生体アミンという単語に聞き覚えはなくても、ヒスタミン、チラミン、もしくはドーパミンという名前を知っている方は多いのではないでしょうか。
最近、ワインに関連して生体アミン (biogenic amine: BA) の話題を耳にすることが増えてきました。
生体アミンはオフフレーバーのような、ワインにおける欠陥の類とは少し違った場所に位置付けられている物質です。生体アミン自体はその人体有害性により食品安全の視点からすでに長期にわたって研究が進められてきています。ワインについてもかなり以前から研究は存在していましたが、特に2000年に入る前後くらいからその数が増加してきています。
これまではワインに添加される二酸化硫黄が飲酒後の頭痛の原因とされていたのに対し、実際には生体アミンの関係が指摘されるようになったことなどはこうした検証に基づき生体アミンへの理解が深まった結果といえます。
生体アミンという単語を耳にし、自身も口にするようになる一方で、では生体アミンとはなにか、と問われると説明するのは簡単ではありません。まだまだ言葉が先行して独り歩きしている状態です。
生体アミンとはなんなのかを解説します。
生体アミンとは有機窒素化合物
生体アミンを一言でいうと、生体内で合成される有機窒素化合物のことです。とはいえ、これで理解できれば誰も苦労しません。もっと細かく見ていきます。
まず生体アミンとは生体内で合成されるアミンのことです。この場合の「生体」とは動植物、ヒト、微生物などの生きているもの全般を指します。続いて「アミン」とは、化学的にいえばアンモニア (NH₃) の水素原子を炭化水素基または芳香族原子団で置換した化合物の総称のこと。アミン基を構造に持つ化合物のことともいえます。アンモニア自体もアミンに分類されます。
難しいかもしれませんが、ちょっと考えてみてください。日常生活でアンモニア臭を感じること、よくあるはずです。でも誰も直接アンモニアを飲んだり食べたりはしていません。これはヒトが体内でアンモニアを合成していることの証明です。つまりアミンや生体アミンはそれくらいありふれたもので、特別なものではないのです。重要なのは、アンモニアが窒素と水素が結合した化合物であることから分かる通り、アミンの原料が窒素である点です。だからこそ、生体アミンは生体内で合成される有機窒素化合物と説明されます。
必要物なのか有害物なのか
生体アミンの話題が出るときはその多くが人体に対する有毒性に注目されています。確かに生体アミンの研究が行われているきっかけの多くはその毒性に注目されたからでもあります。
アドレナリン、ドーパミン、セロトニンといった物質をご存知でしょうか。昨今、アドレナリンなどは耳にする機会が増え、なかば日常的な単語になりつつあります。これらについてはあまり悪い話を聞きません。しかし実はこれらも生体アミンです。
生体アミンの多くはホルモンや神経伝達物質として重要な生理作用を担っています。特に強いストレスにさらされた細胞内で重要な役割を果たしているといわれています。アドレナリンにしてもドーパミンにしてもあまり大きな問題にならないのは、こうした生体アミンが腸管内に存在する酸化酵素によって生理的に不活性化され、無毒化されているためです。逆にいえば、普段はあまり問題視されていない生体アミン類だったとしても、生体内における濃度が高くなり無毒化できる能力を超えてしまうと直接的、間接的に毒性を示すようになります。
生体アミンによる生理作用とはある意味において毒を以て毒を制しているものですので、その量が増えて手に負えなくなると単純に毒になる、というわけです。
なお生体アミンの持つ毒性によって引き起こされる各種症状には頭痛、呼吸困難、動悸、低血圧または高血圧、腸管ヒスタミン症、いくつかのアレルギー性疾患などがあるとされており、最悪の場合にはアナフィラキシーショックを引き起こして死亡する可能性も指摘されています。
酵素が作る生体アミン
生体アミン、特にワインに関係している生体アミンはその化学的な構造によって芳香族アミン類 (aromatic amines)、複素環式アミン類 (heterocyclic amines)、脂肪族アミン類 (aliphatic amines)に大別されます。基本的にはこの3種類のすべてが酵素の働きによって作られています。
酵素の働き方には4種類の反応経路があるとされていますが、特に人体有害性が高いとされている芳香族アミンに分類されるチラミン (tyramine: TYR)と複素環式アミンに分類されるヒスタミン (histamine: HIM)は脱炭酸酵素 (decarboxylase)と呼ばれる酵素によるアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されていることがわかっています。
