ドイツの専門誌 'der deutsche weinbau' に大変興味深い調査に関する記事が掲載されました。記事のタイトルは 'Bewusst Geniessen (意識して楽しむ)'。調査された場所はオーストリア。調査テーマはナチュラルワインの購買理由です。
ナチュラルワインをはじめ、ワインの購買行動についてはすでに様々な調査が行われています。先行調査の多くは調査対象者にブラインドでワインの試飲をしてもらい、その後にそのワインを買いたいと思うかどうかを尋ねる方法がとられています。以前、別の記事で紹介したナチュラルワインの購入行動に対する調査もこの手法に基づいて行われていました。
今回の調査が興味深いのは、こうした調査手法を取らず、実際にナチュラルワインを購入した消費者に対して深層心理を探るインタビューを行っている点です。
ナチュラルワインの購買動機については以前からワインそのものを消費する行動とは少し違った傾向がみられると指摘されてきていました。今回の調査は規模は大きなものではありませんでしたが、ナチュラルワインの購入に関わる消費者行動の特殊性の一端を説明するものとなっています。
ここからは雑誌に掲載された内容を引用しつつ、消費者がどのような動機に基づいてナチュラルワインの購入を決めているのかを見ていきます。
ナチュラルワインは想像の産物?
ナチュラルワインの話題になると必ず出てくるのが、定義付けの問題です。ナチュラルワインとはなんなのか。それが明確になっていなければ、製品自体が成り立ちませんし、調査もできません。しかし、ナチュラルワインとはどのようなものなのかという定義付けは極めて曖昧です。
一方でナチュラルワインに対する需要は近年、高まり続けています。最近ではこうした需要を受け、特に自然派を標榜していないワイナリーであってもナチュラルワインのセグメントに入る商品展開を増やしているケースも多く見受けられるようになってきました。ナチュラルワインとはなんなのかが、ますます不明瞭になっています。逆に言えば、ナチュラルワインは極めて裾野の広い製品セグメントとして捉えられ始めています。
こうした製品群を何か具体的な特徴に基づいて分類し、調査対象とすることは簡単ではありません。一方でナチュラルワインを購入する消費者はそうした曖昧さにとらわれず、一貫した購買行動を見せています。このことは、消費者が具体的な製品の特長に寄らない何らかの基本的な意識をもって行動していることを示しています。
そうした想像の上の製品セグメントに具体的な枠組みを与えるために採用された調査手法が、深層心理を探る心理学的インタビュー法でした。
購入者にとってのナチュラルワイン
この調査でインタビューを受けたのは実際にワインショップでナチュラルワインを購入した消費者です。調査では彼らにまず、自分たちが考えるナチュラルワインと従来のワインの違いを質問しています。そしてさらにナチュラルワインから連想するものを訪ねています。
この質問に対する回答はとても興味深い結果を見せています。
まず従来のワインとの違いでは「より自然である」「より持続可能性が高い、より健康的、より軽い」といった、一般にナチュラルワインに対していわれるのとよく似た回答がなされています。一方でこうした回答と並んで、「味に驚きがある」「流行の飲み物である」という回答もほぼ同数なされています。
さらにはナチュラルワインから連想される印象では、「独特」「健康的なライフスタイル」「自然を愛する」「天然のもの」といった回答が最も多く、これに「持続性」と「驚き」が続いています。一方で「複雑な味」や「自然な濁り」、「バイオダイナミックに基づいたブドウ」、「人為的な介入をしない造り」といったような、よりナチュラルワインの本質につながると考えられる項目はほとんど連想されませんでした。
調査ではこうして得られた各要素をいくつかのカテゴリーに分類し、それぞれのカテゴリー間のつながりを検証することでナチュラルワインの購入者がどのような要因に基づいて行動し、その行動の結果がどのような価値をもたらしているのかを明らかにしています。
購入者の欲しいものは「楽しさ」
各要素のつながりを分析していった結果、ナチュラルワインを購入した消費者が本当に欲しているものは「楽しさ」であることが明確になりました。これは同時に、「楽しさ」を得ることがナチュラルワインを買う際の最も強力な購入動機になっていることを示しています。
今回の調査では調査対象となった全員の回答で「味 → おいしさ → 楽しさ」という連想が成立しています。ナチュラルワインの購入者は、その先にある本当の自身の望みである「楽しさ」を得るために味に妥協することはなく、美味しいと感じられることに強いこだわりを見せています。
