ワイン用のブドウ栽培で重要な作業の1つに除葉があります。
除葉とは読んで字のごとく、ブドウの樹から葉を除去する作業のことです。
葉は植物が光合成をするための重要な器官。にも関わらずその葉を取り除いてしまうなんて、と思われるかもしれません。しかしこの作業はブドウの栽培をするうえで重要な意味を持っています。
除葉についてはいろいろな議論がされています。手で行った方がいいのか、機械でやってしまった方がいいのか。どれくらいの量の葉を除去するのが適切なのか。そして、いつやるべきなのか。
こうした議論のいくつかはすでに結論が出されています。例えば、手作業と機械作業との間には明確な差はなく、場合によっては機械作業の方が有利な結果につながる可能性があるとされています。
一方で除葉の時期についてはまだ議論が続いています。
除葉の時期を変えて複数の検証が続けられていますが、ここでは開花前の除葉が特にブドウの色味にどのような影響をもたらしたかの事例に注目します。
除葉の効果
除葉はワイン用のブドウ栽培において複数の影響をもたらすことが分かっています。
以前の記事ではこの効果を次のように説明しました。
- 微小気候の改善
- カビ被害の減少
- 実の小型化
- 実における含有成分量の変化
また除葉の実施の有無はワインの香りにも影響します。
ブドウの、特に果房の周辺から葉を取り除く作業の一番の目的は果房周りの風通しを良くし、カビによる病気を予防することにあります。一方で果房周りの風通しを良くすると、結果的にブドウに陽が当たりやすくなります。これがブドウに含まれる成分の生成量に影響を及ぼします。
メトキシピラジンの含有量の話もこの一環ですが、もっと分かりやすいものがあります。ワインの色への影響です。
赤ワインの色は黒ブドウに含まれるフェノール類の量によって変化します。
フェノール類はいわばブドウの日焼け止めクリームです。黒ブドウでは果房に日が当たるとフェノール類の含有量を増やして日焼けを防止する習性があります。つまり、除葉作業でブドウの周りの葉を取り除くとブドウに直接日が当たりやすくなり、ブドウに日が当たるようになった結果、より色の濃いブドウになるのです。
赤ワインではより色の濃いワインが好まれます。このため、黒ブドウの栽培では除葉をより積極的に行い、着色を濃くするのが一般的です。
開花前の除葉とフェノール類への影響
黒ブドウには複数の種類のフェノールが含まれています。
その分類を見てみると次のようになります。
- Phenolic acid
- Flavonoid
- Stilbene
さらにFlavonoidの下位分類として
- Flavan-3,4-diol
- Flavan-3-ol (Catechin: カテキン)
- Flavonol
が含まれます。
さらにFlavan-3,4-diolに所属するものとして
- Anthocyanidin
- Anthocyanin (アントシアニン)
があります。これらのなかでワインの色に関わっていないのはStilbeneだけで、それ以外のフェノール類はいずれも何らかの形でワインの色味に影響を与えています。
これらのフェノール類はブドウの中で同時に生成されているわけではありません。それぞれ別のタイミングで生成されています。このために除葉を行う時期によって生成されるフェノールの種類とその量に変化がでます。
除葉の時期と含有フェノール量の変化については複数の実験を通して様々なレポートが出されています。そうしたなかで、開花前の除葉がブドウの色味にポジティブな影響を与えるとの報告がされています。
開花前の除葉が色味を深くする
まず知っておかなければならないのは、除葉をするとその時期に関わらずブドウの色味は濃くなるということです。
理由はブドウの果房に日が当たるようになるからです。日光によって生成が促されるフェノール類は、影となっていた葉を取り除くことによってより、ブドウの中で生成されるようになります。一方で日光による生成促進作用のないFlavanolsは除葉をしても含有量に変化はありません。
こうした中で、開花前の除葉がFlavonol類およびPhenolic acid類の生成量をより促進させる可能性が示唆されています。
Flavonol類やPhenolic acid類は色素のコピグメント化と安定化を促進します。
ワインの色味に重要な役割を果たしているAnthocyaninの生成量は除葉の時期を開花前にしても特に変化しませんでしたが、Flavonol類やPhenolic acid類の生成量が増えることで生成されたAnthocyaninが安定化し、ワインの色味がより濃くなる効果をもたらすのです。
今回のまとめ | 複合的に判断されるべき除葉の時期
開花前の除葉がワインの色味に良好な影響を与える可能性があります。また早期の除葉はメトキシピラジンの生成抑制に対しても効果があるとされています。
こうした点から除葉は早期に行うのがいいようにも思われますが、早期の除葉はまた、ネガティブな効果ももたらす可能性があります。その1つが日焼けの被害の拡大です。
近年では地球規模での気候変動の影響で夏の猛暑化が進んでいます。これによって深刻化しているのがブドウの日焼け被害の拡大です。
除葉は確かに必要な作業ですが、同時にブドウの果房が直射日光に晒されることで日焼けしやすい状況を作ってしまいます。このため敢えて除葉をほとんど行わずにブドウを日陰に置くようにしているケースもあります。
1つの考え方としては除葉を暑くなる前の時期にしてしまって、盛夏のもっとも日焼けリスクが高くなる時には新しい葉が出てきているようする方法もあります。一方で不安定で予想が付かない気温の変動を警戒してわざと時期を遅らせるのもまた1つの考え方です。
こうした除葉の実施時期の判断をより困難にするのが、降雨時期と量の変化です。
除葉の大きな目的の1つは病気の予防です。
このため雨の状況に合わせて果房周りの風通しを改善してやる必要があります。日焼けのリスクをとって果房周りの微小気候の改善を優先するのか、多少の病気のリスクをとってでも日焼けの被害を抑制しようとするのかの判断が求められます。
ワインの色味の改善を除葉の時期の調整で行う可能性は魅力的なものです。しかしその判断をするためには、色味だけではなく、日焼けや病気のリスク、さらには樹勢の調整や目的とする収穫時糖度など複数の要因を複合的に判断する必要があります。
開花前の除葉がもたらすより具体的な影響の範囲や、それによって注意すべき栽培および醸造上の注意点についてはオンラインサークル「醸造家の視ている世界を覗く部」およびnote「醸造家の視ている世界 | note版」に解説記事を公開しています。
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