生体アミンのほとんどは窒素化合物、つまりアミノ酸が原料となっていますが (窒素はアミノ酸の主要構成元素です)、脂肪族アミン類の一部ではケトンやアルデヒドといった非窒素含有化合物がアミン化やアミノ基転移 (transamination)と呼ばれる反応を通して合成されているものもあります。なお、これらの反応も生体内では酵素を介して行われていることに変わりはありません。また脂肪族アミン類の中でも脂肪族揮発性アミン類と呼ばれる化合物類は人体への有害性はないものの、ワイン中に存在すると官能評価に対してネガティブな影響を及ぼすことが知られています。
生体アミンとワインの関係
ここまで生体アミンがどのようなもので、何が原因で作られているのかを見てきました。大事なのは、生体とその生体が作り出す酵素が関わっていること、アミノ酸が原料であること、そして無毒化できなくなると毒性を示すこと、です。この3点をしっかりと抑えておくことでワインとの関係を明確に理解できます。
ワインにおける生体
ワイン造りに関わる生体とは、主に植物としてのブドウ、微生物としての酵母とバクテリアです。さらにはワイン造りには直接関係していなくてもブドウの果皮表面に付着している微生物も含まれます。このすべてが生体アミンを合成する可能性を持っています。
収穫されてきたブドウの中にすでに生体アミンは存在していますし、アルコール発酵中における酵母の代謝でも生成されます。ワインの醸造工程中でもっとも多量の生体アミンが生成されるとされているのはまさにバクテリアの一種である乳酸菌 (lactic acid bacteria)が活発に代謝を行うMLFの段階です。
MLFを経ることでワイン中に含まれる生体アミンの量が増えるため、生体アミンの含有量は白ワインよりも赤ワインで多くなる傾向が強くなることがわかっています。
生体の種類と品種と気候と土壌
ワイン中で生体アミンを生産する生体には様々な微生物が含まれています。このことが、ブドウの品種やその年の気候、さらにはブドウが栽培されている畑の土壌とワインに含まれる生体アミンとの関係を生み出しています。
ブドウの品種が変わると果皮表面に存在する微生物叢に変化が出るといわれています。この状態はブドウの健康状態によっても大きく差が出ます。さらには土壌の種類によってもそこに棲息する微生物の種類や量に違いが生まれることがわかっています。同じブドウ品種であっても土壌の種類が違う畑で栽培されている場合にはまったく異なる微生物叢を果皮表面に持っていることは珍しくありません。またこうした微生物の生息状況は気候の影響を強く受けます。
ワイン造りの工程中でブドウ果汁中に入ってくる可能性の高いこうした微生物叢の変化は、そうした微生物類が代謝の過程で生成する酵素の種類や量の違いにつながり、最終的にワインに含まれる可能性のある生体アミンの種類や量に影響をもたらします。
アミノ酸含有量とブドウと畑と天気
仮にワイン中に生体アミンを生産する酵素が大量に含まれていたとしても、そこに原料となるアミノ酸がなければ生体アミンが作られることはありません。逆にいえば、ワインに含まれるアミノ酸量が多い場合には潜在的な生体アミンの含有量は多くなります。
アミノ酸は複数の経路をたどってワイン中に入ってきます。
1つはブドウ。ブドウにもタンパク質は含まれていますので、これが分解されることでアミノ酸となります。ブドウに含まれるアミノ酸の種類や含有比率はブドウ品種によって異なるだけではなく、生長段階における天候条件、収穫されたブドウの熟度、さらには栽培方法や土壌の種類やその組成までもが影響するとされています。
またタンパク質の多くは果皮や梗に含まれているため、醸造工程中で長時間の果皮抽出を行うとブドウ果汁もしくはワイン中に含まれるタンパク質量も増えることにつながります。
ワイン中のアミノ酸量が増えるもう1つの大きな要因が、酵母の分解です。
アルコール発酵が終わった後、容器の底に溜まる滓。その滓を構成している成分の多くが酵母の死骸です。滓に含まれる酵母の死骸はゆっくりと分解されていき、その過程で大量のアミノ酸をワイン中に放出します。こうしたワイン中に供給されたアミノ酸が原料となり、生体アミンの合成が行われます。
複数の検証事例でも長期間の滓熟成によってワイン中に含まれるヒスタミン、チラミンをはじめとした生体アミンの量が増えることが報告されています。
ワインの醸造条件と生体アミンの量
ブドウ果汁中、もしくはワイン中に多くのアミノ酸が含まれており、さらにはそれを生体アミンに合成できる生体が存在している場合、必ずしもそのワインに含まれる生体アミンの量が増えるのかといえば、そうとは限りません。最終的に重要になるのが、生体類や酵素にとっての環境条件です。
仮に微生物や酵素がワイン中に存在していたとしても、それらを二酸化硫黄の添加や清澄剤によって失活もしくは除去できるのであれば実際に生体アミンが生成される確率は大きく下がります。また、生体アミンの生成要因がそもそも細胞が強いストレスにさらされることへの対応策ですので、酵母や乳酸菌がストレスを受けにくい醸造環境を整えることも生体アミンの生成確立を引き下げることにつながります。
