飲んでいるワインを表現する方法、言葉使いは本当に人それぞれです。
最近ではワインから受けたイメージを言葉にするのではなくそのまま絵にして表現する、という方法も取られています。
ただワインの表現方法としてはまだまだ言葉を使って行うことが一般的ですし、そういった中で出会う頻度の高い単語というものは存在しています。その筆頭にあるのが「ミネラル」という単語ではないでしょうか?
この「ミネラル」という単語をワインの表現として使うことの是非については非常に多くの議論があります。筆者個人としては使うことを極力避けている単語でもあります。
これだけ多くの人に使われている表現でありながらなぜ議論があるのか、なぜ筆者は使うことを避けているのか、その理由を説明するとそれだけで一つの記事になってしまいますので今回はその点には目をつぶります。
今回はワインに含まれるミネラル(鉱物)、さらにそのなかの重金属についてです。
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重金属とは何なのか
まずは重金属というものについて簡単に説明しておきます。
重金属とは金属の中でも比重が4以上のものを指します。一般的には鉄よりも大きな比重を持つ金属で、アルカリ金属とアルカリ土類金属を除くほとんどの金属が重金属に分類されます。
代表的な重金属としては鉄、金、白金、亜鉛、銅、マンガン、モリブデン、コバルト、クロム、鉛、ニッケル、スズ、バナジウムなどがあります。
ミネラルと重金属とワインの関係
ミネラルという単語はそもそも鉱物のことを指しています。
この鉱物というものは金属と非金属に大別されますが、その金属の分類のなかのさらに比重が4以上のものが重金属と呼ばれています。つまり重金属はミネラルの一部です。
ですので、ワインを飲んで「このワインはミネラル感が強く、、、」という感想をお持ちになったのであれば、実際の含有の有無は別として、そこには上記のような金属類の存在を認めているということになります。
重金属はワイン中に存在するのか
ミネラルというとどこか健康にいいようなイメージを受けますが、重金属というと途端に体に悪そうな印象になります。実際には一部の重金属に関しては人体の必須金属として認識されていますのでその全てが悪というわけではありません。
人によっては鉄や亜鉛をサプリメントで摂っている場合もあると思いますのでこのあたりは理解していただきやすいと思います。含有されていたからといって、即、大問題、というものではないのです。
ただやはり自分で分かって摂取しているのと知らずに摂取してしまっているのとでは話が大きく異なります。その気もないのにワインを楽しんでいたらいつの間にか多量の重金属も摂取していた、などと言われたらやはり気持ちのいいものではないでしょう。
ところがこれは起こり得る事態です。
ワインには一部の重金属が含まれているものが存在しています。
ワイン中の重金属はどこから来るのか
ワインに含まれる可能性が高い重金属は主に鉄、銅、亜鉛の3種類で、これにアルミニウムが続きます。これらの重金属がワインに混入する経路は以下の2つに大別されます。
- ブドウの成長過程における土壌からの吸収
- 外的要因に由来する混入
1に関しては実際のところ問題になることはありません。実はこのことが上述のミネラルを巡る議論につながるのですが、ここでは割愛します。今回の記事のケースで問題になるのはほぼ100%、2の経路です。
ワインに含まれる重金属は何が問題か
ところでワインに重金属が含まれていたとして、これが問題になるのはどういう場合だと思うでしょうか?
表面的な話をすれば、テイスティングコメントとして「ミネラル」という単語がこれだけ使用されている状況です。仮に実際に重金属が含まれていても問題ないようにも思えます。
一般的にワインの製造過程において義務付けられている検査項目において、重金属系の物質の測定項目は存在しません。もしかしたら一部の国や地域においては義務付けられているかもしれませんが、少なくとも筆者はそのような測定項目の存在を認識したことはありません。
ですので造り手さえ実際には自身の造ったワインにどの程度の重金属が含有されているのかは知らないことがほとんどです。そのような状況ですので、飲み手の側にもそれに関する情報は拡散されませんし、それに基づく問題提起がされることもまずありません。言ってしまえば、誰にも認識されないまま通り過ぎてしまうようなものです。
そのような性質のものにも関わらず、時として醸造家はこの問題と向き合わなければならないことがあります。
その最たる事例が、味への影響を伴う澱としての析出です。
沈殿する重金属
ワイン中に混入した重金属はその含有量が増えるとワイン中に存在する他の物質と反応することで析出し、澱として沈殿します。これがワインの生産および販売において大きな問題となります。
逆に言えば仮にワインに多量の重金属が含有されていたとしても多くの場合は澱として沈殿するため体内に取り込まれる可能性は少なく、健康被害につながることはほとんどないとも言えます。ですが、見た目は非常に悪くなりますので顧客からは購入段階で忌避されやすくなってしまいます。なによりも味にも悪影響が出ますので、ワインとしては完全な欠陥品といえます。
またこの場合の味は多くの場合苦味を伴ったものとなりますので、一般的に「ミネラル」と表現される類の種類のニュアンスとはかなり異なったものでもあります。
問題となるほどの重金属の混入経路
すでにワイン中に含まれる重金属の混入経路が外的な要因に基づくものであることは書きました。では具体的にどのような経路があるのかというと、これも醸造所内外の2種類に区別することができます。
