二酸化硫黄

ワインと酸化防止剤|亜硫酸は除去できるのか

ワインに含まれている成分の中で最も話題に事欠かないのが亜硫酸、二酸化硫黄 (SO2) ではないでしょうか。最近ではずいぶんと減った印象ではありますが、ワインを飲んで感じる頭痛の原因といわれていた時期も長く、亜硫酸=悪という構図がかなりしっかりと出来上がってしまっている部分もあります。

ワインを飲んで感じる頭痛の多くは実際には亜硫酸ではなく生体アミンとよばれるアレルギー性の強い成分を原因としている可能性が高いことが分かってきている一方で、亜硫酸自体が物質としてはアレルゲンであり人体有害性がゼロではないことなどから、ワインに含まれる亜硫酸が悪役であるとの汚名を完全に払拭することはいまだに出来ていません。

亜硫酸は人体に有害であると認識されているため、ワインからその有毒な亜硫酸を取り除きたいと考える人が一定数います。またそうした需要に応えようとする商品も一部で販売されていたりもします。なかにはフィルターを通すだけで亜硫酸を除去することを謳うものもあり、ワインに含まれている亜硫酸はとても手軽に取り除けるような印象をうけます。

ここで疑問になるのが、ワインに含まれる亜硫酸が本当にそんなに手軽に除去できるのか、ということではないでしょうか。そこでこの記事ではワインから亜硫酸を取り除くことができるのか、という点について解説をしていきます。なお、市場で販売されている各製品の効果や性能については一切触れません。

亜硫酸は除去できる

結論からいえば、ワインに含まれている亜硫酸を取り除くことは可能です。しかしこれは、できる、できないだけで言えば、できるという程度の話です。また除去は可能であるものの、完全除去を保証することはできません

ドイツで行われているワイン造りの方法の1つにズースレゼルヴ (Süssreserve: SR) を使用するものがあります。ズースレゼルヴとは収穫したブドウを圧搾して得た果汁を発酵させずに保管しておいたもののことをいいます。SRは出来上がったワインに甘みを足すために使用しますが、重要なのはSRは果汁に含まれる糖分を最大限に保つため、発酵してはいけない、という点です。

SRを発酵させないために通常ワインでは添加しない量の亜硫酸を添加します。一般的な辛口のワインに添加する亜硫酸量は多くても80mg/L程度ですが、SRに対しては1000~1500mg/Lもの量を添加します。ここまで入れないと長期間にわたって完全に発酵を止めておくことが難しいのです。

一方でワインに添加してもいい亜硫酸の量には上限があります。この上限値は国や地域、ワインに含まれる残糖量などによっても異なりますが、EUにおけるワイン法の規定では辛口ワインの場合では最大でも150~250mg/Lとされています。SRに添加されている亜硫酸量の10分の1程度です。このためワインへ添加するSRの量によっては出来上がるワインに含まれる総亜硫酸量が法的な上限値を超える可能性があります。そこで必要になるのが、SRからのSO2の除去です。

このSO2の除去作業は実際に行われていますし、それによって出来上がるワインに含まれている総亜硫酸量も法的な規定範囲内におさめることができています。果汁かワインかの違いはあるものの、亜硫酸は除去することが可能なのです。

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亜硫酸を除去する作業

ワインや果汁に含まれている亜硫酸を取り除くことができることはわかりました。なら消費者が夕飯の食卓でワインを飲む前に亜硫酸を取り除いて、アレルゲンフリーのワインを美味しく気軽に楽しめるのか、というとそういうわけではありません。なぜなら、少なくともSRからの亜硫酸除去で行われている処理はまったくお手軽ではないからです。

SRから亜硫酸を取り除く場合には、常圧向流蒸留法と呼ばれる方法が使われます。名前からしてお手軽さを感じない方法ですが、全くもってその通りで、この処理を行うためには大型の装置が必要となります。家庭に置こうとすれば、この装置だけで日本の一般家庭のキッチンなら他のものが置けなくなるくらいです。

