っていいの?、と言いたくなるほどの違いがあるものも。
色の有無もそんな、タイプを分ける特徴的な要素の一つです。
デザートワインとはなんなのか
デザートワイン、という名前は比較的良く使われるものではあるのですが、この名前自体に定義はありません。とても甘いため、食後のデザートとして供されることが多いことから、デザートワインと言われています。
一部のインターネットサイトなどでは甘口ワインのことをデザートワイン、としている場合もあるようです。
確かにデザートワインが甘口ワインであることは間違いありませんし、どれくらい甘ければデザートといえるのか、という判断には個人差があります。なので、残糖量がこれ以上あればデザートワイン、とするのも少し乱暴といえば乱暴です。
ただそうはいってもやはり何らかの基準は欲しいもの。
私自身が肌感覚として感じている範囲としては、ドイツの基準でいえばアウスレーゼ以上の等級のものはデザートワインといえるだろう、というものです。同じ遅摘みであってもシュペートレーゼはまだギリギリ、デザートワインではないかな、と。
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もちろん中にはとんでもない量の残糖量を残したシュペートレーゼもありますので、そうしたものは例外的にデザートワインの範疇にいれています。
同じ遅摘みなのにシュペートレーゼはデザートワインではないのにアウスレーゼはデザートワイン、という区分に納得いかない方はぜひこの両者を飲み比べてみてください。何となく、私の肌感覚が示す基準をお分りいただけるのではないかと思います。
さて、上記のデザートワインかどうかの判断は「ドイツの基準でいえば」です。当然ですがデザートワイン自体は世界中にある区分ですので、ドイツだけの基準で規定することはできません。
そこで良く言われるのが、
貴腐ワイン
アイスワイン
遅摘みワイン
フォーティファイドワイン
ストローワイン
をデザートワインとするカテゴライズです。
3番目の遅摘みワインにはさらに上述のシュペートレーゼなのかアウスレーゼなのか、といった区分をするケースとしないケースとがあります。
赤色のあるデザート、ないデザート
色の有無がデザートワインのタイプを分ける一つの特徴である、と書きました。試しにオンラインのワインショップなどで極甘口の赤ワインを検索してみてください。
いくつか検索結果は出てくると思うのですが、その検索結果には一つの特徴があるはずです。そう、リキュールを入れて発酵を止めるフォーティファイドワイン (酒精強化ワイン) か、凍結による乾燥処理などをした広義でのストローワインしかないのです。
例外が全くないわけではないのですが、基本的にはフォーティファイドワインやストローワインのように人が積極的に手を加えることで糖度をあげる、もしくは糖度を残す仕上げ方をしたワインでなければ濃い赤色をしたデザートワインは造れません。
そこにはBotrytis cinerea (ボトリティス シネレア、以下ボトリティス) と呼ばれる、いわゆる貴腐菌の存在が関わっています。
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なお、このボトリティスが全くついていない健全果のみが完熟したり、自然凍結したりすることでとても甘くなった場合には遅摘みワインやアイスワインであっても濃い赤い色をした赤ワインのデザートワインを造ることができます。また例外的に元の果皮の色が極めて濃いブドウ品種の場合にはボトリティスがついた場合でも相対的に色味が濃く残っており、赤ワインのように見えるケースも中にはあります。
一方でブドウの果汁がより甘くなるプロセスにボトリティスが強く関わっていますので、このボトリティスを含まない果実から造ったデザートワインは甘さの度合いが多少、低くなる傾向があります。
ボトリティスとワインの色
ボトリティスがついたブドウから造られるワインでは、それが甘口かどうかにかかわらず、基本的に赤ワインは造られません。理由は2つです。
赤ワインを造れない二つの理由
ボトリティスがついたブドウから赤ワインが造られない理由の1つ目は、色を得るための抽出を嫌うからです。
ボトリティスがついたブドウは粒の、つまり果皮の表面にカビがついた状態です。一方で赤ワインが赤くなるためにはこの果皮を果汁に長時間漬け込むことで、果皮に含まれる色素を果汁に抽出する必要があります。
色を抽出する目的であってもカビの付着した果皮を果汁に漬け込んでしまえば、果汁にカビの味が移ってしまいます。醸造の現場ではこれを嫌います。
果汁にカビの味や匂いを移らせないためには、果皮と果汁の接触時間を可能なかぎり短くする必要があります。この両者の接触をさせないので色が抽出されることもなくなり、ワインが赤くならないのです。
