ブドウの品種と病気

Piwiの安全神話を解く|耐性遺伝子の可能性と限界

Piwiという単語が何を意味するのか、最近は説明を必要としない機会が増えてきました。Piwiはワイン用ブドウ栽培におけるトレンドワードとなっています。
Piwiとはドイツ語のPilzwiderstandsfähige Rebsortenの略称で、真菌耐性ブドウ品種のことです。ワイン用ブドウの大敵であるカビ系の病気、なかでもうどんこ病とべと病を中心に耐性を持たせた品種と紹介されます。

耐性の獲得は主に品種間の交配によって行われています。うどんこ病やべと病は北米を起源とした病気であるため、欧州系品種であるVitis vinifera種は耐性をもっていません。そこでこれらの病気に対して耐性をもっている北米系品種などと人工的に交配させることで耐性を付与しています。

単純に2つの品種を交配するだけであればPiwiという名前が使われる以前から行われてきました。しかしそれらの品種はハイブリッド品種といわれてもPiwiとは言われていません。PiwiがPiwi品種として成立している理由は、これらの品種がワイン法上の品種分類としてV.viniferaに分類されている点にあります。開発初期のうちは分類区分に対する議論が残っていましたが、最近の世代では多重交配 (戻し交配) によって分類上、V.viniferaに区分されるに至っています。

ワイン法では多くの場合、ワインの生産に使用することのできるブドウ品種はV.viniferaに属したものでなければならないと規定されています。単純な交配しかしていないハイブリッド品種はワイン法上の品種分類ではV.viniferaに区分されないためこの規定に抵触します。一方でPiwiとして扱われる品種は一部初期の開発品種を除きV.viniferaに区分されているため、規制に抵触することなくワイン用原料として使用することができるのです。

Piwiの「耐性」の正体

Piwiの説明では頻繁に病気に対する耐性という表現が使われます。確かにPiwiは真菌類に対して耐性を持っています。防除回数を最大で75%削減できる品種もあると、Piwiの普及を推進する団体の資料は伝えています。ではこの耐性とはどこからきているのでしょうか。

交配によって耐性を獲得する、という説明からもわかるとおり、「耐性」は遺伝子によってもたらされます。耐性遺伝子の有無がそのまま対象となる病気への耐性の有無となります。単純に言ってしまえば、欧州系のV.vinifera品種は耐性遺伝子を持っていないからうどんこ病やべと病に罹患しやすいのです。

耐性遺伝子は病気ごとに異なります。うどんこ病にはうどんこ病に対応した、べと病にはべと病に対応した耐性遺伝子がそれぞれ存在します。例えばべと病はRpv-Geneと呼ばれるグループが耐性遺伝子となっており、Rpv3, Rpv3.1, Rpv3.2, Rpv10, Rpv12などが具体的な耐性遺伝子として知られています。同様にうどんこ病に対してはRen/Run-Geneというグループがあり、Run1, Ren3, Ren9といった耐性遺伝子の存在がわかっています。

Piwiの開発ではこれらの耐性遺伝子を複数個、単一の品種に組み込むことが目標の1つに設定されています。これはピラミッディング (gene pyramiding) と呼ばれる設計手法です。ピラミッディングでは1つの病気に対して複数の耐性遺伝子を集積することでより高い耐性を獲得することを意図しています。レゲント (Regent) やロンド (Rondo) など初期に開発されたPiwiでは各病気に対して単一の耐性遺伝子しか保有していなかったのに対し、その後の開発世代では複数の耐性遺伝子を集積しているほか、より多種類の遺伝子型を用いた耐性構成の設計が志向されてもいます。

ピラミッディングの思想は、お城を守るために水堀を掘り、高い城壁を築き、そこに銃座を用意し、さらには見張り櫓を立てる、というのと似ています。仮に1つの防御を突破されてもそのあとに続く防壁のどこかで止めるのです。そしてこうした防御策の集積度合いが大きいものが、より高い耐性を持っている品種として扱われます。

メンバー募集中

メンバーシップ|すべての限定記事を読むならこちら

ワインの世界へ、もう一歩: 醸造家の視ているワインの世界を覗く部

醸造家の視ているワインの世界を覗く部

note|一部の限定記事を定額/単独購読するならこちら

マガジン: 醸造家の視ている世界

醸造家の視ている世界 note版



耐性遺伝子の安全性

Piwiのもつ耐性は組み込まれた耐性遺伝子によって担保されています。一方でこの遺伝子の効果は絶対というわけではありません。

例えばPiwiとしては初期に開発された品種であるレゲント。耐性遺伝子はもっていましたが、単一でありピラミッディングは行われていませんでした。このため抵抗性と呼べるほどの耐病性はなく、弱い耐性にとどまっていました。こうした品種では感受性品種と比べれば病気の発症率は多少は低くなったとしても防除回数を大きく削減できるほどではありませんでした。耐性遺伝子を持っていたとしても、病気に罹患するリスクは常に残っているのです。

