ブドウの芽吹きから2か月弱が過ぎ、畑では新梢が日に日に長くなってきています。これにあわせるように、1日の最高気温が高くなり、すでに夏を思わせるような気温になる日も出てきています。
この6月頭には最高気温が28℃にもなる日が数日続き、今夏の厳しい暑さを早くも予感させています。こうなると心配させるのが、ブドウの日焼けです。
特にここ数年は気候変動の影響を受け、ドイツでも夏が非常に暑くなっています。もともとドイツはブドウ栽培の北限とも言われていた涼しい地域。この想定していない猛暑によって、ブドウの日焼け被害は拡大してきています。
そこまで暑くなかった地域が暑くなり、もともと暑かった地域はさらに暑くなる。今やブドウの日焼け問題は世界中のワイン生産地域で共通の課題となりつつあります。こうした事態を受け、ブドウの日焼け対策に関する研究があちこちで進められています。
その中でも注目されているのが、カオリン (Kaolin) です。
ブドウの日焼けはなぜ起きる
ブドウが日焼けをする原因、それは温度です。
日焼けと聞くとどうしても真夏の太陽とそこから降り注ぐ強い紫外線を考えてしまいがちです。確かに紫外線は重要な因子です。しかし紫外線が直接ブドウを日焼けさせているわけではありません。紫外線がブドウの果皮表面で吸収され、熱として蓄積された結果、日焼けが生じます。
イメージとしてはフライパンの上で熱し過ぎて焦げてしまった状態。それが日焼けです。
ですので極論をすれば、どんなに紫外線が降り注いだとしてもブドウの表面温度を引き下げてさえいれば日焼けは起きないのです。
とはいってもブドウの表面温度が上がる直接の原因の大部分はやはり太陽からの紫外線です。
しかもワイン用のブドウ栽培においては積極的にブドウにかかる葉を取り除いて、果実に太陽光を当てようとする動機があります。除葉と呼ばれるこの作業を行う理由は複数ありますが、最も大きな理由の1つが病気の予防です。
夏は暑いだけではなく、湿度も上がる季節。ブドウの大敵であるカビが繁殖する季節です。
ブドウ栽培では防除と呼ばれる薬剤の散布を通してこうした病気への対策を行っていますが、そもそもブドウの房の周りの湿度が高くなってしまっていては意味がありません。そこで房周りの除葉をし、風通しをよくすることで房を乾燥させ、カビの発生を予防するのです。
除葉が引き起こす日焼けの拡大
ワイン用ブドウの栽培にとって除葉はとても重要な作業です。しかし、同時にこの除葉がブドウの日焼け被害を拡大させる原因ともなっています。
ブドウが日焼けするのは強すぎる直射日光が房に当たるから。そしてその原因は、ブドウに日陰を提供する葉が取り除かれてしまっているから。そこで除葉の時期を調整したり、取り除く葉の量を減らしたりすることでブドウに当たる直射日光の量を減らそうとする試みもされています。
しかし除葉量の調整はメトキシピラジン (Methoxypyrazines) の生成量に影響を与えるなど、単純に日焼けの有無以外の点にも影響を与えます。ブドウの日焼けは防止したいけれど、そのための除葉量の調整でワインの香りに影響が出るのも困る。そうした、行くも地獄、帰るも地獄、といった悩ましい状況に多くの栽培家、醸造家が置かれています。
そこで考え出されたのが、カオリンと呼ばれる粘土鉱物を除葉後のブドウ表面に噴霧し、ブドウを被覆する方法です。
太陽光の反射を期待されるカオリン
カオリン (Kaolin) は天然のケイ酸塩鉱物の一種であるカオリナイト (Kaolinete) が粘土状となった含水ケイ酸アルミニウムです。アイシャドーや頬紅、フェイスパウダーなどの化粧品にも使われている白色の粉末で、その名前は中国の有名な粘土の産地である江西省景徳鎮付近の高嶺 (カオリン:Kaoling) に由来するとされています。
アルミニウム分を含む白色の粉体であるカオリンに期待されているのが、太陽光の反射です。
太陽光、より具体的には紫外線はブドウの果皮表面に吸収された後に、そのエネルギーが熱としてブドウの果実内に蓄積、ブドウの温度を上げていきます。逆に言えば、そもそも紫外線を反射してしまえばブドウの温度は上がりません。かといってブドウの房の周りに反射板などを設置してしまっては空気の流れを阻害し、病気の予防に大きな影響を及ぼします。