除去のための方法はいわゆる蒸留です。カラム内にSRを流し込み100度以上に加熱、分離して揮発してきた亜硫酸をアルカリ系の処理剤と結合させることで取り除きます。この方法ではある程度の範囲で処理後の亜硫酸濃度を任意に設定できる一方で、除去率は90%くらいまでに留まると言われています。なお、処理の工程で一度沸騰させる必要があるため、香り成分やアルコールといった含有成分にも当然影響が出ます。甘さを添加することだけを目的としているSRだからこそ使える手法といえます。

SO2の一部は比較的お手軽に取り除ける

普通に亜硫酸フリーのワインを楽しむのにはまったくむかない蒸留法ですが、これ以外に亜硫酸をワインから取り除く方法がないのかというと、実はそうでもありません。ないことはない、というのが答えです。

この玉虫色の答えの意味を理解するためにはもう一度、ワインに含まれている亜硫酸の状態を確認しておく必要があります。

ワインに含まれる亜硫酸の2つの区分と3つの状態

ワインに亜硫酸を添加した場合、その直後から亜硫酸は3つの状態に変わり、2つの分類に区分されるようになります。3つの状態とは、分子状のSO₂と水素と結合したHSO₃⁻、そしてSO₃²⁻です。これは亜硫酸をワインに添加した際にワインに含まれる水と亜硫酸が結合するなどして発生します。どの状態のものが一番多いかはワインのpHに依存します。

一方でこの3つの状態はいずれも遊離型亜硫酸と呼ばれる区分に属しています。これに対して、亜硫酸がほかの物質と結合することで別の物質になっている場合もあります。それを結合型亜硫酸と呼びます。亜硫酸の除去を考える場合に重要になるのが、この結合型の区分になっているSO2はSO2として期待されている効力のほとんどを失っている、という点です。

酸化による結合型への移行

結合型亜硫酸に分類される化合物の形の1つにsulfate (硫酸塩: SO₄²-) があります。硫酸塩という名前だけを見てしまうといかにも身体に悪そうな印象も受けますが、飲泉などに含まれている場合があるほか、食品添加物としても認められており、よほどの高濃度で摂取しなければ人体有害性はないとされている物質です。

化学式を見ると分かる通り、この硫酸塩は遊離型SO2の状態の1つであるSO₃²⁻にさらに1つ酸素原子が結合したものです。つまり、SO₃²⁻が酸化したものです。

ワインに含まれているSO2でもより反応性が高いのは遊離型のものです。酸化防止剤と呼ばれる通り、ワインの酸化を抑制しているのもこの遊離型のSO2です。一方で、反応性が高いということはそれが頭痛の原因になるかどうかは別として、それだけ刺激性が強いということでもあります。この遊離型のSO2が別のものと反応して結合型に移行するのに伴って反応性が低下し、酸化防止剤としての効力も無くなっていきます。その結果、遊離型のときには持っていた刺激性も弱くなったり無くなったりしていきます。

結合型への移行による反応性の除去

ワインに含まれているSO2を取り除きたいという要望を叶えるためには、必ずしもワイン中に含まれているSO2の量をゼロにしなければならないわけではありません。多くの消費者がワインから取り除きたいのはアレルギー反応の原因であってSO2ではないからです。この観点に立てば、ワイン中にSO2が含まれていたとしてもその影響を受けないのであれば、そのワイン中にはSO2が含まれていないのと同じことだと見做せます。そしてこの程度のことであれば、一般家庭で実行できる程度の範囲で実現可能です。

ワインに含まれる亜硫酸のうち、一般に悪者扱いされているのは遊離型のものです。一方で結合型になってしまえば刺激性が低下するため、考え方によっては、問題はないものとして扱うことができます。そして遊離型のSO2を結合型に移行する方法の1つは酸化させることです。

つまり、遊離型のSO2を強制的に酸化させてやればそのSO2は結合型へと移行し、摂取した際の影響という意味では取り除かれたのとほぼ同じような状態にすることができるのです。

亜硫酸を酸化させる方法

ワインの裏ラベルなどを見ると、亜硫酸 (酸化防止剤) のような書き方がよくされています。この記載の通り、亜硫酸はワインが空気と触れて酸化するのを防止するために添加されています。