ボトリティスがついたブドウから赤ワインが造られない理由の2つ目は、ボトリティスがついたブドウではそもそも色が濃くならないからです。
分解される色素
赤ワインが赤い理由は、ワインにアントシアニン (anthocyanin) を含むためです。
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アントシアニンはアントシアニジン (anthocyanidin) がアグリコンとして糖や糖鎖と結びついた配糖体のことを指しています。
アントシアニンはアントシアニジンにつく糖鎖の構成の違いによって複数の種類があり、その種類によって発色の仕方が違っています。発色団はアグリコン部分ですが、重要なのは糖鎖の構成です。
ここで問題になるのが、ボトリティスをはじめカビ類の多くが高いグルコシダーゼ (glucosidase) 活性をもっていることです。
ボトリティスがついたブドウでは果皮の内部でボトリティスによってもたらされた酵素であるグルコシダーゼがアントシアニンの持つグルコースとのグルコシド結合を加水分解します。アントシアニンは前述の通り、アグリコンであるアントシアニジンにグルコースをはじめとした糖や糖鎖が結合した配糖体であり、こうした糖鎖の構成によって特定の色に発色しています。
つまりグルシダーゼによってグルコシド結合が分解されてしまうことで、アントシアニンはアントシアニンとして存在できなくなり、同時にその発色性を失ってしまうのです。
過去に複数の国や地域でボトリティスのついた黒ブドウの成分変化に関する研究が行われており、いずれの研究でもボトリティスがつくことで果皮に含まれるアントシアニンをはじめとしたフェノール系化合物の含有量が大きく減少していることが報告されています。
こうしたメカニズムによりボトリティスが感染したブドウではそもそも果皮の色が失われてしまい、仮にマセレーションを行うなどして果皮からの色素の抽出を試みようとしても十分な結果を得ることができなくなります。
ボトリティスがつくことによって赤ワインが造られなくなる理由の1つめが出来上がるワインの味や香りに配慮した醸造上の理由だとすれば、2つ目はボトリティスというカビがもたらす、回避不可能なそもそもの生体上の理由だといえます。
判断の質が、ワインの質になる。
栽培・醸造における技術的判断を整理し、現場の改善に継続的に関与します。迎合でも代行でもなく、前提の確認・リスクの指摘・修正提案を、根拠とともに示す立場から。
判断の主体は、常にあなたに。
今回のまとめ | ボトリティスのついたブドウから赤いデザートワインを造るには
デザートワインには濃い赤い色をした赤ワインを造れる種類のものと、造れない種類のものがあることを書いてきました。
デザートワインとしての赤ワインを造りたいのであればボトリティスがつくことは避けなければなりませんが、ボトリティスがつくことを前提にしている貴腐ワインはもとより、アイスワインやアウスレーゼなどブドウの収穫の時期が遅くなりがちなワインでは必然的にボトリティスがつく可能性は高くなります。
またボトリティスがつくからこそ、極甘口と呼ばれる、舌がしびれるほどに甘いワインが造れてもいます。
ではボトリティスがついてしまったブドウでは赤ワインは絶対に造れないのか、といえばそうとも言い切れません。
ボトリティスがついたブドウでは房単位で影響が出ている、とする研究もありますが、少なくとも感染初期の時点においては同じ房の中でもボトリティスがついている粒とついていない粒とではその様相は異なっています。ここに醸造的な可能性が残ります。
つまり、まだ房の中でボトリティスがついている粒の割合が低いうちであれば、粒単位で選別し、ボトリティスがついた粒は即座にプレスして糖度の高い果汁を得るために使う。その一方でまだボトリティスがついていない部分はマセレーションに回すことで色の抽出をはかる。
先にプレスして得た果汁は色抽出用の容器に入れてしまい、以降はまとめて醸造する。
これがボトリティスのついたブドウで糖度の高い赤ワインを造るための方法となります。
量は少ないとはいってもボトリティスがついたブドウから得た果汁を使いますのでワインにボトリティスの臭いが多少はつきますし、果汁の大半がボトリティスのついていない粒から得たものになりますので全体での果汁の糖度は高い割合でボトリティスがついた状態のブドウから得るものよりも低くなります。
甘味が少なめになるため、デザートワインとして位置付けが微妙になりがちでもあります。
醸造の手間がかかる割にはそれに見合った価値が取りにくいワインとなるため、そこまでして造る必要があるのかどうかについては造り手の意識が大きく関わってくるワインであるといえます。