そこでカオリンをブドウ表面に噴霧、固着させ、それによって紫外線を反射させようというのです。
効果が実証されてきているカオリンの利用
カオリンを使った実証実験の報告は複数ありますが、その多くで不使用の場合と比較して有意に差があることが確認されています。
除葉を行わなかったケース (基準)、除葉のみを行ったケース、除葉したうえでカオリンを散布したケースの3つのケースを比較した研究では、カオリンを使用した場合、不使用のケースと比較して数度、ブドウの表面温度が下がったと報告されています。ちなみにこの報告内で提示されているデータによると、すべてのケースでブドウの表面温度は外気温よりも数度高くなっており、もっとも表面温度が高くなった除葉のみのケースでは実に10℃以上、ブドウの表面温度が上がっていたことが示されています。
結果、カオリンを散布したケースではブドウの日焼けは除葉なしの場合には及ばないものの、除葉のみをした場合と比較すると格段に少なく抑えられています。
カオリンをすることでブドウの表面温度の大幅な上昇を防止出来る一方で、ボトリティス (Botrytis cinerea) をはじめとした病気への感染予防を阻害しないこともまた確認されています。カオリンの噴霧はあくまでもブドウの果皮表面への影響に留まるため、房周辺の通気性を阻害しません。この結果、除葉を行った効果を損なうことなく十分に得ることが出来ます。
果汁成分やワインへの影響
一方でカオリンの使用がブドウ果汁の成分やそこから造られるワインの官能評価に影響している可能性も報告されています。特に果汁の総酸量には影響が大きく、除葉なし、除葉のみ、除葉後にカオリンを使用のそれぞれのケースで差が出ることが分かっています。
なお除葉の有無はブドウの含有フェノール量に影響を与えますが、カオリンの使用有無によるフェノール量への有意な影響は今回調べた範囲では報告されていません。
またこうした果汁の含有成分への影響はワインの官能評価結果にも有意差として現われるようです。同じ除葉をしたケースであってもその後にカオリンを使用している場合としていない場合とでは総合的な香りへの評価結果が変わったと報告されています。また、"Green" / "Pomacee" / "Citrus" / "Tropical" のそれぞれの評価項目での評価結果でも差が見られ、全体的にはカオリンを使用した場合ではよりフルーティーなワインになっていると評価されています。
今回のまとめ | カオリンの使用は有望ではあるがまだ途上
多くの実験とその報告ではカオリンの使用がブドウの日焼け対策として有望であることを示しています。一方で、同時にカオリンの利用がワインの味や香りにも影響を及ぼす可能性があることもまた、示されています。
こうした影響の全てがネガティブであるわけではなく、除葉によってもたらされる負の影響を緩和していると考えられるものも多くあります。
一方でブドウの果皮表面に散布されたカオリンはそのままワインの中に混入する可能性は否定できません。少なくとも、醸造段階において果汁中に存在することは間違いありません。
人体に対する有害性は現状において確認されていませんが、ヒトの体内に入る可能性が考慮されてきたことのある物質でもありません。そうしたことに加えて、栽培段階における調査は進んでいても、醸造段階に対する影響はまだほとんどわかっていません。
ブドウの日焼け被害の拡大が進んでいる昨今、こうした有効な対策の実用化は喫緊の課題ではあります。しかし現実にカオリンをブドウの栽培に持ち込めるのかどうか、その判断はまだ途上にあるといえます。
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カオリンを使った実証実験の結果について具体的なデータをオンラインサークル「醸造家の視ているワインの世界を覗く部」内に補足記事として投稿しています。また内容を一部編集したものを「ブドウの日焼け対策 | Kaolinの効果」として公開しています。カオリンの具体的な効果について知りたい方は合わせてご覧ください。