またこうした分析を通して、ナチュラルワインの購入者は彼らの生活における特別な価値をもった楽しみを、そうした価値を代表するような製品を購入することを通して表現しようとしていることも示唆されています。
ナチュラルワインに期待される承認
「味 → おいしさ」とつながる連想に紐づけられていたナチュラルワインの購入者が期待する価値は「楽しみ」だけではありませんでした。「承認」もまた、この連想の中に紐づけられています。
今回の調査対象となった購入者たちがナチュラルワインを飲むシーンの多くは仲間や所属するコミュニティーの中であることがわかっています。つまり購入者らは自分が購入したナチュラルワインがこうしたコミュニティーで消費され、そのワインの味によって何らかの「承認」を得ることを期待していることがわかったのです。
今回の記事はこの「承認」の対象が何なのかまでは記載されていないため、消費者がナチュラルワインを通してどのような承認欲求を満たそうとしているのかまではわかりません。しかし少なくとも、ワインが美味しければ彼らが彼らの所属するコミュニティー内において周囲の人からいい評価を得ることができるであろうことは予想されます。
味だけではない満足感
ナチュラルワインの消費者が満足を得る対象はワインの味だけに留まりません。彼らの持つ「自然」「意識的な生活」「持続性」といった価値観はナチュラルワインの消費に伴う、地域や環境を守っているという意識を通して満たされています。
ワインの購入者は自然に配慮したとされるワインの購入を通して自然や環境、そして自分自身に対しても何かいいことをしたい、何かしらの痕跡を残したい、そして彼らの意識的な生活スタイルを表現したいと考えています。こうした意向は従来のワインの愛好家にはないもので、ナチュラルワインの消費者に特徴的だといえます。
ナチュラルワインの購入動機
一連の分析を通して、ナチュラルワインの消費者にとっての決定的な購入動機が「楽しみ」、「消費する際の社会的な承認の獲得」、「自然との関係性」、「意識的な生活スタイルへの衝動」そして「持続性」であることが明らかにされています。
また彼らはナチュラルワインによって楽しみや快楽主義的な生活スタイルの基本姿勢を満たすことができると考えているようです。
ナチュラルワインの消費者が持っている自然や意識的な生活、環境持続性といった価値観はワインの味ではなく、環境への配慮や透明性、社会的な視点といった各種の情報によって満たされます。生産者などから提供されるこれらの情報によって消費者は各生産者の持つ理念が自分の持っている価値観に合っているかどうかを判断し、より自身の価値観に合うワインを選ぶことで満足感を得ています。
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今回のまとめ | 複雑さを伴う購買行動
ナチュラルワインの購入や消費については以前から従来のワインに対するそれとは異なることが度々、指摘されてきていました。
ブラインドテイスティングの段階では満足が得られず、購入しないと判断されていたワインが、ストーリーテリングによってそれまでの購買判断が一転、高い購入意欲が示されるなど、ナチュラルワインの購買において支配的な判断基準がワインの味や香りといった直接的な要素にはない可能性を示す事例が複数確認されていたためです。
今回の調査ではこうした以前からの指摘を、購入者の深層心理レベルでの価値判断という、これまでになかった視点から説明しています。
ワインの味や香りといった要素は、ナチュラルワインの消費で期待される本質的な価値を得るための過程にある要素に留まるものでした。また、消費者がナチュラルワインの購入もしくは消費によって満足したいと思っている価値が、ナチュラルワインの定義として議論されている各要素とはあまり密接に関連していないこともわかりました。
ナチュラルワインの消費においては、そのワインが持っているイメージこそ環境親和性や持続性といったものに繋がっている必要がありますが、具体的な栽培や醸造上の取り組みなどはそこまで重要視されていないと考えられます。
今回の調査は規模が小さく、ナチュラルワインの購買や消費を巡る全体像を完全に説明できるものではありません。一方で結果として示された内容はこれまでの別の検証事例の結果を説明することができるものであり、それなりに確からしさはあるように思えます。
何を求めてナチュラルワインを買うのか。この議論はまだしばらく続きそうです。