これはより高度なピラミッディングが行われるようになった最新開発品種であっても同様です。耐性遺伝子の存在は確かに病気罹患のリスクを引き下げはしますが、完全にゼロにすることはありません。

安全性の期限

ブドウの樹は一度植えたら数十年にわたって栽培されます。最初の収穫という視点で見ても、新しく定植した樹から収穫できるのは3~5年後です。植えたその年に収穫して翌年にはまた新しく植え付けるというような、単年栽培ではありません。このためPiwiに期待されるのは、定植後も数十年にわたってその耐病性を発揮し続けることです。

すでに見てきたとおり、Piwiの耐性は耐性遺伝子によってもたらされています。定植された樹はその後に遺伝的特徴が大きく変化することは基本的にはありません。そのため組み込まれた耐性遺伝子は樹が生存し続けている限り、その効果を発揮します。樹の内側の環境は変わらないのです。変わるのは、外部の環境です。

単一遺伝子による単純な抵抗性は病原集団の変化によって急速に打破されやすい点は以前から指摘されてきました。これまでに多くの作物ですでに260以上の抵抗性遺伝子が単独使用の環境で効果を発揮しなくなったと報告されています。そして病原体による耐性遺伝子の克服は、Piwiであってもすでに達成され始めています。

克服される耐性遺伝子

2005年、チェコにある試験場でBiancaという品種に重度のべと病が発生していることが確認されました。Biancaは1963年にハンガリーで交配された白ブドウ品種です。この品種におけるべと病の蔓延が示したのが、耐性遺伝子を克服する病原体の存在でした。

Biancaは耐性遺伝子としてRpv3を保有しており、べと病やうどんこ病に対して高い耐性を示すことでも知られた品種でした。これまでもレゲントやソラリスといったPiwi品種がべと病やうどんこ病に罹患する事例は報告されていましたが、それらは従来の株よりも毒性の高いカビによってもたらされたものであり、耐性遺伝子自体が克服されたわけではないと考えられてきました。しかしこのBiancaの事例は、明確に耐性遺伝子に特異的に影響する病原の存在を示したのです。

このBiancaの事例を検証した試験では、3種類の異なる条件の圃場で採取され、分離されたべと病の株が用いられました。各株がRpv3を保有する個体と保有しない個体にどう作用するかを検証し、べと病に罹患したBiancaから分離された株が特異的にRpv3を保有する個体に対して影響することが確認されています。この結果からは、耐性遺伝子を克服した株にとっては耐性遺伝子はもはや一切の影響を与えない、つまりPiwiがPiwiとして機能しなくなることが明確に示唆されたのです。このような状態においては防除回数を減らすことはPiwi以外の従来の品種に防除を行わないのと同様の結果をもたらします。つまりその品種がPiwiであるという前提によって、結果的に病気への罹患リスクを引き上げる可能性が示されたものとも考えられます。

耐病性のもつ時限的リスク

Biancaのべと病感染事例が観察されたのが2005年のことでした。この事例によって耐性遺伝子であっても病原の進化によって克服される可能性があることが明確に示唆されました。一方で、この事例が即座にRpv3の無意味化を意味したわけではありませんでした。確かにチェコの圃場では耐性菌の発生が確認されましたが、それはこの菌の世界的分布を意味したわけではないからです。いずれは耐性菌の発生が起こりうるにしても、それまでの期間はRpv3は依然として耐病性を発揮することが期待できます。

問題なのは、耐性菌の登場時期が誰にもわからないことです。10年間は大丈夫かもしれませんし、明日、突然世界中で発生するかもしれません。ただ最近の気候条件を見る限り、定植してから次に植え替えるまでの数十年間を無事に過ごせると期待するのは楽観的に過ぎるかもしれません。

