マグナムボトルというものをご存知でしょうか?
主にワイン用に使われるボトルには様々な種類があり、それらは主に内容量によって区別されています。”マグナムボトル”とはまさにこの「内容量」に基づく区分の一つで、通常のワインボトルの2倍の大きさをもつボトルのことを意味しています。ワイン用に使用される最も一般的なボトルのサイズは750mlですので、マグナムボトルはこの2倍、つまり1500mlの内容量を持つボトルのことになります。
一般的にマグナムボトルに詰められたワインは、通常サイズのボトルに詰められた同一のワインの価格よりも容量単価でみて高い値段がつけられます。これはなぜなのか、醸造的な視点を交えつつ見ていきたいと思います。
世界で統一されているボトル規格
ところで、ワインボトルのサイズが世界で標準化されていることはご存知でしょうか?
この750mlを基準とした世界標準のルーツはイギリスとフランスにあるとされています。イギリスのガロン(4500ml: 4.5L)とフランス、ボルドーの樽(225000ml: 225L)の関係から決まったとされているのです。イギリスは歴史的にボルドーワインの一大消費地だったため、この両者の関係が元になって規格化がなされた、というのは非常に納得しやすいところです。
一方で、日本はこの規格から外れています。
日本におけるボトルの標準サイズは720ml。日本酒の単位である1合180mlが由来となって制定されている規格です。この規格の差が主に日本からワインを欧州に輸出する際に問題となっている部分もありますが、それは今回の記事の趣旨からは外れるため、別項に譲ります。
容量ごとに異なる名前がついている
すでにマグナムで見たとおりですが、それぞれの容量をもったボトルにはそれぞれに異なった呼び名があります。しかも場合によってはボルドーとシャンパーニュで同じ呼び方なのに内容量が違っている場合も一部であったりしているのでとても面倒です。
ただ一般的には以下の4種類を知っていれば十分かな、とも思います。
内容量 : 呼び方
- 375ml : ハーフボトル
- 750ml : フルボトル
- 1500ml : マグナム
- 3000ml : ダブル・マグナム
なお、具体的なフランスでの容量ごとのボトルの呼び方やボトルの種類にご興味がある方は以下のサイトが詳しいですので参考にしてみてください。
マグナムが高いのはなぜなのか
マグナムボトルに詰められたワインの販売価格は、まったく同じワインでフルボトルに詰められた場合の価格の2倍よりも高いことが一般的です。どのくらい違いが出るものなのか、以前の記事で書いた具体的な数字がありますのでそれを引用したいと思います。
関連
2018年9月にドイツのBad Kreuznach(バードクロイツナハ)という街で行われたVDPというワイン生産者団体が主催で開催したワインオークションに、ドイツのみならず世界的にも有名なワインメーカーであるKeller (ケラー) というワイナリーの造ったTBA (Trockenbeerenauslese: ドイツにおける貴腐ワイン。詳細は上記の関連記事にて確認してください) がマグナムボトルおよびハーフボトルの二種類で出品されました。これらはボトルに詰められたワインは全く同じものでただ容量だけが違う、というものでした。
そしてそれぞれのボトルの落札価格は、
マグナムボトル: 6500ユーロ
ハーフボトル: 1000 ユーロ
でした。
ハーフボトルは容量的にはマグナムボトルの4分の1ですので、理屈上はそれぞれのボトルの価格差は4:1になっていなければなりません。ところが結果は上記の通り、6.5:1という大きな差がつけられたのです。
もちろんマグナムボトルはボトル自体の単価がフルボトルなどよりも高いなどコスト面で構成がフルボトルとは異なっています。ですのでそうした部材コストまで含めて考えた場合、単純に容量単価でフルボトルの2倍が適正価格というわけではないですが、それでも6倍も値段が違うということはありません。
これだけの価格差がつくということは、間違いなくマグナムボトルには何らかのファクターによる価格の上昇圧力がかかっている、ということです。
マグナムボトルには他のボトルにはない特別感がある
マグナムボトルはフルボトルの2倍の量があるだけあって、その存在感はなかなかのものがあります。この見た目や存在感が特別感に繋がり、その特別感が他のボトルにはない価値を生み出している、ということはマグナムボトルの価格が単純に容量単価でみた場合よりも高くなっているということの原因の一つになっていることは間違いがないのではないかと思います。
この”特別感”とは、
- なかなか目にしないという非日常感
- そもそもの生産本数が少ないという希少性