醸造所の中での混入は比較的単純で、使用している器材の材質由来のものがほとんどです。
タンクなどで多く使われているステンレスでは材質がワインと接触することによる物質のコンタミネーションは通常発生しませんが、タンクのコックやホースの接続具などに鉄や銅が使用されているとその部分との接触によってワイン中にこれらの物質が混入するケースが発生します。
鉄瓶を使ってお湯を沸かすと鉄分が溶け込む、という話を今でも時々聞きますが、まさにこのイメージです。
また一部のフィルター用材料などに重金属系の物質が含まれていることでワイン中に混入するケースもありますし、コンクリートタンクが原因となる場合もあります。特にコンクリートタンクのケースではワインとの接触時間が長くかつ接触面積も大きくなりますので、相対的に流出量が多くなるケースが実際に過去に発生しています。
これに対して醸造所外での混入経路の可能性として大きいのが、防除のための薬剤の散布と大気中に存在する重金属との接触です。
銅と鉄の混入は回避が難しい
ブドウの栽培において病気への防除は非常に重要なテーマです。
「栽培技術 | ブドウ栽培における病気への対策 - 防除の方法」という記事でも簡単に触れていますが、ワイン用のブドウ栽培における病気の代表格としてベト病 (downy mildew)、うどん粉病 (powdery mildew / Oidium)、そして灰色カビ病 (Botrytis)という病気があります。
このうち、ベト病の対策として有効なのが銅です。最近は含有される消石灰の環境負荷が大きいとして世界的に使われなくなりつつあるボルドー液にも硫酸銅という化合物として銅が含まれています。
このベト病予防に必須の銅が収穫時にブドウの表面に残留していると、搾汁工程を経由してワイン中に混入します。
実際にどの程度の量の銅が混入するかに関しては散布の量と時期、そして収穫前の天候に依存することになります。しかし一方で散布量が増えれば散布時期や天候に関わらず残留および混入の可能性は比例して増えることには違いありません。この意味で薬剤使用量の多い地域のワインには相対的に多くの量の銅が混入している可能性は否定できません。
なおこの銅の使用量を制限している栽培方法がビオロジックでもあります。
参考
一方で鉄は「空気感染」によって混入すると言われています。
詳しい数字は失念してしまいましたが、ある研究によればワイン中に混入する鉄の80%以上が鉄の粒子が風にのって大気中に浮遊し、ブドウ表面に付着することによって混入しているとされています。
事実として鉄は腐食しやすい素材であるため醸造所内で使用される道具類に基材として使用されることは多くはなく、後々析出するほどの量が混入するほど接触機会は多くない物質です。このため、直接的な接触以外の経路によって混入するという話は納得しやすいものでもあります。
なお鉄は地殻中濃度が他の重金属類よりも明確に高いことに加え、工業化の影響で排煙などを経由して大気中に放出されています。このため接触が容易な環境下においてその存在量が絶対的に多いこと、それに関連して接触可能性が高くなることに関しては疑問の余地がありません。
収穫されたブドウは基本的には洗浄されることなく加工されます。
このため仮に収穫前もしくは収穫後の輸送中に大気中に浮遊する鉄などと接触した場合にはそれはそのまま搾汁され、まとめてタンクの中に入ってくることになります。
今回のまとめ | ワインから重金属を除くには
後々問題を引き起こす可能性のある重金属はそもそもワイン中に存在していないことが最も望ましいことです。
しかしすでに見てきたようにその混入を完全に防止することは非常に難しいことでもあります。
薬剤散布に基づく銅の混入等であれば散布の方法や時期、量を見直すことで相当量減らすことは不可能ではありません。使用器材を媒介しての混入も器材の変更などで対策が可能です。
しかし、空気を経由して接触してくる鉄などの混入を完全に防止することはまず不可能です。仮にブドウ表面に鉄が付着した際にその状態が目視できるのであればまだ対策も取れるかもしれませんが、残念ながらこれらの物質は目視することができません。
知らないうちに付着して、知らないうちにタンクの中に入ってくるのです。
これに対して取れる対策は2つだけです。
1つは問題にならない量の混入であれば黙認すること、そして2つ目は問題になる量の混入があった場合には清澄剤を使用して取り除くこと、です。
ワイン中に存在する重金属は一部のものを除いて清澄剤による除去が可能です。ただ一方でこの清澄作業には注意が必要で、闇雲に手を出してしまうとタンク1つを丸々廃棄することにもなりかねません。用心のためにとりあえず実施しておく、という類のものではありません。
リスクがそれなりに大きい手法となりますので、必要性の低い状況で手を出すことはお勧めしません。
言い方は悪いのですが、ワインに含まれる重金属というものの存在は造り手にも飲み手にもそれほど注目されているものではありません。ある程度の量であれば入っていてもある意味で仕方のない、当たり前のものというものでもあります。
また話題になる機会が少ないということは、それだけ問題になるほどの量の混入が頻繁に生じるものでもない、ということでもあります。
ですので、この物質に関してはあまり神経質になることなく日頃から栽培面、ワインのハンドリング面の両面において基本を抑えた対策を講じつつ、問題になるほどの事態になってしまった場合には迅速に対策を行う、という姿勢を維持しておくことが大事です。