増加する耐性菌、無意味化する耐性遺伝子

べと病でいえば、すでに複数の耐性遺伝子を克服する株が存在することが確認されています。それらは単一の耐性遺伝子だけではなく、一部のピラミッディングさえも克服することが報告されています。確かにピラミッディングは耐性向上のために有効な手段ではありますが、絶対のものではありません。特にRpv3.1とRpv3.2など同一系統の耐性遺伝子を集積した場合には耐性菌が生じやすいことが観察されています。耐性菌の厄介なところは、一部の耐性菌にとっては耐性遺伝子は無視できる存在になってしまっている点です。

耐性遺伝子の作用とは、免疫構造に似ています。攻撃するべき対象として認識することで防御機能として働きます。強毒性の場合は、そうした防御が働いたうえでもカビ側の影響が上回るために病気が出ます。しかし耐性菌では、そもそも耐性遺伝子が攻撃対象として認識しなくなる場合があります。そうなると耐性菌にとって、該当する耐性遺伝子はないのと同じ状態になります。掘った水堀には大きな橋が架かり、その先の城壁には素通りできる穴が開いている状態です。そうなればいくらピラミッディングによって耐性遺伝子を集積していたとしても、菌にとっては耐性遺伝子をもたない従来のブドウ品種と同じ位置づけに過ぎなくなってしまう可能性が高くなります。

お願い

当サイトではサイトの応援機能をご用意させていただいています。この記事が役に立った、よかった、と思っていただけたらぜひ文末のボタンからサポートをお願いします。皆様からいただいたお気持ちは、サイトの運営やより良い記事を書くために活用させていただきます。

判断の質が、ワインの質になる。

栽培・醸造における技術的判断を整理し、現場の改善に継続的に関与します。迎合でも代行でもなく、前提の確認・リスクの指摘・修正提案を、根拠とともに示す立場から。

判断の主体は、常にあなたに。

まず現状を共有する

無料テイスティングレビューを試す

安全神話の裏側に目を向ける

ピラミッディングが無意味といっているわけではありません。複数の異なるタイプの耐性遺伝子を組み合わせることで単一系統の遺伝子の集積を行った場合よりも高い効果が得られる可能性は報告されています。ただそれでもそれを超えてくる耐性菌出現の可能性が否定されないというだけの話です。

最近のPiwiの開発方針はピラミッディングの複雑化ですが、これはそうすることで有効性を高めるという面だけではなく、そうしないと耐性菌に対抗しきれなくなってきているという面も持っています。Piwi開発はより広範な病気への対応や品種特徴の拡張という側面から語られることが多い一方で、べと病やうどんこ病への耐性を維持するためのいたちごっこでもあります。

Piwiの耐性がどれだけ維持されるのか。それは樹が植えられた環境にも大きく影響されます。一般に病原となる菌の活動がより活発になりやすい地域では耐性菌の出現可能性はより高くなる傾向を示します。そして一度耐性菌が出現すれば、それ以降は少なくともその地域におけるPiwiとして耐病性の優位度は大きく低下します。Piwiの耐性があくまでも耐性遺伝子によるものである以上、その遺伝子による防衛効果が期待できなくなればそれ以上の耐性は期待できないからです。

Piwiの開発は進められており、世代を経るごとにより複雑なピラミッディングにより高い耐性を獲得していくことが期待されています。一方でブドウ畑では、新しい世代のPiwiが出たからといって次々に植え替えていくことはできません。その意味において、将来のどこかの時点で耐病優位性のなくなったPiwi品種をどう扱うのか、考えておく必要があります。

これまでの耐性株の出現傾向を見る限り、一つのPiwi品種の耐性に過大な期待をよせるのは危険です。そこにあるのは世の中で語られているような安全神話ではなく、もっとぎりぎりの戦いです。そうした事情を正しく理解したうえで、どのようにこの新しい品種を利用するのかを検討し、選ぶべきです。


記事への質問をする

mond から質問を送る


限定記事を読む

メンバーシップ|すべての限定記事を読むならこちら

ワインの世界へ、もう一歩: 醸造家の視ているワインの世界を覗く部

醸造家の視ているワインの世界を覗く部

note|一部の限定記事を定額/単独購読するならこちら

マガジン: 醸造家の視ている世界

醸造家の視ている世界 note版

判断の質が、ワインの質になる。

栽培・醸造における技術的判断を整理し、現場の改善に継続的に関与します。迎合でも代行でもなく、前提の確認・リスクの指摘・修正提案を、根拠とともに示す立場から。

判断の主体は、常にあなたに。

まず現状を共有する

無料テイスティングレビューを試す

  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。ドイツのワイナリーで醸造責任者を歴任。栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーの醸造家兼栽培醸造コンサルタントとして活動中

-ブドウの品種と病気
-, ,