- 単純に大きい、もしくは思いというサイズからくるインパクト
などを出発点にして高級感、プレミアム感を醸成し、買った側、渡した側、そして受け取ったもしくはもらった側にそれぞれ抱かれるものです。そうした数々のインパクトがポジティブな印象につながり、容量単価から見れば割高な価格を顧客に支払わせることに成功しているのです。
これらはいわば、マーケティングの側面からみたマグナムボトルの特別感だと言えます。
醸造面からみたマグナムボトルのメリット
ではマグナムボトルは単にマーケティング的に成功した事例でしかないのかといえば、それは違います。醸造の視点から見た場合にも、フルボトルとマグナムボトルとでは明確な違いがあり、その違いが価格差に反映される可能性があるのです。
フルボトルとマグナムボトルとの間にある明確な違い、それは「熟成のポテンシャル」です。
ワインはボトルの中でも熟成する
細かい説明はここでは省きますが、ワインはボトリングした後にも詰められたボトルの中でゆっくりと熟成していきます。その進行速度は例えば樽に入っているときと比較すると遥かにゆっくりになりますが、熟成自体は進んでいきます。
この熟成の鍵となるのが、ボトル内に残った酸素の量です。
一般にヘッドスペースと呼んでいますが、ボトリングされたワインの液面とコルクやスクリューキャップの底面との間にはある程度の空間があります。そしてこのヘッドスペース内には量の多寡はあるものの、必ず酸素が混じっています。このヘッドスペースに含まれる酸素の量がボトリング後のワインの熟成の鍵を担っているのです。
参考
ボトリングされたワインの熟成にはコルクの呼吸が影響している、という話もよくされます。この点に関しては様々な意見がありますが、その一例として以下の記事を参考にしてみてください
この時のポイントは単なる酸素の量ではありません。ヘッドスペースに含まれる酸素の量と、ボトルに入れられているワインの量との比率が重要なのです。
酸素比率が高いほど熟成は早く進む
ボトルに入っているワインの容量に対してヘッドスペース内の酸素の比率が高くなるほど、そのボトル内におけるワインの熟成速度は早くなります。逆にヘッドスペース内に窒素を充填するなどして容量対比で酸素比率が低くなるとワインの熟成速度は遅くなります。
この事例は、”熟成”を”酸化”と置き換えた上で最近よく耳にするようになった「Coravin (コラヴァン)」のことを考えてみていただければよく分かるかと思います。なおワインにおける熟成と酸化はポジティブ、ネガティブの違いはありますが、事象としては同じことです。
参考
Coravinについてはこちらのサイトで確認できます
酸素比率が圧倒的に低いマグナムボトル
ここが重要なのですが、ボトル内の酸素比率を考えた場合、圧倒的に容量の大きいボトルのほうが有利になります。
ボトルは缶とは違って寸胴の形状をしていませんので、上に行けばいくほど細くなります。そして最終的な注ぎ口の大きさはどんな容量のボトルであってもそれほど大きな差はありません。これはつまり、どんなボトルであってもヘッドスペースの体積はそれほど差が生じない、ということでもあります。
もちろん容量の大きなボトルは全体的に太いですから、ヘッドスペースの体積は容量の小さいボトルのそれと比較して大きくはなります。しかしその程度はそれぞれのボトルの容量差ほどの違いではないのです。つまり、容量が大きくなればなるほど、ヘッドスペース内に含まれる酸素のワインに対する比率は下がり、その結果としてワインの熟成速度が落ちるのです。
まとめ: マグナムボトルはメモリアルボトルに最適。だから、高い
ワインの熟成速度を抑制できるマグナムボトルに充填することで、ワイン自体のポテンシャルにかかわらずワインの寿命を延ばすことができるようになります。
もちろんマグナムボトルはワイナリー側にとっても特別感を伴ったボトルだという認識がありますので、そこに詰められるワインは基本的に品質の優れたものが選ばれます。元から寿命の長い、ポテンシャルの大きなワインがその寿命であったりポテンシャルを追加的に引き出すことのできるボトルにボトリングされるわけですから、そこには醸造的な意味でも大きな特別性が付与されます。さらにそこに先に説明したような、マーケティング面からの特別性が加えられたものがマグナムボトルであり、その価値の直接的な発露が容量単価を超えたボトル価格なのです。
見た目の印象、そもそも顧客が持っているイメージ、そして醸造的な意味合い。これらすべての要素から生み出される特別感が付与されたマグナムボトルというものは、まさに長い間思い出と共に飾っておき、大事なタイミングで開ける記念の1本としてふさわしいものだと言えます。
単価で数倍という価格がこの価値に見合うかどうか、それを決めるのは顧客であるあなた自身です。