逆にSO₂の適切な添加をせず、微生物の不活性化を行っていないような状況で滓熟成を行うと放出されるアミノ酸がそのまま生体アミンに代謝される可能性が高くなりますし、ワインのpHが高いとSO₂の効果が低下することに加えて微生物の活性度が上がるためにやはり生体アミンの生成量は増加傾向となります。
またアルコール発酵にしてもその後のMLFにしてもスターターを用いない自然発酵を行うと生体アミンの生産量が増えることがわかっています。
なぜワインでは生体アミンの影響が大きいのか
生体アミンは特別なものではなく、ごく一般的に食べ物や飲み物の中に含まれているものです。いわゆる発酵食品では特に含有量が多いですし、その中でも乳酸菌を使っているものでより多くなる傾向があります。それこそチーズや魚の干物ではワインをはるかに超える量の生体アミンが検出されている例は多くあります。特にワインに含まれるヒスタミンの量がチーズに含まれる量を超えた事例はほとんど報告されていません。それにもかかわらず生体アミンがワインで問題になるケースが多いのは、アルコールとポリアミンと呼ばれるアミン類の存在が強く関係しています。
生体アミンが人体に対して毒性を持つのは、腸管内におけるアミン酸化酵素によって無毒化できる許容量を超えたときです。
このアミン酸化酵素の量は個人差が大きいことが知られていますが、さらにはアルコールやアセトアルデヒド、そして生体アミンの中でも脂肪族ポリアミン類と呼ばれる種類のものによって活性が阻害されることがわかっています。つまりヒスタミン自体の含有量が少なかったとしても、そこにアルコールやポリアミンが存在することで潜在的な毒性が強化され、症状の重症化につながるのです。
脂肪族ポリアミン類にはいくつかの生体アミンが分類されていますが、その中でもputrescine (PUT)とagmatine (AGM)はアミノ酸の中でもアルギニン (arginine)やオルニチン (ornithine)を原料としています。さらにオルニチンはアルギニンの分解によって生成されており、そのアルギニンはブドウに多く含まれているアミノ酸の1つです。つまり、ブドウから造られているワインには潜在的に多くのポリアミンが含まれており、それによるアミン酸化酵素の阻害可能性もまた潜在的に高くなっている、ということです。
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今回のまとめ | ワインにおける生体アミンを減らすためのアプローチ
ワインにおける生体アミンの含有構造は細かい点を追っていくと非常に複雑です。しかしその一方で、根本的な要因は実はとても単純です。
ワイン中に生体アミンが含まれるようになるには3つの絶対条件があります。1. 原料となる前駆体 (アミノ酸) が存在していること、2. 脱炭酸酵素を出す微生物が存在していること、3. 微生物の増殖や作られた酵素の活性を阻害する環境要因がないこと、です。この3つの条件のうち1つでも欠けると、ワイン中に含まれる生体アミンの量はほぼ0になるか、少なくとも含有リスクは大きく減少します。つまりワインに生体アミンを含有させないためには少なくともこの3つのうちの1つだけでも徹底して行えばいいのです。
とはいえ、アミノ酸はいくら減らそうとしても酵母が供給源になってしまうため完全に排除することはできません。脱炭酸酵素は一部の選抜された酵母や乳酸菌を除いて生産することがわかっていますので、ブドウの果皮などを通しての微生物の混入を完全に阻害できないワイン造りにおいてはやはり完全に除去することは簡単ではありません。そこで重要になるのが、二酸化硫黄の適切な添加や清澄および濾過の実施による微生物や酵素の阻害です。
最近は二酸化硫黄の無添加を謳うナチュラルワインなどがブームになっていますが、一方でこうしたワインに含まれる生体アミンの量が相対的に多くなる傾向にあることが検証結果を通して報告されています。
生体アミンの含有量が多くなったからといって即座に人体への有害性が確認されるわけではありません。しかし生体アミンの許容量には個人差が大きく、なかには不耐性と呼ばれる、体質的にまったく受け付けられない事例も存在しています。生体アミンの含有量が多くなっている可能性がある場合、そのワインを造った人間が大丈夫だったからといって誰もが安心して飲めるワインとは言えなくなってしまうことに違いはありません。
現状、ワインを含め食品に含まれる生体アミンの量には世界的な制限はなく、一部の国が自主的に規制値を設けているにすぎません。その規制値にしても、例えばヒスタミンの量でみるとドイツの2 mg/Lからスイスの10 mg/Lまで大きな差があります。OIVは明確な規制値を設けていない代わりに、生体アミンの含有量を下げるためのガイドラインを定めてこれを推奨しています。
ワインが人の口に入る食品である以上、わかっている有毒性を少しでも引き下げることは造り手の義務です。そこに造り手自身の嗜好や哲学が介入する余地は本来はありません。多くの人が生体アミンがどのようなもので、どうすることで増え、またどうすれば減らすことが出来るのかを知ることで、ワインの食品としての安全性を高めていくことが重要です。