新しくボトリングされたワインはボトル内にある程度の量の酸素を含んでいるため、保管や流通の過程を通して添加されているSO2は何もしなくとも酸化され、遊離型から結合型へと変わっていっています。とはいえこの変化はゆっくりとしたものです。数年程度の保管期間だけではすべてのSO2が結合型になっておらず、抜栓時にまだ遊離型のものが残っている場合もあります。

抜栓されたワインやグラスに注がれたワインを酸化させるためによく行われているのが、デカンタージュとスワリングです。どちらの行為もワインが接触する空気の量を増やし、ワインの酸化を促します。ワインが酸化圧力に晒されるとまずはワイン中に含まれている酸化防止剤であるSO2が先に酸化されていきます。結果、ワイン中に存在していた遊離型SO2は結合型SO2へと移行し、遊離型の濃度が減ります。

デカンタージュはスワリングよりもワインを酸化させる圧力が強い方法ですが、実施するためにはデカンタやカラフェなどが必要です。徳利に移すことの多い日本酒とは違いワインは比較的ボトルから直接グラスに注ぐことが多く、こうした容器が家庭にはない場合も少なくありません。そのため、家庭でワインを飲む際には多くの場合、ワインの酸化促進はスワリングが中心となります。しかしスワリングも慣れていないとやりにくいもの。ワインをこぼしてしまうかも、と心配になる場合もあれば、どのくらいやればいいかもわからない、という場合もあり得ます。そこで出てきたのが、ボトルからグラスにワインを注ぐ時に使う、小さな道具です。

そうした道具の多くは上からワインを注ぐと道具内でワインが螺旋状に流れ、その過程で強制的に空気を多く取り込む構造となっています。つまりグラスにワインを注ぎながら強めのスワリングを複数回行っています。これによってワインがより強い酸化圧力に晒され、ワイン中に残っていた遊離型のSO2が酸化されていきます。この結果、SO2は刺激性の多くを失い、アレルギー性の低い、飲みやすいワインとして消費者が楽しめるようになる可能性があるのです。

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今回のまとめ|酸化が有効かどうかの確証はない

理屈上、遊離型として存在しているSO₃²⁻を酸化させてSO₄²-にしてやればSO2をほぼ無害化できます。一方で、ワインをスワリングなどを通して酸化させた場合に必ずしもこの望んだ酸化反応が発生しているかどうかはわかりません

またワイン中に遊離型のSO2が含まれているからといってワインに含まれる他の成分すべての酸化に先立ってSO2のみが酸化するわけではありません。このため、あまりに強い強制酸化の圧力下にワインをおいてしまえばSO2以外の成分の酸化も進み、ワインの品質を大きく損なう危険性が高くなります。さらには結合型のSO2が絶対にアレルゲンとしての性質を持たないのかといえば、その確証はありません。つまり、SRからのSO2除去のように、遊離型だけではなく結合型のSO2をも取り除いていない状態においては亜硫酸フリーは本来は言えませんし、アレルゲンとしての安全性の確保もいえないのです。

ワインに含まれている成分の一部はそれぞれに対応した清澄剤や吸着剤を使用してワインから取り除くことができます。これに対してSO2には対応した清澄剤や吸着剤が少なくとも現時点ではありません。これはSO2のワインからの除去が非常に難しいことを意味しています。

ワインが食品である以上、アレルギー性を含む成分が含まれていないに越したことはありません。一方でワインの品質を極力少ない添加剤できちんと守るためにはSO2の使用が欠かせません。ワインに含まれる程度の量のSO2であれば人体有害性はほぼないとされており、健康な人であれば気にする必要はほぼありません。しかしSO2自体は不耐性に近い反応を示す人もいるアレルゲンであることは間違いがなく、そうした人がより手軽にワインを楽しむためには家庭で手軽にワイン中のSO2を取り除ける技術の開発が不可欠です。そうした技術の開発に挑戦した例はあってもまだ成功例は聞こえてきていません。今後の研究の発展が待たれる分野だと言えます。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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