ドイツのあちこちですでにフリューブルグンダー (Frühburgunder) などの早熟品種やゼクト (Sekt) 用のシュペートブルグンダー (Spätburgunder、Pinot Noirのドイツ語名) を中心とした各種品種の収穫が始まっています。筆者の勤めるワイナリーでもゼクト用のシュペートブルグンダーを来週早々には収穫する予定になっており、今はケラー(ドイツ語ではケラー <Keller>、英語ではセラー <cellar> となります)の準備に追われています。
ゼクト (Sekt) ってなに?と思った方はこちらの記事を御覧ください。
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収穫前には掃除に掃除にまた掃除
ぶどうを収穫するぞ、という話が出始めるといの一番に手を付けるのが、ケラーの掃除です。
具体的に何をするのかといえば、タンクやプレス機といった各種醸造設備や道具類の洗浄です。プレス機などは一般的な規模のワイナリーであれば何台もあるものではないので早々に終わるのですが、タンクはこの限りではなく、ワイナリーによっては規模はそこまで大きくないところでも10や20のタンクを持っているところも少なくありません。これらの大量のタンクをすべて内外ともに洗浄し、それに付随する各種器具を消毒するのが収穫前のワイナリーの風物詩なのです。
ちなみに多くのワイナリーでこの時期に合わせてセラーの床も高水圧洗浄機で掃除したりします。そうすると、今まで黒ずんでいた床が白くなったりします。まず間違いなく、一年でもっともセラーが清潔なのはこの時期だと言えます。
タンクの洗浄方法
タンクの洗浄の主な目的は内壁にこびりついている酒石の除去です。
通常使用したタンクはワインを抜いた時点でそれなりの洗浄をしたうえで乾燥させていますので、内壁がカビたり、ひどい汚れが残っていたり、ということはまずありません。しかしこの一方で、醸造中などにタンク内に結晶化した酒石は簡易的な清掃ではなかなか取れない場合が多く、状況的な面からそのままにされていたりすることがままあります。この時期のタンクの清掃はこの頑固にこびりついた結晶を除去する一大イベントでもあるのです。
ではこの酒石、取ろうと思ったら簡単に取れるのか、というとそこは残念ながらことはそう簡単ではありません。少なくとも水で洗いながらブラシで擦った程度ではそうそう簡単に完全除去、とはいかないのが現実です。そこでこの結晶を取るための方法がいくつか紹介したいと思います。
1つ目の方法は酒石もよく取れるうえにタンクの殺菌まで同時にできる優秀な手法で、蒸気をあてること、です。時間的に最も少ない作業時間で完了できるのもこの方法です。
タンクに一定時間蒸気を充満させ、その後に冷水で洗い流すことで内壁面にこびりついた酒石をほぼ確実に除去することができます。またそれほど長時間ではないですが蒸気を入れていることにより、熱殺菌の効果を得ることができることがこの手法の特徴です。非常に簡単かつ高い成果を得ることができる方法ですが、一方で、樹脂製のタンクには使えないこと、方法を間違えるとタンクが面白いようにクシャクシャに潰れてしまうこと、地下にあるケラーの中など換気の悪い場所で行うと室内温度を急激に上げてしまうこと、などがデメリットと言えます。ちなみに潰れたタンクの修繕はまず不可能です。ご注意ください。
2つ目の方法は温水を使った高水圧洗浄機で洗うこと。酒石は冷水では非常に除去しにくいですが、温水であれば比較的簡単に取り去ることができます。特に水温が高めであればより楽になりますし、そこに高水圧洗浄機を使用することでさらに効率的に洗浄をしていくことができます。逆に温水を使用していてもブラシなどでこする場合にはそれなりの労力が必要です。
この場合のデメリットはやはり樹脂製のタンクでは使えないこと、洗浄するタンクの数が多いと室内温度が上がってしまう場合があること、そして、水圧がかかりにくい場所の結晶は取りにくいことなどが挙げられます。ちなみに樹脂製のタンクに使えない理由は高圧であることもそうですが、水温が高すぎることも原因の一つとなり得ます。逆に言えば、ちょっと熱いかな、くらいの温水であれば樹脂製のタンクにも使用することは可能です。
3つ目の方法が洗浄液の使用です。
この方法は簡単なことですが化学的な見地に基づく方法でもあります。
まず、酒石というものは酸性の特徴を持っています。ですので、アルカリ性のもので中和することができるのです。そのため、この手法においてはまず一定の濃度の水酸化ナトリウム水溶液を準備し、この水溶液でもってタンク内部を洗浄します。
しかしこのままではタンク表面がアルカリ性にとどまってしまうので、一度水での洗浄を挟んで、今度は酸性水溶液で表面を中和します。この際の酸性の水溶液は主にクエン酸水溶液を使用します。その後にもう一度タンクの内壁表面を水で洗い流し、最後に殺菌として再度、酸性の水溶液を使って表面を洗い流します。この最後の工程ではクエン酸系のものではなく、酢酸系の溶液を主に使用します。
なお、この手法においては水酸化ナトリウム水溶液を使用する前にタンクの内部を一度洗浄しておくことが非常に重要となります。このため、実質的に2番めの手法との組み合わせであり、実質的に6度もタンク内を洗浄することになるのです。
ちなみに最後の酢酸系の水溶液を使用した殺菌はやる場合とやらない場合があり、その決定はワイナリーごとの考え方によっています。工場のような巨大設備を備えた企業ワイナリーなどではこれらの洗浄工程もシステムとして自動化しており、これらのシステムでは基本的にアルカリ水溶液と酸性水溶液、そして水での洗浄のみで工程が組まれていることがほとんどです。
地味で時間がかかるものの、重要な作業
タンクの洗浄では、霧吹きのようなもので内壁表面に各種水溶液をかけたらそれで終わり、ということはありません。
ある程度以上の量の水溶液を作り、ポンプを使ってそれなりの圧力を維持しつつ一定時間洗浄し続けます。また当然ながら水溶液がかからないような場所があるとそこにはしっかりと結晶や汚れが残ってしまいますので、そのような空間が発生しないように気を使う必要もあります。各種水溶液は使い回すことが多いので、濃度の変化にもある程度敏感になることも求められます。
常にホースを繋ぎ変え、ポンプのオンオフを操作し、隙間時間をぬいながら水溶液洗浄が終わったタンクを水洗いする。端的に言って、地味でありながらそれなり以上に時間と手間のかかる作業です。タンクの数によっては数日かかる場合もあるほどです。
しかし水酸化ナトリウム水溶液でタンクを洗浄すると、事前に温水を使ってきれいに酒石を除去していたつもりでも結構な量の酒石が取れていることに気がつきます。この様子を見てしまうと、面倒ではあってもとてもおろそかにすることはできない作業だと改めて気がつくのです。
なお、この作業で使用する水酸化ナトリウム水溶液は数値的にはそれほど高い濃度ではありませんが、肌につくと刺激が強い濃度であることは間違いがありません。このため、タンクのサイズや形状によってホースを直に手に持って作業しなければならない場合などには、顔や手にかからないように注意する必要があります。もし肌に付着した場合には早急に流水を使って十分に水洗いすることを強くおすすめします。